ー想い歌ー   作:土斑猫

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 本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・㉑

                   ―21―

 

 

 ……罪がある。

 例え、万人がそれと認めなくとも。

 例え、万人がそれを否定しても。

 存在する、罪がある。

 例えそれが、皆が賛美する美談であったとしても。

 例えそれが、皆が涙する哀話だったとしても。

 そこには必ず、罪がある。

 日の光の下に、ひっそりと、だけど必ず影が出来る様に。

 皆が見つめる光の裏に、必ずそれはあるのだ。

 そして、例え当人達がそれを知らないとしても。

 例え当人達がそれを承知で受け入れているとしても。

 ――罪は、罪――

 ならば、裁かれねばならない。

 なぜならそれは、罪なのだから。

 まごうことなき、罪なのだから。

 

 ――罪は、罰せられなければならないのだから――

 

 

 

 結局、その日は何事もないまま平穏に過ぎた。

 過ぎる、筈だった。

 けれど、それは間違いだった。

 僕は。

 僕達は。

 それでもまだ、甘く見ていたんだ。

 如月蓮華という少女が抱える、闇を。

 

 

 「あれ?メールが来てる」

 校門を出たところで、里香が自分の携帯を見てそう言った。

 僕らと同じ様に、当然里香も携帯を持っている。里香の場合、もしもの時のための緊急コールとしての役目も担っている。その存在は、僕達よりも重要だ。

 でも、そこは真面目な里香の事。

 学校内では絶対に使わない。

 こうして放課後、学校を出てからメールや着信記録を確認するのが日課だった。

 とは言っても、里香のアドレスを知っているやつは少ない。

 やたらめったらアドレスをばら撒く性格ではないし、そこまで深い仲の相手が少ないと言う事もある。僕や母親の他には、みゆきや司、山西、そして後は数人の同級生。そのくらいだ。だから、こうやって確認をしてもメールなんてめったに来てない。 

 珍しいな、と思いつつ僕は「誰からだよ」と訊いた。

 「……吉崎さんから」

 吉崎?吉崎って、吉崎多香子の事か?

 アイツが里香にメールなんて、何の用だろう。里香とは同じクラスなのだから、直接話せばいいだろうに。

 「何だってんだ?あいつ」

 「ちょっと待って。今、読むから」

 見ていると、メールを読む里香の顔が、だんだん真剣味を増していく。一体、何が書いてあったのだろう。そんな事を考えながら見ていると、里香がパチンと携帯を閉じながら言った。

 「裕一、あたし、ちょっと学校に戻る」

 「え?何でだよ?」

 「吉崎さんからのメール。ちょっと話したいことがあるって」

 そう言いながら、自転車の荷台から降りる里香。

 「明日じゃ、駄目なのか?」

 「駄目。今日の内に話したいって」

 「何なんだよ?一体」

 「裕一には、関係ないよ」

 そっけなく言いながら、里香は歩き出す。

 「裕一、先に帰ってていいよ?」

 「そんな訳にいかないだろ。待ってるから、早く戻ってこいよ」

 僕の言葉に微笑むと、里香は踵を返して夕闇の迫る校舎へと戻っていった。

 

 

 携帯に表示された名前を見て、あたしは首を傾げた。

 ――吉崎多香子――

 吉崎さんからのメールなんて、滅多にない。同じクラスだから、大抵の事はその場で話してしまう。今日だって、お昼休みに話している。

 それが、今に限ってどうしたのだろう。

 とりあえず、メールの内容を見てみる。

 

 『放課後、視聴覚教室で待ってます。来てください。by如月蓮華』

 

