魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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68話 迷宮を抜けて

 フェルメシア王国王都メルキフェレス。

 

 その中でも群を抜いて存在感を主張するフェルメシア城の一角、執務室にて机に向かっていたルチルは覚えのある気配にぴくりと表情を動かした。それは執務の後に軽く運動をするために呼んでいたエキナセナも同様で、彼女はルチルの背にある窓に身を寄せると城下を覗き見た。

 城の明かりが灯っているとはいえ現在は夜。それに加えて高所からでは眼下は遥か遠くの光景だが、獣人のエキナセナにとってそれはさしたる障害にならない。夜目が効き、視力に優れた彼女はそのアメジスト色の瞳で対象を捕らえた。

 

「ノレット?」

「ふむ、覚えのある気配だと思ったが、やはりぬしの仲間の精霊か」

「一度会っただけでよく覚えてるわね……。けど、あいつは別に仲間じゃない」

 

 不本意だとばかりにルチルを睨んだエキナセナの片目には、エルフリードに貰った魔纏刺繍のおかげで治りかけてはいるが痛々しい裂傷が残っている。それは以前、自分を追っていたポプラとその精霊ノレットによってつけられたものだ。

 

 罪を犯していたのは自分であるため恨んでこそいないが、かといって良い感情を持てというのは無理な話だ。少しの間行動を共にしていたがほとんど会話したことはない。

 しかし共に行動していただけに精霊の気配に敏感な獣人のエキナセナは、闇の精霊ノレットの気配を覚えている。それを人間であり一回会っただけのルチルが言い当てたことには素直に感服していた。

 それもこのフェルメシア城、かなりの広さを誇りこの執務室など上階に位置している。エキナセナが気づけたのも半分は偶然のようなものだというのに、自分と同時に知覚されるとは思わなかったのだ。

 

「どうやら急ぎか。焦っているようだの」

「そこまでわかるのか……」

「ふふっ、精霊術は妾も得意とするものでな。それより少々気になる。エレナよ、あの精霊をここに呼び寄せてくれぬか」

「精霊……ですか?」

「うむ。騎士団の宿舎に向かっているようだ」

 

 精霊の気配を掴めないエレナは疑問の表情を浮かべたものの、瞬時にそれを取り払い優秀な侍女らしく(うやうや)しく頭を下げて了承する。

 

「ではカルトレに確認をとってみましょう。少々お待ちください」

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

「戯れる流水の枷に囚われよ、『海揺枷(ユーラ)!』

 

 アルディラの放った妖精術は水の妖精(メリル)によって体現され、炎の残像を残し高速移動をしていた敵にまとわりついた。それは揺れる水面のような儚げな水の網であったが、頼りない見た目とは裏腹に敵は明らかに減速を強いられる。

 

「ごめんなさい、ポプラくんの術ほど拘束力はないけれど今のうちに!」

「いや、ありがたい!」

 

 剣を構えたカルナックは笑顔で応えると、すでに魔法付与によって精霊の力を纏わせていた剣で魔物に切りかかった。それを背後から白霊術の防御幕と、牽制用のナイフを投げて援護するセリッサとポプラ。もとより強力なカルナックの一撃は仲間の援護を受けて決定打へと変わる。

 

連牙星翔斬(れんがせいしょうざん)!!』

 

 ちなみにこの技だが、アルディラの妖精術と組み合わせたスキルと違い純粋な剣術スキルであるため、魔法のように発動に名前を叫ぶ必要はなかったりする。

 

『クルォォォォォォォッ!?』

(よっしゃ決まったぁ! 俺今かっこいい!)

