魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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67話 氷上の魔物

 出口へ向けて走る私たちの前に現れた魔物の見た目は、まんまフェレットだった。

 

 私は脱出路前に立ちふさがる魔物に対峙しながらも、そのつぶらな瞳を必死で見ないように心掛ける。だって良心の呵責(かしゃく)を煽るようなあの愛らしさときたら、これから行う戦闘が動物虐待に思えて仕方がない。

 何あれ超かわいい。でっかいけど超可愛い。めっちゃ威嚇してるけどちょー可愛い。何なのあれ。

 

(……うぅ、何か嫌だなぁ倒すの)

 

 差別だと罵られようが、可愛いは正義である。ごつい魔物を倒すのとでは心構えが違うのだ。

 

 いやいや、しかしいくら可愛かろうが、あの子完全に臨戦態勢で「俺はやるぜ!」って目ぇしてるし、ちゃんと戦わないと後ろにはヒューレイたち居るんだし、しっかりするんだ私。

 それに私は何回油断するんだ。ここまでの道のりで順調に魔物を倒せたから、もしかして私って結構強くない? とか勘違いしそうになるけど盗賊一人に押さえつけられる程度の実力で何をほざく。きっとアルディラさん達が戦ってた魔物はもっと強いし、雑魚相手に楽勝して喜んでいたら馬鹿だ馬鹿。よし、冷静になってきた。

 

 可愛い見た目に怯んだ自分を諌めると、威嚇の意味を込めて夜昌石の鞭を床に打ち付けた。鞭は勢い余って床の素材に裂傷を刻む。

 ……今更だけど、この綺麗な下層階を見てると、重要文化財を傷つけたとかで後で怒られないかちょっと怖い。

 

 

 私が相手をすると分かったのか、フェレットは全体にむけて放っていた殺気を私に集中させる。そしてつぶらな瞳の中に青白い炎が躍ったかと思えば、フェレットは口から青く光る何かを吐き出した。

 

「青い炎!?」

 

 後ろからアルメリアの驚く声が聞こえる。たしかに彼女が言う通り、フェレットが吐き出したのは青色の炎。しかし見た目は確かに炎のようだが、その性質は真逆のようだった。

 フェレットが吐き出したそれをよけると、攻撃を受けた床が瞬く間に白く濁り……否、氷結した。白く見えるのは冷凍庫についた頑固な霜のように、細かい氷の粒が凝固した物のようだ。

 しかもそれに留まらず、氷の力を秘めた炎は何も燃え移るものの無い床の上でゆらゆらと動き続け、フェレットの口から離れた後も周囲に氷の幕を広げて浸食を進めている。

 

「皆さん下がって! 下手すると身動き出来なくなります!」

 

 見たところあの氷の炎、殺傷能力は低い。

 しかしおそらくこれは自分に有利なフィールドを作り出し、獲物の動きを封じるための魔法なのだろう。あの霜に足をとられたら面倒くさいし、多分ヒューレイ達じゃあ抜け出せない。彼らには後ろに退避してもらって、出来るだけ早くに決着をつけなければ。でないとこの即席の氷フィールドはどんどん広がってしまう。

 

 なんだか今日は氷使いとのエンカウント率高いな……。今初夏なのに、すごく寒々しい。これが外ならちょうど良い涼みになっただろうに、地下ではただ寒いだけだ。やばい、私お腹冷えると弱いんだけど。お腹痛くなるんだけど。

 

「あんたは!?」

「大丈夫!」

 

 後ろに下がりながら問いかけてきたアルメリアに答えると、私はまだ凍っていない地面の上で両足に維持(リテイン)を発動させる。持続的に発動させるのは今はちょっときついけど、これで自由がきく。私の足のまわりだけは、変化に影響されない空間が保たれた。

 

 フェレットは獲物が自由を得ているのが気に食わないのか、次々と氷の炎を吐き出し、それに留まらず今度は体毛を針のように飛ばしてきた。よく見ればそれも氷で出来た細い針のようで、こちらは炎と違って獲物を仕留めるための攻撃のようだ。

 

