オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。
また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。
興味があれば、聞いてみてくださいな。
―13―
『♪……君は王女 僕は召使い……♪』
灯りが落とされ、常夜灯だけになった部屋の中に、微かな歌声が響く。
薄暗い自室の中、如月蓮華は卓上のPCから伸ばしたヘッドフォンを耳につけ、その”歌”を聴いていた。
机の上に投げ出された指が、時折トントンとリズムを刻む。
口の中で歌を口ずさみながら、如月蓮華は今日の首尾を思い返していた。
どうやら、事は万事思った通りに進んだらしい。
どうしてどうして、秋庭さんも所詮は一人の乙女ということか。
好きな男の事は、それなりに気になるものらしい。
それにしても、わざわざ自分から“はまり”に来てくれるとは思わなかった。
全く、ありがたい事だ。
それにしても、あの馬鹿達のお陰でその場に入れなかった事は残念でならない。
もしその場にいれば、そこで“とどめ”を刺す事も出来ただろうに。
けどまあ、それはいい。
その機会はこれからいくらでもある。
精々、“残り”の時間を大事にすればいい。
「……先輩、もう少しですよ……」
薄い唇がポソリと呟く。
そして――
「♪……君を守るその為ならば 僕は悪にだってなってやる……♪」
薄暗い部屋の中、そのフレーズを口にしながら、如月蓮華は冷たく微笑んだ。
昏い。
昏い。
夜闇の様な笑みだった。
キイキイ キイキイ
錆びの浮いたペダルが、気の重たそうな音を立てながら回る。まるで、今の僕の心を代弁しているかの様だ。僕は今、いつもの登校路の緩い坂を自転車を押しながら登っていた。
里香とは昨日、あんな別れ方をしてそのまんまだ。実に情けない話だが、昨夜は怖くて電話をかける事も出来なかった。
こんな事で、今日仲直り出来るのだろうか?
そんな不安を抱えてるせいか、通いなれている筈の坂道がいつもよりきつく感じる。いや。きついのは坂ではない。足が重いのだ。
この先のカーブを曲がると、いつもの里香との合流地点だ。いつもなら心躍らせて登る筈のその坂を、今日の僕はひたすらノロノロと登る。あのカーブの先で、彼女は待っていてくれるだろうか。ひょっとしたら、昨日の事をまだ許してくれてなくて、僕を置いてとっくに学校に行ってしまったりしているかもしれない。
そんな事を考えると、どんどん不安が募り、それに比例して足もどんどん重くなっていく。まるで、鉛の入った靴でも履いてる様だ。それでも、歩いている以上、どうしたって終わりは来る。
僕はいつしか、しっかりカーブの手前まで着いてしまっていた。
僕はしばし躊躇したが、結局は腹を据えた。どうせ、この道を通らなければ学校にはいけないのだ。
それに、昨夜決めたではないか。里香にあったら、一番に「ごめん」と謝ろうと。直ぐには許してくれないかもしれないけど、許してくれるまで謝ろうと。
それが、今の僕達の関係を修繕する唯一の手だ。
僕達の間に出来たひび割れはまだ浅い。修繕は容易な筈だ。逆に、今逃げてしまえば、それは決定的な亀裂となってしまう。そんな事は、絶対に避けなければいけなかった。
僕は大きく息を吸い、腹にためてから、ゆっくりと吐いた。
そして自分の両頬をパシパシと叩くと、「よしっ!!」と気合を入れる。
一拍の間。そして、僕は一気にカーブを曲がった。
果たして、その先に――
里香はいた。
「おはよう」
目を合わせた途端、里香は何でもないかの様にそう言ってきた。
まるで、いつもと変わらない調子で。
