ー想い歌ー   作:土斑猫

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本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・㉒

                   ―22―

 

 

 昔々、ある王国に生まれた双子の姉弟。

 一人は王女。

 一人は召使。

 召使()は誓う。

 例え世界の全てが敵になろうとも、王女(彼女)の笑顔を守ろうと。

 そして、その誓いは違う事なく守られる。

 世界の全てが敵となる中、彼は彼女を守りきる。

 自分の命を代価にして。

 自分の全てを代償にして。

 今は無理かもしれない。

 けれど、その時は必ずやってくる。

 遺された彼女が、心から笑える日が。

 そのために、彼女の未来は守られたのだから。

 彼がそう、望んだ様に。

 だけど。

 だけど、それならば。

 王女を守れなかった召使は、どうすればいいのだろう。

 守るべき者を。

 守るべき未来を守れなかった召使は。

 その後を。

 その後の生を。

 一体。

 一体何のために。

 何のために生きればいいのだろう。

 答えは、見えない。

 まだ、見えない。

 

 

 音もなく流れる、黒い髪。だけど、その流れ方にいつもの艶やかさがない。目印のサイドテールも、纏め方が雑な様だ。よく見れば、制服にもしわがよって、くたびれてる様に見える。ひょっとしたら、昨日から着替えすらしていないのかもしれない。

 「……まいったなぁ……」

 話す声に、疲れた様な響きがこもる。

 「秋庭さん、頭良いから、分かってくれると思ってたんだけどなぁ……」

 顔にかかる髪を払いながら、如月蓮華は言う。

 「まいっちゃった。本当に、まいっちゃた」

 まいったまいったと繰り返しながら、彼女はゆっくりと秋庭里香に近づいていく。

 フラフラと揺れるサイドポニーが、秋庭里香の目の前で止まった。

 「全く、しようがないなぁ……」

 ボソリと呟く声が、微かに耳にさわる。

 「本当に、全くもって、しようがない……」

 「――!?」

 不意に走る悪寒。

 秋庭里香は、反射的に身を逸らす。

 ヒュッ

 それまで彼女の首があった場所を、鋭い軌跡が通り過ぎた。

 「ああ、避けないでよ」

 抑揚のない声で、如月蓮華が言う。

 その手に握られていたのは、ひと振りのカッターナイフ。 

 「あれだけ話してもダメだったんだもの。もう、ホントに、しようがないよね?」

 そう繰り返す、如月蓮華。

 窓からさし込み始めた夕日の中で、手にした刃が冷たく光った。

 

 

 「……遅い!!」

 携帯の時計を見ながら、僕はそう呟いた。

 里香が吉崎に呼ばれたとか言って校舎に戻ってから、もう四十分は経っていた。

 何の話か知らないけど、ちょっとかかり過ぎではないだろうか。

 一瞬、僕も行ってみようかとも思ったけど、余計な事をしてまた里香にへそでも曲げられたらかなわない。

 どうしたものかとうつうつしていると、

 「何してるんですか?戎崎先輩」

 聞き覚えのある声が、背後からかけられた。

 驚いて振り返ると、そこには鞄を持った吉崎多香子が立っていた。

 「え!?お前、何でいるんだよ!?」

 「いちゃ悪いんですか?」

 僕の言葉に、ムッとしたように吉崎は言う。

 「放課後ですよ。学校の外(ここ)にいちゃいけない道理でも?」

 「い、いや、そういう訳じゃないけどさ。じ、じゃあ、里香はどうしたんだよ?」

 それを聞いた吉崎が、怪訝そうな顔を顔をした。

 「秋庭先輩?秋庭先輩がどうかしたんですか?」

 その言葉を聞いた時、僕は嫌な、酷く嫌な予感が背筋を這い上がるのを感じた。

 

 