 私がそれを鞭で叩き落とすと、いつの間にか眼前に鋭い爪が迫っている。あ、氷の針は囮だったか。

 

「ッつ」

 

 のけぞる様によけると、髪の毛が少し散った。お、おう……。切れ味良いな。

 

影踏み(シャドウストーカー)!』

 

 そのまま追撃される前に、フェレットの巨大な体のおかげで出来た影の中に潜り込む。影を作るフェレットがすぐに動くため長くは潜れないが、虚をつくのには成功したようだ。

 一瞬私を見失い意識が散漫になったフェレットの背後に出ると、そのまま足でフェレットの背中を蹴りつけて上へ飛んだ。

 

『ぎゃん!?』

 

 前のめりに爪を繰り出していたフェレットは、私に踏み台にされたことで地面に顔と胴体を打ち付ける。しかしそこに追撃をかけようとしていた私に顔だけ向けると、やや無理な体制ながら氷の炎を吐き出してきた。まさかその体制から反撃されるとは思わなくて、空中で逃げようのない私はもろにそれをくらってしまう。

 

「くッ」

「先輩!?」

 

 ヒューレイが悲鳴をあげるが、ダメージは大したことは無い。しかし問題なのは、一瞬とはいえ視界を奪われた事だ。

 青と白に視界を焼かれる中、片足に何かが食い込む感覚がした。

 

 

 

 

 

++++++++++++++

 

 

 

 

 

「あれは獣魔だ……。勝てるわけがない」

 

 聞こえるか聞こえないか。それほどに小さく、しかも全員が戦いに気を取られている中では本来拾われることのなかった言葉。

 それに気づき、反応したのは聴力に優れた獣人のアルメリアだけだった。一瞬たりとも見逃すまいとしていた戦いから目を離すほど、それは彼女に衝撃を与えた。

 

「獣魔……だと!? お前、今獣魔と言ったのか!」

 

 獣魔。

 それはアルメリアの故郷であるファームララスに未曾有の混乱を引き起こした、獣人とは似て非なる存在。獣人にとっての怨敵である。

 

 まさかこの場でそのような言葉を聞くことになるとは思わず、アルメリアは驚愕しつつも言葉を発した人物に詰め寄る。

 噛みつくように詰め寄られ後ずさったのは、ひょろ長い体型のメガネをかけた優男だった。彼は挙動不審にメガネをかけなおしながら答える。

 

「ぼ、僕は何も言っていないよ。聞き間違いだろ?」

「嘘だ! お前は今、たしかに獣魔と……」

「先輩!?」

 

 アルメリアが青年に詰め寄ろうとしたところで、ヒューレイの悲鳴によってアルメリアの視線は再び戦いへと戻される。するとその先では片足をイタチのような魔物に噛みつかれ、地面に叩きつけられるエルフリード。その勢いは激しく、人間が叩きつけられただけとは思えない音がした。

 片足を食いちぎられているか全身の骨を砕かれるか……そんな想像がアルメリアの中で駆け巡り、ざっと血の気が失せる。思わず目をつむったが、それは先ほどと同じくヒューレイの声によって視線を戻す事となった。

 

「あ、大丈夫だった! 先輩! 先輩頑張れ! いけ、そこだ!」

「はぁ!?」

 

 そんなことあるか! と、つい否定的に思ったが、見れば多少ぼろぼろになりながらも元気に動くエルフリード。

 今までの戦い方を見て彼の強さは理解していたつもりだが、体まで丈夫だとは……。下手をしたら獣人の戦士並である。

 

 

 アルメリアはそれに驚けばいいのか呆れればいいのか困惑する。それは周囲も同じ反応で、元気に応援をしているのはヒューレイだけだ。

 青年を問いただすか、それとも戦いから目を離さないか……。アルメリアは迷ったが、青年を問い詰めるのは後でも出来る。そう考え直すと、色々な意味で目が離せない戦いを最後まで見届けることに決めた。

 

 

 アルメリアは気づかない。彼女の中でエルフリードが負ける可能性が、すでに消え失せていることに。

 

 

 

 

 

 

 

+++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 あっぶねぇ!!

