魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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65話 脱出へむけて

 十六番倉庫。その扉を開け、中へ入った私とアルメリア。

 

 するといっせいに、私たちに複数の視線が集中した。それに少々たじろぎながらも、盗賊の情報が合っていたことに安堵する。

 

 

 ざっと見回した限り中に居る人間は二十人程度で、性別も年齢もばらばら。警戒していた見張りらしき者はおらず、おそらく先ほど倒した巡回の人間が兼任していたんだろう。

 怯えるか警戒するか、そんな視線の中で唯一、驚きが勝っている視線があった。真っ直ぐに私を見つめる人物は、手がかりを追って探していた儚げな金髪の少年。……やっとここまでたどり着いた!

 

「先輩!?」

「ヒューレイ!」

 

 特に拘束された様子も無い彼は、すぐにこちらに駆け寄ってきた。元気そうな様子と、その首にアルメリアのような首輪が無いことにひとまず安心する。つける必要が無いと思われたのかあの首輪が希少性のあるものなのかはわからないけど、これなら逃がすだけでよさそうだ。

 

 アルメリアは扉の横に背を預け、こちらの様子を伺っている。ヒューレイはそんなアルメリアをちらっと見てから戸惑いの表情を隠せないままに私に問うてきた。

 

「まさか、先輩も捕まったんですか?」

 

 その言葉にまさか自分の心配をされるとは思わなくて、つい面食らった表情をしてしまう。それを勘違いしたのか、ヒューレイは辛そうな顔でうつむいた。

 

「きっと僕のせいですね。僕の身元を調べる時に、きっと先輩のこともどこからか職人だと知られて……」

「いや、違う違う! 違うって! 飛躍しすぎだよ! 俺はヒューレイを助けに来たんだ。ミッツァちゃんから行方不明になったって聞いて」

「え!?」

「待ってくれ。じゃあアンタ、ここまで迷宮を突破してきたってのかい?」

 

 ふいに口を挟んできたのは、私とヒューレイのやり取りを見ていた内の一人だった。それはいかにも職人気質で頑固者といった風貌の初老の男性で、鷹のように鋭い視線が私を射抜く。

 

「え、ええ。まあ……」

「しかし、奴隷商の仲間や魔物はどうした。俺も何度か逃げようとしたが、やつら強力な魔物を召喚獣にして操っているぞ。それを抜けてきたのか?」

 

 偽りを許さない強い視線に思わず背筋が伸びる。けど言えない。突破っていうか、罠にかかってたまたま下層まで来ちゃいましたとか羞恥で爆死出来そうな事は言えない。

 私は「何も馬鹿正直に言うことないよな!」と心の中で開き直ると、出来るだけきりっとした表情を作った。

 

「俺はこの子の、ヒューレイの友達です。行方知れずになった彼を追って仲間と迷宮(ダンジョン)に入りました。魔物は彼らが抑えています」

「仲間か……。強いのかい」

「ええ。A級冒険者を筆頭に頼れる人間ばかりです。俺は戦いに向かないので、彼らが抑えてくれている間にこちらへ侵入しました」

 

 ふっ、物は言いようだ。結果的にそうなってるんだし嘘じゃない。嘘じゃないし……。

 地味に開き直った自分のイタさにダメージを受けつつも、色々不安材料はあるもののここまでたどり着けた私の悪運の強さも馬鹿に出来たもんじゃない。

 最大の不安要素、盗賊との取引に関してはわざわざ言わない方がいいか。とりあえず、今はこの人たちは全員逃がす方向で動こう。それぞれの事情で奴隷にされたのだろうけど、彼らの今後は脱出後に国に任せればいい。

 

 ……それにしても、いつの間にか警戒から希望に縋るような物へ変わっていた人々の視線が熱い。これを放ってヒューレイだけ連れてってのは、ちょっとできないよな……。でもなあ、安全がなぁー。どうすっか。

 

「じゃ、じゃあ私たち助かるの!?」

「逃げられるのか!」

「ああ、もう駄目かと思っていたのに……!」

 

