ー想い歌ー   作:土斑猫

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 本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・㉕

                   ―25―

 

 

 「なあ、結局、何があったんだよ?」

 「しつこいなぁ。裕一は」

 蓮華が去った後、改めて訊くと、里香は少しむくれながらそう言った。

 だってそりゃ、気になるだろ。

 さっきの会話、何か剣呑な言葉が混じってたぞ。

 「そんな事いいから……」

 いや、そんな事って……。

 「聞かせてほしい。蓮華(あの娘)の事」

 里香が僕の方を見ながら、そう言った。

 「え……?」

 「聞きたいの。知ってるんでしょ?裕一」

 酷く、真剣な顔だった。単純な好奇心とか、そんな浮ついた動機じゃないのは一目瞭然だ。こうなったら、本懐を遂げない限り、絶対に引き下がらないだろう。

 僕は溜息をつくと、里香の顔を見た。

 「ちょっとしか知らないけど、いいか?」

 「うん」

 そう言う里香の顔色は、確かに幾分良くなっている様だった。

 

 

 明るい半月の下、如月蓮華は一人家路を歩いていた。

 否、正確には一人ではない。

 その少し後ろを歩く、人影がもう一つ。

 「……何でついて来るわけ?」

 如月蓮華は鬱陶しそうにそう言うと、後ろの人影――吉崎多香子に向かって振り返る。

 「別についてってる訳じゃないわよ。帰り道が同じなだけ」

 「………?」

 軽く驚いた様な(てい)の如月蓮華に、吉崎多香子は大げさに溜息をついて見せる。

 「知らなかったの?あんた、本当に先輩達しか見てなかったのね」

 かく言う自分も、大森芳子に聞くまでは知らなかった訳なのだが、それはとりあえず棚に上げておく。

 しかし、その驚いた様子もほんの一瞬。

 「あ、そう……」

 呟く様にそう言うと、如月蓮華は再び前に向き直り、何事もなかったかの様に歩き出す。

 その様に溜息をつきつつ、吉崎多香子も再びその後を歩き出す。

 しばしの間。

 ――と

 「ねえ、あんた……」

 吉崎多香子が、如月蓮華に声をかけた。

 「………」

 答えはない。

 振り返りもしない。

 だけど構わずに続ける。

 「本気でやる気、なかったでしょ?」

 その言葉に、如月蓮華がピクリと肩を動かす。

 歩いていた足が止まる。

 細い首が動いて、後ろを向く。

 見れば、吉崎多香子がストラップを持って、携帯をプラプラと晒していた。

 「あんたが何をしたのかは、先輩が言わない以上訊かないけど……」

 ストラップをヒュンと回して、携帯をパシリと手の中に収める。

 「人の携帯使って誘いメール送っといてから、履歴消さないなんて随分お粗末だよね。あんたらしくもない」

 「………」

 如月蓮華は何も言わない。ただ黙って、その目を吉崎多香子に向けている。だけど、それは酷く虚ろで、どこか捉え所がない瞳。あの、暗いが沸々と滾っていた瞳とは、まるで別人の様だ。

 「単純に、先輩のメアドが分からなくて使ったって訳じゃないよね?あたしの携帯」

 「………」

 続ける問いかけ。けれど、返ってくるのは、あいも変わらず無言の声。虚ろな瞳も、本当に対峙する彼女を映しているのかいないのか。

 「期待してたんじゃないの?気付いたあたしや、戎崎先輩が止めに来るの」

 「………」

 「本当は、助けてもらいたかったんじゃないの?誰かに?」

 「………」

 何を問うても、何度問いかけても、如月蓮華は何も言わない。

 ただ黙って、何も映さない瞳で見つめるだけ。

 「ああ、もう!!」

 いい加減、イラついた。だから、言ってしまった。

 「そんなじゃ成仏出来ないよ!!鈴華さんも!!」

 ギッ

 途端、如月蓮華の首が吉崎多香子の方を向いた。

 何も映していなかったはずの瞳が、確かに彼女の像を捉える。

 「……何が、分かる……?」

 「え……?」

 底冷えのする様な声。背筋が、一瞬で凍りつく。

 「お前なんかに、何が分かる……!?」 

 見開かれた目。

 そこに見えたのは、確かな狂気。

 咄嗟に身を引こうとした瞬間、

 ガシッ

 猛禽のそれの様に伸びてきた手が、吉崎多香子の胸ぐらをガッシと掴んでいた。

 夜闇の中、怯える様に風が泣いた。

 