 

 強敵を前にしながらも技名を意気揚々と叫んで放った技は、呑気な内心とは裏腹に強力だった。

 

 星が天を翔るかのような数多の斬撃を身に受けた魔物は断末魔をあげ、その巨体は炎に焼き焦げた迷宮の床へと転倒する。魔物の炎で熱せられていた床は皮肉にも当の魔物の血によって鎮静化され、血霧を吐き出しながら熱を発散させた。

 それを見た冒険者達はその脅威の残滓を目の当たりにして息をのむ。狭い迷宮の中でこの魔物と相対するのは普通ならば致命的……この面子がそろっていなければ危なかっただろうと、パーティー内でも群を抜いてレベルの高いカルナックですら考えた。

 

 狭い通路の中でなんの躊躇もなく全身から極大の炎を放ち、それによって直接のダメージよりも発した熱で生物を苦しめる魔物。水の妖精術が得意なアルディラと、防御に秀でたセリッサが居なければ、動くことすら難しかったはずである。

 そんな迷宮内で相対するには最悪の魔物は猫科を思わせる大型の四足獣。インフェルノパンテーラと呼ばれるそれは、以前エルフリードがグリンディ村でハウロと共に倒したものと同種のAランク魔物であった。

 

 

 

 迷宮の奥へと順調に攻略を進めていた一行だったのだが、途中から明らかに魔物の強さと種類が違ってきていた。普通ならばこんな窮屈な迷宮には存在しないはずの大型魔物は、嫌がおうにも敵が迎撃用に仕掛けてきたものだという事実を突きつける。

 

「まったく腹立たしいですわね。ああ、エルフリード様はご無事かしら……」

 

 ここまで結果的に無傷でたどり着いたが、それでも全員が著しく精神力と体力を消耗している。そこを表に出さず能率を低下させないところに各々の熟練度が現れてはいるのだが、それには優秀な仲間の存在も大きかった。

 しかし罠によってはぐれてしまったエルフリードはたった一人。もし敵に囲まれたり、先ほどのような凶悪な魔物に出くわしたら生存確率は限りなく低くなる。焦燥感は増すばかりであり、魔物を倒した高揚感に浸る間もない。

 

 苦くつぶやいたセリッサに、アルディラはエルフリードの魔纏刺繍が施された手袋を見ながら言った。

 

「……。心配だけれど、今は無事を信じて先へ進みましょう。エルくんの戦闘能力は期待できなくても、彼は優秀な魔纏刺繍の職人だわ。材料をその場で生成も出来るし刺繍も恐ろしく早い。きっと、潜伏用の魔道具をその場で作って、凌ぐくらいしているはずよ」

「だと、良いのですが」

「大丈夫だろ。魔人の時だって結局ぴんぴんしてたのはあいつ一人だったし、そんだけ悪運強けりゃそう簡単に死なねーよ」

 

 ぶっきらぼうにポプラが言うと、重かった空気がわずかだが軽くなる。

 実際魔人戦ではエルフリードも怪我を負っていたのだが、疲れこそ見せたもののそれを気づかせなかったエルフリードは無傷で魔人との遭遇戦をやりすごしたと思われていた。だからこそのポプラのこの言葉であるが、実際エルフリードは現在怪我どころか無傷で快勝を続けているため、希望的観測ではなく事実である。しかしそれを彼らが知るすべはない。

 

「そうだな、今は、その悪運を信じよう」

「ええ。インフェルノパンテーラは、おそらく敵方の奥の手の一つのはずよ。通常の個体よりも強かった気がするし、知能も高かった……それを倒した今、畳み掛ける好機ね。……ポプラくん、ありがとう。おかげで少し元気が出たわ」

 

 淡く微笑んだアルディラを前に、ポプラの顔が朱に染まる。

 

「そ、そうっすか!? いや、その、アルディラ姐さんが元気になったんならオレはそれで……!」

「何がそれでなんだよ。はは、照れてやんのー」

「うっせーぞカル! と、とにかく! ノレットも騎士団へ向かわせたしな。うまくすれば、カルの知り合いのつてで応援もすぐ来るだろ」

 

 単体でなら移動にも優れた闇の精霊ノレットは、現在騎士団へ応援を要請するためにその場を離れていた。

 

 先ほどは速さを優先した彼らだったが、事が手に余ると判断したのだ。倒すだけならば問題ないが、昏倒させて放置してきた者の捕縛や異変に気づいて逃げ出した賊の確保など、いちいち対応しきれない。こればかりは個人の戦闘能力よりも人海戦術が物を言う。悪く言えば面倒事を押し付けるようなものだが、彼らには彼らにしか出来ないことがある。これも適所適材だ。

 

