魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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63話 盗賊坩堝と奴隷商

 あんまりにも馬鹿馬鹿しく迷宮の洗礼もとい落とし穴というブービートラップにはまった私は、暗い穴の中を落下していた。実に間抜けである。

 

 しかし落とし穴の底に到達する前に、鞭を穴の途中の出っ張りに巻きつけてなんとか落下の阻止に成功する。その間約四秒ほど。体に染みついた咄嗟の危機に対しての判断力と、鞭を振るうだけの空間があったことが幸いした。

 落とし穴に出っ張りがあるだなんて都合がいいなと思ったら、よく見たらなんか尖ってた。ぶら下がったまま下を見れば、斜めに上向いて落下物を刺す気満々な棒というか刃物がズラズラっと穴の側面に並んでいるという…………。

 何か腐った肉っぽいものが引っかかってるんだけど。えっと、なんかこう、百舌鳥の早贄みたいな……。

 …………。こういう刺す系の奴って、普通穴の底にあるもんじゃないか。おっそろしいわい。

 

 

 

 とりあえず不穏な剣山からは目をそらして無重飛空(アースグラビティ)を使用し上に昇ってみる。しかし私が落ちた時の穴はすでになく、硬い石の天井が行く手を阻んでいた。

 ああ、落とし穴の罠なら獲物が落ちたら閉じるよね、そうだよね……。破壊してもいいけど、ここが地下であることを考えるとそう無茶も出来ない。破壊は最終手段か。

 

 こんな殺傷力のある落とし穴に出口があるか不明だけど、一応上から順に穴の側面を見ながら下降していく。ちなみに尖った棒はみんな叩き折った。あえてその中を進むほど私はマゾではないしそんなスリルは求めていない。

 

 

 数十メートルほど下りていくと、ようやく底らしきものが見えた。案の定落とし穴の定石らしく、底にはびっしりと尖った太い針のような金属が敷き詰められている。運よく途中の金属をやり過ごしても高所からの落下に加えて、下がこんな風になってるなら私のように飛べたりしない限り、この罠での生存確率は低いだろうな。

 私が馬鹿だっただけで、普通は誰もこんな罠かからないだろうけど……間違って他の誰かが罠にかからなくてよかった。でも一応、後でギルドに報告するとき罠の詳細は知らせておこう。うん、危険な罠に関する報告が増えたしよかったよかった……て、

 

「よくないーーーーーー!! 馬鹿!? 私馬鹿だ!?」

 

 たいしてダンジョン攻略役立ってない上に罠にはまってパーティーと分断されるって、もう阿呆としか。足手まとい以外の何ものでもない。無事に脱出できたとしてもどんな顔でみんなに会えばいいんだ……。恥なんてもんじゃないぞ。

 

 とりあえず落とし穴の中で涙目で叫んだ私は、頭を抱えながらもうろうろと視線を彷徨わせる。合わせる顔がないけど、ともかく脱出しないことには始まらない。

 

 

 そして結論から言うと、出口はあった。

 

 

 といっても通気口か何かのようで、入り口はとても小さい。幸い私の装備で引っかかりそうな物は鞄くらいのもので、それもベルトから外して先に穴の奥へ押し込みながら進めばなんとかなりそうだ。

 そして体を通気口に押し込んでまるで芋虫のように狭く細長い場所をズリズリと進む私。出られないよりマシだけど、なんか物悲しくなってくる。

 

(私、何やってるんだろ……)

 

 ふっと遠い目になる私だったけれど、前方を見ると遠くにポツンっと、明かりのようなものを見つけて気分がわずかに上向いた。

 

「あ!」

 

 出口か!?