 

 「……そうだったんだ。」

 僕の話を聞き終えた里香は、大きく息をつくとその身をベッドに沈めた。

 「吉崎からの、又聞きだけどな。」

 僕もそう言って、傍らの椅子に腰を沈めた。

 「結局、あいつは俺の事が好きだった訳じゃないんだよ。俺に、境遇の似てた姉を重ねてただけで……」

 「そうかな……?」

 「え?」

 里香の言葉に、僕はポカンとした。

 「それだけじゃ、ないんじゃないかな……」

 「どういう事だよ?」

 その問いに、里香は僕の顔を見る。

 「如月さんは、お姉さんの事が好きだった。そして、その“好き”は、あたし達が普通の家族に持つ“好き”とはちょっとだけ違った、特別な“好き”だったんじゃないのかな?」

 「特別な、“好き”……?」

 「うん。だから、如月さんにとってお姉さんは特別な存在。この世界から、絶対に欠けちゃいけなかったもの」

 「………」

 何だか、分かるようで分からない表現だった。

 家族とは違う、だけど絶対に欠けちゃいけないもの。

 それは、人にとってどんな存在の事を言うのだろう。

 「だけど、お姉さんは、いなくなっちゃった」

 里香の声が、少し変わった。どこか寂しげで、悲しげな声。

 「如月さんは、大切な世界の一部を無くしちゃった」

 少し変わったその声で、里香は続ける。

 「欠けた世界は、簡単には埋まらない。だって、それと同じ形の欠片は、きっと世界の中にいくつもないから」

 「………」

 「だけど、如月さんは見つけた」

 「!!」

 その言葉に、僕はハッとする。

 「それが、裕一」

 里香が僕を見て、微笑む。

 「誰でも良かった訳じゃない。同じ境遇なら、良かったって訳じゃない。欠けた欠片を……抜けた特別な形を埋めてくれる人じゃなきゃ、いけなかった」

 「………」

 「きっと、それは“奇跡”。一生に一度、あるかないかの」

 僕は、言葉を失う。

 「だから、如月さんは、あんなに一生懸命になった。やっと見つけた欠片を、手に入れるために」

 そこで、一呼吸置く気配。そして――

  少し小さな声で、でも何かを確信しているかの様に、里香はそう言った。

 「何だか、全部分かってるみたいに言うんだな」

 僕の言葉に、里香は答えない。

 ただ、じっと僕の顔を見つめる。

 それが、何となく癪に障った。

 「何か、おれが蓮華(あいつ)の所に行けばいいみたいに聞こえんだけど?」

 ちょっとした嫌味を込めて、そう言ってやった。

 すると、

 「ねえ、裕一……」

 妙にハッキリとした声音で、里香が言った。

 「な、何だよ……!?」

 怒らせてしまったのだろうか。少し腰を引きながら、僕は訊く。

 「同じだと、思ってる?」

 「え?何が?」

 「如月さんのお姉さんと、自分……」

 「――!!」

 かけられた、思いがけない問い。

 一瞬、息が止まった。

 ……同じ、なのだろうか。

 僕と同じ平均台を渡っていた彼女。

 その平均台から、落ちてしまった彼女。

 そして、二度とその平均台に登れなかった彼女。

 彼女は、僕の未来の姿なのだろうか。

 少なくとも、蓮華はそう思っていた。

 だから、僕と、一緒に平均台を渡っている里香とを引き離そうとした。

 僕が、平均台から落ちないように、里香を蹴落とそうとした。

 その行為の是非はともかく、理屈は理解出来た。

 出来てしまった。

 やはり、同じなのだろうか。

 僕と、蓮華の姉とは。

 分からない。

 答えが、分からない。

 助けを求める様に、里香を見る。

