魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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70話 再会

 夜のとばりを引き裂くように、炎が逆巻く。

 

 

 

 魔法の火柱と言えば、以前遭遇した魔人が花火なんて戯言をいいながら使っていたのを思い出す。しかしルチルの剣から放たれた一撃は、あれが子供の火遊びに思えるほどの規模を誇っていた。

 

 

 言うなれば、局地的な災害といったところだろうか。

 

 

 赤い閃光が夜の闇を割いたかと思えば元奴隷商の肉体を中心に白い柱が天へと昇り、次いで衝撃波と共に紅の炎が魔物を喰らった。

 

 思うに、あの白い柱は炎なのだろう。一見すれば美しいが、その周囲は地獄だ。

 物量に任せた肉壁など、ものともしない極炎に元奴隷商は炭化の一途をたどる。逃げ惑う魔物は、しかし炎の包囲網から抜け出せず、焼かれ、爛れ、やがて炭となり灰燼へと成り果てた。幾重にも響く断末魔も炎が逆巻く轟音に呑まれる。……その様は、まるで炎の龍が獲物を食い散らかしているように見えた。

 

 そして恐ろしいのが件の魔法が、ルチルの指定したであろう範囲からいっさい外へ余波を出していないこと。その灼熱は周囲でそれを傍観する者たちにとっては周りの空気を軽く温める程度であり、視覚と聴覚から得られる情報でしか魔法本来の威力を推察できない。

 

 

 

 

 私はその大規模魔法に圧倒されながらも、しばしその光景に見入っていた。

 

 

 

 

 しばらくすると魔法の効力が消失したのか、まるで幻だったかのように炎は立ち消えた。

 跡にはそれが幻ではなかった証拠に、灰の山が残るばかり。

 

「エルよ、どうであった。妾の勇猛は」

 

 たった今極悪な威力の魔法を使ったとは思えない、満面の笑みで問うてくるルチル。

 

「……………………」

 

 私はしばし唖然と彼女を見ていたが、ふっと吐息を吐き出すと目を閉じて一拍おいてから、再び開眼して言った。

 

 

 

 

「最高!」

 

 

 

 

 サムズアップにウインク付きで応えた私は、多分いろいろ放り投げた。

 こういう時は深く考えないでノリとテンションに身を任せることが大事なんだ! きっと私は間違ってない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ともあれ、今度こそ脅威は過ぎ去った。ルチルには色々と聞きたいことがあるけれど、その前にヒューレイ達の無事を確認したい。

 

「ルチル、本当にありがとう……! 助かった」

「何、礼には及ばぬよ。職人の誘拐とあっては国としても見逃せぬし、個人的にもそなたのことは気にかけておるからな」

 

 気にかけている、なんて言われるとさっきのキスを思い出してしまいつい顔が赤くなる。

 いや、初対面っつーか再開一発目に股間がっつり掴んでくる子だからな……。あのキスは安心させるためにからかわれたのか、ちょっと行き過ぎた友愛ってやつだろうか。むしろ女同士で顔が赤くなっちゃってる私がやばいだろ落ち着け。向こうの認識が私が男だからってのがあったとしても、ルチルと私じゃ釣り合い取れないから。だから万が一にも惚れられたとか無いから!! 私が宝塚ばりの美麗な男装女子ならともかく、あのレベルの上玉落とせるようなスペック無いから!! …………よし、ちょっとぼけっとしていた頭がクリアになってきたぞ。よし、アレはきっとペットを可愛がる的な友愛。OK把握した。

 

 ………………。

 最近脳内一人突っ込みが多くてむなしい。

 

 

 ともあれ、気を取り直してルチルに話しかける。火照った顔はもう冷めた。

 

「お礼もそこそこで悪いんだけど、助けた人たちの安否を確認しに行ってもいい?」

「ああ、もちろんだ。こいつらの事など、積もる話もあるからな。それは後でもよかろう」

 