 

 実は入ったはいいけどこの先行き止まりだったらどうしようかなって、入ってから気づいて怖かったんだ。よかったー! 出口あった! 最終手段で周り破壊しなくて済んだ! もしこれで出口が小さかったとしても、そこは跳躍(スキップ)を使えばどうとでもなる。視認できる範囲なら移動可能だ。

 

 そうして希望を見つけた私は、無様な体制のまま脱・芋虫を目指し進んでいった。……膝が地味に痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辿り着いた先の光は、やはり狭い通路の終点だった。

 

 そして通気口からの脱出に成功した私だったが、出口から下りた先はこれまた正規の道ではないようだ。

 金網のような格子状の穴から下をのぞくと廊下が見える。しかし腰を折れば立って進めるくらいの大きな空間が続いているため、もう窮屈な思いはしなくて済みそう。

 一瞬廊下へ下りようかと思ったけど、眼下を大柄な猿型魔物が歩いているのを見て思い直した。合流できるまで一人で行動しなければならないし、せっかく安全そうな場所を見つけたのだ。通路が続く限りこの場所を通った方が良いだろう。

 

 方針を決めると極力気配を消して廊下の上の通路を進む。途中途中で穴から廊下を確認していると、行き交う魔物の種類が見たことのないものだと気づく。これも新種だろうか。

 そして観察し続けると魔物たちに共通点を見つけた。

 

(見回りをしている……?)

 

 魔物たちの多くは上階に居たものとは異なり、ほとんどが二足歩行だった。中には防具を身につけた種類も存在し、彼らは一様に周りを確認しながら廊下を歩いていく。時々すれ違う他の魔物と争うこともなく、むしろ妙に人間じみた動作で鳴き声を使って会話までしているようだ。

 

 それを見るとカルナックの推測が信憑性を帯びてくる。これほど知能の高い魔物がいるということは、本当に魔人が関わっているかもしれない。

 

 

 

 

 

 そういえば、ここは地下何階だろうか。

 

 上階では新種でもどこかで見たことのあるような魔物が多かっただけに、こう見たことのない魔物が続くと相当な深部まで入り込んでしまったように感じる。落とし穴が結構深かったからな……。そういえばフェランドリスが地下何階まである迷宮なのか、聞くのを忘れていた。

 けど、それならここを根城にしている連中の居処も近いかもしれない。

 

 私は進みながらも眼下を監視し続け、何か変わったものや扉はないかと探した。この通路はどうやら廊下だけでなく廊下から続く小部屋などにも繋がっているらしく、幸いなことにそれらもしらみつぶしに見ながら進むことが出来た。けど残念ながら今のところ魔物以外に生き物がいる気配はない。

 

 

 

 微妙に屈んだ体制に腰が痛いなと思いながら進み続けると、やがて廊下の雰囲気が一転した。今までの無骨な石造りの建築だったのから、なにやら金属のような板が張り合わされた機械的な空間に様変わりしたのだ。

 金属板にはところどころ古代魔法文字が刻まれており、かつて栄華を誇った文明の名残を感じさせる。

 

 通路もそこで終わっていたので、魔物がいないことを確認した私はようやく廊下におりた。

 

「ここまで来たら、行くしかないか」

 

 引き返すわけにも行かないし、魔物に会ったら会ったで腹をくくろう。どうせ敵中なのだから、いつかは遭遇するだろうし。

 

 

 そうして道を進んだ私だけど、その決断をするために一役買ったものがある。それは壁一面に這っている恐ろしく細かく刻まれた文字群だった。

 水色がかった金属板に、繊細に刻まれる古代魔法言語。よくよく観察すればマリオさんの馬車についていた魔物除けの魔法と通じるものがあり、これが先ほどから魔物と遭遇しない理由なのだろう。ところどころに破損個所が見られるが、それでも未だに効果を発揮している事が古代文明の技術力の高さを物語っている。

 

 以前冒険者ギルドで読んだ冊子に簡単な歴史のコラムが乗っていたが、そこには古代魔法文明もまた魔族との戦いの歴史であったと記載されていた。つまり、これもまた魔族や魔物と争った古代の人間たちの生活の名残といえる。何故入口の方にこの魔物除けが無いのか不思議だけど、それも先に進めばわかるのかもしれない。