 A級の冒険者が居るという言葉が効いたのか、今まで不安そうに静観していた人間たちが声を上げ始める。

 うーん……助けたいけど、助けられるかどうか。気持ち的には連れて行きたいけど、これだけの人数に対して私一人で安全確保出来るかといえば不安が勝る。いくらなんでも護衛経験もない素人冒険者一人でどうにかなると思うほど、私も楽観的ではない。確実なのはアルディラさん達と合流してから改めて助けに来ることだけど……。

 

 私がどう答えようか言葉を迷わせていると、最初に話しかけてきた男性が喜ぶ人々に待ったをかけた。

 

「いや、兄ちゃん。まずはその坊主を連れて先に逃げな」

「な、どうしてだいガイルさん! せっかく助けが来たのに……」

「いくら腕の立つ冒険者が居るとはいえ、守る相手が居ると居ないじゃ戦い方が変わってくるだろう。それが俺たち全員となれば確実に足をひっぱるし、そうなりゃ五体満足で帰れるかわからねぇ。先に脱出してもらって、坊主を証人に王都の騎士団に助けを求めるのが確実だ」

 

 どうやらガイルと呼ばれた男性はこの中のまとめ役らしく、彼の言葉に反対意見は出てこない。何か言いたそうにしている人は幾人か居たけど、何故か私を数回チラチラ見ると諦めたようにため息を吐いた。………………。うん……。うん。分かってた。頼りない外見だってのは分かってた。さっき自分で戦いは苦手って自己申告しちゃったし、ため息を吐く気持ち凄くわかるけど。でもじわじわ心に海水が浸みていく気分だ。しょっぱい。

 

 けどその意見に納得いかないのはヒューレイだった。

 

「そんな! 僕だけ先に助かるなんて……」

「しかし、その兄ちゃんはお前を助けにこんなところまで来てくれたんだろう。それを無下にしちゃいかん」

「でも……」

 

 うっ。私としてはガイルさんの案を飲み込みたいところだけど、こんなやり取り見てると罪悪感が。

 

(そういえば……)

 

 ふと、少し前にルチルの言っていた言葉を思い出した。それはエキナセナ討伐の依頼を出した奴隷商の身柄を押さえた時の物であったが、トカゲのしっぽ切りのようにその上位組織には逃げられたと、たしかそう言っていた。もしここで逃げてうまく応援を呼べたとしても、戻ったらすでにもぬけの殻だったなんてことも十分にありえる。

 

 レレにもらった情報によると、この古代都市であるフェランドリスの構造は、上から公共施設や一般市街が並び、この最下層は都市の中枢機関や高級市街。逃走ルートとして、かつての高位に位置する人間が使っていたらしい地上へ直結する脱出路を教えてもらっている。

 しかしここを根城にした奴隷商がそれを知らないはずがないし、道も一つとは限らない。似たような脱出路が他にもあって、そこから逃げられたら終わりだ。

 

 その考えに至ると、多少危険でもここは思い切った方がよいかもしれないと思えてくる。

 

「いえ、やっぱり全員で行きましょう。すでに侵入者のことは奴隷商側にばれているはずですから、ここに残っては危険です」

「だが」

「逃走経路は確保してありますし、敵が来ても俺が引き受けます。頼りないかもしれませんが、今は信じてくれませんか」

「………………。わかった。その子のためにここまで来たあんたを信用しよう」

 

 ガイルさんは数秒間熟考したようだったが、最終的に頷いてくれた。なら、あとは私がその信頼に応えるだけだ。

 

 不安が消えたわけじゃない。でもここではったりきかせて自信満々に言っておかないと、誰もついてきてくれないだろう。たしかに危険は伴うが、たとえ格上の敵が現れても私はかく乱と逃走は得意なんだ。勝てなくても負けない戦い、そして逃げ足は任せろ! 昔さんざんドラゴンから逃げ惑った経験を活かす時はきっと今のはず……! ………………。我ながら情けない自信だけど。

 

 まあそれに、迷宮は通路の幅が限られている。見通しの良いところで相手するより、私が前面に立って進めば幾分かやりようはあるはず。奴隷商もわざわざ商品を傷つける事は無いだろうし、それを考えれば多少気分が軽くなった。

