魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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66話 蹂躙劇

 攫われた職人たちを伴い、脱出することを決意したエルフリード。そんな彼が引き連れた魔道具職人たちの一団は、迷宮の中を進んでいた。しかし当然進めば敵も出てくる。そしてそれに対応したのはエルフリードだったが……。

 

 

 

 それは言うなれば、蹂躙であった。

 

 

 

 牛の頭部を持つ巨大な魔物の眼球が潰され、脳が引きずり出される。鋭利な牙を閃かせる蝙蝠型の魔物は、鞭の一振りで潰され数多(あまた)の血の花を壁に散らした。猿のような魔物の首は撫でるような優雅さで手折られ、仲間の躯の上に重なる。何が起こったのか分からないとでも言うように、その眼球は静かに生から虚ろへ変わっていった。

 

 奴隷商に捕まっていた人間たちはその光景に身震いした。

 魔物相手とはいえ、それはあまりにも凄惨な光景だったからだ。

 

 自分たちと同じく捕まっていた少年を助けに来たという、一人の冒険者。職人たちは助かるために、彼の仲間を当てにしてついてきたものがほとんどだろう。誰も彼一人に期待などしていなかった。

 それはあまりにも戦いに向いていなさそうな外見をしていたからに他ならない。

 

 しかしそれが間違いであったと、今では誰もが感じていた。

 

 仲間にA級の冒険者がいると言ったが、ならばその仲間である彼の実力はいったいいかほどなのか。仲間と同じくA級に匹敵する力を備えていてもなんらおかしくは無いのだが……。だが、頼もしく思うにはその戦い方が残忍すぎた。

 

 彼は体が魔物の内臓や血で濡れることも気にかけず、淡々と家畜の解体作業でもするかのように魔物を屠っていく。あまりに身が穢れれば白霊術で身を清めていたが、それもまたすぐに鮮血で染まる。神聖な光を発する白霊術とむせ返る血の瘴気の相対する様は、逆に恐怖を煽るものでしかなかった。

 細められた鋭い目つきと結ばれた薄い唇。戦い始めてからというもの、表情に感情を見いだせない青年相手に誰もが尻込みしていた。

 

 

 そんな中で止まりそうになる足を無理やり動かしてついて行っているのは、ひとえに自分たちの眼前を走る二人の若者のおかげである。

 

 

「先輩凄いです! かっこいいです!」

「今は出番を譲ってやってるだけだからな! あたしだってこのくらい出来るんだから!」

「…………若さか」

「ガイルさん、それちょっと違うと思う……」

 

 

 一見儚そうな金髪の少年と白狼の少女の言葉に、憧憬の念をこめて呟いた一言。ついでにそれにつっこむ小さな呟きは、阿鼻叫喚の迷宮の隅へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

+++++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

(ちょ、多いな!)

 

 私は次々と向かってくる魔物を相手取りながら、せわしなく体を動かしていた。

 

 ヒューレイ達を連れて部屋を出たところまでは良かったんだけど、その後からの魔物の襲撃率が半端じゃなかった。魔物除けの通路を抜けた途端、現れる直前まで気配も感じなかったのに……降ってわいたように、魔物が団体で襲ってきやがった。

 

 よく考えなくても奴隷商の仲間が侵入者(私)に気づいて迎撃してんだろう。

 だよね! 迷宮の魔物が召喚獣だって聞いた時点で気づくべきだったわ! いくら魔物除けがあっても、それが無い場所なら召喚者が居ればいくらでも呼び放題ですね! でもアホか! いくらなんでも多いわアホか!!  こちとらお前らが捕まえた奴隷もおるんやぞ! もっと手加減しろよ! もう魔物の解体作業が嫌すぎて無我の境地入りそうだよ!! 臭い!

