オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。
また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。
興味があれば、聞いてみてくださいな。
―2―
キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン
校内に、今日の授業の終了をつげるチャイムが鳴り響く。僕が昇降口に行くと、そこにはもう里香が待っていた。
「待ってたのか?」
僕が訊くと、里香は「うん」と言って頷いた。
「待ったか?」
「ううん。あたしも、今来たとこ」
「そうか」
「うん」
いつものやり取り。
そして、僕達は揃って歩き出す。
「今日もうち、寄るだろ?」
「うん」
「途中でまた、ぱんじゅうでも買ってくか?」
「あ、いいね」
いつもと変わらない放課後。
いつもと変わらない幸福。
それに浸りながら、僕達はいっしょに自転車置き場に向かって歩く。と、その途中で校舎の端が目に止まった。
その奥はこの時間、校舎の影でうっすらとした闇に包まれていた。ふと、あの手紙の事が頭に浮かぶ。
――如月蓮華――
正直、気にならないと言えば嘘だった。何せ、知らない相手からこんな想いを寄せられたのは初めてだ。もちろん、先だってみゆき達に言った様にイタズラの可能性は多々あるわけだけど、その逆の可能性だって十分あるわけで……。もしそうだとしたら、その娘は今、あの薄闇の中で僕の事を待っているのだろうか。来るはずのない僕を、たった一人でいつまでも。
ちょっとした罪悪感が、心を突つく。その痛みが、足の歩みを少し鈍らせた。
だけど――
「どうしたの?裕一」
その声が、僕を我に返す。見れば、里香が怪訝そうに僕の顔を覗き込んでいた。
「さっきから、何か上の空だし。何かあった?」
黒く澄んだ目が、僕の目を見つめる。
そこに心配の色を見てとった僕は、慌てて頭を振る。
「い、いや何でもないぞ!!何でもない!!」
「……何か、あからさまに怪しいよ?」
里香が探る様に、顔を突きつけて来る。距離が近い。耐えきれずに、僕は視線をあさっての方向に泳がせた。
「いや、ほら、あれだ。今晩のおかずはなにかなーとか考えてたんだよ」
「……本当に?」
「本当、本当」
「ふーん、なら、いいけど」
そう言って、里香は僕から目を離す。今一つ、釈然としてはいないようだけど、とりあえず追求は諦めた様だ。ほっと息をつく僕。と、同時にむらむらと腹が立ってきた。
大体、何で僕がこんな気を使わなきゃならないのだ。僕は何もやましい事はしていない。なのに、何でこんなにビクビクオドオドしなきゃならないのだ。そう。元はと言えば、みんなあの手紙のせいだ。湧いてきた怒りが全部、あの手紙の差出人に向かう。どの道、誘いに応じる気がない事には変わりがない。校舎裏だか、何だか知らないが、いつまでも一人で待っていればいい。
本物だろうが、イタズラだろうが、知った事か。
「ちょっと、裕一、どうしたの?」
急に足取りが荒々しくなった僕に、里香が訊いてくる。僕は「何でもねぇよ」とだけ返しておいた。里香も「変なの」とだけ言って、後は黙ってついてきた。
やがて自転車置き場に着くと、僕は置いてある自転車の列から自分のを探して引っ張り出した。里香はその横で、僕の準備が整うのを待っている。
「じゃ、行くか?」
準備が出来た僕がそう言うと、里香は「うん」と頷いた。僕と里香が並んで歩きだそうとしたその時―
「せ・ん・ぱ・い」
後ろから声がかけられた。聞き覚えのない、女の子の声だ。僕や里香を「先輩」と呼ぶ連中はたくさんいる。僕らは、そろって振り返った。振り返ったその視線の先には、見た事のない女の子が一人立っていた。
「やっぱり、こっちにいましたね。先輩」
女の子はそう言いながら、僕に向かって近づいてきた。どうやら、「先輩」という呼び声は僕にかけられたものの様だ。近づいてくる女の子は、当然というか、うちの学校の制服を着ている。その顔つきはとても整っていて、大人の持つ美しさと、子供の持つ可愛らしさが抜群のバランスで組み込まれている。サイドで纏められた黒髪は艶やかで、里香ほどではないにしろ、かなり長い。均整のとれた身体つきをしていて、その顔や髪とあいまって、ひどく魅力的な外見をしていた。
つまり十人に訊けば、十人が美人と答える。そんな風貌の女の子だった。
そんな女の子が、しゃなりしゃなりと僕に近づいてくる。僕の隣には、里香がいる。そして当然、僕らの周りにはたくさんの他の生徒達がいる。だけど、そんなものは目に入らないとでもいう様に、その娘の目は真っ直ぐに僕だけを見つめていた。ついに立ちつくす僕の目の前に立つと、彼女は制服のスカートの両端を摘まんで優雅にお辞儀をした。
「初めまして。戎崎先輩」
そう言って、僕の顔を見上げてくる。酷く、印象に残る瞳だった。里香と同じ様に、芯の強さを感じさせる瞳。だけど、その強さの質が違う。それは、里香の様に凛と澄み通った強さではなく、何処か底の見えない、仄暗さを感じさせる強さ。その瞳でニコリと微笑むと、その娘は僕に向かって言った。
「酷いですね。『信じてます。』って書いたのに」
「……誰だよ?お前……」
そう聞く僕に、女の子はクスクスと笑う。
「いやあだ。分かってるくせに」
笑いながら、僕のポケットを指差す。
「それに、ちゃんと書いてましたよね?」
何処で見ていたのか、その指先は間違いなくポケットの中の手紙を指していた。
「如月蓮華ですよ。先輩」
そう言って、如月蓮華は綺麗に、酷く綺麗に微笑んだ。
続く