オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。
また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。
興味があれば、聞いてみてくださいな。
-16-
――何か嫌な予感がしていた。
今日の放課後、いつもの場所に里香は来なかった。
最初は、今朝の事を怒っているのかと思った。
それなら、出てくるまで待とう。出てくるのを待って、今度こそ許してくれるまで謝ろう。
そう思い、僕は待った。いつまでも、いつまでも待った。だけど、いつまで待っても里香は出てこなかった。
一瞬、僕の目を盗んで帰ってしまったのかとも思ったけど、
一体、どうしたのだろう。
ひょっとして、具合でも悪くしているのではないか。そう思って保健室にも行ってみたが、やっぱりいない。保健の先生にも聞いてみたけれど、今日は来ていないと言う。
そうこうしている間に、だんだんと日が暮れてきた。
だけど、里香の姿はない。
薄闇に包まれて行く校内で、僕の内に異様な不安感が頭をもたげて来ていた。
酷く、嫌な気持ちだった。
何かが。
何か良くない事が、起こっている。
そんな気持ちだった。
どんどん闇色に沈んでいく校内で、僕は必死に里香を探し回った。
一つ一つの教室、職員室、図書室、体育館、果ては資料室やゴミ捨て場まで。
でも、その何処にも里香の姿はなかった。
残った場所は、ただ一つ。
屋上。
僕はそこを目指して、階段を上り始めた。
二階を過ぎ、三階も過ぎた。
そして、四階の踊り場に差し掛かった時――
~♪~♪♪~♪♪~♪~
どこからともなく、綺麗な歌声が聞こえてきた。
「?」
それに促される様に上を見上げる。
途端――
「あれぇ?先輩、どうしたんですかぁ?」
聞き覚えのある声が、頭の上から降ってきた。
♪――期待の中僕らは生まれた
祝福するは教会の鐘
大人達の勝手な都合で
僕らの未来は二つに裂けた――♪
「如月さん、お姉さんがいたんですか……?」
その頃、吉崎多香子はアルバムを見せられながら話を聞いていた。
「ええ……。とても……とても仲の良い姉妹だったわ……」
そう言って、如月蓮華の母親は手にした遺影を撫でる。
「本当に、そっくりですね」
アルバムをめくりながら、吉崎多香子は言う。
赤ん坊の頃から、鈴華と蓮華は、いつも一緒に写真に写っていた。その手は常に握り合わされ、その絆の強さを表しているかの様だった。
「そうでしょう。いくら一卵性双生児だからって、限度ってものがあるわよね。あんまり似すぎてて、親のわたし達でさえ区別がつかないくらいだったわ。だから、ほら……」
クスクスと笑いながら、如月蓮華の母親はアルバムの写真を示す。
「鈴華は髪を右で結って、蓮華は左で結う様にしてたの。そうやって見分けがつく様にしてくれてたのよ」
そう言えば、如月蓮華はいつも左で髪を結っていた。なるほど、そういう意味があったのか。
と、そこで吉崎多香子はある違和感に気付く。
家族のアルバムの筈なのに、そこにはあるべき人物の姿がない。
「……あの、失礼ですが、ご主人は……?」
その問いに、如月蓮華の母親は苦笑いを浮かべた。
「わたしね……離婚してるの。二人が小学生の時に」
「え!?あ、す、すいません……」
慌ててあやまるが、当の本人はどうと言う事もないと言う
「気にしないで。世間じゃ、よくある事でしょ?」
「はぁ……」
そうは言われても、気まずい感は否めない。それを誤魔化す様に、出されていたお茶を啜る。
「ただ、二人には可哀想な事をしたと思ってる……。鈴華は向こうが、蓮華はわたしが引き取ったんだけど、二人には酷く反対されてね。当たり前よね。生まれてからずっと一緒だったのを、大人の勝手な都合で裂かれちゃったんだから。蓮華なんか、分かれてから一年間、ろくに口も聞いてくれなかったわ……」
何かを思い出す様な口調。それに、どこか後悔の気配が感じられたのは、気のせいだろうか。
「それでも、二人はしょっちゅう会ってたのよ。日曜日や祝日、夏休みに冬休み……。休みの時には必ずって言っていいくらい、二人で出かけていたわ」
休みの時はいつも?分かれて住む様になってなお、そんな関係を続けていたのか。生半可な依存度ではない。
「一度ね、学校の友達とも遊んだらって言ってみたのよ。そうしたら、『友達なんていらない。あんたなんかに言われる筋合いはない』って、言われちゃった」
そう言って、如月蓮華の母親は自嘲気味にフフッと笑う。
「当たり前よね。二人を裂くきっかけを作ったのは、
そうか。と吉崎多香子は思う。如月蓮華にとって、自分達を裂いた親も敵意の対象だったのかもしれない。その事が、彼女達二人の相互依存をより高くしていったのだろう。
「そんな二人だったから・・・、鈴華が亡くなった時の
当然だろう。
それほどに依存度の高い二人だったのだ。
如月蓮華にとっては、自分の半身が、いや、世界の半分が失われたに等しい程の喪失感だっただろう。
「あの……差し障りがなければ、お訊きしたいんですが……」
おずおずと切り出す吉崎多香子に、如月蓮華の母親は何?と聞き返した。
「鈴華さんは……どうして……」
「………」
その言葉に、如月蓮華の母親の顔から表情が消えた。
ス……
冷たい感触が、吉崎多香子の手を包む。
音もなく伸びてきた如月蓮華の母親の手が、彼女の手を掴んでいた。
驚く吉崎多香子に、如月蓮華の母親は表情の無い顔で言った。
「吉崎さん。貴女、嘘はついていない……?」
その言葉に、吉崎多香子は息を呑んだ。
♪――たとえ世界の全てが
君の敵になろうとも
僕が君を守るから
君はそこで笑ってて――♪
最初、僕にはそいつが誰だか分からなかった。
周囲が薄暗かった上に、目印のサイドポニーを下ろしていたから、すぐに分からなかったのだ。
「どぉしましたぁ?先輩ぃ?あたしですよぉ」
声を聞いて、初めてそいつが如月蓮華だと分かった。
「何だよ!?どうしてお前、こんな所に……」
「別にぃ。ただ屋上でぇ、風にあたってただけですよぉ?」
言いながら、トントンとステップを踏む様に階段を下りてくる。
「風にあたってたって、お前……」
その時、僕は蓮華の異常に気づいた。
顔が、妙に紅潮している。
声が、妙に上ずっている。
その様はまるで、何かに興奮している様に見えた。
「……何だよ?お前。何そんなに興奮して……」
そこまで言って、僕はハッとした。
僕はここに、里香を探してきたのだ。
なのに、そこに
どういう事だ?
