ー想い歌ー   作:土斑猫

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 本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・⑫

                  ―12―

 

 

 ……一体あたしは、どうしてしまったんだろう。

 部屋の中、畳の上に寝転がりながら、あたしは今日の事を思い返していた。目をつぶると浮かんでくるのは、情けない顔で途方に暮れている裕一の姿。

 ゴロリ

 身を転がす。

 だけど、網膜に焼きついたその顔は、いくら転がってもしっかりとついてくる。

 何であたしは、彼にあんな事をしてしまったんだろう。

 何であたしは、彼にあんな事を言ってしまったんだろう。

 (そこまで聞いてたんなら、あれも聞いてただろ?オレがキレてあいつに怒鳴ったの……)

 耳に蘇る、彼の言葉。今にも泣き出しそうな、必死な声。

 そう。あたしは聞いていた。

 分かっていたのだ。

 裕一に、あの娘に対する下心なんてありはしないと。

 だけど。

 だけど。

 屋上で、二人で連れ立って屋上に向かう姿。

 「美味かった」という裕一の言葉。

 それらに被さる様に頭に響く、“あの娘”の声。その声はだんだん大きくなって、アタシの内で割れ鐘の様に響き渡る。

 「ああ、もう!!」

 それを振り払う様に、ガバリと身を起こす。乱れて顔にかかる髪を振り払って大きく息をつくと、外に薄闇が堕ちた窓が目に入る。立ち上がって窓の外を見ると、夕日はもうその峠を越えて遠くの山の向こうに消えかけていた。いつもなら、あたしが裕一に送られて帰ってくる頃合だ。

 今日、彼はこの薄闇の中を一人で帰ったのだろうか。

 そう、たった一人で。

 後悔に苛まれながら。

 胸の奥が、チクリと痛む。

 けど、それ以上に重苦しく圧し掛かるのは、彼に付きまとう“あの娘”の存在。まるで、胸の中に大きな蛇がとぐろを巻いている様。

 こんな気持ちは、初めてだ。

 病院で、裕一がエッチな本をたくさん隠してるのを見つけた時も。

 文化祭で、変な映画を見てた事を知った時も。

 こんな気持ちになった事はなかった。

 一体、この気持ちは何なのだろう。

 ……いや。かまととぶるのは止めよう。

 あたしは知っている。

 この気持ちは、“嫉妬”だ。

 あたしはあの娘に、如月蓮華に嫉妬しているのだ。

 彼女が、一人で騒いでいるだけだと知っているのに。

 彼が、さんざんそれに辟易していると知っているのに。

 それでもあたしは、彼に別の女が付き纏っているのが許せないのだ。

 ……自分が、こんなにも独占欲が強いとは知らなかった。

 裕一も、きっと驚いているに違いない。

 自分ですら、よく理解出来ないこの感情。他の人に、彼に理解してくれと言うのは酷だろうか。

 それに、一抹の不安がない訳でもない。今日、裕一は不本意だとしても、如月蓮華の誘いに乗った。それはどんな形であれ、彼が少なからず彼女に興味を持ったという事だ。

 彼が、他の女に興味を持つ。

 それを考えただけで、胸の中でとぐろを巻く蛇が蠢いた。

 妙な胸苦しさを覚えて、胸に手を当てる。

 心臓が苦しい訳ではない。そんな物理的な痛みとは違う、別の痛み。

 はぁ、と息をつくと傍らの本棚に目をやる。

 本棚の中。『杜子春』の隣の“それ”を手に取る。

 ペラペラとめくって、そのページを開いた。

 そこに書かれた文字。

 他の人が見ても、多分何の事か分からない。

 本好きな人が見たら、「本に落書きするなんて」と怒るかもしれない。

 でもそれは、あたし達にとって代え様のない“2冊”の片割れである証。

 そこに書かれたのは、彼と交わした誓いの言葉。

 “それ”を見つめている内に、胸の中の蛇がその鎌首を収めていく。

 そう。

 あたし達の真実は、確かにここにある。

 本を閉じ、胸に抱く。

 薄く目を閉じ、思う。

 明日、彼にあったならいつも通り、おはようと言おう。

 そして、いつも通り、いっしょに学校に行こう。

 それで、みんな元通り。

 「大丈夫……大丈夫……」

 あたしは“それ”を抱き締めながら、自分に言い聞かせる様に呟いた。

 

 

