魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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6話 ぼっちの旅路

 翌日、宿を出た私は冒険者ギルドのシュピネラ支部へ向かった。

 

 サクセリオは冒険者登録していないし魔物を倒してもすぐに異空間に仕舞ってしまうので、魔物の素材を売りに来た事も無く訪れるのは初めて。冒険者とかいかにもファンタジーって感じでテンション上がるけど、実際はどんな感じなんだろう。

 

 

 

 

 

 一歩中に足を踏み入れると、まず人の壁に戦慄した。だって人が多いのはいいとして、何やら皆さんガタイが大変よろしいというか……。

 

 

 とりあえず、私場違い感すげぇわ。

 

 

 戦士っぽいお兄さんに、斧を担いだおじさん。じろりと「何だこの子供」と見下ろしてくるのは三角筋や上腕二頭筋、大腿四頭筋がモリモリの髭が立派なオジサマ。…………うむ。毎日美人を間近で鑑賞し続けた私にはいささかキツイものがある。いや、でも! 男むさいのは嫌だけど純粋に筋肉だけ鑑賞するならいいかもしれない!

 とりあえず私はそうやって自分を納得させると、筋肉の間を縫って歩を進めることにした。

 

 そしてようやくたどり着いた受付らしき場所で、私は背伸びをしてカウンターから顔を出すと、優しそうな受付嬢に話しかけた。

 

「あ、あの」

「あら、お嬢ちゃんどうしたの?」

 

 短い距離ながら男の波を超えて来て酸欠でゼーハーいっている私には、受付のお姉さんが天使に見えた。よーし! やっとやる気出てきた!

 

「冒険者登録をしたいんですけど!」

「……貴女が?」

「そうです!」

「年齢は?」

「六歳です!」

 

 ぴしっと挙手して意気込んで言う私の瞳は、きっと冒険者というロマン職を前にキラキラと期待で輝いていた。なーのーにー。

 

「ええとね? 残念だけど、冒険者登録は十歳からじゃないと出来ないの。貴女にはまだ早いわ」

 

 ここもか! ここも私の希望を打ち砕くのか! 冒険者なら魔物を狩って採取が出来れば生きていけると思ったのに!

 

「どうしても、駄目ですか?」

「冒険者は危険な仕事だから、みすみす死にに行くのを見送るわけにもいけないの。年齢制限は安全装置なのよ? 十歳からだってCランク以上の冒険者の後ろ盾を得ないとなれないわ。保証人が居なくても冒険者登録出来るようになるのは十五歳の成人後からだし、貴女にはどうしたって今は無理なの」

 

 子供のたわごとや悪戯だと思わず、六歳児相手に誠実に説明してくれるところはありがたい。でも、マジか。ちょ、意外と年齢制限厳しいぞこの世界。たしかに私みたいに切羽詰って幼いながら冒険者になって、すぐ死なれたら寝覚め悪いだろうけど……。

 

「ええ~! でも私、保護者が失踪して明日の食い扶持も危ういんです! そこをどうにか……あ! 獲物を狩って来れば買い取りだけでもしてもらえます!?」

「ええ!? あら、まあ……よくお手入れされてるから、どこかのお嬢様が無茶言いだしたのかと思えば……。それは本当?」

「本当です。それより買い取り……」

「孤児院に連絡した方がいいかしら……それともやっぱり家出? 自警団に問い合わせ……?」

 

 私の言葉をうわの空で聞き流しそんなことをつぶやき始めたお姉さん。……あれ、このままだと連れて行かれる?

 いやいやいや。昨日孤児院は無しだと決めたばかりじゃない。自分の食い扶持は自分で稼ごうと、決めたじゃないか!!