 カルナックはポプラを探す際に、フェルメシアの騎士団に所属する個人的な知人を訪ねていた。その彼に宛てて、ノレットに事の次第を綴った書状を持たせたのだ。緊急時ゆえに形式を取り払ったほぼ箇条書きの文面であったが、そこは処理能力に優れたアルディラが書いたため最低限は伝わるだろう。

 主に戦闘の主戦力として契約しているノレットが離れたためポプラは苦戦を強いられるが、そこは仲間がうまく補助し、彼自身も後衛からの支援に移ることでなんとかしのいでいた。

 

 

 奴隷商の組織の者から道を聞き出し、アルディラ達は今までの冒険者が立ち入ることが出来なかった最深部まで近づいている。

 

 

 

 深部の古代都市まで、後少し。

 

 

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

 

(なんか楽しそう……)

 

 巨大フェレットを倒した私は、捕まっていた人たちを連れて脱出口に繋がる通路を駆けていた。

 

 後ろで何やらヒューレイとアルメリアが話しているようで、その元気な様子に安心した。歳も近そうだし仲良くなったのかな? 現在私の癒しである少年少女の交流が大変微笑ましい。

 

 もうすぐこの子たちをここから出してあげられる。……アルメリアに関しては首輪の件が残っているけど、よく考えたら真面目に盗賊から鍵を受け取る必要無いんだよな。アルディラさんが獣人は国が手厚く保護してくれると言っていたし、エキナセナともなんだかんだで仲よさそうなルチルに相談すれば、どうにかしてくれるかもしれない。要は迷宮(ダンジョン)から脱出さえしてしまえばほぼクリアだ。

 しかし気を緩めたりはしない。一応もう大丈夫だとは思うけど、さっきのフェレットの件があるので周囲に注意を払うことを怠らないよう気を付ける。

 

 

 

 そうして進むこと少し。

 

 

 

「! ここか」

 

 通路が終わり、広い空間に出た。

 

 ドーム状に曲線を描く天井に、サッカーのフィールドくらいの面積がありそうな円形の部屋……その部屋に足を踏み入れた時、水の波紋のように足元で魔力が広がったのに気が付く。

 見れば床の模様だと思っていた細かい装飾が、古代魔法言語で書かれた術式だと分かった。その魔力が私と反応したらしく文字に水色の光が灯り、それは次々に点灯して中心へと淡い光の波紋を描いた。そして中心に到達すると、そこから床を伝って壁から天井にかけてまで光が走る。

 一瞬眩しさに目がくらむが、慣れてきた目で見ると部屋全体が静かな光をたたえていた。発光しているのは全て古代魔法言語で描かれた複雑な図形である。

 

「きれい……」

 

 誰かが呟いた一言に同意する。私もその文字軍に圧倒されてしばし魅入られた。

 

「これは……蒼黎術の術式か」

 

 見回しても入ってきた場所以外に他へつながる空間が無いので、いかにも魔法ですよ! と主張している文字たちを観察すれば、それは幾重にも重ねられた蒼黎術の……おそらくは空間転移系の魔法術式。

 フェルメシア城にあった転移陣とはだいぶ違うようだけど、現代の最新式の魔法と比べて遜色ないそれは何百という時を経てなお、その効果を発現させている。

 文字が描く幾何学模様の魔法陣がなんとも美しく、私はそれを出来る限り目に焼き付けた。後で絶対これ刺繍のモチーフに使おう。

 

 

 

 さて、この術式を発動させれば恐らく外へ出られるはず。発動させるための要を探そうと部屋を見回していると、中央に台座があるのを見つけた。近づくにつれて部屋の魔力がそこに集中しているのが分かったので、おそらくこれが発動のキーで間違いないだろう。

 私の腰程度まである台座には中央に手のひらサイズの水晶のような石が埋め込まれている。そしてその横には、表面が荒く削られこんな文字が書かれていた。

 

 

_______ 魔族の侵攻はこの大陸にまで到達した。我らは闘おう、この都を死の棺にしないために。たとえそれが虫のあがきでしかなくとも。同胞たちよ旗を掲げ進軍せよ。我らは誇り高き……

 

 

 

