オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。
また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。
興味があれば、聞いてみてくださいな。
―24―
「一体何をやっとったかと訊いとる!?さっさと答えんか!!」
鬼大仏――近松覚正は僕達をグルリと睨み回すと、また怒鳴った。相変わらず無駄に声がでかい。耳がキンキンしてくる。
それにしても、どう説明したものか。
実際、この暗い視聴覚教室の中で何が起こっていたのかを、僕は知らない。むしろこっちが教えて欲しいくらいだ。
それは、鬼大仏を連れてきた吉崎も同じ。
当の本人は、鬼大仏の後ろで両手を合わせてペコペコしている。どうやら、鬼大仏を連れてきてしまった事をあやまっているらしい。
まぁ、事情は分からなくもない。
放課後の、大概暗くなった時分。汗だくで息を切らした女生徒が、個室の合鍵を貸して欲しいなどと飛び込んでくる。教師でなくとも、何事かと思うのが人情というものだろう。
まして、こういう事に鼻の利く鬼大仏の事だ。恐らく、強引について来てしまったのだ。
もっとも、吉崎がそれをあえて拒まなかった事も考えられる。
どうあがいたって、僕らは所詮子供だ。
もし、この中で起こっていた事が、考えうる最悪の事態だったりしたら?くやしいけど、僕達だけではどうにもならなかっただろう。
大人の力が欲しい。
吉崎がそう思ったとしても、仕方ない。
本当の災厄に出会ったとき、僕達はどうしようもなく、無力なのだから。
それにしても、この事態には困った。
何か納得のいく説明が出来ない限り、鬼大仏は僕らを放してはくれないだろう。かと言って、僕や吉崎では説明のしようがない。となれば、それが出来るのは当事者である里香か蓮華という事になるのだけれど……
――と、
ス……
暗がりの中に立っていた蓮華の身体が動いた。そのまま、僕達の脇をすり抜けて鬼大仏の前に進み出る。
「む?」
そう言って、蓮華を睨む鬼大仏。
その視線に動じる事もなく(……というか、端から目に入っていないらしい)、蓮華は口を開く。
「あたしが……」
「――あたしに相談があるって言ってきたんです」
蓮華の言葉を遮る様に飛んできた声に、皆が驚いて視線を向けた。
声の主は里香だった。
里香は、いつの間にか疲れた様な様子で椅子に座っていた。そして、ポカンとしている蓮華をよそに、鬼大仏に話しかける。
「誰にも聞かれたくない相談があるって。だから
嘘だ。事態はそんなのんきなものではなかった筈だ。だけど、里香は立て板に水を流す様に言葉を紡ぐ。
「それで、話が終わって帰ろうとしたんですけど、そこでうっかり先に電気を消しちゃったんです。廊下の電気も消えてたし、真っ暗になっちゃって。それであたし達慌てて……」
……そうきたか。だけど、こんな言い訳で納得する様な鬼大仏ではないだろう。それならすぐに電気を付け直せばいいだけの話だし、大体、滅茶苦茶になっている机や椅子(主に僕のせいだけど)の説明はどうするつもりなのか。
そう思っていると、
「そしたら……」
そこで里香はそう言って、自分の胸を押さえた。
「ビックリしたせいか、あたし急に気持ち悪くなっちゃって……」
「何!?」
里香が、自分の持つ最高のカードを切った。
里香が病気持ちである事は、教師達の間では周知の事実だ。効果はてき面で、仁王の様だった鬼大仏の顔が見る間に緩む。酷く、心配そうな顔だ。
「それで、あたし達パニックになっちゃって、電気を点けようとか、手探りで鍵を開けようとか、そういう事に頭が回らなくなっちゃったんです」
言いながら椅子にもたれかけると、里香は疲れた様にハァ、と大きく息をつく。心なしか、顔色まで悪い様に見える。何だか、僕まで心配になってきそうだ。
「そこで、如月さんが携帯で吉崎さんに連絡を取ってくれて、それで吉崎さんが急いで職員室に合鍵を取りに行ってくれたんです」
「う、ううむ。しかし……」
鬼大仏は今一つ納得しかねる顔で、滅茶苦茶になっている椅子や机を見る。
「ああ、それは裕一です」
そうそう。それは僕……って、おぉい!?
「途中で如月さんが気がついて、鍵を手探りで開けてくれたんですけど、ドアを開けた途端に裕一が突っ込んできて、ドガラガシャンって……」
そこだけまんまかよ!!