 

 それにしても、これは侵入者全体に作用するものなのだろうか? 私まで通っている間に若干ぴりぴりとした抵抗を感じる。盗賊につけられた呪いとあいまって、魔力が体の中でこねくり回されるようで気分が悪い。魔物と遭遇しなくて済むのはありがたいが、早めに抜けた方が良さそうだ。古代の文系を甘く見ると先ほどの二の舞である。

 

 

 

 この世界では初めて触れる機会的な空間を、黙々と進む。数メートルほど進んだが、私のブーツが甲高い音を立てるばかりで他に生物の気配どころか物音一つしない。誘拐犯組織はあれだけの魔物を操っているのだから少なくない数がいるはず。だというのに、中枢に近づいてる雰囲気の中で誰にも遭遇しないなんて。

 もしかしてここはハズレか? そう思っていた時。薄青い金属の空間が終わり、白い壁が広がる突き当りにぶつかった。そこには等間隔で計五つの扉が並んでいる。

 

「これは、また……」

 

 選ばないといけないとか、今までの運の悪さを総合すると何かしらハズレを引き当てる可能性しか思い浮かばない。

 

 けど躊躇ってもいられず、ここは自分の勘を信じて進むことにした。選んだのは右から三番目の扉で、観音開きのそれは鍵がかかっているということもなく、軋まずにすんなりと開いた。

 入ってみれば無機質だった魔物除けの廊下とは異なり、美しい白亜の道が続いていた。ところどころにつた模様や花模様、太陽や月など繊細な彫刻がほどこされている。それらの芸術に目を奪われながらも進んでいた私だが、白亜の道を抜けて開けた空間に今度こそ目が釘付けになった。

 

「すごッ……」

 

 出た場所は階段の上にあるようで、階下を一望することが出来た。

 

 視界の先に広がるのはかつての生活居住区を思わせる小さな町。

 

 空こそないものの発光する壁に照らされた空間は、地下の窮屈さを感じさせない。規模としては決して大きなものではないが、洗練された建物が並び、舗装された道や美しい水路が走る様を見るとひとつの世界がこの中で完結しているような、そんな「整えられた」感覚を覚えた。

 驚くことにこの空間は建造物の劣化がほとんどなく、それどころか未だ美しい水が流れる水路や建物の窓辺に咲き誇る赤や黄色の花を見ると、今にも住人が顔を出しそうだ。

 

 これが古代の都市? 何故、これほどの技術を持つ人々が滅びたのだろうか。

 

 

 私はかつての文明の片鱗を垣間見て、それを滅ぼしたモノに言いようのない薄気味悪さを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばし見とれてしまったが、石畳が反射する靴音が聞こえて慌てて建物の陰に身をひそめた。そろそろと音のする方を伺えば、人影が二つ。

 

「フェランドリスの最深部に居を構えるとは、なかなか良い趣味ですね。うちの頭が喜びそうです」

「はははっ、悪名高い坩堝(るつぼ)の方にそう言ってもらえると嬉しいものですな」

 

 細い水路をまたぐ小さな橋を越えてきたのは、一人は上等なしつらえの商人風衣装に身を包んだ固太りの男。脂ぎるというよりは、脂ののったと表現されるような働き盛りの年齢に思える。四十代くらいか? 強欲そうに見えながらも、どっしりとした貫禄がある。借金取りの親玉とは見た目からして格が違った。

 

 そしてもう一人。商人風の男とは対照的なスッとしたシルエットには見覚えがあった。

 

 姿勢の良い長身の体躯を洒落たスーツで包み、ステッキを片手に無駄のない動作で歩く男。そいつは、先日赤髪ドレッドを回収していった青年だった。

 服装に加えてアジア系の顔立ちと褐色の肌が印象的でよく覚えている。

 

 一瞬、細くつり上がった目がこちらを見た気がした。が、すぐに逸らされる。それに若干の不安を覚えつつも、耳をそばだて男たちの会話を聞こうと神経を研ぎ澄ました。雑音のないこの小さな町では意外と鮮明に話し声を聞き取ることが出来る。