 文字は途中で途切れている。

 

 え、なんでそこで途切れるの? 最後の最後ですごいもやもやを心に残された。ここまで書いたなら最後まで書こうよ古代人……。というか、このかっこよさげな文から想像したくないけど、もしかして書く面積足りなかった? めっちゃ台座のふちギリギリに書かれてんだけど。……うん、見なかったことにしよう。

 

「皆さん、出来るだけ中央に集まってください! この部屋に残された魔法で外へ出ます」

「魔法で……? 大丈夫なのか」

「不安はごもっともですが、魔法でなければ階層を一階ずつ上がっていくことになります。そうなれば多分俺では守りきれません。何でしたら俺が先に使って様子を見てきます」

「いや、あんたがそういうなら大丈夫だろう。ここまで来たらあんたを信用するさ」

 

 ガイルさんがそう言ってくれたおかげで、他の人たちも不安を口にせず納得してくれた。ああ、こういうまとめ役の人がいてくれると本当にありがたい。それぞれに言いたいこと言い出したら収拾つかないもんな。

 

 というわけで、いよいよ迷宮の脱出である!

 

「発動させますよ」

 

 水晶に手をあてて魔力を流し込む。いざ使うとなるとドキドキするけど、そんな私の不安を取り払うには十分にスムーズな動きで術式が発揮された。

 螺旋と幾何学模様で描かれた古代魔法言語が淡い光から徐々に強い光へと変わってゆく。その光は私たちの体を取り巻き、そして一瞬の浮遊感の後……実にあっけなく、私たちは外気を肺に吸い込んだ。

 

「外だ……!」

 

 一部で歓声が上がるが、ほとんどの人は今居る場所がつかめずきょろきょろしていた。しかしそれも当然だろう。

 外に出たら明るい太陽と青い空! くらい想像していただろうに、残念ながら今は夜。それも多分真夜中だ。月はそこそこ明るいけど、人口の光とはいえ明るかった迷宮からいきなり暗い場所に出れば、すぐには状況が分からないだろう。

 しかし外だと気づいた他の人間に教えられ、段々と歓声は広がってゆく。

 

「や、やっと出られた……」

 

 どっと疲れが押し寄せてきて、思わず倒れこむ様に座り込んでしまった。そのまま周りを見回せば、もとから夜目が効く方であるため周りの景色が見えるようになっていく。

 

 私達が蒼黎術の魔法陣によって運ばれたのはどこか草原のようで、巨石で囲まれた広場みたいな場所に全員がたたずんでいた。あ、このストーンヘンジみたいな石なら知ってる。少し前に根を詰めて仕事する私に気分転換になればと、アルディラさんが冒険者小ネタとして教えてくれたやつだ。

 たしか作られた目的が未だ解明されていない代物で、迷宮(ダンジョン)フェランドリスの近くということで迷宮に入らない人用の観光スポットになっているとか。

 転移魔法の出口だったのかこれ……。

 

 ぼうっと巨石を見上げていた私。ふと、冷たい風に吹かれてぶるりと震えた。ああ、初夏とはいえやっぱり夜はまだまだ冷え「邪魔です!」はい?

 

「だあああああ!?」

 

 緩緩(かんかん)としていた私の精神に一気に水を浴びせたのは、近くに突き刺さった氷の槍だった。間一髪でよけたものの、轟音を立てて突き刺さったそれは当たっていたら間違いなくやばかった。地面えぐってんだけど何これ!?

 

 急いで臨戦態勢をとり、とりあえず混乱が起きる前に声を張り上げた。

 

「全員どっか安全なところに逃げてください! ガイルさん、指示頼みます!」

「! わ、わかった。おい、よくわからんがみんな石の陰に隠れるんだ!」

 

 やばいガイルさん頼れる頼もしい! 突然の事なのにすぐに危険を理解してくれた。

 他の人達はわけが分からないままみたいだけど、危険という事は分かったのかガイルさんの指示に従って逃げ始める。私の事を気にしてくれてるのかこちらを心配そうに見ていたヒューレイは、アルメリアが引っ張ってくれていた。え、ありがたいけど首根っこ引っ張って大丈夫? ヒューレイ「ぐえっ」て顔してたんだけど。