 「馬鹿ね」

 開口一番、そう言われた。

 「馬鹿だよ」

 返す言葉もない。

 「お前、ホントにバカな」

 こいつに言われるのは非常に癪に障るが、本当の事だからどうしようもない。

 ここは僕の家の、僕の部屋。その、大して広くもない中に僕をいれて四人がひしめいている。少々、いや、大変に息苦しい。

 今日の夕方、里香に置いてきぼりを食った僕が一人寂しく家まで帰ってくると、そこにみゆきと司、そして余計な事に山西までが押しかけてきた。

 三人が三人、今日の事態を知って心配して来たらしい。

 今の心情的にはっきり言ってありがた迷惑だったけど、心配して来たと言われた以上、そう無碍にする訳にも行かない。

 しかし、部屋に上がらせたのはいいが、そこでしょっぱなから吊し上げを食らう事になった。

 まず、事の経緯を説明する事を求められた。

 正直、思い出すのも嫌だったが、皆は容赦なかった。その執拗な追及に屈して、とうとう洗い浚い吐かせられてしまった。

 その後に待っていたのは、沈黙だ。

 三人とも、何も言わずに僕を見つめてきた。

 よく「冷たい視線」と言う表現があるが、そんな生易しいもんじゃなかった。正しく、「絶対零度の視線」と言うやつだ。部屋の体感温度が、間違いなく2、3℃下がった。

 お茶とお菓子を運んできた僕の母親の視線まで、心なしか冷たかった様に思う。

 そんな息もつまる様な沈黙の後、襲ってきたのが先の三人による「馬鹿」の連続コンボだったのだ。

 「前から馬鹿だとは思っていたけど、ここまで真正の馬鹿だとは思わなかったわ」

 みゆきが溜息をつきながら頭を振る。

 「そんなに馬鹿馬鹿言うなよ。これでも結構凹んでんだぞ」

 僕は、半分涙目になりながらそう抗議する。

 だけど、

 「そう言うの、『後悔先に立たず』って言うのよ!!馬鹿!!」

 などとバッサリ切って捨てられた。って言うか、また馬鹿って言いやがった。

 「司、何とか言ってくれよ!!」

 と、司に助けを求めるが、

 「さすがに擁護出来ないよ。裕一」

 こっちもけんもほろろだ。

 全く、四面楚歌とはこういう事を言うのだろう。さっきの里香の態度で、大概十分過ぎるダメージを受けているのに、こいつらと来たらその傷口に入念に塩をすり込んでくれやがる。

 「しかしなぁ……」

 そんな僕の様子を面白そうに見学していた山西が、ふと真顔になって言う。

 「えらく抜け目のない子だな。その如月蓮華っての」

 その言葉に、みゆきと司も相槌をうつ。

 「本当。頭の良さなら里香に匹敵するかも」

 「うん。裕一が相手するには、ちょっと荷が重すぎるんじゃないかな」

 何だそれ。それって暗に僕が馬鹿だっていってないか?ブルータス……じゃなかった。司、お前もか。

 「でも、このままじゃマズイよね……」

 「だよね……。このままじゃ裕一、ズルズルペースに巻き込まれて、その気もないのに既成事実を重ねられそうだもんね……ってあ、いや、そう意味じゃ……!!」

 口に出してからその言葉の意味する所に気づいたのか、司は顔を真っ赤にして弁解する。って言うか、ペースに巻き込まれて既成事実ってなんだ!?人をさかりのついた犬みたいに言うなよ!!

 「でもよ、案外これって、良い機会なんじゃね?」

 茶菓子の煎餅をバリボリ齧りながら、山西が言う。

 「良い機会って、何がだよ?」

 「お前と里香ちゃんの関係さ。そもそもお前みたいなのが、里香ちゃんみたいな娘とつきあってんのが間違いなんだ。この際、キッパリと別れてその蓮華ちゃんとくっついた方が里香ちゃんの将来のために……ガモッ!?」

 皆まで言う前に、その口に煎餅を数枚まとめて突っこんでやった。呼吸が出来ないらしく、のたうち回って悶絶しているが知った事か。

 全く、山西(こんな奴)にまで好き勝手言われるなんて、僕の人生最大の汚点だ。

 「とにかく、今後はあの娘の誘いには絶対に乗らない事!!」

 みゆきが、僕にビシッと指を突きつけながら言ってくる。

 「……分かってるよ……」

 「分かってるつもりで、はまっちゃったんでしょ!?今回は!!」

 「そ……それは……」

 グウの音も出ない。

 「だから、これからは如月蓮華には一切関わらない事!!絶対に、どんな理由があったって、近づいちゃ駄目」

 「……んな事言ったって、向こうから来るんだぞ……」

 「大体、どんな時に来るのか見当つくでしょ!?これだけ付き纏われてれば!!」

 「ま……まぁ……」

 おずおずと頷く、僕。

 「だったら、先手をとって回避する!!いい!?繰り返して言うけど、絶対に虎穴に入らずんば……とか思っちゃ駄目だからね!?相手は自分より頭がいい事をしっかり自覚しときなさい!!でないと、本当に里香との仲、裂かれちゃうかもよ!?」

 里香との仲を裂かれる?