 

「あなた、もう少しよく話を聞かせてもらえる? って、あら? どこいったのかしら……」

 

 泣く泣く、私は冒険者ギルドを去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしよ。真面目に詰んだ……」

 

 どう転んでも幼女補正がネックになる。せめて十歳くらいなら、もう少し選択の幅が広がっただろうに。アジア系の顔立ちなだけに余計に幼くみられるからサバ読みも厳しい。

 

 こうなったら野に出てサバイバル生活するしか無いんじゃないの? ほら、あれだ。山ガールとか流行ったし、私はその亜種になればいいんだよきっと。野ガールとか……一気に野暮ったくなるのは何故だ。

 街での生活力が無くたって、カフカの洞窟で鍛えられた経験があれば何も怖くないじゃない。大丈夫大丈夫……ドラゴンとか出たら逃げればいいだけよ。逃げるくらいなら出来るし、ワームや亀なら狩れるし物によっちゃ食えるし。

 

 後で思うと、私はこの時自分で思っていた以上に焦っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シュピネラは銀鉱山の工夫が住んでいた村が規模を拡大し発展して出来た街だと聞いた。そのため鉱山に近い方に工業区が集中し、工夫たちの居住区、一般の民家、町の中心にぐるりと円を描くように高級住宅街と来て、再び一般住宅街、そして商業区と並ぶ。

 

 街は魔物の侵入を防ぐためか、石の外壁で囲われている。門番に見つかると子供が一人で外へ出るなんてと引き留められそうなので、私はサクセリオと同じ方法でこっそり街を出ることにした。

 

 

 その方法と言うのが黒霊術(こくりょうじゅつ)に類する飛行系の魔法なのだけど、私は未だサクセリオのようにこの術をまともに扱える気がしていない。

 だから本当は空をぴゅーっと飛んで遠くまで行きたいところだけど、使用後の負担を考えると壁を飛び越えるに留めておいた方がいいよな……。残念。

 

 まあ、しかたがない。何せ、魔力の大幅な消費に加えて体に凄まじく負担がかかるんだこの魔法。例えて言うなら筋肉の動きを抑制するギプスでもつけてスクワットやら腹筋やらの筋トレをしているような……とにかく後に襲ってくる筋肉痛が酷い。

 未だあやふやで普段は目に見えない魔力については精神力+体の中になんかあるモヤモヤ? くらいの認識なのだけど、こちらも使いすぎるとパソコンで長時間細かい文字を読んだり、三徹で仕事した時の疲れを何倍にも濃くしたような疲労感を味わうことになる。

 こうなると白霊術での筋肉痛の回復すら出来なくなるから恐ろしい。

 

 

 ともかくここで使いすぎて、外へ出ての活動が制限されるのは命に係わるので避けたい。

 

 

 外へ出たらまず狩る、採る。食べ物確保。最終目標、雇ってくれそうな場所がある別の村か町。

 仕事が確保できたら、何とか稼いで生きる。サクセリオについては保留。いつ戻ってくるかわから無い人を待ってのたれ死んだらその方が怒られると思うし私としても遠慮したいので、今は自分を優先する時。

 彼に関しては定住地が決まったら何とかもう一回シュピネラに来て、嫌われてるからダメ元だけど宿のおかみさんに伝言を託そう。私はどこどこに居るよって。

 

 

 

 

 とりあえず街の外壁を飛び越えた私は、飛行に使った体力で乱れた息を整えながら先のことを考える。

 

「うへぇ~、疲れる……。蒼黎術がもうちょっと上手くできたらいいのに……」

 

 空間系の魔法が多い蒼黎術(そうれいじゅつ)にはテレポートのような便利なものがあるのだけど、私ではまだ短い距離で視認した場所にしか飛べない。

世間では私の魔法の練度がどの程度なのかわからないけど、物凄い上級者が近くに居たから自分がいちいちしょっぱい気がする。ちょこちょこ覚えたけど器用貧乏みたいな?

 

夢の秘密道具的ドアには未だ遠い。

 

 

 

 

 術の行使による疲労で、しばし休む。そして息を整え終わると、このあたり周辺が記された地図を広げた。私のスズメの涙な財政を圧迫したブツだけど、目指す場所と行く方法が分からない事にはどうしようもない。

 ちなみに持っている日用品だけでは足りなかった道具や、獲物を狩った後料理するのに必要な調味料なども買ったので真面目に金が無い。

 

 生きるってお金がかかることよね……。

 

「ショツガラか、カタクリオか……どっち方向に行こうかな。……………。よし、決めた! うーんーめーいーのーかーみーさーまーの、いーうーとーおーり♪」

 

