迷宮から脱出した私たちは、その日はとりあえず、ということで王城に泊めてもらう事になった。
真夜中だったからなぁ……。事後処理のある騎士団の皆さんはお疲れ様です。
翌日……というか日が昇ったら、囚われていた人たちも含め、事情聴取などが行われるらしい。
当然私こと男装女子エルーシャちゃんは、完璧な男装のために男性諸君……カルナックとポプラと同じ部屋をあてがわれたわけで。さっきも「アルディラさんを泣かせやがって」だの「頭コツンッとかおまえわざとか? やっぱり鈍感系か!? 腕におっぱいまで押し付けられやがってうらやまけしからん!」だのと散々絡まれたってのに、その後もなんだかんだ絡まれつつ喋りつつしていたら、いつの間にか朝になっていた。…………おい!
「おい、もう朝だぞ。どうすんだ。寝てないぞ俺達」
「あ~……」
「おー……」
喋っていた時の勢いはどこへやら。私の言葉にポプラもカルナックも、気の無い返事をしつつぼけっとしている。完全に前日の疲労と寝不足でふらふらじゃねーか。いや、二人とも体力はあるから、なんだかんだで後でしゃっきりはするだろうけど。……でも、ちょっとでも寝かしておくか。私は逆に眼が冴えちゃって寝られないし。
私はため息をつくと、ぽんぽんっと今まで座っていたベッドを叩く。
「あとで起こしてやるから、ちょっと寝とけ。寝不足で王女様の前に立つのもなんだろ」
「おう、さんきゅー……」
「べ、別に俺は平気だぜ!」
「いや寝とけ。多分こん中でポプラが一番疲れてる。昨日初めて本格的に古代魔法言語使って、その疲れもあるんだろうよ。いいから寝とけって」
「ぬぐ、そんなこと……!」
「いや、寝とこうぜポプラ。つーか、俺は寝る。サンキュー、エルフリード。さっきはつっかかって悪かったな羨まけしからん」
「おいお前語尾」
カルナックはすでにもう半分寝ているのか、言っていることがおかしい。そしてそのまま寝やがった。…………結構ちゃっかりしてるよなぁカルナックって……。
そしてなおも自分は平気だと言い張るポプラは「へ~。寝不足の顔のままアルディラさんの前に出るんだ」と言って寝かせた。というか、言うなり自ら布団の中に潜り込んだ。「ああ、寝不足はお肌の大敵だよな!」とか言いながら。
自分で寝るのすすめといてなんだけど乙女か! ……ま、まあいいか。
その後呼び出されるまで、二人を寝かせて私は適当にストレッチしながら時間を潰していた。王城ん中へたに動き回っても、ちょっと怖いし……。でも窓から城の外を見ているだけでも結構時間が潰せたから、それなりに暇はしなかった。
そして使用人の方が私たちを呼びに来てついていった後は、アルディラさん、セリッサ、エキナセナ、それとアルメリアにヒューレイとも合流。他に捕まっていた人たちも一緒に集まったようで、結構な大所帯での事情聴取となった。
なんとな~くこういうのって、一人一人か少人数ずつやるイメージがあったけど、事情聴取を取り仕切る人(ルチルも質問はするけど進行役は別の人らしい)が上手いのか、これといって話がこんがらがることもなく、スムーズに事情聴取は進められていく。
そして二時間ほどで、それら全ては終了した。
話が終わると、ルチルがすっと立ち上がって私たちの顔を見回す。
「この度の協力、感謝しよう。そして我が国の宝達が無事であったこと、改めて嬉しく思う。…………家族や知人に引き合わせる間もなく、事情聴取につきあわせて悪かった。おぬし達の身元は昨晩確認したゆえ、すでに身内には連絡を入れてある。この後、騎士団に家まで送らせよう。もし不安があるならば、しばらく王城地区に滞在してもかまわぬ。魔道具ギルドも職人保護のために宿を提供すると言っておったから、金の心配もせずともよい。各自、好きな方を選んでくれ」
ルチルの言葉に不安そうだったみんなもほっとした表情になる。それはヒューレイも同じようで、彼が思い浮かべているのはきっとミッツァちゃんだろう。うんうん、青春青春。