 「……どういうつもり……?」

 ジリジリと距離をとりながら、秋庭里香は如月蓮華から目を離さずに尋ねる。

 「見て、分からない?」

 手にしたカッターをキチキチと鳴らしながら、如月蓮華が言う。

 「死んでよ」

 暗く滾りながら、それでいて酷く冷めた瞳が秋庭里香を見据える。

 「どうせ、死ぬんでしょ。だったら、今死んだって大して変わりないじゃない」

 抑揚のない声。壊れたスピーカーの様に、感情の死んだ声。それが、音のない教室の中にクワンクワンと響く。

 ゆっくりと近づいて来る、如月蓮華。ジリジリと下がる、秋庭里香。

 冷たい汗が、秋庭里香の頬をつたう。

 「……それで、どうするの?」

 「……?」

 その言葉に、如月蓮華は小首を傾げる。

 「こんな事をしたって、裕一はあなたのものにならないよ」

 「だろうね」

 返ってきたのは、そんな答え。

 「分かってるの?」

 「分かってるよ」

 何を当たり前の事を、と言わんばかりの態で如月蓮華は言う。

 「許さないだろうね。戎崎先輩。許す訳ないよね。でも、それがどうしたの?」

 カツン

 如月蓮華の足が、また一歩近づく。

 後ずさる秋庭里香。

 「アンタが今いなくなれば、先輩はアンタの呪縛から解放される」

 カツン

 また一歩。

 秋庭里香もまた一歩、後ずさる。

 「アンタが今いなくなれば、先輩の未来は守られる」

 秋庭里香の背中が、ドンと何かに当たる。

 後ろを振り向くと、いつの間にか彼女は壁際に立っていた。

 如月蓮華が微笑む。

 綺麗に。

 ゾッとするほど綺麗に。

 「それで十分。あたしは、それで十分」

 笑っている様な、それでいて泣いている様な、奇妙な表情。それを顔に貼り付けながら、彼女はツと左手を上げる。

 ススッ

 冷たい指先が、秋庭里香の首筋をなぞる。身を竦ませる彼女を見て、如月蓮華はまたフフと笑む。

 「知ってる?ここにね、頚動脈があるの」

 笑みながら、カタカタと壊れた自動人形(オートマタ)の様に言葉を紡ぐ。

 「これを切れば、一気に血が出るの。そうしたら、出血性ショックで苦しむ間もなく逝ける」

 刃を持つ右手が、ゆっくりとその高さまで上がる。

 「動かないでね。狙いが外れたら、余計に痛いから」

 そう言って、如月蓮華は逆手に持ったカッターを秋庭里香の首に向かって突き立てた。

 

 

 「ど、どういう事だよ!?里香はお前にメールで呼ばれたって言って戻ったんだぞ。それがどうして……」

 「何の事ですか?あたし、先輩にメールなんかしてませんよ?」

 僕の問いかけに、吉崎は訳が分からないと言った顔で返してくる。

 ますます混乱する僕に何かを感じたのか、吉崎が訊いてくる。

 「どうしたんですか?先輩に、何かあったんですか!?」

 「どうもこうも……」

 僕の話を聞いた吉崎は、慌てて自分の携帯を取り出すとカチカチと操作を始めた。

 どうやら、メールの送信履歴を確かめているらしい。

 やがて、彼女の顔が青ざめる。

 「戎崎先輩、秋庭先輩にメールしたの、あたしじゃありません!!」

 「ええ!?じゃあ、一体誰だよ!?」

 「如月です!!如月蓮華です!!」

 それを聞いた瞬間、僕を軽い目眩が襲う。

 「な……何でだよ!?今日はあいつ、欠席だったんだろ!?」

 「その筈なんですけど……ほら!!」

 そう言って目の前に突き出された携帯の画面には、簡潔な文章と、確かに“如月蓮華”の文字が記されていた。

 それでも僕には、納得がいかない。

 「そんな……。じゃあ、何でそのメールがお前の携帯から送られて来るんだよ!?」

 「今日、あたし達のクラスは五時間目が体育で、皆出払ってたんです!!送信された時間から察するに、多分その時間に教室に忍び込んであたしの携帯を……!!」

 もう訳が分からなかった。

 今の事態も。

 如月蓮華の所業も。

 何もかも訳が分からなかった。

 蓮華と吉崎がグルになって、僕と里香をからかってるんじゃないか?