 

 ま、まあいいや。ともあれ私は目の前に集中しよう。

 

 脱出した途端に何が襲ってきたのかと思ったけれど、よくよく見れば今のは戦闘の余波だった模様。そして当の戦闘をしている張本人たちは、先ほどより間近に迫っていた。

 

「いったいどうしたんだ! 何と戦ってる!?」

「煩いですよ!」

 

 (わずら)わしそうに答えたのは、褐色の肌の紳士スタイル男。迷宮にて取引をした盗賊レレだった。

 その横にもう一人知らない男が居て、彼らは襲ってくる何かの群をひたすら迎撃している。

 

 "それ"は子供のような小さい人間の骨に、透明な皮膚だけ貼り付けたようなモノだった。それも、何匹も。

 魔物たちは目も鼻もないが真っ赤な口内からぎらぎらとした歯をのぞかせて、キィキィとした奇声を放っている。それが透明の粘液を体からまき散らし、幾匹も盗賊たちに襲い掛かっていた。

 わずかな月明かりと盗賊の魔法による光でしかその姿が視認出来ないので、いったい何匹いるのか見当がつかない。

 

雹雅月風氷(ルナゲイルグレイシア)!』

 

 忌々しいとばかりにレレが魔法を放つと、美しい光の乱舞が現れる。しかしその威力は凄まじく、槍のように鋭利な氷が吹き荒れる猛吹雪によって放たれ、魔物らしき生き物を次々と突き刺し、凍結させていた。

 緑がかった青い魔法光によって一瞬周りが照らされた後、月の光を反射する氷の塊が残される。刺殺と凍結の両方が可能な魔法らしい……あとは氷に光が乱反射する目晦(めくら)ましか。

 

 やべぇ何だこれ強ェ……。

 

 この盗賊と正面から戦わなくて本当によかったと思いながらも、しかしそんな魔法を受けてなお湧き出すように同じ魔物が現れるのを見て戦慄する。

 

「ちょ、だから何これ!?」

 

 いよいよこちらにまで迫って来たので、魔物を鞭で打ち払いながら問う。すると大きく跳躍して私の隣に降り立ったレレは魔物たちの奥の方を指差した。

 

「あれを見なさい。まったく、とんだ誤算ですよ……」

「あれ?」

 

 指差された方向を見ると、なにやら一つだけ大人サイズの影が……。えっ。

 

「何あの気持ち悪いの」

「同感です。あれでも人間だったんですがね」

 

 人間だった、と称されたそれ。たしかにサイズは人間だ。しかしその様相ときたら、まあ……。

 

 蛙のようにぶよぶよとした半透明の肉体に、透けて見える内臓。目はリンゴのように大きく、黄色いそれが不規則にぎょろぎょろと動いている。体表に無数の乳白色の粒の集合体を張り付けており、顎が外れたように大きく開かれた口からは例の魔物が生み出されている。かろうじて人間だったという言葉の信憑性をもたせるのは、申し訳程度に体に張り付いた襤褸切れのような服だった。

 

 そしてその服の柄には見覚えがある。

 

「もしかして……」

「奴隷商の頭目ですよ。魔物を貸し与えられただけでなく、孵卵器にされていたようですね」

「え、孵卵器って……え!?」

 

 不穏な単語に嫌な想像が浮かぶ。そして多分それ当たってる。どうやってそうなるんだか知らないけど、魔物を生み出す装置にされてるってことか。

 

「うわ、うーわ……。趣味悪……」

「本当ですよ。ああ、鬱陶しい」

「レレさーん、さぼってないで手伝ってくださいよ」

 

 舌打ちするレレにもう一人の男から苦言が入る。あ、コノヤロ、今気づいたけど人が魔物蹴散らすのを良いことに隣で休憩してやがった。

 

「貴女達とは別の転移陣で出てきたんですが、まさか外に居るとは驚きですよ。というか生きていたんですね。それも見たところ無傷ですか? 大したものです」

「お褒めの言葉をどうもっていうよりあんた早く戦え!?」

「疲れたんですよ面倒くさい」

「素直! てか、なんで本体狙わないんすか!」

「完全に質量で圧倒されてますね。それぞれの個体は雑魚ですが、数がそのまま壁として機能している」

 