「先輩、この度は本当にありがとうございました! 今度何かお礼をさせてください」
「おう、そうだな! 俺たちも礼をしたい。連絡先を教えてくれねぇか? 後で尋ねるぜ」
「そうね、私もお礼がしたいわ! お礼の品もそうだけど……これ、連絡先よ。もし必要な魔道具があったら訪ねて頂戴。力になるわ」
「世話になったからな。俺も何かあれば、力を貸そう」
ヒューレイを筆頭にそんなことを言ってくれたのは、捕まっていた職人達だ。
ここでお礼の品なんて大丈夫ですよ、と言うのはちょっと空気読めてないのでパーティーのみんなで使えばいいかと、その好意は受け取ることにした。それに、それ以上に魔道具の職人たちとコネクションが出来たのは嬉しい。魔道具職人は貴重だと言うし、きっとこの繋がりは値千金のはず。今後役に立つときがくればいいなぁ……と、ちょっとちゃっかりしたことも考えた。人とのつながりって色々な面で大事だしね。
「なんだかエルくん、ずいぶんと活躍したみたいね。心配が損になったことは嬉しいけど、ちょっと意外」
「そうですわねぇ。でも、職人でありながら戦いもこなせるなんて、素敵ですわ! ますます愛してしまいそう!」
「いや、たまたまだと思いますよ。一応普通に暮らしてる村人や町人よりは鍛えてるつもりですけど、旅に出てから己の無力を実感する場面が多くて……。多分、今回は運が良かったんでしょう」
これは本心だ。主に盗賊とか盗賊とか盗賊のせいで。
アルディラさんとセリッサに答えた私を何故か怪訝な表情で見てくるルチルの視線が痛いが、きっと彼女の中では思い出補整が入っているのだろう。幼いころに助けられた記憶が、私をちょっと強くでも見せているに違いない。ちゃうねん、強くないねん。ちょっと調子乗るとすぐ「調子こいてんじゃねぇ!」とばかりにしっぺ返しっぽい何かが来るんだ……。
だからポプラにカルナック。お前ら「俺たちも頑張ったのに褒めてもらえない」みたいな顔で影を背負うな。いや、カルナックははた目には余裕の英雄的微笑みを浮かべてるけど……。昨晩の様子を考えるに、内心隣のポプラと同じ心境なんだろうな……。でも今はたまたま私が褒めてもらうターンなだけだから。お前らも頑張ったって、その内容は散々夜の間に聞かされて知ってるから。
…………まあ、それは面倒くさいので置いておいて。
職人たちのその後は決まったが、次は再会を果たした獣人姉妹についてだ。ルチルが今後どうするのかと聞けば、真っ先に答えたのはアルメリア。
「父さんと母さんを助けに行く!」
その答えは当然と言えたが、それに待ったをかけたのは実の姉であるエキナセナだ。
「駄目。アルメリアは国に帰りなさい」
「! なんで!?」
「父さんと母さんは、私が必ず助けるわ。アルメリアは、ファームララスで待っていて」
その言葉に驚いてエキナセナを見ると、そのことについて補足してくれたのはルチルだ。
「少々話し合ってな。信頼できる冒険者パーティーに加われば、今後も探索を続けてよい、という話になった」
「で、ですが、獣人は基本的に安全のためにもファームララスに帰った方が……」
エキナセナの身を案じてか、アルディラさんが声をあげる。しかし今まで歯切れよく話していたルチルにしては、珍しく少々口ごもる。
「…………勝負で妾に一撃まともにいれたら、許可すると約束してしまってな。まんまとしてやられたわ」
「そんなことで!? っていうか戦うって何!? エキナセナ貴女王女殿下に一発まともな攻撃いれたの!?」
「あ、アルディラさん。落ち着いて……」
「無理よ!? って、驚いていないってことは……エルくん、知っていたわね!」
「え? えっと、いやぁ~、そのー……」
「何で教えてくれないの!? も、もおおおお!」
う、うおぉ! アルディラさん、肩をがっちりつかんでゆさぶるのはやめて!? 気苦労の多いアルディラさんには教えない方がいいと思って、よかれと思って!