 そんな可能性すら考えた。

 だけど、

 「先輩、何してるんですか!?早く行きましょう!!」

 そう言う吉崎の切羽詰った顔が、そんな考えを吹っ飛ばす。

 「早く!!止めないと!!あの娘、何をするか分からない!!」

 「ど、どういう事だよ!?」

 「事情は行きながら説明します!!今はとにかく視聴覚教室へ!!」

 そんな吉崎の声に押される様にして、僕は走り出していた。

 

 

 キィンッ

 鋭い音を立てて、折れたカッターの刃が宙に舞った。

 突き立てられた刃はかろうじて反らされた首をかすめ、後ろの壁へと当たっていた。

 それで、薄い金属の刃はアッサリと折れて飛んだ。

 追い詰められた壁際。

 生暖かい感覚が、首筋を滑り落ちる。それに、秋庭里香はまた背筋を震わせた。 

 「……避けないでって言ったのに……」

 秋庭里香の顔の横で、刃の欠けたカッターを壁に押し付けながら、如月蓮華はそう呟く。

 憎々しげな声が、薄闇に落ちた教室の中に響いた。

 「……本気、なんだ……」

 「何を今更」

 その問いにそう答えながら、如月蓮華は秋庭里香の顔を覗き込む。

 「怖い?」

 問いかける言葉。 

 「………」

 けれど秋庭里香は、答えない。

 ただ凛とした瞳で、如月蓮華を見つめ返す。

 「ねぇ、怖い?」

 もう一度、かけられる問い。

 「……怖くない」

 彼女の問いに、秋庭里香がようやく答えを返す。

 その答えに、如月蓮華はキョトンとした顔をする。

 「何で?」

 「……死なないから」

 「……は?」

 その言葉の意を汲みかねると言った態で、如月蓮華は小首を傾げる。

 「言ったまま。あたしは、死なない」

 その言葉を、秋庭里香は繰り返す。

 ポカンとする、如月蓮華。

 「……さっき言ったじゃない。死ぬって」

 「うん。だけど……」

 微かに青ざめた唇が、その言葉をハッキリと紡ぐ。

 「死なない」

 ますます分からないと言った風に、如月蓮華は小首を傾げる。

 「何言ってんのか、分かんない」

 「だから、言ったまま」

 秋庭里香の手が、カッターを握る手を掴む。

 「あたしはいつか死ぬ。それは確か。だけど、それなら“その時”が来るまであたしは絶対に死なない」

 「……!!」

 如月蓮華が、驚いた様に目を見開く。

 「ずっといっしょにいる。それが、裕一との約束だから。」

 その言葉が、確かに彼女を打ち据えた。

 

 

 「オレを死んだ姉と重ねてる!?何だよ、それ!?訳わかんねえぞ!!」

 視聴覚教室に向かいながら、吉崎から聞いた話に僕は仰天していた。

 「あたしだって、完全に理解出来てるわけじゃないです!!だけど、それだけは間違いありません!!」

 怒鳴る僕に怒鳴り返しながら、吉崎が走る。

 校内に残っていた生徒達が、何事かと目を丸くして僕らを見る。だけど、そんな事に構ってはいられない。走りながら、僕は蓮華の目を思い出していた

 暗く澱んで、それでいて沸々と滾るあの眼差し。

 と、それに絡まる様に甦ってくる記憶があった。

 暗い屋上。

 漂う、酒の臭い。

 顔を殴ってくる、拳の硬さ。

 腹を蹴ってくる、鈍い衝撃。

 転がったコンクリートの、冷たい感触。

 そうか。

 僕ははっきりと思い出した。

 あの瞳を。

 あの暗さを。

 あの、沸々と燃え滾る様な冷たさを。

 あれは、“あの時”の夏目の瞳だ。

 病院の屋上で、僕をボコボコにした時の夏目の瞳だ。

 暗くて、冷たくて、沸々と沸き立って。

 人を傷つけてるくせに泣きそうで、酷く痛そうな、あの瞳。

 泣きながら、何かに傷つきながら、誰かを傷つける人間の目。

 知らず知らずの内に、身体が震えていた。

 身体が内側から引っくり返ってくる様な、嫌な感覚だった。

 何だよ、お前!!

 里香に、何する気なんだよ!!