 冗談じゃない!!そんな事絶対に御免だ。

 でも、蓮華(あいつ)の立ち回りを見てると、そんな事在り得ないと言う自信が持てなくなりそうなのも、また事実だったりする。それほど、今日の出来事は僕の心胆を寒からしめていた。みゆきの言葉に、僕は水飲み鳥の様にブンブンと首を振る。

 そんな僕を見て、また一つ溜息をつくとみゆきはパンパンと手を打った。

 「じゃあ、今日の話はお終い。もう遅いし、お開きにしよう」

 やっと、この針の筵から開放される。僕はやれやれと息をついた。

 「裕一、明日ちゃんと里香ちゃんと仲直りしてね」

 空になった湯飲みを御盆の上に乗せながら、司が言う。

 「ああ、分かってる」

 「裕一、“くれぐれも”だからね?」

 すかさず釘を刺してくるみゆき。

 「分かってるって!!」

 そう言って、僕は今日何度目かも知れない相槌をうった。

 ちなみに、その頃山西は口に煎餅を詰めたまま、ピクピクと部屋の隅で痙攣していたけど、僕を含め気にする者は誰もいなかった。

 

 

 皆が帰った後、僕は一人部屋の中でやっと訪れた開放感に浸っていた。

 気がつくと、窓の外にはもうすっかり夜の闇が落ちている。カーテンを閉めようと思い、立ち上がる。窓に近づくと、闇の中に明りの灯った町並みが浮かんで見えた。

 ふと、今日の放課後の里香の顔が目に浮かぶ。

 僕にすら見せた事のない、寂しげな顔。そんな顔を、僕は彼女にさせてしまったのだ。今更の様に、後悔の念が頭をもたげる。今日、この薄闇の中を、彼女は一人で無事に帰れただろうか。

 途中で、具合が悪くなったりしなかっただろうか。

 柄の悪い連中に、絡まれたりしなかっただろうか。

 こんな事を言ったら「子ども扱いするな」と怒るだろうが、心配なものは仕方ない。

 どうして、こんな事になってしまったのだろうか。

 原因は確かにあの如月蓮華である事に間違いはないのだが、こんな事態にまで陥ってしまったのは、皆に散々言われた様に僕の浅はかな考えのせいだ。考えれば考えるほど、自分の馬鹿さ加減が身に染みてきた。何か、さっきまで散々馬鹿馬鹿言われていたのも、むしろ加減されてたんじゃないかって気までしてくる。

 (そもそもお前みたいなのが、里香ちゃんみたいな娘とつきあってんのが間違いなんだ)

 さっきの山西の言葉が、耳に蘇ってくる。

 あいつの言う事も、一理あるのかもしれない。こんな下らない事で里香を傷付けてしまうなら、いっそ……。

 そこまで考えて、僕はブンブンと頭を振った。

 何を馬鹿な事を考えてるんだ!!

 約束しただろう!!里香と!!

 ずっと一緒にいるって!!

 決めただろう!!

 彼女を守って生きていくって!!

 僕は本棚に突進すると、一冊の本を手に取った。

 その表紙をジッと眺め、ペラリとページをめくる。

 しおりを挟んであった“その”ページが、一発で開く。

 そのページには、その本に元々印字してあったものとは別の一文字が書き加えられている。

 他の人が見ても、多分何の事か分からないだろう。

 本好きな人が見たら、「本に落書きするなんて」と怒るかもしれない。

 でもそれは、僕達にとって代え様のない“2冊”の片割れである証。

 そこに書かれたのは、里香と交わした誓いの言葉。

 “それ”を見つめている内に、胸の中のざわめきが収まっていく。

 そう。僕達の真実は、確かにここにある。

 本を開いたまま、窓から里香の家の方角を眺める。

 明日、里香にあったら、一番に「ごめん」と謝ろう。直ぐには許してくれないかもしれないけど、許してくれるまで謝ろう。そして、いつも通り、いっしょに学校に行こう。それで、みんな元通りだ。

 「大丈夫……大丈夫!!」

 僕は“それ”を手にしたまま、自分に言い聞かせる様に呟いた。

 

 

                                   続く


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