 

 あとは私が超頑張れって話なだけで……。いやホント、私の責任重いな! あれか。馬鹿な罠にはまった報いか。ちょっと泣きたい。

 

 けど考えてたって始まらない。さっきもそう思い直したばかりだろ! ぐだぐだ考えてないで気を取り直そう。

 

 

「さあ、逃げますよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++++++++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひっ、た、たしゅけて……」

「お前の知ることを全部話したらな」

 

 罠にかかり姿を消したエルフリードを除いたアルディラ達パーティーは、彼の無事を信じて先に進むことにした。

 

 途中魔物に出くわし続けるも、このメンバーではよほどのことがないかぎり負けるはずもない。

 そうして更に階層を下りて行った結果、魔物ではない存在に遭遇した。その男は奴隷商の組織に属する人間であり、意気揚々と魔物に指示を飛ばしているところを確保したのである。

 

 下手に抵抗したがために襤褸(ぼろ)切れのようにされた男は情報を話すことよりもまず己の命乞いを優先させているが、それはまったくの逆効果である。一同は涙と鼻水にまみれた男の顔を見たいわけでも、聞き苦しい命乞いを聞きたいのでもない。

 ここまで怯えているなら軽くもう何発か殴ってやれば話すかと、カルナックが拳を握る。

 

 しかしそれよりも早く、銀の閃きが横切った。

 

「ぎゃあ!?」

「私たち急いでいるの。早く話してくれるかしら」

 

 鈍い音とともに男の真横に突き刺さったのは大ぶりの斧。それをふるったアルディラは、怜悧な美貌に氷のような微笑みを浮かべて男に問いかけた。しかしその口調は尋ねるようでいて、紛れもない命令。逆らえばわかるな? と物語っている銀鱗のごとく光る斧に男は恐れ(おのの)く。この女に逆らってはならないと、本能が訴えている。

 

 さらにそれに続き、地べたについていた男の掌を、優美な曲線を描く脚が振り下ろされ、形の良い足の踵でもって踏みつける。ちなみにその靴底は硬い。

 

「あぎゃ!?」

「脳みそに詰まっているのがおが屑でなければ、言葉は理解できますわね? 先ほどから問いかけている内容に全て答えなさい」

 

 アルディラが冷たいながら微笑んでいるに対して、いつも無駄に笑顔を振りまいているセリッサは顔を歪め、侮蔑の表情でそう言った。その間も硬い靴底で男の掌を抉るように踏み続けている。

 

 

 カルナックとポプラはその様子に、ごくりと唾を飲んで顔を見合わせた。

 

「え、エルが居なくなってから機嫌悪いなーとは思ってたけど。威圧感半端ねー……!」

「ばっか。アルディラ姐さんは真面目で繊細なんだよ! あの馬鹿が罠にはまった事に責任感じて、不安で不安でしかたなくてそれが尖ったように見えるだけなんだよ察しろよ!」

「お、おう。まさかポプラに察しろとか言われるとは思わんかったわ。えーと、じゃあ聖職者とは思えない毒々しいオーラ放ってるセリッサさんは?」

「いや、あれは素じゃね?」

 

 思わず遠巻きに傍観者と化すポプラとカルナックは、小声でぼそぼそと会話する。

 彼らとて後衛職で本職が刺繍職人であるエルフリードが迷宮に……それも罠の中に放り出された事を心配はしている。運よく罠から助かったとしても、迷宮の魔物のレベルを考えると生存確率は絶望的だからだ。

 

 しかし女性二人の様子を見ていると、つい冷静にならざるを得ない。自分以上に感情を発露している人が居ると逆に落ち着いてしまう心理である。アルディラとセリッサが冷静でないかと言えばそうでもないが、しかし理性で抑えているだけで相当に苛ついていることは容易に見て取れた。

 

 

 

 特にアルディラは、エルに迷宮に関する注意事項をもっと教えておけばと後悔の念に駆られている。

 彼が冒険者になった当初から、この仲間内では一番長く共に過ごしてきたのだ。そも、職人である彼を守るのはA級である自分の役目だと思っていたのに、ふたを開けばこれである。今までになく頼れる同格の者がパーティーに居ることが油断を招いたともいえるが、それは言い訳だ。まったく守れていないではないか。