 そう言ってルチルは、盗賊たちと手中の剣を見る。大剣は何か言いたげに発光したが、ルチルはそれを無視して私に目を向けた。

 

「我が国の宝達を助けてくれたのだ。妾の方こそ礼を言う」

「いや、偶然が重なっただけだし、俺だけの力じゃないから。それこそ、お礼とか言われると困るよ」

「ふっ、そうか。そなたがそれでよいというならば、妾は何も言うまいよ。…………さて妾も彼らの安全は気になる故、共に行こう」

 

 そう言ってちらちらと私が気にしていた方向に歩を進めるルチル。慌てて私もその後を追うと、巨石に隠れていた人たちがちらほらと顔を出してそのまま固まっていた。

 それはそうだろう。いきなり魔物に襲われたかと思えば、それが瞬時に殲滅されたうえに絶世の美姫の登場だ。ここまで刺激的な出来事が連続したらそりゃフリーズするわ。

 

「せ、せんぱい! あの、あ、アルメリアが!」

「!? どうした!」

 

 その中でいっぱいいっぱいながらも声を上げたのはヒューレイだった。ヒューレイの言葉に何かあったのかと駆け寄ると、彼に介抱される形で壁に背を預けていたアルメリアが、苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。おそらく首輪をつけたまま無茶な戦闘を行ったため、疲弊したのだろう。

 

「アルメリア!」

「…………、」

 

 視線の定まらない眼で、しかし私の声に反応してくれたのかアルメリアがわずかに身じろぎする。

 

「……! 皆を守ってくれてありがとう。ごめん、無茶させた。俺がもっと戦えてたら……」

「べ……つに、こいつらのために戦った……わけじゃない……」

 

 かすれた声でそう言ったアルメリアだったけど、彼女を心配しているヒューレイを見ればわかる。自分の身を守るだけならここまで消耗しなかっただろうに、きっと彼女は背に控えるヒューレイ達をちゃんと守ってくれていたのだ。

 攫われた経緯があるから人間が嫌いだろうに、それでもなお弱い者を守ろうとしてくれるところもエキナセナと似ている。彼女も以前の魔人戦で、コーラルを守ってくれた。

 

「おい、あんた! いい加減カギをくれ!」

「ああ、失礼」

 

 アルメリアの首輪の鍵を握っていた褐色肌の麗人は、悪びれた様子もなく涼しい顔でそれを投げてきた。私はその態度に釈然としない思いを抱きながらも、すぐにアルメリアの首輪の錠に鍵を差し込む。

 

 

 そして鍵を開けようとひねる、その瞬間だった。

 

 

『なで、おで、がぁァッ、、、、ごんなべにぎぃぃぃぃぃぃ!! アアアアアアああ”ァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!』

「え!?」

 

 魔物の肉塊だと思っていた塊の中から、突如何かが飛び出てきた。それが何か認識することもできないほど近い距離に、油断しきっていた体はアルメリアを支えていることもあって動けない。

 やられると、そう思った時だった。

 

 

 

 

「私の妹に触るな!!」

 

 

 

 

 力強い声が聞こえたと思ったら、視界が黒く染まった。同時に顔面全体がひどく生暖かく血生ぐさい何かが。

 

 

 う、………………うおええェェェェ! な、なんだこれ!!  臭ッ、吐く! おぶっ、何だこれ臭ッッ!!!! あれ、これってまさか。

 

「おい、獣人娘。活きが良いのは認めるが、おぬしの妹とエルがとんでもないことになっておるぞ」

 

 どこか面白そうな響きを備えたルチルに声を聴きながら、私は顔にへばりついた何かをはぎ取る。弾力があり粘り気のあるそれは、迷宮内で自分がさんざんっぱら敵に向けて撃ち出したものと似ている。

 

 つまり、魔物の内臓っぽいナニカである。

 

(これが因果応報って奴か……)

 

 なんとか吐き気をこらえ、顔が引きつるのを何とか我慢しながら私は言葉を発した。

 

「あ、ありがとう。エキナセナ」

 