 

 

 

 奴隷商の召喚獣である証拠に、一応商品である職人を傷付けないためか攻撃は全て私に集中はしている。

 

 もうね、これは完全に盗賊にいいように使われてるっつーか……。陽動は脱出した後でいいよ~なんて配慮、そんなもの無かった。現時点で十分にいい囮だよ。

 遅かれ早かれ奴隷商に私たちの脱出は伝わっていたと思うけど、バレるのがこんな急だと色々勘ぐりたくなる。おそらくあの盗賊が原因に決まってる。商品をつれて逃げてる奴がいるぞって教えられたら、そりゃ全力で阻止しに来るだろうよ。もうその時点でほんっといい囮になるわ。

 

 

 

 幸いなのは魔物がそんなに強くなかったことか。

 

 襲撃してくる魔物はどれも私一人で対処可能なものばかりだった。アルディラさんのようにレベル測定できる道具があれば無駄にビクビクしなくて済んだのかもしれないけど、自分の攻撃がちゃんと通ったことにかなり安心した。

 ……漫画とかでよく見ただけで相手の強さが分かるとかあるけど、無理。魔物相手じゃ特に無理。だってこいつら筋肉の発達具合どころか体の構造全然違うんだもん。気迫だけじゃわからんわい。

 

 きっと上で魔物を倒し続けているアルディラさん達に強い奴は回されてるんだろうな。こちらはとにかく数が多い。

 

 

 

 魔力がうまく循環しない状態で魔法を使うのは悪手だろうと、さっきからとにかく手当たり次第に物理攻撃で倒している。まったくこの呪いの忌々しい事! 解呪の手順が面倒だからと、仕事優先で後回しにしていたことが悔やまれた。

 

 しかし少し前にマリエさんに貰った武器の性能が思いのほか素晴らしく、そのおかげで魔法を制限されてる分のアドバンテージは取り戻せている。比較的小さな敵はこれで蹴散らせるから便利。今もコウモリのような魔物の群れにふるってそのまま壁に叩きつけたら、ぐちゃってトマトみたいに潰れた。きっと楔形のトゲトゲ感がいいんだろうな。よく引っかかるから逃がさないし、刺さるし勢い付ければ切り裂けるし。

 

 大きい敵は逆に武器を使わず心臓を抉るか首をねじ切るかなどして素手で即殺している。

 そのためいちいち返り血など避けられない私の体は、トマト祭りかってくらい血みどろ真っ赤な惨状だ。緑色や青色の血の奴もいるので、時々クリスマスカラーや紫になる。がたいがいい奴相手だと鞭じゃ一撃必殺って出来ないんだよなぁ……。

 

 後ろの人達がドン引きしている気配を感じるけど気にしたら負けだ。というかサクセリオを思い出す戦い方にそのドン引き具合にはとても共感できるんだけど、今それ考えたら立ち直れない。

 あ、はい。引きますよね。引きますよねこれは。……はあ、考えちゃった心折れる。

 

 

 あ、内臓飛んできた。そろそろ清浄潤光(トリートメントシャワー)かけよっかな……。

 

「うわぁ、凄い! 凄いです先輩! 強いなぁ! が、がんばれー!」

「おい、横から来てるぞ油断するな!」

 

 白霊術以上に今はこの二人が清涼剤だけど!

 

 周囲がドン引きする中、臆さずに声をかけ続けてくれるのは若人二人。ヒューレイとアルメリアだった。

 

 ヒューレイは素直な賞賛をこめたキラキラした目で応援してくれるし、アルメリアは何やら対抗心を燃やしつつ私に敵の位置を教えてくれる。ぐっとサムズアップで答えた私はまた一匹屠る。うん! お姉さん、もうちょっと頑張れそうかな!

 

 

 

 

 

 

 そうして魔物を倒しながら先へ進んでいくと、魔物に指示を出している複数の人間に出くわした。これが召喚者かと頷くと、反応される前に決着をつけようと体内に魔力を巡らせた。阻害の力が働くものの、少々溜めればこれくらいの魔法なら使用できる。

 

(ショット)連続(スィクセクション)

 

 使用したのは単純な下級黒霊術で、効果は物体を撃ち出すこと。大きさはバレーボールくらいまでが限度だけど、飛距離や速度は撃ち出す物体の重さや術者の練度によって変わってくる。魔法を制限されてる今の状態でもそこそこの速度を出せるので、あとは使いようだ。

 

 私が選んだ撃ち出す物体が何か。世の中リユースとリサイクルですよ。

 

「わぶ!?」

「げぶふぁっ」

「うわっ」

「ゲっ」

 

 前者は攻撃を受けた魔物の召喚者のもの、後者の嫌そうな声はそれを見たヒューレイとアルメリアの声だ。まあ、顔をしかめる気持ちはわかるけど。

 

 私が撃ち出したのは魔物から引きずり出した内臓や、どこの器官か分泌物か謎な、魔物の粘膜などだった。

 ちなみに粘膜はスライムみたいに伸びが良く、ほどよい弾力となんとも言えない異臭(フレーバー)を備えていた。それを惜しげもなくばんばん撃ち出す。

 

 だってそこらじゅうにあるからさ!