 だけど、里香は黙ったまま、僕を見つめるだけ。

 僕が答えに窮しようとしたその時、小さな音が耳に入った。

 トクン

 それは、気をつけなければ気付かない様な、小さな音。

 他に誰もいない、静かな部屋の中で、意識を集中してたからこそ、感じ取れる音。

 トクン

 トクン

 小さく、だけど確かにリズムを刻む拍動。

 それは、里香の心臓の鼓動だった。

 生まれた時から脆さを抱え、今は継ぎ接ぎだらけの筈のそれは、それでも健気に、そして確かに、鼓動を奏でていた。

 その音色を聞く内に、さっきの里香の言葉が、僕の脳裏に甦ってきた。

 (あたし、死なないから)

 そう。里香は確かにそう言った。

 それが不可能な事は僕達が、里香が一番良く知っている。

 それでも、里香はそう言った。

 言ってくれた。

 確かな誠意と。

 確かな決意をもって。

 そう。

 あれは蓮華に向けると同時に、僕にも向けられた言葉。

 僕に晒された、違う事ない里香の心。

 それなら、僕が返すべき言葉は何か。

 そんなの、決まっている。

 「……同じじゃ、ねえよ」

 ゆっくりと。だけどしっかりと言葉にする。

 里香が、顔を上げた。

 「同じな筈、ねえだろ」

 確かめる様に、もう一度、ハッキリと口にした。

 そう。

 蓮華の姉と、その相手の少年の絆が、どれ程のものだったかは僕には分からない。

 だけど、これだけはハッキリと言ってやる。

 僕と里香の決意は、絶対にそれ以上のものだって事を。

 ――ずっといっしょにいよう――

 あの日あの夜、暗い病室で、止められた一分の中で、誓い合ったあの言葉。

 その誓いに勝るものなんて、絶対にない。

 ある筈なんて、ないんだと。

 僕は。僕達は、言い切れるのだから。

 クスリ

 不意に、里香が笑った。

 「な、何だよ!?」

 僕が訊くと、里香はしゃあしゃあとこんな事を言った。

 「何むきになってるの?裕一、馬鹿みたい」

 ……こんな時にそんな事言うか。この女は。

 こっちがどれだけ気張って……。

 さすがに僕が文句の一つも言おうとした時、里香がポソリと言った。

 「分かるなぁ……」

 「え……?」

 「分かるよ。如月さんの気持ち」

 「な、何で?」

 「だって……」

 最後の方が、かすれてよく聞こえなかった。

 「え?何だよ?」

 「あたしも、同じ……」

 話すのに疲れたのだろうか。

 やっぱりよく聞こえない。よく聞こうと思って、里香の口元に顔を寄せた。

 途端――

 グイッ

 突然、頭を掴まれた……というか、抱え込まれた。

 里香の吐息が間近に当たる。

 心臓が、ドキリとした。

 「ねえ。裕一……」

 ものすごく近い場所で、里香が言う。

 「な、何だよ……?」

 「神様って、意地悪だよね」

 「え……?」

 「空いた隙間に、一つの欠片しか用意してくれないんだから……」

 言っている事が、よく分からなかった。

 「何言って……」

 言葉が終わらない内に、頬に何かが触れた。柔らかく、温かい感触が伝わる。

 そこは違う事なく、さっき蓮華がその唇を当てた場所。

 「上書き」

 茫然とする僕の頭を抱えたまま、悪戯っぽくそう言って、里香は笑った。

 綺麗に、とても綺麗に、笑っていた。

 

 

                                   続く


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