ー想い歌ー   作:土斑猫

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 本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・⑮

                  -15-

 

 

 ♪――君は王女

 僕は召使い

 運命分かつ哀れな双子

 君を守るそのためならば

 僕は悪にだってなってやる――♪

 

 

 吉崎多香子は、硬直していた。

 友達を装って訪れた、如月蓮華の家。

 通された客間の隣。

 小さな仏間に置かれた仏壇。

 そこに飾られた、真新しい遺影。

 それに目を向けたまま、吉崎多香子は固まっていた。

 脳内は、混乱の極み。呆けた様に立ち尽くし、ただ目の前の信じがたい事実を見つめるだけ。

 無理もないかもしれない。

 なぜなら、その遺影の人物に吉崎多香子は大いに見覚えがあったのだから。

 綺麗に磨かれたガラスの中に収められた写真。

 そこに、穏やかな笑みを浮かべて写っている人物。

 それは、誰あろう如月蓮華本人だった。

 

 

 赤黒い夕焼けの中で、長い黒髪が風に舞う。

 まるで、夜闇に羽ばたく魔物の様に。

 バサバサと、虚ろに乾いた音を立てて。

 暗がりに沈む顔。表情が分からない。

 だけど、これだけは分かる。

 彼女は今、笑っている。

 「――アンタは、いつ“死ぬ”の?――」

 耳に寄せられた唇が、もう一度その言葉を紡ぐ。

 秋庭里香は何も言わない。

 何も、言えない。

 「10年?5年?それとも、もっと――」

 バンッ

 秋庭里香の手が、如月蓮華を突き飛ばす。

 しかし、その身体はビクとも動かない。

 「ケホ……あー、痛い。けど、やっぱり力、弱いねぇ……?」

 突かれた鳩尾をさすりながら、ほくそ笑む。

 「そんなんで、戎崎先輩の将来の心配ってか?よくもまあ……」

 クックックッ……

 笑う。嘲り笑う。

 「先輩の未来、台無しにするのはあたしとアンタ、どっちかしら?」

 「……ッ!!」

 長い髪の間から覗く、真っ黒い瞳。

 それが、燃えている。

 ゆらゆらと、揺らめく様に、暗く、冷たく燃えている。

 「……アンタ“達”は、いつもそう……」

 薄い唇が言葉を紡ぐ。

 綺麗に、けれど残酷に。

 「今生きてる人の……これから生きてく人の……何もかもをかっさらっていってしまう……」

 その“真実”を、言葉に紡ぐ。

 「心も、夢も、希望も、未来までも奪い去って、それで自分だけ消えてしまう!!」

 冷たい、そして切り裂く様な、叫び。

 それが孕む憎悪が、暴風の様に秋庭里香の心に吹きつける。

 「……でもね」

 カシャン

 フェンスを掴んでいた手が、鈍い音を立てて外れる。

 「……まだ、間に合う……」

 フェンスから外れた右手が、秋庭里香の頬を撫でる。

 屋上を通る風に晒されていたせいか。

 それとも、もっと別の理由か。

 それは、酷く冷たく感じた。

 「そう。今ならまだ間に合う。今、アンタの呪縛さえなくなれば、戎崎先輩の未来には、まだ充分に間に合う……」

 薄闇に沈む顔。

 パクパクと動く口だけが、やけにはっきりと見える。

 「心配しなくてもいい。アンタが抜けた後の穴は、あたしが埋める。あたしが先輩を支えてあげる……。だから……」

 いつの間にか、その顔から嘲りの色が消えていた。

 冷たい、ただ冷たい視線だけが、秋庭里香の心を射る。

 そして――

 「……“戎崎裕一”を“解放”しなさい」

 秋庭里香の頬を撫でながら、如月蓮華は通告する。

 まるで、罪人に判決を下す裁判官の様に。

 だけど。

 だけど――

 秋庭里香は頷かない。

 竦み上がる身体のせいか。

 せめてもの抵抗なのか。

 それは分からない。

 ただ、その様を見た如月蓮華は大仰な溜息をついた。

 「……戎崎先輩とアンタがどんな“誓い”を交わしたのかは知らない。関係ない。興味ない。けど……」

 スゥと上がってきた、もう片方の手。それが、秋庭里香のもう片方の頬を包む。固定される顔。

 まるで、逃げる事は許さないと言う様に。

 「どう頑張ったって、“有限”の時間しかもたないアンタと、“無限”の未来を持ってる先輩と……」

 嬲る様に。

 いたぶる様に。

 言葉は続く。

 「釣り合うと、思ってるの?ホ・ン・ト・ウ・に」

 それが、目の前の少女の心を確かに切り削っている事を確信しながら。

 如月蓮華は言葉を続ける。

 カタカタ……カタカタカタ……

 フェンスが、小さな音を立てて震えている。

 否、震えているのはフェンスではない。

 震えているのは、それに預けられた小さな身体。

 秋庭里香の、小さな身体。

 「……どうしたの?寒い?」

 わざとらしく。

 白々しく。

 瞳を歪ませながら。

 「そうだね……。日も沈んだし、風も出てきた……」

 そんな言葉とともに、秋庭里香の頬から冷感が消える。

 「そろそろ止める?風邪でもひいたら、面倒だし」

 捕えた獲物を啜り尽くした蜘蛛がそうする様に、如月蓮華が秋庭里香から離れる。

 暗い闇に落ちていた顔が、ニコリと笑む。

 「秋庭さんも、早く帰った方がいいですよ。何せ……」

 そして如月蓮華は言う。

 切り開いた傷口に、鈍い刃物を捻じ込む様に。

 「一人の人間の未来より、“大事な身体”ですもんね」

 「……!!」

 そう言い捨てると、クルリと踵を返す。

 そのまま、スタスタと屋上の入り口に向かって歩いていく。

 もう、振り向きもしない。

 やがて、その姿は入り口の向こうの闇の中へと消えていった。

 微かな歌を、響かせながら。

 

 

 秋庭里香は動かなかった。

 否、動けなかったと言う方が正しいか。

 カタカタと震える身体を、自らの腕でかき抱く。

 寒い訳ではない。

 そんな、単純な生理現象ではない。

 心が、心の奥底が、戦慄いていた。

 ズル……ズルズルズル……

 フェンスに預けていた背が下がっていく。

 そのまま、力なく床に座り込む。

 ポタ……ポタポタ……

 床に投げ出されたスカートの上に、温かい水滴が幾つも落ちる。

 両目から溢れるそれを拭う事もせず、秋庭里香は両手で顔を覆った。

 

 

 「驚かせちゃった?」

 「―――っ!?」

 唐突に後ろからかけられた声に、混乱の体にあった吉崎多香子は飛び上がらんばかりに驚いた。

 声の主――如月蓮華の母親は彼女の脇を通り、仏壇の前に座って遺影を手に取る。

 「この娘はね、“鈴華(りんか)”って言うの……」

 そう言って、愛しげに遺影を撫でる。

 「りん……か、ですか?」

 「ええ……。あの娘の……蓮華の双子のお姉さんだったのよ……」

 その言葉に、吉崎多香子は再び驚きに目を見開いた。

 

 

                                   続く


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