 

 言い訳しておくとこれは決して嫌がらせではない。列記とした作戦である。

 現に狙い通り召喚士の顔に命中したから、目、鼻、口をふさがれて魔物に指示が出せなくなってるじゃないか! そして息が出来なくなって混乱しているうちにどついて踏みつけていく。我ながらその場にあるものを利用したナイスな蹴散らし方だ。

 

「おい、あれは放っておいていいのか?」

「うん、今は進むのが先だから」

 

 召喚者を倒したからか、多少余裕が出来た。その間に近寄ってきたアルメリアが聞いてくるけど、いちいち捕まえたりしてたら手間でしょうがない。動けなくしておいて、脱出した暁には騎士団に方々にふんじばってもらおう。今は逃げることが最優先。

 

「でも、あの……。あれ、死んじゃうんじゃ」

「へーきへーき! 人間って意外と丈夫だから!」

 

 今まで自分たちを捕まえていた相手だっていうのに、ヒューレイは優しいな。たしかにちょっと強くどつき過ぎだけどあれくらいじゃあ死なないって。内臓と粘膜でちょっぴり呼吸苦しくなるかもしれないけど、それくらいこれまでの悪行の報いってことで苦しめばいいじゃない。口の中で魔物の血を味わったり臓物の異臭にのたうてばいいよ。現に私は返り血と返り内臓でその二重苦なんだからおすそわけしてやんよありがたく思え!

 

 …………。嫌がらせじゃないし。作戦だし。

 

 

 

 

 そうして魔物と時々現れる人間を蹴散らして道を進むこと少し。ようやく目当ての脱出口が見えた。主に精神的に疲れていた私と、後ろの人々の瞳に希望の灯がともる。

 

 やった! これでこの作業から解放される!

 

 

 

 

 しかし私よ。その思考はフラグだ。まだ、まだそう考えるのは早かったんだ……!

 

 

 

 

 喜びムードの私たちの前に、突如巨大な質量がどこからか降ってきた。地鳴りをあげてそこに降り立ったそれは、今までの魔物とは別物の威圧感を纏って眼前に立ちはだかった。これは素人目に見ても、格が違うと思わざるを得ない。

 

『シャァァァァァ!!』

 

 見るもの全てを震撼させるような鳴き声で威圧してくる一匹の魔物に、しかし引くわけにもいかず身構える。

 

 けど、けど……! どうしても言いたいことがある!

 

 

「なんで巨大フェレット!」

 

 

 

 

 

 なんかデカ可愛いのが出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

++++++++++++++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 男は焦っていた。

 

 ある者の命を受けたことをきっかけに、多大な利益を得ながら今日日まで順調に成長させてきた事業に大きくひびが入っている。男の商人としての勘が、そのひびは広がり続けていずれ器を大破させると告げていた。それも早ければ今日の内に。

 

 定期的に危険度の高い魔道具職人の誘拐を行うことで、依頼人である人物から国内での融通が図られた。もとから禁止されている奴隷商を副業に手広く違法な事業に手を染めていた男にとって、その条件は魅力的だったのである。

 実際今までその人物からもたらされる”融通”によって、格段に仕事がやりやすくなり組織は繁栄してきた。

 

 今回は誘拐に加えて「迷宮に潜み、貸し与えた召喚獣を成長させよ」という命を受けたのだが、旨味を散々吸ってきた男は快く引き受けた。ついでにさらった奴隷たちのよい保管場所になるとも思っていたのだが、巨大な古代都市が自分のものになるという感覚は酷く男を満足させた。

 

 

 自分たちの目の前で大量の召喚獣を呼び出し、迷宮内に生息していた既存の魔物を一掃した(くだん)の人物に逆らう気こそしない。が、その配下の立場とはいえこの世の栄華を手にしたかのような擬似的な陶酔感。

 

 

 

 男は満足していた。

 …………余計な侵入者(ねずみ)が入り込むまでは。

 

 

 

(何故だ何故だ何故だ! 何故一人も殺せない!?)