 

 足に食いつかれて、そのまま地面に叩きつけられた。可愛い顔して何てことするんだ。すっごい痛かった。泣きたい。

 

 しかし問題はそこじゃない。やばいのは維持(リテイン)をかけていない体部分が凍る地面についてしまったことだ。しかも頭からもろだったから絶対髪の毛が氷に張り付いてる。

 痛みに泣く暇もなく対処法に頭を巡らせると、歯を食いしばってから黒霊術の点火(イグニッション)を唱えた。瞬間的に炎を生み出す術を、自爆覚悟で体回り全体に発現させる。

 

『シャフっ!?』

 

 口の間近っていうか中で生まれた炎に怯んで、フェレットが噛んでいた私の足を離した。

 地面の氷を囚われる前にあらかじめ溶かしたおかげで、体の自由もきく。一瞬詰みかけたけど結果を見れば髪の毛がわずかに焦げた程度だ。服の裏地に防御用の刺繍縫いこんでおいてよかった……。でも今ので維持(リテイン)が解けた上に、下級とはいえ魔法を大量展開させたから呪いのせいで気持ち悪い。うえっぷ。

 

「やってくれたな!」

 

 地に付けた片手を軸にフェレットの顎を蹴りあげた。ええい、もう魔法はここまでだ! これ以上やったら吐く。絶対吐く。

 

 何が何でもさっさと終わらせてやると意思を固めると、体制をすぐさま整えてのけぞったフェレットに向かって走った。そのまま腹からのどにかけてをがっつり踏みつけて駆けあがる。カフカの洞窟で逃げるために、自分より巨大な生物の体を踏み台にしたこと数知れず。これくらいのバランス感覚屁でもないわ!

 

『ぎ、ぐ、踏ま、やめ!?』

 

 ん? 今一瞬、フェレットから人の言葉が聞こえたような。気のせいか。

 

 巨大なフェレットの体を途中まで上ると、勢いがなくなる前にぐっと片足に力を入れて跳躍する。

 

 脱出路前はわりと大きな空間となっている。天井も高く、どこから現れたのかは知らないがこの巨大フェレットも上から落ちてきた。そんな中、天井ぎりぎりまで飛び上がると夜昌石の鞭に微量の魔力を流し込む。

 この鞭、実践で使うのはこの迷宮が初めてだけど凄く手になじむ。使い方も先ほどまでの魔物戦で大体こつを掴んだので、今からやろうとしていることも可能なはずだ。

 

 楔形の石が連結した鞭は私の思惑通り、柔軟性を失って一本の棒のように直線状に硬直した。そしてそれを下に向け、両手で固定すると全体重をかけて落下する。

 

『!?』

 

 フェレットがのけぞった体を戻し、空中に居る私に噛みつこうと体を伸ばすがそれはもう遅い。

 

 長い槍と化した鞭は噛みつこうと口を開けていた魔物の口内に突き刺さり、時間にして数秒も掛からぬうちにそれは貫通する。脳天から股まで串刺しにされたフェレットは、断末魔の声を上げる間もなく痙攣して絶命した。

 固定した鞭を手放して少し離れた位置に着地した私はそれを確認する。うん、脳は潰れているだろうしこれでは生きていないだろう。

 

 しかし魔物の討伐をしたというのに、このとてつもない罪悪感ときたらいったい何だろう……。やっぱり可愛いは可愛いだけで可愛いという事実が正義という事か。そしてその正義を倒した私は物凄く悪役な気分を味わっていると。他の魔物を散々殺しておいてなんだけど、贔屓でも何でもどうしたって価値観ってあるよ……。

 

「終わりました! 先を急ぎましょう!」

 

 ともあれ、障害は取り去った。さっさと先に進もうと振り返ると、思っていたよりも離れた場所に居るヒューレイとアルメリア、その他の人達が無言でこちらを凝視している。

 

「えっと……。あの、行きますよ?」

 

 その時が止まったような硬直っぷりに思わず私の声が弱弱しい響きになる。

 これはあれか。あの愛らしい魔物を串刺しにしたことで更にドン引かれてるのか。

 

 仕方ないじゃん! 私だって出来ればあんな可愛いのと戦いたくなかったよ!