「まあ、アルディラさんったら。エルフリード様をそんなにいじめないでくださいな。まったく、そういうところガサツですわね~」
「なっ」
「うふふっ。エルフリード様、大丈夫ですか?」
そう言いつつ、意外と強い力でアルディラさんの手を外して私を抱き寄せたのはセリッサだ。思わず勢い余って彼女の豊満なおっぱいにつっこんでしまうが、それに対しては「きゃっ! エルフリード様ったら大胆!」とか言って、そのまま頭をぎゅっとされる始末。ちょっとヤメテここ公衆の面前っていうか王城の一室!
しかし私はセリッサの所業に慌てて顔を赤くする前に、ぞぞっと背筋を這った寒気に身震いした。
な、なんだ今の。
「…………ほう、マレス教の神官とは、ずいぶんと積極的なのだな」
「あら、申し訳ありません。ついエルフリード様への愛がほとばしってしまい、王女殿下の前ではしたない真似をしてしまいました。ご無礼をお許しください」
ぱっと聞いて分かるほど、何やらルチルの声が冷たい。そして対するセリッサも、丁寧な謝罪のはずなのにどうにも慇懃無礼に聞こえるのは気のせいだろうか。
とりあえずなんとかセリッサの胸から抜け出すと、そそくさと私は無害そうなヒューレイのもとへ逃げる。ポプラとカルナックは論外だ。どこか胡乱な視線が痛い。エキナセナとアルメリアは自分たちの話が途中で脱線させられてちょっと不機嫌かと思えば、姉妹同士で残る残らないでちょっと言い合っているので間に入れる雰囲気じゃない。つまり残るは癒しの美少年ヒューレイ一択。これしかない。
だが、彼がキラキラした視線で言った一言に私は思わず脱力するはめになる。
「先輩、モテモテですね!」
すまん私女!
……やっぱり、早々にこの意味のない男装はやめることにしようか。いらん誤解を広めてしまう。
しかし、私はまだ知らない。
このあと、ばらしたくてもばらせない状況に追い込まれることに。
とりあえずいったん解散、と相成った時だ。部屋をでるみんなの中で、私だけがルチルに呼び止められる。なんだか十二年ぶりに再会したときの事を思い出すなぁ……。つい数日前なのに、ずいぶん前に感じるのは気のせいだろうか。きっとここ数日の経験が濃かったからだな。人間目新しい事があると、普通より時間を長く感じるものだし。
しかしあの時とは違って、彼女には結構慣れてきた。だから私はあまり気負いなく彼女の呼びかけに答える。アルディラさんはチラチラと心配そうにこちらを見ながら、セリッサは何故か微笑んでいるのに妙にうすら寒い表情で、ポプラはここぞとばかりにアルディラさんをエスコートしようとしつつ、カルナックは内心は分からないが爽やかな笑みで、エキナセナとアルメリアは仲睦まじげに腕を組みながら、ヒューレイは妙に羨望のまなざしでこちらを見つつ、職人たちは「おう、やるじゃねえか……!」みたいな感じに目で語りながら、それぞれ退出した。他の見張りや進行役、側付きの人もルチルの命で下がらされる。なので今は私とルチルの二人っきりだ。
ちなみに獣人姉妹の今後についてはエキナセナがアルメリアを説き伏せ、妹だけ先にファームララスに返すことにしたようだ。アルメリアは泣きそうな顔をしていたけど、最終的には「姉さん、どうか無事で……!」って言ってエキナセナに抱き着いていた。そしてエキナセナが所属するパーティーについてだけど、それについてはルチルが追って紹介するらしい。
……私たちのパーティーに入れられたらいいんだけどなぁ……。ここまで関わったからには、やっぱり彼女の今後が気になるし。
「エルフリード」
「あ、はい!」
少々ぼやっとしていた所に、ルチルの澄んだ声が耳に届く。そして彼女はいたずらっぽい表情で、こう続けたのだ。
「待たせたな。では、我が下僕たちを紹介しよう」
修正が終わったので、今回のお話から未投稿文(というか新しく書きつつ)の投稿となります。一応今までのお話も微修正を加えていますが結構間をあけてからの執筆となっているので、ちょっと文の雰囲気に違和感というか、ちょろっと差異があるかもしれません。