 

 侵入者は上階から下りてくる複数人の集団が一組。もう一方は人数こそ知れないが、片方と同じく放った魔物や部下をことごとく撃破しながら進んでいる。男の心境とすれば挟み撃ちにあっている状況だ。

 

 上層から下層に向かうにつれて魔物の強さは増していく上に、下層に放った魔物は身の安全を考えて手の内で最上級のものを投入している。しかし未だに一人とて屠った報告が入ってこない。それどころか向かった部下との連絡もままない状況は男を焦らせた。

 

「こうなれば……」

 

 男は生唾を飲み込むと懐を探る。そして取り出したのは青と赤の光を秘めた二対の魔石。

 

 切り札とは切る場所を誤れば死に札になる。

 ならば今ここで使わずいつ使うのだと、男は躊躇なく魔石を使用した。

 

 

 

 

 

「おや、どうやら魔石を使用したようですね」

 

 そんな男の様子を影からうかがっていた盗賊レレは、虫でも観察しているような視線でもって呟いた。それに答えるのは頭をそり上げた怠そうな態度の男、オリスである。

 

「みたいスね。どうします?」

「問題ありません。それどころか最後の切り札を別の場所に送り出してくれるなら、魔石本体を持つあの男は丸裸。……こちらとしては労なくして事をなせるので、大歓迎です」

 

 彼らの視線の先では男が呼び出した魔物が一方は上階へ、一方はレレがエルフリードに示した地上への直通路へ向けて駆けて行った。男の部下は皆防衛のために出払い、順調に狩られているようで戻ってきた者はいない。

 現在奴隷商の長たる男は完全に孤立していた。

 

「それにしても、思った以上に戦えるようだ」

「上ですか、下ですか?」

「両方です」

 

 レレは優雅な足取りで潜んでいた場所から歩み出ると、満足そうに笑い手に持っていた杖から細身の剣を引き抜いた。

 

「さて、私たちもお仕事をしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

++++++++++++++++++++++

 

 

 

 

 

 

 魔物の襲撃を受けつつも、途中まではあっけないほど順調に進んでいた。しかし最後の難関とでもいうように、三mほどの身の丈を持つ魔物が目の前の脱出路へ通じる扉を塞いでいる。これを倒さなければ先へ進めないことは明白だった。

 しかしアルメリアはその魔物が放つ殺気以上に、強大な魔力のうねりを感じて思わず後ずさる。気圧されたのだ。

 

 勝てない。

 瞬時に本能が下す、残酷なまでの実力差。

 

 彼女はファームララスで過ごしていた折より、すぐ上に姉という大きな壁があったために奢ったことなどない。更にその姉や両親が適わなかった敵と遭遇して敗北したことにより、より一層相手と自分の実力差には敏感になっていた。はったりをかまそうと口でばかり強がるのは、それを隠そうとする悪い癖だ。

 

 もともと獣人は本能的に危機察知能力が高い。それが今、対峙する相手に対して「闘ってはならない」と警告を発している。

 見た目こそ愛らしいと言えなくもないが、それにそぐわぬ威圧感を発する魔物に足がすくんだ。これが姉だったならその恐怖をも克服して、本能さえねじ伏せて立ち向かったかもしれない。しかしアルメリアは引いてしまった。この時点で実力以上に、折れてしまった事実がアルメリアを打ちのめす。

 

 

 

 しかし引いた彼女とは逆に一歩踏み出す者がいた。

 

 

 

「これをけしかけてきた奴は趣味がいいんだか悪いんだか……。倒す方の身にもなってほしいな……」

 

 彼は心底嫌そうにつぶやくと堂々と魔物と対峙した。その挙動は今までと同じく自然体で、臆した様子など微塵も感じさせない。魔物の体液で濡れた体で泰然とする様は、一見恐ろしくも感じたが、それ以上にアルメリアの心に安堵をもたらした。

 それに動揺しつつもこれは強者同士の戦いを間近で見ることが出来るまたとない機会だと思い至り、食い入るように目の前の光景に視線を固定した。

 

 

 離れ離れになった姉を知る男。信用などしていないが、見極める必要がある。その強さも人柄も。

 

 

 アルメリアは乾く口内で小さく姉の名前を祈るように呟くと、小柄な男の背中を見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 


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