 あんなのを差し向けてきた敵の親玉を私は許さない絶対にだ。

 

「行きますよ!」

 

 やるせない思いがにじみ出た、やけくそ気味な声は今度こそ彼らを動かした。ぎこちなく動き出した人たちが未だ残る霜の塊に転びそうになりつつも、ようやく脱出口の近くに全員そろう。

 

「出口までもうすぐです! 頑張りましょう!」

 

 

 

 

 

 

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 あまりにも決着があっけなさすぎて、思わず放心してしまったアルメリアはエルフリードの声に恐る恐る動き出した。先ほどと同じく先頭を行くエルフリードについていきながら、呆然と先ほどの戦いを反芻(はんすう)する。

 

(早い……)

 

 圧倒的な実力差、とか、強者同士の戦い、とか。そう思って目を凝らしていた自分はいったいなんだったのか。途中危なげなところもあったが、結果を見れば瞬殺。エルフリードは一方的に魔物を屠ってしまった。

 

 

 家族と過ごした幸せだった時間……それが一人の人間の手によって壊された時から、奴隷にされた屈辱に耐えながらも怒りと闘志を常に燃やし続けた。

 家族は絶対に自分が助けるのだと誓っていた。しかしそれにはあまりにも自分は実力不足であり、逃げだすことすらままならない現実。そこに巡ってきたのが今回の好機である。

 

 自分を奴隷商から買った男が、エルフリードに何らかの条件を突きつける代わりに自分の解放を示唆してきたのだ。その言葉を信用することも、姉を知りアルメリアを助けると言うエルフリードを信用するつもりも無かった。しかし枷があるとはいえ、自由に動ける今は紛れもなく好機。最悪首輪は後でなんとかすればいいと楽観的に考えて、アルメリアは何としても機会を伺って逃げ出すつもりでいた。

 

 しかし、ふたを開けてみればどうか。最初相手に下見張りの脆弱な人間たちだけならともかく、退路を阻む魔物の数々をエルフリードの力なくして退けられただろうか。すぐに無理だと判断し、悔しさに歯噛みする。

 その一方でエルフリードの強さと、それを誇示しない妙にゆるい人柄に既視感を覚えていた。それは彼女の姉が以前感じた物と同種であり、自らの父親を想起させるものであったが、アルメリアは首を振って否定する。

 

 大好きな父親と初対面の人間とを重ねるなど愚かであると。

 

(けど)

 

 少しだけ、少しだけ信じてみてもいいかもしれない。少なくともこの迷宮から脱出するまでは、利用するつもりで。

 

 

「先輩、凄かったなぁ……。あ、ねえ。君も助けてもらったの?」

「は?」

 

 思考の海に沈んでいると、急に話しかけられ動揺する。話しかけてきたのは先ほどから自分の隣を走る細くてなまっちろい人間の少年だ。歳は自分と近いだろう。

 

「えーと、ごめん。名乗ってなかったね、僕はヒューレイ! 君は?」

「あ、アルメリア」

 

 つい答えてしまい、すぐになぜ人間なんかに名乗るんだと自分を叱咤する。が、顔をしかめるアルメリアを気にすることもなくヒューレイは興奮したように捲し立てる。

 

「先輩凄かったよね! 僕、魔物との戦いなんて初めて見たけどあれが凄いってことはわかるよ!」

「お前さっきから凄いとかっこいいしか言ってないな」

「う、うん。だって凄かったから……! 他に言葉が出てこないんだ。アルメリアはどう思った? さっきまで魔物の位置とか先輩に教えてたし、多分僕より戦える人だよね。君から見て先輩ってどう?」

 

 獣人である自分に対して物おじせず話しかけてくるヒューレイに、アルメリアは困惑する。自分たちを攫った人間に奴隷商……ファームララスから出たことが無かったアルメリアにとって、人間の印象とはとにかく最悪な物だった。

 だが今こうして話していても、嫌悪感は感じない。

 