 思わず、息を呑んだ。

 彼女は、今日は欠席だと聞いていた。

 それが、どうして。

 もう一度、文を読み直す。

 一切の無駄を排した、簡潔な文。

 文面だけ見れば、想い人を呼び出す恋文の様にすら思えるそれ。 

 「来てください」の一文に滲み出る、込められた意思の強さ。

 液晶画面に映るデジタル表示のそれは、前に彼女が裕一に送った手書きの恋文よりも強い想いが感じられた。

 一瞬の逡巡が、頭を過ぎる。

 あの娘は知っている。

 あたしの持つ、病を。

 あたしが犯す、罪を。

 思い出されるのは、昨日の屋上での事。

 夕闇を背負った彼女が浮かべる、歪んだ笑み。

 見つめてくる、冷たい瞳。

 心を抉る、鋭い言葉。

 行けば、またそれらと向かい合う事になる。

 それを思うと、背筋が震えた。

 けど。

 だけど。

 チラリと、前の席でこっちを見ている裕一を見る。

 事の次第が分からず、「?」となっている間の抜けた顔。

 それが昨日の、彼の顔に重なる。 

 必死で、情けなくて、真剣で、そして、優しい顔。

 その時感じた、彼の存在。

 肩を掴む、手の熱さ。 

 ぎゅっと抱き締めてくる、腕の感触。

 微かに漂う、汗の匂い。

 それは、あたしに生きる意味をくれた、存在そのもの。

 そう。

 彼がいたから、あたしはあの時、生きる事を選べた。

 彼がいるから、あたしは今、生きていられる。

 だから。

 だから。

 あたしは、彼を放せない。

 否、放さない。

 それが、どれだけ自分本位な事だとしても。

 それが、どんなに罪深い事だとしても。

 ならば。

 それならば。

 向き合おう。

 もう一度。

 彼女に。

 自分の罪の体現に。

 そして、今度こそ言い放とう。

 何の虚飾も、言い繕いもなく。

 自分の。

 自分の想いを。

 パチン

 音を立てて、携帯を閉じる。

 そして、あたしは怪訝そうな顔をしている彼に向かって言った。

 「裕一、あたし、ちょっと学校に戻る」

 

 

 カツ カツ カツ

 夕闇の満ち始めた廊下に、乾いた足音が響く。

 放課後の廊下。人気の失せた廊下を、秋庭里香は視聴覚教室に向かって歩いていた。薄闇の向こうには、件の教室の扉が浮かび上がる様に見えている。それに向かってわき目も振らず、秋庭里香は歩いていく。

 一歩。

 また一歩。

 少しずつ。

 しかし確実に、近づいていく。

 やがて、その扉の前に立った秋庭里香は大きく一吸い、深呼吸をするとその扉を開いた。

 

 

 夕方の視聴覚教室は、薄暗くて静かだった。

 一歩中に入ると、校庭から聞こえていた運動部の人達の声が一気に遠くなる。

 部屋に、防音設備が施されているせいだろうか。

 それとも、もっと何か別の理由だろうか。

 教室の中を見回す。

 彼女の姿は見えない。

 まだ、来ていないのだろうか。

 そう思って振り返ろうとしたその時、

 バタン

 唐突に、扉が閉まった。

 遠くなっていた外界の音が、さらに遠くなる。

 「……来てくれるって思ってました。秋庭さん」

 いつの間にか後ろにいた彼女が、閉ざされた扉の前で笑っていた。 

 ガチャン

 後ろ手で鍵をしめる音。静かな部屋の中には、それはやけに大きく響く。

 「さあ、これでここにいるのはあたし達だけです」

 そう言いながら、手に持っていたものを机の上に放る。軽い音を立てて机の上に転がったのは、この視聴覚室の鍵。

 「逃げ場はないですよ。お互いに」

 そう言って、彼女――如月蓮華は綺麗に笑った。

 

 

 「だけど、結構人が良いですね。秋庭さん。昨日の今日だってのに。それとも、あたしのラブレター、そんなに強烈でした?考えて考えて考え抜いて、その結果があの一文。シンプル・イズ・ザ・ベスト!!戎崎先輩の時のは、ちょっと装飾過多だったかな?」

 そう言って、彼女はケタケタと笑う。

 だけど、それは表面だけの笑い。

 昨日の彼女を見た、今なら分かる。

 その、笑みの影に隠れた冷たさも。

 その内に秘められた、仄暗い滾りも。

 「……今日は、欠席だって聞いてたけど?」

 あたしの問いに、彼女は笑いながら答える。

 「そうですよ。ちゃんと、今日は休みますって電話しました。だから、今日あたしは学校(ここ)にいない事になってます」

 「何で、そんな事……」

 「何で?」

 ピタリと止まる笑い声。彼女の目が、キュウと細まる。

 「決まってるじゃない。誰にも邪魔されない様にだよ。これからの事を……」

 そんな言葉と共に、暗い瞳があたしを見据えた。

 

 

