ー想い歌ー   作:土斑猫

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 本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・⑰

                   ―17―

 

 

 頭の中が、グチャグチャだった。

 (……アンタ“達”は、いつもそう……)

 (今生きてる人の……これから生きてく人の……何もかもをかっさらっていってしまう……)

 (心も、夢も、希望も、未来までも奪い去って、それで自分だけ消えてしまう!!)

 (“有限”の時間しかもたないアンタと、“無限”の未来を持ってる先輩と……)

 (釣り合うと思ってるの?ホ・ン・ト・ウ・に)

 あの娘の言葉が、壊れたスピーカーみたいに頭の中でくわんくわん響いては消えていく。いくら耳を塞いでも、いくら目を瞑っても、その声は響くのを止めてくれない。

 やめて。

 やめて。

 まるで嵐の夜、風の音に怯える子供の様に、あたしはただただ、身を縮こませる事しか出来なかった。

 

 

 そうしているうちに、冷たい風が吹いてきて身体が冷えてきた。

 このままでは、本当に風邪をひいてしまう。

 そんな、半分現実逃避的な考えが浮かんできた。

 それでもいい。

 とにかく思考を逸らさないと、どうにかなってしまいそうだった。

 ふらつく足で、立ち上がる。

 学校の中に戻ろうと、屋上の戸をくぐったら、踊り場に誰かがいた。

 薄暗い校舎の中じゃあ、それが誰なのか、何をしているのかすぐには分からなかった。

 誰なのだろう。

 一人じゃない。

 二人?

 この暗い中、くっついて何をしているのだろう。

 分からない。

 ただ、何か近寄りがたい雰囲気だけが漂っていた。

 その空気に押されて、あたしは降りていく事を躊躇する。

 そうこうするうちに、暗さに目が慣れてきた。

 目を凝らす。

 ……裕一と、あの娘が一緒にいた。

 あの娘は裕一の首に手を回して、いっぱいに背伸びをして、そして――

 自分が何を見ているのか、分からなかった。

 けれど、時間が経つにつれて“それ”は頭に染みていく。

 そして――

 身体から、力が抜けていくのが分かった。

 崩れる体勢。

 腕が、開いたまんまのドアに当たった。

 ガタンッ

 腕が当たったドアが、大きな音を立てる。

 二人の顔が、いっせいにこっちを向いた。

 裕一は驚いた顔。そしてあの娘は――

 「――っ!!」

 何かを考える前に、身体が動いていた。

 ドンッ

 自分の肩が、二人のうちのどちらかにぶつかる。

 裕一の叫ぶ声が聞こえる。

 けど、それに構う余裕もない。

 今までに経験した事がない位の速さで、視界が過ぎていく。

 もう、何がどうなってもいい。

 いっそ、何もかも壊れてしまえ。

 そんな事を考えながら、あたしは走っていた。

 そう。あたしは“走って”いた。

 

 

 「……気付いて、いたんですか……?」

 自分の手を握る如月蓮華の母親に向かって、吉崎多香子は茫然と呟いた。

 「……一応、あの娘の親よ。あの娘が転校してこんなに早く、友達を作れる様な娘かくらい、分かってるわ」

 そう言うと、如月蓮華の母親は掴んでいた手を離す。

 「……ごめんなさいね。急に変な事言って……」

 「いえ……最初に妙な事をしたのはこちらですから……」

 よほど強く握られていたのか、赤く痕のついた手を見ながら吉崎多香子は姿勢を正す。

 「だまそうとして、申し訳ありませんでした」

 そう言って、頭を下げる。

 「……あの娘、何かをしようとしてるのね……」

 「……はい」

 「それは、誰かを……傷つける様な事……?」

 「そうなるかも、しれません」

 頷く吉崎多香子を見て、如月蓮華の母親は大きく息をついた。

 「分かったわ」

 「!?」

 その言葉に、吉崎多香子は思わず顔を上げる。しかし、

 「だけど……」

 如月蓮華の母親は、そんな吉崎多香子の顔を見つめ、こう言った。

 「一つだけ、お願いがあるの……」

 「え……?」

 そして紡がれた言葉に、吉崎多香子は息を呑む。

 「………」

 「どう……?聞いて、くれるかしら……?」

 一瞬の逡巡。けれど、もはや選択肢はなかった。

 躊躇いがちに頷く、吉崎多香子。

 それを見て薄く微笑むと、如月蓮華の母親は手の中の遺影に視線を落とす。

 「何の助けになるかも、分からないけれど……」

 そして、話は始まった。

 

 

 何も考えられなかった。

 気がつけば、僕の首には蓮華の腕が回され、唇は蓮華に塞がれていた。

 密着する身体の柔らかさと、鼻腔を満たす甘い香りに、ただただ、頭が真っ白になった。

 その時――

 ガタンッ

 大きな音が響いて、僕を現実に引き戻した。

 ハッとして蓮華の身体を突き放すと、音のした方を見た。

 ……上を向けた視線の先に、大きく目を見開いた里香の姿があった。

 「り……」

 思わず声をかけそうになった時、僕の前に立つ蓮華の顔が目に入った。

 瞬間、怖気が走る。

 笑っていた。

 嘲るでも。

 勝ち誇るでもなく。

 その顔は、笑っていた。

 “邪悪”という言葉がある。

 その言葉を、寸分の違いもなく体現する。

 そんな、笑顔だった。

 だけど、僕が蓮華に気をとられたその瞬間――

 ドンッ

 何かが、僕の肩に当たった。

 我に帰って見ると、階段を“駆け下りて”いく里香の姿が見えた。

 そう、里香は“走って”いた。

 その事を理解すると同時に、僕は叫んだ。

 「ばっ……里香、走るなっ!!」

 だけど、里香の足は止まらない。

 その姿は、見る見る階下へと消えていく。

 「くそっ!!」

 急いで後を追おうとすると、ガクンと身体が止まった。

 振り返って見れば、僕の右腕に蓮華が絡み付いていた。

 「何処行くんですか?先輩」

 その顔にあの笑みを張り付かせたまま、蓮華は言う。

 「ねえ、どこにも行かないで。ここにいて」

 甘く誘うような言葉。

 僕は、それを振り切る様に怒鳴る。

 「うるせえ!!放せ!!」

 「いやです。放しません」

 そう言って、腕にぶら下がったまま離れない。

 苛立ちと、焦りがつのる。

 「里香は心臓が悪いんだぞ!!それで手術もしてるんだ!!走ったりしたら、どうなるか分からないんだぞ!!」

 「それが?」

 なんでもない事の様に、そう言われた。

 絶句する僕に、蓮華は言う。

 「良いじゃないですか。別に。もし“そうなった”ら何も考えずに走った秋庭さんが悪いんです。先輩の事を責める人なんて、誰もいないし、あたしがさせません」

 「……お前、何言ってんだ……?」

 「いい機会だと思いません?この際、秋庭さんにはいなくなってもらいましょう」

 平然と言い放つその言葉には、微塵の躊躇もない。

 「先輩、今なら間に合います」

 何?何を言ってるんだ?こいつは?

 「今なら間に合います。先輩の未来には。だから、だから……」

 

 ――“今度こそ”、あたしを選んで――

 

 薄い花弁の様な唇が、確かにそう紡いだ。

 

 

                                   続く


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