 頭の中の蓮華に、そう呼びかける。

 だけど答えなんて、返ってくる筈もなかった。

 

 

 「……凄いなぁ……」

 半分感嘆した様に、半分呆れた様に、如月蓮華は溜息をつく。

 「昨日とは別人みたい。それが、本当の秋庭里香?」

 そう言うと、彼女はユラリと顔を上げる。

 光のない、暗く澱んだ瞳。

 それが秋庭里香を映して、るぉんと揺らぐ。

 「だけどさ……」

 細い首が、機械仕掛けの様にカクンと動く。

 乱れたサイドテールが、それに合わせてふるふると震えた。

 「駄目なんだよ……やっぱりそれじゃ、駄目なんだ……」

 そう言って、途方に暮れた様に顔を左手で覆う。

 顔にかかっていた髪が、クシャリと潰される様な音をたてた。

 「あのさ……」

 パクパクと、無機質に動く口が言葉を紡ぐ。

 狭い水槽で、空気を求める金魚がする様に。

 「召使はねぇ、守りたかったの……。王女様を……自分の片割れを……」

 「え……?」

 唐突に出てきた単語。

 戸惑う、秋庭里香。

 けれどそれに構わず、如月蓮華は続ける。

 「それだけで良かった……。王女様さえ、そばで笑ってくれてれば、それで良かった……」

 うわ言の様に、ボソリボソリと呟く言葉。

 かすれた声が、教室の薄闇の中に溶けていく。

 「だけど、王女様は行ってしまった……。勝手に大事なモノを見つけて、勝手にそれを追いかけて、遠い所へ行ってしまった……」

 虚ろな瞳が、何かを追う様に宙を舞う。

 「召使をおいて、行ってしまった……」

 何かを堪える様に、声が揺れる。

 「……王女様は、もういない……。召使が守らなきゃいけなかった片割れは、もういない……」

 言いながら、両手を目の前にかざしてジッと見つめる。

 まるで、かつてそこに握っていたものを思い返すかの様に。

 「どうすればいい……?守らなきゃならないものを守れなかった召使は、いったいどうすればいい……?」

 「………」

 「どうしようもない……。全く、どうしようもないよね……」

 いつまでも続く、意の解せない言葉。

 返す言葉はない。ある筈もない。

 秋庭里香は、ただただ、立ち尽くすだけ。

 そんな彼女に、如月蓮華は笑いかける。

 それは、酷く弱々しくて。

 儚くて。

 今にも泣き崩れそうな笑みだった。

 しかし――

 「でもね、」

 声音は、唐突に変わる。

 「召使は見つけたの。もう一つの“片割れ”を」

 弱々しかった声に、熱がこもる。

 ただしそれは、生きる気力に満ちた健全な熱ではない。

 まるで、熱病に冒されて喘ぐ様な、病んだ熱。

 「奇跡だと思った。奇跡に違いないと思った」

 自分の手を見つめていた瞳が、再び秋庭里香の方を向く。

 澱んだ瞳。それは熱にうかされて、なお一層濁っている。

 「だから、決めたの。今度は離さない。今度は間違えないって」

 スゥ。

 目の前にかざされていた手が、その向きを変える。

 「だから……だからね……」

 開かれた手が、伸ばされる。

 まるで、差し伸べる様に。

 まるで、助けを求める様に。

 「アンタはいちゃ駄目なの。いちゃ、いけないの」

 秋庭里香は動かない。

 動けない。

 「あの“人”のために。あの“人”の未来のために」

 そして、白い指がゆっくりと、細い肩へと絡みつく。

 「ねえ……教えてあげる……」

 如月蓮華が、穏やかに微笑む。

 「アンタの誓いは、気高いの。きっと……ううん、間違いなく、気高いの」

 それは、肯定と、感嘆と、そして羨望さえも込められた言葉。

 「だけど……だけどね……」

 ツウ……

 微笑むその頬を、一滴の雫が滑り落ちる。

 「例え、皆がそれと認めなくても……。例え、皆がそれを否定しても……」

 ポタリ

 ポタリ

 雫が、落ちる。

 「それは、罪なんだよ……。間違いない、罪なんだよ……」

 微笑みながら。

 泣きながら。

 如月蓮華は言い続ける。

 「罪は、裁かれなくちゃ、いけないんだよ……」

 肩に絡んだ指。

 それに、グイと力が込められた。

 「!!」

 ガタタンッ

 鈍い音を立てて、二人の身体が倒れ込む。

 転がる椅子。

 傾く長机。

 床に広がる、黒い髪。

 打ち付けた痛みに、声を詰まらせる秋庭里香。

 そんな彼女を組み敷きながら、如月蓮華は終わりを告げる。

 「もう、逃がさない」

 笑いながら。

 泣きながら。

 震える手の中で、カッターがギチチと痛く鳴いた。

 

 

                                 続く


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