 

「ところで、例の奴隷の手配は順調ですか?」

「ええ、もちろん。坩堝さん相手に納期を遅らせるなんて、失礼なことはできませんからな」

 

 奴隷、という単語にドキリとする。

 

「そうですか。珍しい品物だというのに、申し訳ありませんね」

「ふははっ、坩堝の幹部だというのに、レレ殿は意外と謙虚なのですな!」

「性分ですので」

「そうですか。ああ、しかしこちらとしても申し訳ない……。一匹はすでに取り寄せたのですぐにでもお渡し出来るのですが、ほかにご所望だった二匹はつがいですでに売り払ってしまいました。買い戻す作業と運搬で納期ぎりぎりになってしまいます。手間がかかる分料金も通常よりかかってしまいますが……」

「買い戻すのでしたら、仕方がないでしょう。まあ、数がそろえばこちらとしては問題ないので結構ですよ。アグレスは欲しいものと金を天秤にかけたら迷わず欲しいものをとりますから」

「それはよかった! こちらもその信頼には答えねばなりませんな。楽しみにしていてください」

「期待していますよ」

 

 そして会話が終わると商人らしき男は仕事があるからと、青年を残して町の奥の方へと消えて行った。それをわずかに顔を覗かせて見ていた私の視線の先で、残された青年はこの地下の小さな町を興味深そうに見回している。

 

 

 そして青年は、実に自然な声色で言ったのだ。

 

 

「出てきなさい」

 

 

 似非紳士スタイルの男性の言葉に、物陰に隠れていた私はひゅっと息をのむ。今の言葉は間違いなく私へ向けられたものだ。

 咄嗟に隠れたが、見えなくてもその視線がこちらに突き刺さっているのがわかる。物音どころか気配もほとんど消していたはずの私に対し、男は苦も無く居場所を探り当てたのだ。

 

 どうしようかと考えを巡らせる私だが、無慈悲に青年の冷たい声が響く。

 

「五秒以内に出てこない場合は排除します。一、二、」

「ま、待った! 今出る!」

 

 その言葉に偽り無いことが瞬時にわかるほど、男の片手に瞬く間に高密度の魔力が集中したので慌てて物陰から転がり出た。

 

 私だけなら何とか防ぐか逃げるか出来るかもしれないけど、この狭い空間であんな魔力の塊を放たれたらどうなることか。恐らくこの男は何のためらいもなくこの美しい空間を破壊するに違いない。この景観を損ないたくない気持ちもあるけれど、こんな地下で壁が崩れる可能性とか怖すぎる。

 

 

 少しでも油断してくれたらいいなと、淡い期待を抱えて軽く両手を挙げる。が、青年はまったく油断も隙もない怜悧な瞳を向けていた。アイスブルーの瞳は美しいが、見つめられてもまったく嬉しくない。

 値踏みするような視線に尻込みするも、こちらも相手を観察する。あの盗賊の仲間であるという認識以前に、こうして立っているだけの青年を見ただけで。油断できない相手だとなんとなくわかる。

 

 しかし相手がこちらに近づいてきたのを見て、私は観察よりも先手必勝を選んだ。

 私の武器は鞭。青年はすでに私の攻撃圏内に入っている。

 

(よしっ)

「無駄です。やめなさい」

「なっ!」

 

 鞭を引き抜いてふるおうとしたまさにその瞬間、青年の言葉と同時に私の足元から腰にかけて緑がかった青色の光が取り巻いた。それはすぐに周囲の温度を下げ、体に何かが張り付く感覚を覚える。

 

 私を捕らえたのは、純度の高い氷の結晶だった。

 

 サクセリオ以来初めて目にする完全な無詠唱魔法。それに対処できず氷に囚われた私だったが、すぐに気を取り直して未だ自由を得ている上半身の腕で鞭をふるった。幸い鞭は引き抜いた瞬間だったために氷結していない。