「…………」

 

 気まずそうに眼をそらしたのは、月光に照らされた美しい白銀の毛並みを所々黒に染め、ダルメシアンの親戚に仲間入りしているエキナセナだった。

 

 

 

 地面でまだぴくぴく動いている肉塊に関してはその一切をスルーすると決める。さっき魔物に食われた召喚術を使ってた男がベースになった魔物っぽいとか、その顔だけピンポイントで残ってて壮絶な苦悶の表情でこちらを向きながら息絶えてるとか、もう気にしてらんねーよ。後で(事後処理しに来た騎士団が)弔ってくれるだろうからこっち見んな。

 

 何故一応城預かりで軟禁中のエキナセナがこの場にいるのかは、おそらくルチルの裁量なのだろう。

 なにしろずっと探していた家族が居ると分かったのだ。探索を依頼されていた身としてルチルがそれをエキナセナに知らせないはずがないし、そうすればエキナセナがこの場に来たがるのは目に見えている。

 

 っとまあ、そんなことを想像しながらちょっとばかし現実逃避。体は黙々と|浄潤光(トリートメントシャワー)でアルメリアに付着した汚れを取り除いている。

っかく麗しい白銀の毛並みの姉妹の再開という場面で、内臓と血でどろどろじゃあね……色々と台無しだしね……。終わったら思う存分抱き着くがいいよ。だからエキナセナ、ちょっと待ちなさい。私の腕から妹かっさらいたいのはわかるけどもうちょっと待ちなさい。

 

「アルメリア!」

 

 我慢できなかったらしい。私ごと妹に抱き着いてきた。

 

「ちょ、エキナセナ待った! 今アルメリア渡すから、俺にまで触らない! まだ汚いから!」

 

 必死にアルメリアをエキナセナに渡そうとするも、ぎゅっとまわされた腕の力は強く放してくれそうにない。あーああ、あーあ……ま、まあエキナセナ自身も血みどろだったからそう変わらないか……。

 私は説得をあきらめて、黙って追加の|浄潤光≪トリートメントシャワー≫を自身とエキナセナに施した。

 

 

 

 

 

 そうしていると、ふいに名前を呼ばれる。

 

「エルくん!」

「あ! アルディラさん!」

 

 名前を呼ばれた方向を見れば、そこには迷宮序盤ではぐれてしまったアルディラさん、カルナック、ポプラ、セリッサの姿があった。現れた場所を見るに、恐らく私たちと同じ転移陣を使用して来たのだろう。……ってことは、自力で最下層まで到着したって事か。凄いな。

 

 とにかく再会出来てよかった……そんな風に思っていると、何やらアルディラさんが凄い剣幕でわき目もふらずこちらに歩み寄ってきた。そして手を振りかぶって…………。

 

 

 

「馬鹿!」

「はぶ!?」

 

 

 

 思い切り引っ叩かれた。

 

 痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、もう……! 本当に心配したんだからね!? 駄目じゃない! 迷宮の中で迂闊な行動をしたら!!」

「す、すみませんでした……」

 

 現在、顔を手で覆ってすんすんと鼻をならしながら泣いているアルディラさんを前にオロオロする私、という図が完成している。ちなみに空気をあえて読んでいなさそうなセリッサは私の腕にべったり……否、がっつりひっついて「ご無事で何よりですわ!」と頬ずりしてきていた。そしてそれを見るポプラとカルナックの視線が非常に刺々しく痛々しい。今はアルディラさんに場を譲ってはいるが、これは後で男二人に嫉妬の炎で焼かれてしまいそうだな。はっはっは。…………とか、冗談考えてる場合じゃない。な、なんとかアルディラさんにもっと誠意を込めて謝罪を……!