「……おい、お前、里香と一緒じゃなかったか?」
「えー?秋庭さんですかぁ?知りませんよぉ?」
いつもの様に、ヘラヘラと笑いながら蓮華は人を食った様にそう答える。けれど、その白々しさが、逆に僕に確信を与える。
「……一緒だったんだな?里香と……」
「………」
蓮華は答えず、ヘラヘラと笑っている。まるで何かに酔っている様だ。その異様に、感じていた不安感がはっきりと形をとり始める。
間違いなく、
なのに、
今や形をとった不安が、胸の中でグルグルと蛇の様に渦を巻き始める。
「お前……里香に何したんだよ……?」
答えはない。ただヘラヘラと笑うだけ。
「何したんだって訊いてんだよ!!」
僕は蓮華の肩を掴み、怒鳴りながら揺さぶった。
「やだぁー、先輩ぃー。そんなに激しくしたら痛いですぅー」
らちがあかない。
僕は、蓮華を放して屋上に向かおうとした。
だけど――
「せ~んぱい♪」
僕の腕に、蓮華が絡みついて来た。
「何だよ!!放せよ!!」
「いやです~」
振り払おうとする僕に、蓮華はますます身体を密着させてくる。腕に柔らかい膨らみが押し付けられ、僕の心臓を飛び跳ねさせた。
「ねえ、先輩……」
僕の腕に胸を押し付けながら、蓮華が見上げてくる。下ろされた髪がサララと流れ、甘い香りが散る。
「あたしと、“いい事”しません?」
「え……?」
その言葉の意味が頭に染みるのに、数秒がかかった。
「ば……何言ってんだ!?お前!!」
「いいじゃないですか。ほら、周りはこんなだし、誰も見ていませんって」
言いながら、制服のスカーフを外す蓮華。
「そういう問題じゃ……」
もつれ合ううちに、僕の背中が壁に当たった。蓮華はそのまま、僕を壁に押し付ける様にしなだれかかってくる。
「どうせ、秋庭さんとも“まだ”なんでしょう?いいですよ。あたしなら、何でもさせてあげるし、してあげます」
柔らかい身体と、甘い息。火照った体温が制服越しに伝わり、蠱惑的な言葉が耳をくすぐる。
一瞬、意識が呑まれそうになる。
僕はブンブンと頭を振って意識を立て直すと、蓮華を押し返そうと視線を戻す。
と、その視線が僕を見上げる蓮華のそれとかち合った。
……酷く、暗い瞳だった。
火照っている身体とは裏腹に、その目は冷たく冷えていた。
暗く、冷たく燃える、黒い瞳。
それに、僕はいつか感じた既視感を再び感じる。
ああ、やっぱり僕はこの瞳を見た事がある。
何処で見たのだろう。
誰の瞳だったのだろう。
「ねえ、先輩……」
蓮華が囁きかけてくる。
「“楽しい”でしょ?」
熱く、だけど冷たく。
「やめちゃいましょうよ……あんな
声が、囁く。
「綺麗ですよね……可愛いですよね……。秋庭さん……。でも……」
蛇の様に絡みつく、蓮華の身体。
「儚いですよ……あんなの……直ぐに消えちゃいますよ……?」
冷たい吐息が、耳朶にかかる。
「やめましょうよ。楽観も、目をそらすのも。泣いても喚いても、病気は治りません……。希望なんか……」
そして、最後の一言が――
「“ゴミみたいなものです”」
「―――っ!!」
その言葉を聞いた途端、僕の脳裏で一つの記憶がフラッシュバックした。
暗い屋上。
漂う、酒の臭い。
顔を殴ってくる、拳の硬さ。
腹を蹴ってくる、鈍い衝撃。
転がったコンクリートの、冷たい感触。
そう、これは、この目は――
我に帰った瞬間、口を塞がれた。
……蓮華の唇が、僕の唇を塞いでいた。
固まる身体。
止まる時間。
頭がクラリとしたその瞬間――
ガタンッ
上の方で音がした。
ハッとして蓮華の身体を押し戻す。
見上げた視線の先、屋上への入り口に――
目を見開いて僕らを見つめる、里香の姿があった。
♪――君は王女 僕は召使
運命分かつ 哀れな双子
君を守る その為ならば
僕は悪にだってなってやる――♪
――僕は 悪にだってなってやる――
続く