「……まあ、強いんじゃないか」

「そっか! あはは、なんか変なの。まだ脱出出来たわけじゃないのに、もう心配なんていらない気分になってる。いいな……僕もあんな風に強くなりたい」

「は? 馬鹿言うな。その体じゃあ強くなる以前の問題だろ。お前はまず肉をつけろ。ガリガリじゃないか」

「う、そんなに細いかな……?」

「細い。棒みたいだ。食うものが無いなら自分で狩ればいい。そうすれば修業にもなる」

 

 興奮から一転、棒……とつぶやきながら落ち込むヒューレイ。そんな少年に呆れながらも、アルメリアは前を行く鉄色の髪が揺れる背中を見る。

 ヒューレイの言うことは、悔しいが理解出来てしまった。認めたくないと意地を張りながらも、少年と同じくどこかで安心した気分になってしまっている。それをさせているのは紛れもなく目の前の人間だ。頼りなく見えるはずの小柄な背中が妙に頼もしい。

 

 

「……。あたしも強くなりたい」

 

 

 

 

 何者にも踏みにじられない、何かを守れる強さを。

 

 

 

 少女の瞳には憧憬の色が揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 アルメリアがエルフリードへの印象を見極めようとしている中、遠方にてもう一人……彼へ興味を抱いた者がいた。その者は白目をむいて横たわる魔物のビー玉のような目を介して、一部始終を興奮した面持ちで見つめていた。

 

「まあ、まあまあまあ! 素晴らしいわ! 可愛いアリエラには痛い思いをさせてしまったけれど……ふふっ」

 

 華やかな装飾の施された黒衣をひらめかせてクルリと回ると、彼女……マーリェドンナは上機嫌に笑う。この女こそ愚かな奴隷商の男に可愛い愛玩魔物二匹と、有象無象の魔物を大量に貸し出した張本人である。といっても、仲介者が居るので奴隷商は彼女の姿を知らないが。

 マーリェドンナはひとしきりクルクル回って満足すると、フリルのたっぷりあしらわれたソファーに身を沈めて目をつむる。

 

「帰っておいでなさい、アリエラ」

「ご主人ざばぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 

 マーリェドンナが一言口にした途端、生き物の気配のなかった空間に何者かが現れる。その人物は青みがかった白銀の髪を持つ愛らしい少女であったが、その身は満身創痍というに相応しい姿をしていた。

 美しい髪は振り乱され、身にまとう白い毛皮の服は赤黒い血にまみれている。愛らしい造りの顔を涙と鼻水でぐっしゃりと濡らし、みっともないほどに泣きじゃくっていた。少女には髪の間からは小さな耳とお尻からふさふさとした尻尾が生えているが、どちらも毛羽立ちボロボロである。

 

「いだいでず、痛かったのですうぅぅぅぅぅ! あ、あんな人間居るなんて聞いてまぜん! アタシの誇りがずったずたに……! あんな、あんな簡単に負げるなんで、屈辱です……!」

「まあまあ、可愛そうに。でも、それはアリエラが弱かったからでなくて?」

「ふぎゅう……!」

 

 少女、アリエラは主人の言葉にとどめを刺されたように床に伏した。するとその体は光に包まれ、後には先ほどエルフリードに倒されたはずの魔物の姿が横たわっていた。魔物は鼻をぴすぴす鳴らし、いじけたように丸まってしまう。

 

「ふふっ、苛めすぎたかしら。よしよし、よく頑張りました! でも言ったじゃない? どこかで歯車は狂う物だと。出番があってよかったわね~」

 

 マーリェドンナは魔物の頭をなでると。今度は少々思案気に頬に手を当てた。

 

「でも、召喚石を通しての仮契約。本体はこちらにあるからこの子たちだけは死なないけれど……。分身でも死ぬと戦力が半減するのは問題よねぇ。アリエラが負けてしまったし、アマンダが大丈夫かしら?」

 

 苦戦しているようだしね、と。マーリェドンナは同じくもう一匹の配下(ペット)の瞳を介して困ったように苦笑した。

 

 

 

 しかしそれは出来の悪い子供を愛しむようで深刻な様子は無い。

 

 なぜなら彼女にとって、これは喜劇の一幕でしか無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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