 こういう時、運命の神様に頼る優柔不断な日本人な私。

 ちなみにこの文句って地域によって違うらしい。

 

「あべべのべのべのべ……よし! ショツガラだ!」

 

 こうして、私の異世界冒険の一歩が踏み出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく。

 

 草むらから飛び出て来た黄色いバレーボール大の軟体生物を、正面から迫ってきた紫色の猪にシュートしたり。

 大人の太ももくらいの太さがある斑模様の蛇の頭を潰してみたり。

 石を投げてくる角の生えた猿に石を投げ返して顔面を潰してみたり、そいつが集団で囲んできたので全部の首の骨を折ってから角を()いでみたり。

 

「なんだか想像と違う……」

 

 エンカウント率は魔物寄せのオイルを塗っていないから低いのは分かる。でも私が三年間カフカの洞窟で相手にしてきた魔物と比べて、ずいぶん可愛らしい種類ばかりな気が……。

 それこそ冒険の始まりの村周辺……な……。

 

 

 今、恐ろしい可能性を思いついた。

 

 

 サクセリオ。……あの人、これくらい誰でも出来ますよって言っておきながらわざとレベルの高い所に連れて行ってたとかないよな? たしかに私も何度も「これってRPGで最終ダンジョンとかに出てくるデザインなんじゃ」と思いながら逃げ回っていたけど。……いや、油断はしないでおこう。たまたまこの近辺に弱いのが集中してるだけで、一歩森に踏み込んだら緑色の保護色ドラゴンとか出てくるんだきっと。私は油断で食われたくない。

 

 ともあれ、見渡しのいい道を行く限りは心に余裕が持てるのだと判明した。この機会に今まで得た異世界能力をもう一度確認しながら進もうと思う。

 

 

 

 

 

 まず、異世界なのでやはり魔法からだろうか。

 

 

 一般的に魔力を糧に起こす現象を総括して魔法と言うけど、その中でいくつかの系統に分かれている。

 

 第一に「魔法」なのに、普段魔法使い達が使うほとんどが「魔術」であること。魔法は魔術の上位互換的存在らしく魔法使いはみんなそのレベルに到達することを目標としており、初級でも魔法を使えれば伝説の偉人クラスなのだとか。魔法については目標であり伝説的扱いなので、現実的な事を考えるために今は省いておく。

 次いで魔術に関して述べると、これがだいたい五系統に分割される。

 

 

 精霊術(せいれいじゅつ)は一般的に使い手の数が最も多い。精霊に魔力や呪文、儀式などを対価として支払い契約して協力を得て発動させる。だいたい一、二から多くても五柱の精霊との契約をする。協力を得るための対価の魔力が必要なだけなので、同じ規模の現象を引き起こすなら黒霊術より燃費が良く人気。対価以上の魔力を支払ってのブーストも人気の秘密だろう。

 

 妖精術(ようせいじゅつ)は精霊術と同じ系統であるものの、お(まじな)い程度の意味合いが強い。協力してくれる妖精自体が気まぐれな性質なため明確な契約を結びにくく、気に入られてもちょっと便利だけど出力不足という結果になる。研究が進んでおらず、未だ未知数な個所も多い。

 

 召喚術(しょうかんじゅつ)は討伐した魔物の霊魂あるいは生け捕りにした魔物に契約を刻み使役する術。熟練になるほど遠く離れた場所でも召喚出来るとか。

 

 白霊術(はくれいじゅつ)は純粋に自分の魔力だけで発動させる魔法。威力は個人差であり、一般的には精霊術の方が強いとされるが術者の魔力が強い場合はその限りではない。回復や防御、補助に長ける術。回復だけでなく生活に使えるオールマイティーさが魅力的。

 

 

 黒霊術(こくりょうじゅつ)の説明はほとんど白霊術と同じで、こちらは攻撃や身体能力の向上に特化している。

 

 