「戎崎、また貴様か!?」
案の定、鬼大仏が僕を睨む。思わず、肩をすくめる僕。
「秋庭が心配だったのは分かるが、貴様が浮き足立ってどうする!?男子たる者、もっとズッシリと構えてだな……」
そのまま、長々と説教に入られるかと思ったけど、そこで鬼大仏は言葉を切った。
「……いや。今日はいい。秋庭、それで具合はどうなのだ?」
「はい。だいぶ、落ち着きました」
里香の答えに「そうか」と息をつくと、鬼大仏は僕達を見回してこう言った。
「秋庭は少し保健室で休んでいけ。戎崎は秋庭についていてやれ。吉崎と如月は直ぐに帰れ。いいな?」
「は、はい!!」
里香は頷き、僕と吉崎は同時に返事をする。だけど、蓮華だけは茫然とした様に突っ立っていた。
鬼大仏はそんな蓮華をチラリと睨んだが、すぐに視線を外すと教室の中に向かった。
「ここは、わしが片付けておく」
……鬼の目にも涙。
黙々と机や椅子を片付けるその大きな背中に、僕はこっそりそんな言葉を思い浮かべた。
「じゃあ、何かあったら呼んでね」
「はい」
僕達の返事に頷くと、保健の先生は保健室を出て行った。
それを見届けた後、ベッドの傍らの椅子に腰を据えながら、僕はホッと息をついた。
「全く、よくあんな嘘ペラペラと言えるもんだな」
目の前のベッドに横たわる里香に、呆れた様にそう言う。
「でも、上手くいったでしょ?」
当の本人はクスリと笑みを浮かべながら、そんな事を言っている。
「嘘、好きじゃないんじゃなかったのか?」
「……嘘も方便」
そう言うと、里香はまたハァと息を吐いた。
さっきから、こんな息継ぎを頻繁にしている。その様子に、僕は急に不安になってきた。
「おい、大丈夫か?ひょっとして本当に具合、悪いのか?」
「……大丈夫。ちょっと、疲れただけ」
そして、里香は軽く目を閉じる。
「なあ、一体、何があったんだよ?
「………」
里香は目を閉じたまま、答えない。
「なあ、おい……」
僕がなおも問い詰めようとしたその時、
「……何で、言わないの……?」
後ろから飛んできた声に、僕は飛び上がった。
里香が、ゆっくりと目を開く。
振り向けば、保健室の入り口に蓮華が立っていた。
「な、何だよお前……!?」
けれど、僕の問いには答えず、蓮華は近づいて来る。
何処か、フラフラとした足取りで。
そして、ベッドの横に立つと、横たわる里香を見下ろした。
「……何で言わないの……?さっきも……今も……」
虚ろな瞳に、虚ろな声。
全ての力を失った様な態で、蓮華は囁く様に里香に訊ねる。
「……言ったでしょ……?」
やっぱり力のない声で、里香が答える。
「……あたしは、死なないもの」
その言葉に、僕はどきりとした。
対する蓮華も、その目を軽く見開く。
「死なないから、あんな事、意味がない」
見下ろす蓮華の瞳を見返しながら、里香は淡々と話す。
「意味がないから、言わないだけ」
「……今、言っておかないと、また“やる”かもよ……?」
その顔に、とってつけた様な薄笑みを浮かべて、蓮華が言う。
「同じ事。意味がない。あたし、死なないから」
やっぱり、その顔に薄笑みを浮かべて、里香も言う。
「………」
「………」
しばし見つめ合う、二人。
やがて……
「そっか……。あんた、“馬鹿”なんだ……」
ボソリと囁く様に、蓮華がそう言った。
「……うん」
薄く笑って、里香が答えた。
“馬鹿”。
里香にはもっとも、そぐわない言葉だ。
だけど、不思議とこの時は妙にしっくりとくる様に感じられた。
「馬鹿には……勝てないか……」
何かを諦めた様に呟くと、蓮華は僕の方に向き直った。
「先輩……」
「な、何だよ!?」
「先輩は、幸せですか?」
「え……?」
「幸せですか?」
酷く、真剣な問いだった。
少しでも嘘が混じれば、そこから全てをこじ開けようとする。そんな問いだった。
戸惑いを覚えて、ふと横を見る。
――里香が、見ていた。
澄んだ瞳で真っ直ぐに、けれど穏やかに、僕を見つめていた。
その瞳が、僕に自信と力をくれる。
「ああ」
僕はそう答えて、精一杯力を込めて頷いた。
それを受けた蓮華は、重ねて訊く。
「その幸せは、いつまでたっても、何があっても、“幸せ”ですか?」
「――!!」
言葉だけとれば、酷く簡単な問いだった。
けれど――
僕は、
場合が場合。あくまで端的なもの。それでも、その重さは十分に理解出来た。
その重さを、全て込めた問い。
大事な姉。
大事なものを得て、“幸せ”だった姉。
その“幸せ”を、“幸せ”として持ち続けられなかった姉。
そして、そんな姉を救えなかった自分。
その想いの全てが、込められた問いだった。
「“幸せ”ですか?」
蓮華が繰り返す。
後悔。怨嗟。悲傷。猜疑。覚悟。そして、期待。
色んなものが込められた、重い、重い、問い。
だから、僕は今度は里香の目を見なかった。
誰にも頼らず。
誰にも押されず。
僕はその答えを選んだ。
そして――
「当たり前だろ」
僕ははっきりと、その答えを形にした。
「……“馬鹿”ですね……」
その答えを聞いた蓮華は薄く笑ってそう言うと、つつ、と僕に近づいてきた。
真っ黒い瞳が、僕を見上げる。
そしてクッと背伸びをすると、
「――!?」
柔らかくて温かい感触が、頬に触れた。
「……これくらい、いいでしょ?」
その身を戻しながら、蓮華はそう言って里香を見た。
里香は何も言わず、僕達を見ていた。
微笑んでいる様な、ブスッとしている様な、そんな変な表情だった。
そんな里香にクスリと笑いかけると、蓮華はもう一度僕を見てこう言った。
「さようなら。戎崎先輩」
それは、違う事ない別れの言葉。
そして、全ての終わりを告げる言葉だった。
続く