 

 しかしその標的は敵ではなく自分だ。

 

 凍った下半身に鞭を巻きつけると、すぐに黒霊術を練り上げる。その際に精霊の呪痕がカッと熱くなって術を阻害しようとするが、捻じ曲げられるような不具合と痛みを我慢して、無理やり体に魔力を巡回させた。

 

閃光爆風(フラッシュバン)!』

 

 使った魔法は黒霊術の火炎系属性術。

 これは以前鉄板に使用してパンを焼くために使った術だけど、何もそればかりが使い道ではない。マリエさんに聞いていた通り、夜昌石の鞭は魔力を通しやすい材質のようで、速やかに行きわたった魔力が思い描いていた効果を発揮してくれた。

 体に巻きついた鞭から魔法の熱風が発せられ、それによって氷が溶けてもろくなる。そこを更に鞭に魔力を通わせて、今度は締め付けるように鞭を引っ張る。すると氷は砕け、自由を手に入れた私はすぐに青年と距離をとった。

 

 それを黙って見ていた青年は、「ほう」と感心したような声を出す。

 

「器用なことをする。アグレスに目をつけられるわけだ」

「え、アグ……レス!?」

 

 アグレス。その単語を聞いた瞬間拒絶反応が走り、全身が毛羽立った。そういえばあの赤髪ドレッドそんな名前だったな! っていうか目をつけられるって何。あいつまだ私の事狙ってんの!? というかこいつ、奴と一悶着あった町娘が私だって気づいてるのか……。

 あれ、やばい。今ちらっと嫌な予感が浮かんだ。

 

「…………。当然ですが、彼はずいぶんと嫌われたようですね。呪いまでもらって、まあ」

 

 私の反応を見てとって、自らの魔法を破られたにも関わらず余裕を崩さない青年は、やれやれと肩をすくめた。対して私は鳥肌でぞわぞわしながらも、隙を作っている場合じゃないと身構えた。ちなみに腰は思いっきり引けている。

 

 

 相手が魔法に予備動作を要さないのなら魔力のみを感じ取って対処しなければならない。それだけに緊張感は増すばかりだ。

 

 この間赤髪ドレッドことアグレスを、問答無用で連れ去ったところを見ても身体能力も高いはず。退路? 町が入り組んでて逃げられる自信が無い。背を向けて町の構造にあたふたしてたら、背後から氷でグサーッとか嫌すぎる。

 

 いくつかの選択肢が脳裏に浮かぶが、どれもピンとこない。これが魔法を万全の状態で使えるなら話が別だけど、現状では限られる。せめてアルディラさん達と一緒だったら違ったんだろうけど……いや、無い物ねだりはやめよう。

 とにかく今は現状を脱する最良を、出来るだけ早く選び取らなければ。

 

 緊張感のピークを数秒で通り越し、焦りを覚えつつも脳がようやく冷えてきた。

 とにかく相手の一挙一動を見逃さないように目を細める。すると、にらみ合ってから数秒後に最初に口を開いたのは男の方だった。

 

 

「判断力もそれなりにありそうで、アグレスの一撃でも死なない頑丈さも備えている……か。ふむ、丁度良い」

「え?」

「貴女、よければ私と少しお話をしませんか」

「はぁ?」

 

 今度はどんな攻撃をしてくるかと身構えていただけに、まさかの話し合いの提案で冷静になりかけていた頭が逆に混乱した。

 

「話ってどういう……?」

「まず確認しましょう。あなたがここに来た目的は? 探索? それとも誘拐された人間達を助けに?」

「!」

「なるほど後者ですね」

 

 畳み掛けるように言われて、つい誘拐された人間を助けに、と言われたところで大きく反応してしまった。すぐに単純なカマかけだと気づいたけれど時すでに遅し。馬鹿でもわかる私のわかりやすさに、当然この頭のよさそうな青年は目的に気づいてしまったようだ。