 

 迷宮や魔物ばかりに気を取られて、初心者の動向に目を向けなかったのが悔やまれてならない。カルナックの方が実力的には強いとはいえ、このパーティーの責任者はアルディラだ。それがこの体たらくとは笑わせる。

 

(ごめん、ごめんねエルくん)

 

 念のためと、ダンジョンに入る前に計ったエルフリードのレベルも不安に拍車をかけていた。

 

 現在のパーティーメンバーはカルナックがレベル六十九、アルディラがレベル五十二、セリッサレベル四十七、ポプラレベル三十九という内訳だ。

 カルナックは流石に英雄と呼ばれるだけあって頭一つ抜けている。普段はパーティーと連携しやすいように力を調整してくれているのだろうと、アルディラは考えていた。

 セリッサに関してはまったくの想定外であったが、前衛に立つことが無いから分かりにくいものの実力は確かなのでレベルにも納得できた。

 そして以前魔人と戦った際はレベル二十九だったポプラは十も実力を上げ、アルディラ自身も四十から五十二と大幅な成長を遂げている。これは魔人戦と迷宮攻略の成果だろうが、ともかくこれだけ高水準を誇るパーティーは正直なところ滅多にいない。

 

 

 

 しかしそんな中、エルフリードのレベルは二十五だったのだ。

 

 

 

 ギルドで直接測定したわけでは無いが、アルディラの持つ測定アイテム月読の眼は彼のレベルをそうはじき出した。何故か測定画面に一瞬赤いノイズが混じったが、多少調子が悪くともこのアイテムが壊れる事は滅多に無い。

 レベル二十五はギルドのランク制に当てはめればC級の中位ほどであるが、新たにダンジョンレベルがAに制定されたフェランドリスでは水準にすら届いていない。しかし自分が居れば、このパーティーなら守りながら進めると……知人を心配する彼の意をくんで同行させた結果がこれだ。やはり外で待たせておくべきだったのだと、アルディラは己の甘さに歯噛みする。

 

 彼は今、無事だろうか。

 

 

 

 

 

「それと、貴方たちが把握している迷宮内の罠に関しても教えなさいな」

 

 情報を聞き出す中、セリッサがそんな質問をした。

 

 そもそもこのフェランドリス、新種が発見されるまではすでに下層階まで攻略がかなり進んでいた迷宮だ。古代の王都だけあって防衛設備が強く最深部とまではいかなかったが、内装や罠の位置などはかなりの数把握されていた。

 しかしエルフリードのかかった罠はそのどれでもない。あの後落とし穴部分に気を付けながらエルフリードが直前まで触れていた装飾を触ってみたが、今度はまったく反応しなかった。何らかの条件を満たした場合のみ発動する誘発型か、もしくは迷宮に潜む奴隷商が遠隔操作で操っているのか……。

 そもそも迷宮にある罠は元は対魔族用や魔物用であったため、経年劣化で誤作動を起こさない限りほとんど発動しないのだ。発動させるなら、後から入った人間が小細工した可能性が一番高い。

 

「……。聞き出すことは多そうだ」

 

 やや遠巻きに女性二人と下っ端男を見ていたカルナックが、ぼそりとつぶやく。それに対してポプラが嫌そうに眉根を寄せる。

 

「あー……そうだな。新種の魔物がやっぱり奴隷商繋がり、それも召喚獣ってなるといよいよきな臭いぜ」

「どう見てもあの程度の連中に操れる強さじゃないからな。誰かしら黒幕がいるだろうさ」

「げっ、スカッとぶちのめして終わりってわけにはいかねー感じ?」

「俺もそれが理想だったんだがな。職人の誘拐。迷宮に居を構える奴隷商。新種の魔物。召喚獣。ここまで揃ってて何もなく終わるわけねーよ」

「だよなぁ……」

 

 

 不穏な言葉の羅列に、ラングエルドの英雄と冒険者は重たく息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 


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