 

 しかし、私が更に謝罪の言葉を重ねようとしたところで、先にアルディラさんがしゃべり始めた。私が思いもしなかった内容で。

 

「…………ごめんなさい。あなたばかり責めては駄目ね。ううん、謝るのは私の方だわ。何がA級冒険者よ。エルくんみたいな初心者が居るのに注意も払えないで、命を危険にさらして……。自分が恥ずかしい。ごめんね、エルくん。あと、いきなりぶってごめんなさい」

「ええ!? いやいやいや、謝るのは俺の方ですって! アルディラさんが謝ることなんて何もありませんよ! ぶたれて当たり前です!」

「そうっスよ! もとはといえ馬鹿が!」

 

 私がアルディラさんの謝罪を否定するや否や、ポプラがここぞとばかりに私を指さして馬鹿と言ってくる。が、も出ない正論である。今回の事はアルディラさんではなく、馬鹿だった私が引き起こした自業自得の顛末だ。彼女が謝る必要はどこにも無いのである。

 

「まあ、エルフリード様はお優しいのね。あなた様やわたくし達にも責任はありますが、一番パーティーの動向に気を配らなければいけなかったリーダーの彼女にも間違いなく責任はありますわ。ここはいったん、謝罪を受け入れては?」

「え? えっと……」

 

 セリッサの言葉にはアルディラさんを責めるような響きは含まれていなかった。なので冷静にその言葉を受け入れると、アルディラさんの謝罪を受け入れないのは逆に彼女の負担になるのだと気づく。そう、彼女自身が自分の落ち度を誰よりも認め自責の念にかられているなら、相手が謝罪を受け入れないと、その感情は長く彼女の中で留まることになるのだ。

 

 それを気づかせてくれてセリッサに感謝しつつ、私はしばし逡巡する。そしていったん息を吐き出すと、アルディラさんの頭をかる~く握った拳で、それこそコツンッってくらいの力でドアをノックするように小突く。アルディラさんはそれにビックリしたみたいで顔をあげてくれたので、私は出来るだけ自分のキツめの顔立ちが柔らかくなるよう心がけて言った。

 

「じゃあ、ぶたれた分は今のでチャラで。あとはお互い様って事で、この話は終わりです」

 

 私の言葉にアルディラさんはしばらくぽかんっとした表情を浮かべていたが、涙目のままだったけど笑顔を浮かべてくれた。

 

「ええ、わかったわ。……ありがとう、エルくん」

「いえいえ、こちらこそ」

 

 お互い笑いあって、なんだか和やかでいい雰囲気。これでようやく、私も仲間たちを再会できた安心感に浸れそうだ。

 

 

 

 しかし、がしっと掴まれたセリッサとは反対の腕と、ぐいっと首にかけられた腕につかの間の癒しの時間は崩れ去る。

 

 

 

「エルくん、エルくん、エルフリードくん。実は俺たちも君の事をとっても心配していたんだ」

 

 棒読み個々に極まれりと言わんばかりに、いい笑顔でまっ平らな言葉を紡ぐカルナック。

 

「そうそう。つーわけで、ちょっとあっち行こうぜ」

 

 何がどういうわけでかは分からないが、笑顔のまま額にぴくぴく青筋を浮かべるという器用な事をやってのけれているポプラ。その拳はグーに握られている。

 

「エルフリード様! わたくしにも、わたくしにもコツンッってやってくださいまし!! さあ! さあ!!!!」

 

 顔を赤くして目をきらめかせ、はあはあと鼻息荒く、ぐいぐい胸を押し付けながら迫ってくるセリッサ。

 

 

 

「あ、はい」

 

 

 

 そんな彼らの迫力に、私がとっさに返せた言葉はそれだけだった。

 

 そして呆れたように見守るアルディラさんの視線の先で、私はずるずるとカルナックとポプラに引きずられていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく。………でも、ふふっ。なんだかエルくんって、しっかりしているはずなのに放っておけない子だわ」

 

 そう言いながら、アルディラはそっとエルフリードに触れられた頭をさわる。

 

 

 そこは少しだけ、ほの温かい気がした。

 

 

 

 

 

 




うっひょー!やったー微修正終わったー!!

今回のお話までが、以前投稿した分を微修正した分でした。

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