 「ここの視聴覚教室はいいね。防音設備がちゃんとなってて。おかげで外に音が漏れない」

 言いながら、彼女はコンコンと壁を叩く。

 「そう言えば、文化祭の時に、ここで男共がポルノビデオの上映会やってたんだって?やだねぇ。男共ってのはこれだから」

 そう言って、また声だけでケタケタと笑う。

 「聞く所によると、戎崎先輩も参加してたらしいね。駄目じゃない。付き合ってる男を欲求不満にさせとくなんて、女の名折れだよ」

 本気なのか冗談なのか、判然としない口調。

 「……用は、何?」

 あたしの問いに、彼女は壁の方を向いたまま答えた。

 「最後通告」

 「最後通告?」

 「そう。最後通告」

 顔は壁を向いたまま。

 声だけが、壁に反響する様に返ってくる。

 「最後通告って、何?」

 「分かってるくせに」

 声に、暗い険がこもる。

 背筋に走る悪寒。

 それを、ぐっと堪えて言い返す。

 「分からない」

 「嘘」

 そう言いながら、彼女が振り返る。

 振り返ったその目には、あの暗い炎が灯っていた。

 胸の内が、ザワリと疼く。

 「アンタは分かってる。誰よりも」

 言いながら、ツカツカと近づいてくる。

 触れるほどに近づく、顔。

 暗く揺れる瞳に、あたしの顔が映った。

 「アンタと一緒にいたら、戎崎先輩は未来を失う」

 ザクリ

 胸を抉る、鋭い言葉。

 「アンタは、戎崎先輩の全部を奪っていく」

 ザクリ

 ザクリ

 切り刻まれる、心。

 「そしていつか、自分だけいなくなる」

 ヒヤリ

 頬に走る、冷たい感触。

 音もなく上がった手が、あたしの頬を撫でていた。

 「そんな事が許される?許されると思ってる?」

 あたしの頬を嬲る、白い手。

 「ねえ。許されると、思ってるの?」

 暗い瞳。

 暗い、暗い瞳。

 暗い輝きの中に映る、あたしの顔。

 「許されないよね?許される筈、ないよね?」

 薄い唇が、耳元で囁く。

 許されない?

 そう。許されないのだ。

 許される筈もない。

 そんな事は。

 決して。

 決して。

 「ねえ。分かるでしょ?分かる筈でしょ?」

 優しく、言い聞かせる様に。

 冷たく、咎める様に。

 そう。あたしは分かっている。

 何もかも。

 とっくの昔に。

 「だったら……」

 だから、知っている。

 彼女の声が、これから紡ごうとするその言葉も。

 あたしが受け入れなければならない、その宣告も。

 「戎崎先輩と……」

 そう。

 彼女の言おうとしている事は正しい。

 本当に。

 本当に。

 彼の事を思うなら。

 あたしは、そうするべきなのだ。

 そうしなければ、いけないのだ。

 そんなあたしの心を見透かす様に、彼女はほくそ笑んで――

 そして言った。

 

 「別れて」

 「別れないよ」

 

 あたしの言葉に、彼女はスゥと目を細める。

 その手が、あたしの頬から離れた。

 「……本気?」

 「うん。裕一とは別れないし、離れない」

 あたしは言う。

 一句一句に、力を込めて。

 「アンタ、病気なんだよね?」

 彼女が、問う。

 「うん」

 あたしは頷く。

 「死ぬんだよね?」

 一寸の躊躇もなく紡がれる、その言葉。

 「うん」 

 だからあたしも、躊躇なく頷く。

 「なら……」

 「でも、駄目」

 言い放つ。きっぱりと。

 「裕一は、あたしのもの」

 彼女の肩が、ピクリと震える。 

 「約束したの。いっしょにいるって。ずっと、いっしょにいるって。だから、裕一はあたしのもの。渡さない。誰にも。もちろん、あなたにも」

 「………」

 秋庭里香の言葉に、如月蓮華は沈黙した。

 彼女は最初、無言で立ち尽くし、やがて脱力した様に俯いた。

 しばしの間。

 如月蓮華は、何も言わない。

 秋庭里香も、何も言わない。

 やがて、俯いていた如月蓮華がゆっくりとその顔を上げていく。

 暗い瞳が、再び秋庭里香の姿を映す。

 すっかり夕闇に沈んだ教室の中で、それは妙に輝いて見えた。

 

 

                                 続く


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