 見てなさいと、レレが掌に氷の刃を生み出してそれを奴隷商へ向けて放った。すると生みの親を守る様に魔物たちが集合し、槍で千切れ飛び犠牲を出しながらも、それを防いでしまった。そして減った分もあの奴隷商からすぐに次の魔物が生まれ補填される。

 

「こんなんどうすれば……!」

 

 私はまだ身を守れるからいい。けど、ここは先ほどの迷宮と違って外なのだ。制限のない開けた場所で数で攻められたら、そのうちヒューレイ達のもとまで魔物がたどり着いてしまう。

 

「ゲッ、が、あ゛、あ゛ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 奴隷商が叫びとも鳴き声とも言えない声を放つ。見たところ自我が残ってるとは思えないが、苦しんでいるようだ。しかし本人(おや)の意思など意に介さず、魔物(こども)は次々に生まれ続ける。

 

「う、うわあああ! 来るな、来るなー!」

「!?」

 

 懸念していた通り、思ったよりも早く魔物がヒューレイ達のもとへたどり着いてしまったようだ。急いでそちらへ向かおうとするが、その前に襲っていた側の(・・・・・・・)魔物が吹き飛ぶ。

 見れば襲われていた中の一人、メガネをかけた青年が腕をかざしていた。その彼の前には私が先ほど地下で倒した覚えがある牛頭の魔物。

 

「畜生、畜生! 何だっていうんだ!? こんなはずじゃあ……」

「おや、あれは召喚獣か。奴隷商の仲間のようですが、わざわざ連れてきたんですか?」

「え、あの人敵!?」

 

 彼は初めから倉庫に囚われていた奴隷だったはず。けど、正体は内側から商品を監視する奴隷商の仲間だったってことか。とりあえず今それはどうでもいい。自分の身を守るためとはいえ戦ってくれさえすれば、ヒューレイ達の安全も少しは……。

 

『ウ゛モォォォォォォッッッッ!!!!』

「あ、駄目だ死んだ」

 

 頼りにならねぇ!!

 牛頭の魔物は即座に相手に群がられ、身動き取れないまま頭から貪り食われてしまった。ちょ、早いな!? もうちょっと頑張れよ!

 

「あ、ああッ」

 

 魔物を呼び出した青年の方も下手に目立ってしまったため標的となったようだ。群がられ、耳障りなごりごりとした咀嚼音が響く。しかしそのおかげで、わずかに出来た隙にヒューレイ達の方へ行くことが出来た。

 

「ヒューレイ、アルメリア! 大丈夫!?」

「は、はい! アルメリアが守ってくれたから……!」

「何なんだあの魔物はッ」

 

 アルメリアが近付いて来た魔物を蹴り飛ばしながらやけくそ気味に叫ぶ。こちらは牛頭の魔物なんかよりよほど頼もしいが、見れば息切れしている。無理もない。元気に見えるから忘れがちだけど、彼女の首には未だに能力制限の首輪がついているのだ。

 

「盗賊! あんたこっちは囮しっかりやったんだから、アルメリアの首輪の鍵さっさと渡せよ!」

「今はそれどころじゃないですよ! 見なさい、減らさなければ増える一方です」

「あんたさっきサボってたくせに!?」

 

 大声で応酬しながらも手は止められない。レレが言うように物凄いスピードでこいつら増えてる。心なしかさっきより生まれるスピードが増していて、それに比例して奴隷商はますます苦しそうに(あえ)いでいた。

 

「あの体の卵が尽きるまで戦うしかないって? 冗談やめてくれよ……!」

 

 多分あれ卵だよね、体の粒粒。あれからなんで子供サイズの魔物が生まれるんだ……。せいぜいBB弾くらいの大きさでしょーに。

 

 

 長期戦で消耗戦。さっきとは別の意味で最悪な相手に対して冷や汗が流れる。

 その時だった。

 

 

 

 

「何やら面倒事に巻き込まれているようだな、エルフリード」

 

 戦いの喧騒の中、凛とした声が耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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