 最後に蒼黎術(そうれいじゅつ)。空間や時空を操る術が多く、ちょっと特殊らしい。

 サクセリオは基本的に白、黒、蒼なら何でも使えるみたいだったけどこれが一番得意のようだった。逆に精霊術や妖精術、召喚術は一切見たことが無いけれど、異空間に倒した魔物を収納し続けていたので召喚術も使えるかもしれない。

 

 この五系統の中でもいくつか派生しているらしいけど、とりあえずこれだけ覚えておけばいいと言われた。

 

 

 

 さて、この中で私が使えるのは、師匠がサクセリオなので当然と言えば当然ながら白、黒、蒼のみ。精霊と契約とか憧れるんだけど、「いちいち他人の顔色伺って発動させるとか面倒くさくないですか?」とサクセリオにざっくり却下された。

 ……今思えば、本当に「体で覚えろ」の人だったから何もかもがざっくりだったなぁ。

 

 呪文も言いたかったら言えばいいと言われ、本人は無詠唱だった。

 でも私は明確なイメージを頭の中でだけ作るのが苦手だし、下手に古代魔法文字(エンシェントスペル)なんてスキルがあるから頭の中で口語と混ざって使うまでに異様に時間がかかった。そのため私は詠唱は無し、呪文は言うというスタイルに落ち着いている。

 

 黒霊術は先ほど使った無重飛空(アースグラビティ)。他、身体能力強化を中心にしょぼい威力の属性魔術。

 白霊術は身を清めるための清浄潤光(トリートメントシャワー)と、似たような術と小規模回復術を数個。

 蒼黎術は簡易テレポートの跳躍(スキップ)や、サクセリオが魔物を異空間に仕舞っていた術の下位互換に属する影踏み(シャドウストーカー)

 他、小技をいくつか。

 

 果たしてこれは世間ではいい線いってるのか、はたまたしょっぱいのか……いずれサクセリオ以外の魔法使いとも話して確認してみたいものだ。

 

 

 

 魔法の次はスキルだけれど、これは先天性と後天性に分岐し、私は先天性で知識系に属する古代魔法言語(エンシェントスペル)というスキルを身に着けている。

 全部で技術系、身体能力系、知識系で分岐するのがスキル能力。

 技術系は元から身に着けていた技などを一定値以上に昇華させると身に着く物らしく、武術系で例えると分かり易い。ただのパンチが「グランドハイパートルネード」とかの名前がつくまでになるとか、そんな感じ? 話に聞いただけで見たことが無いからいまいちしっくりこないけど。

 身体能力系は生まれ育ちに強く影響されるらしい。知識系は技術系の知識版? 技術系の武術の昇華より分かりにくい。知識の昇華って、どこからが基準? 驚いたことに占い系の職に就く人は魔法よりこのスキルの素養で実力が左右されるとか。

 

 このスキルというもの、魔法のように呪文が必要無いので身についているか確認するには専門機関で調べてもらう他認知する術が無いらしい。自分が普通に使ってたパンチやキックがいつの間にか極めてスキルになっていたりもするわけだ。

 この専門機関には私も行ったことが無いしサクセリオも別に知らなくても支障はないと、把握しているのは生まれつきの言語チートのみである。

 

 

 

 あと出来る事っていうと、肉弾戦か。肉弾戦だな。

 この三年間実戦訓練で戦えるようになってからは魔法よりも殴る蹴るが一番多かった。

 

 サクセリオいわく黒霊術で特別に強化しなくても、純粋な魔力を体内に巡らせて使用すればそれだけでも武闘と合わせて強力な攻撃が出来るようになるとのこと。それは実際にサクセリオ自身が魔物の殺戮という形で血生臭い見本を披露してくれた。

 中国とかの気功で気を操るようなもの? と意識しながら、ひたすら感覚を掴むための実践に次ぐ実戦だった。確実に身についている証拠に、私さっきから物理でしか魔物倒してないな……。…………剣と魔法の世界なのに…………。

 

 とりあえず現在の私は、前世感覚で六歳児とは思えない身体能力を有している。旅する上ではこれが一番頼もしい。

 

 

 

 

 

 ポシェットから出したまとめノートを見ながら確認を終えると、私はひとり大きく頷いた。

 

「大丈夫。生きれるわこれ!」

 

 

 

 

 

 


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