ホウエン地方、ミナモシティポケモンセンターの一室。
すでに陽は落ち、静かな闇が街を包んでいた。それでも、人々の生活の灯りはそこかしこから漏れ自然と調和した夜景を創り出していた。
その灯りを形成する一つに、セレナはいた。
カロス地方から飛行機で飛び立ち、ホウエン地方に降り立ったのはつい数時間前の事だ。
新たな道を歩む為、こうして単身ホウエン地方へ渡る決意をしたセレナだったが、当の本人はと言うと、
「ああああああ〜〜〜〜〜っ!!」
ベッドの上で悶えていた。
頭に枕をかぶり、ベッドの上をゴロゴロ転がる。落ちないのが不思議な暴れっぷりだった。
余談だが、ポケモン達はみなモンスターボールの中だ。トレーナーのこんな醜態を見せる訳にはいかない。
「私、どうしてあんな事を……」
思い出すは、苦楽を共にした旅仲間との別れ。シトロン、ユリーカ、そしてサトシ。決して長い時間はなかったが、彼らとの日々は一生モノの財産だ。印象に残るのは、やはりサトシ。彼の前向きで諦めない心には、何度励まされ、見習ったか分からない。
だからこその、別れ。寂しさは、勿論あった。だがそれ以上に、伝えたい気持ちが強かった。
「でも、だからって……」
次に会えるのはいつになるか分からない。意識こそしていなかったが、それが“あの行動”を引き起こしたのだろう。
「ああああああ〜〜〜〜〜っ!!」
セレナは再び悶える。
どうしてあんな事を。あんな事するつもりなかったのに。あの時は精一杯強がったが、本当は気恥ずかしくてサトシの顔を見る事もできなかったのだ。
「…………」
サトシはどう、思ったのだろうか。明確に気持ちを伝えた事はない。
呆れられてしまったか。幻滅されてしまったか。
セレナは急に不安になった。
この気持ちが伝われとは思っていない。だがせめて、嫌われる事はありませんように。
セレナはふと、窓から外を見上げる。空は快晴。街灯りに負けじと、星が瞬いていた。
一週間以上が経過した。
「…………」
セレナは、ポケモンセンターから旅立てずにいた。
様々な意識が頭を渦巻いて、気持ちの行き所を失ってしまったのだ。
「テナ……」「フィア……」「チャム……」
セレナのポケモン達も、心配そうに見つめる。
「このままじゃダメって、分かってるんだけどなぁ……」
こんな姿をサトシに見られたら、間違いなく怒られる。いやいっそ、怒って欲しかった。すぐ横で、弱気な自分を激励して欲しかった。
「…………」
右手を伸ばし、天井の照明を隠す。
サトシという存在の大きさを、離れて初めて実感してしまったのだ。それは、日に日に大きくなってしまう。
「……散歩でもしてこようかな」
どこまで気分転換になるかは分からないが、部屋に篭っていてもどうしようもないのだ。セレナは起き上がると、部屋を出てポケモンセンターのフロントロビーに向かう。
「……ん?」
ふと、隅の方にあるラックに目が止まった。様々な新聞や雑誌を置く、どこのポケモンセンターにもあるものだった。
セレナが手に取ったのは、他地方のニュースを纏めた新聞だった。
「アローラ地方……? 聞いた事ないわね……」
決して大きくないその新聞の一面の見出しは、セレナの知らない地方のニュースだった。
「ククイ博士……って、凄いラフな格好……。これでもポケモン博士なんだ……」
上半身は白衣を羽織っただけという、未だかつて見た事もないその容姿にセレナは困惑する。
そして一枚、ページを繰る。
そこには、
「サトシ…………⁉︎」
服装こそ違うものの、見間違えるはずのない、憧れの顔がそこにはあった。
「サトシ……今はカントー地方にいるんじゃ……?」
慌てて記事を読む。
「『カントー地方からやって来たサトシ君は、島キングのハラさんと協力し街の悩みの種だったコラッタとラッタの群れを追い出す事に成功しました。』……って、やっぱりサトシだ……」
その記事の横には、
「サトシ、ポケモンスクールに通ってるんだ……。サトシが勉強、かぁ……」
苦笑い。
「ん……?」
次に、その表情が若干歪む。
「ポケモンスクールの生徒達……。何か、可愛い女の子が三人も……。むむむ…………。サトシもちょっと、距離近くない……?」
可哀想な新聞紙に、少しだけシワができる。だがそれも、
「『アローラ地方って、知らないポケモンとの出会いやワクワクする事だらけで、毎日がすっげー楽しいです! 来て良かったです!』、か……」
本人のインタビューを読んで、柔らかく笑顔を作る。
「変わらないな、サトシは」
いつだって、自分のやりたい事をまっすぐに偽りなく。だからこそ、私は惹かれたのだ。
私はここで、何をしているのだろう。パフォーマーとして成長する為に、より多くの人を笑顔にする為に、遠いホウエン地方までやって来たのだ。
こんな所で、立ち止まっている場合じゃない。
窓から外を見上げれば、まだ陽は高い。
「…………よし」
セレナは新聞を丁寧に畳むと、ラックに戻す。それから振り向くと、
「テールナー! ヤンチャム! ニンフィア!」
キラキラの笑顔で、外へ飛び出す。
「行こう! 私達の、夢に向かって!」
待っててね、サトシ。必ず、追いつくから。
いつかあなたの、その横を歩けるように!