「お、おう、おはよう」
釣られて、思わず僕も言う。
「遅かったね。早く行こう。遅刻しちゃうよ」
里香が本当に何でもない事の様に言うものだから、僕もつい「おう、じゃあ、急ぐか」なんて言ってしまいそうになる。
一瞬、この調子なら“あの事”には触れないで済むんじゃないか?なんて考えが浮かんだけど、僕はそんな自分の考えを打ち消した。
昨日、馬鹿な真似をして里香を傷つけたのは僕なのだ。
その僕が、里香に甘えて問題をうやむやにするなんて、許される筈がない。
僕は自転車のスタンドを立てると、里香の前で気をつけをした。
「?」と言った顔で僕を見る里香。
そんな里香に向かって僕は、「すいませんでしたー!!」と思いっきり頭を下げた。
「昨日は馬鹿な真似をしてしまって、本当にすいませんでした!!二度とあんな真似はしません!!許してください!!」
頭を下げたまま、僕は一息にそう言った。
「………」
里香は何も言わない。
僕はその体勢のまま、彼女の答えを待つ。
「………」
「………」
流れる沈黙。
だんだん、お辞儀の姿勢が疲れてきた。だけど、里香の許しが出るまでは頭を上げない。
僕は、そう決めていた。
「………」
「………」
反応は、一向に返ってこない。何だか腰がメリメリ言ってきた。額から、汗がダラダラと流れてくる。
それでも、頭を上げる訳には行かない。
「………」
「………」
続く沈黙。
もう、腰が限界だ。このまんまじゃ、腰が落ちて尻餅をついてしまう。
冗談じゃない。
里香の前で、そんな醜態は御免だ。
僕が汗だくで歯を食い縛ろうとした、その時――
「ぷっ!!」
唐突に、里香が吹き出した。
「あははははは、裕一、何?その必死な顔。おっかしい!!」
そう言って、腹を抱えて笑っている。僕は唖然として、里香を見つめた。
「あの……」
「何?」
笑いながら訊き返してくる、里香。
「怒って、ないのか……?」
「何を?」
「その……昨日の、弁当の事……」
その言葉に、里香は笑うのを止めると僕をジッと見つめてきた。
「……怒ってるよ?」
その言葉に、僕の心臓が飛び上がる。
だけど――
「でも、いい」
次に飛んできた一言が、クッションとなって僕の心臓を受け止めた。
「……今、何て……?」
確かめる。
「いいって言った。もう、いい」
里香は澄ました顔でそう言った。
「……許して、くれるのか……?」
「許さないよ。でも、いい」
訳が分からない。
でも、里香の顔に怒りの色はなかった。
「ほら、早く行こう。本当に、遅刻しちゃう」
そう言って、僕に手を差し出してくる。
「お、おう」
内心、僕はホッとしていた。
どうやら里香は、昨日の問題を保留……と言うか棚上げにしてくれるつもりらしい。
『許さないけど、もういい』
つまりはそう言う事なのだろう。
僕は差し出された手を掴もうと、自分の手を上げる。
この手を取れば、みんな元通り。
僕の手が、里香の手に近づく。
二人の手が触れようとした、その時――
「そうは烏賊の真薯揚げーっ!!」
そんな声と共に、伸びてきた手が、今まさに里香の手に触れようとしていた僕の手を横から掻っ攫った。
「んなっ!?」
驚く僕。
里香も目を丸くしている。
「あ~ん。先輩の手、暖か~い♡」
そんな事を言いながら、僕の手に頬ずりしているのは誰あろう、如月蓮華だった。
「な……何だよ、お前!!何でこんな所に……!?」
「決まってるじゃないですか~。先輩と一緒にラブラブ登校するためです~」
その答えに、僕は絶句した。
こいつ、僕と一緒に登校するためにわざわざこの道まで遠回りして来たって言うのか!?
馬鹿だろ!!いくらなんでも!!