 というか、"人間達"ってことは、捕まっているのはヒューレイだけじゃないってことか。まあ奴隷商の組織のようだから当然だろうけど、いったいこの迷宮に何人閉じ込めているのやら。

 

「先ほどから上階で派手に召喚獣を蹴散らす人間がいると思っていましたが、もしかしてあなたのお仲間ですか?」

「さ、さあ」

 

 下手に黙ると肯定に受け取られそうだからそらっとぼけてみたけれど、彼にとってそれはどうでもいいみたいだった。

 

「まあ、それはいいでしょう。ところであなた、私と取引をしませんか」

 

 何だろう。疑問形なのに「やるよね」みたいなこの断定的な口調。

 

 当然敵なので断ろうとした私だけど、青年は先回りするように言葉を続けた。

 

 

 

 

 

「双方にとって利益のある提案です。私達は本日、こちらの奴隷商をつぶすつもりですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は憮然としながら、教えられた迷宮の道をひた走る。

 納得いかない……納得いかないのに、この踊らされてる感が悔しい!! 腹立つなぁもうチクショウ!

 

 

 青年からの提案は、端的に言えば自分は奴隷商が持つ強い召喚獣を呼び出すための魔石が本命だから、盗む間奴隷商の仲間もろもろを陽動しろ、という協力の要請。そのかわり青年は奴隷の場所を教えてくれるという。

 ちなみに「奴隷商つぶす」云々は、あいつら最近マジ調子ぶっこいててウゼーからお宝奪ったら潰しちゃおうぜ☆という理由らしい。ああ、なんかあの狂暴そうな赤髪野郎ならやりそうだな……と、それについては納得してしまった。

 

 ちなみにその潰すための戦力は後から来るらしく、レレと名乗った青年はそれまでに魔石を回収しなければならないらしい。

 あまり表情を崩さなかった青年だが、それに関して話す時は忌々しそうに顔をゆがめて凄く面倒くさそうだった。盗賊とはいえあの赤髪変態野郎が上司だといろいろ大変そうだな……。要するにこの青年は、攻めた時に本命の召喚石を奴隷商に持ち逃げされないため、先に奴隷の取引で侵入してお宝盗んで来いって言われたんだろ。面倒くさい事押し付けられたんだろうな。

 

 

 しかし、なんでぽっと出の不確定要素である私にそんな取引を持ちかけたのかなど、色々と疑問は尽きない。

 信用できない以前にたった一人の戦力に何を求めてんだと。簡単にやられるつもりは無いけど、もしかしてこれ遠まわしに死ねって言われてないか。命張って囮頑張れ! みたいな。

 しかしレレの口のまわることまわること……。結局彼の口車と、奴隷の居場所以外の、もうひとつの取引材料に疑問をねじ伏せられて取引を受けてしまった。

 

 

 そして、その取引材料がまた怖い事。

 何が怖いって、情報漏洩的な意味で。

 

 

 盗賊側に私の情報で伝わっているなら、その内容は十二年前に仕事を邪魔した小娘で、何故か男装して(これもレレの反応からまずばれてるとみていい)旅をしているということ。再会してわずかな期間しか経っていないから、せいぜいこれくらいだと思いたかった。

 しかし今回提示された取引材料を見るに、私の仲間の事まである程度知られている可能性が非常に高い。しかもその手札がたまたまこのタイミングで相手の手の内にあったって、どんな偶然だ。気味悪いし普通に怖いっつの。

 

 …………でも、これじゃあ断れないよなぁ……。

 

 

 

 私は隣を並走する"提案を断れない理由"となった人物を見る。

 

『信用を得るための担保が必要ならば、彼女をお渡ししましょう。お仲間が探している子でしょう?』

 

 

 

 紫がかった白銀の髪を肩口で切りそろえた少女。

 

 彼女の頭には三角の耳が、そしてお尻にはふさふさとした狼の尻尾が揺れていた。

 

 

 

 

 

 


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