「何なんだよ!?お前!!ホントに馬鹿なのか!?」
「あ~、ひっど~い!!少しでも愛しい
「うっせぇ!!離れろ!!遅刻するだろ!!」
「先輩と一緒なら、遅刻してもいいです~」
妙に艶っぽい声を上げながら絡み付いてくる蓮華を必死に引き剥がそうとしながら、僕は里香に向かって言った。
「ちょ、里香、違うんだって!!これは、その……」
「秋庭さん、とっくにいませんよ」
「……へ……?」
そう。そこにはもう、里香の姿はなかった。
「里香……」
呆然と佇む僕の耳に、遠くで授業開始のチャイムが響いてきた。
「―――っ!!やべえ!!遅刻だ!!」
僕が慌てて自転車にまたがろうとすると、
「えへへ。じゃー先輩、行きましょう」
いつの間にか、荷台に乗っかった蓮華がニパリと笑いながらいけしゃあしゃあとそう言った。
「何やってんだよ!?お前!!降りろよ!!」
「いやです」
「ふざけんな!!マジで遅刻だぞ!!どうするんだよ!?」
「どうもこうも、急いで行くしかないんじゃないですか?それとも、いっそこのままサボってデートでもしましょうか?あたしはぜんぜん構いませんけど」
いくら喚いても、柳に風だ。
蓮華は微塵も、その態度を崩さない。
ついでに、荷台からも降りない。
くじけそうになりながら、それでも僕は最後の力を込めて怒鳴った。
「どけよ!!そこは里香の場所なんだ!!」
その瞬間、蓮華の顔から表情が消えた。
能面の様な顔が、人形の様な暗い目が、僕を見据える。
「―――!?」
怖気が走り、僕は出かけていた言葉を飲み込んでしまった。
でも、それは一瞬。
その顔に、ニパリとした笑みを戻すと、蓮華はキッパリとこう言った。
「じゃあ、今日からこの場所、あたしが貰います」
僕は、全身の力が抜けるのを感じた。
結果。
その日は、前日にもまして最悪だった。
あの後、結局僕は頑として荷台から降りない蓮華を乗っけたまま、登校する羽目になった。
お陰で、朝から鬼大仏に遅刻だの不純異性交遊だのと怒鳴られるわ、戎崎がとうとう秋庭を捨てて如月に乗り換えただの、如月といちゃついてたせいで遅刻しただのと言った噂が飛びまくるわで、僕は全学校関係者から吊し上げを食らっている様な気持ちだった。
そして、肝心の里香とはその後も連絡とれず。
……休み時間、僕はトイレの個室でちょっと泣いた。
「……先輩、ちょっと」
その日の昼休み、沢山の同級生に囲まれて、質問攻めに会いながら弁当を食べ終えた秋庭里香は、新たにかけられてきた声に些かウンザリしながら顔を上げた。しかし、その声の主が吉崎多香子だと知ると、少なからずホッとして席を立った。
「何?吉崎さん」
吉崎多香子が秋庭里香を引っ張って来たのは、あの屋上への踊り場。学校の中でも人気のない場所だった。そんな所に自分を連れてきた吉崎多香子の真意を図りかね、秋庭里香は彼女に向かってそう問うた。
すると、吉崎多香子はくるりと秋庭里香に向き直り、こう言った。
「先輩。今日の噂、本当ですか?」
いきなり、何をつまらない事を聞いてくるのだろう。
吉崎多香子はこんな噂に興味を持たないと思っていた秋庭里香は、少なからず失望した様な気持ちで答えた。
「知らない」
しかし、その答えと秋庭里香の表情から、噂がまだ噂の域を出てない事を察した吉崎多香子は、秋庭里香に詰め寄る様にして言った。
「先輩、これ以上
今までに見た事もないほど真剣な顔でそう言い迫ってくる吉崎多香子に、少なからず驚きながら、秋庭里香は問い返す。
「吉崎さん、どうしたの?
訝しがる秋庭里香に、吉崎多香子は昨日自分が見た事を、包み隠さず話した。
昨日の放課後、なぜ如月蓮華が自転車置場に現れなかったのか。
その時、ここで何が起こっていたのか。
吉崎多香子の言葉を聞く内に、秋庭里香の顔にも驚愕の表情が広がっていく。
そして最後に、吉崎多香子は念を押す様にこう言った。
「とにかく、
「う、うん……」
その迫力に押される様に頷く、秋庭里香。それに安堵したのか、吉崎多香子は一息つくと教室に戻っていった。
一方、後に残された秋庭里香は、何か思案に暮れるかの様にその場に佇んでいた。
……いつまでもいつまでも、佇んでいた。
この時、吉崎多香子は自分が致命的なミスを犯した事に気付いていなかった。
それは、この事を秋庭里香だけに伝えてしまった事。
そして、その秋庭里香の性格を、考慮に入れていなかった事である。
……事態はゆっくりと、回り始めていた。
続く