魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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5話 いきなり放置された件

 この世界で目覚めた日から、早いことにもう3年の月日が流れた。

 推定年齢6歳になりましたエルーシャです。この名前にも慣れました。

 

 

 あれからギャップの激しいサクセリオのスパルタ教育と過保護教育に板挟まれ、午前中は座学午後は実戦訓練と忙しい日々はあっという間に過ぎ去りました。

 ちなみにサクセリオに関しては謎が多いけどなんだかんだ三年で慣れてしまった。未だに自分がどういうお家の子なのか知らないのに、この主従関係に慣れてしまっていいのかは謎。本当、家名も知らんけど私ってどこの子なんだ。父親にも一回も会ったことないんだけど。

 

 

 この生活に慣れてしまった自分に、時々我に返って遠い目をしていた私。しかし変化は突然やってきた。

 

「エルーシャ様も大きく成られましたので、私は少々仕事の確認に行って参ります」

「え、サクセリオって仕事してたんだ」

「…………。ええ、今までは遠方から指示していたのですが、そろそろ現場を見ないと手掛けている仕事が破綻しそうでして」

「結構大変なことになってるのね……。うん、いいよいいよ、私は適当にやってるからさ。行ってきなよ」

 

 私の教育係だけじゃなかったのか。そういえば毎日夜は出かけていたけど、もしかして仕事してた? 私は一日の疲れを癒すために真っ先にぐーすか寝ていたので、彼がいつ寝ていつ起きているのか知らなかった。何となく申し訳ない気分になる。

 

 この時の私は短期間の事だろうと気楽に許可を出し、サクセリオが居ない間は戦闘訓練が無くなってラッキーくらいにしか考えていなかった。

 

 

 

 けど、1か月経っても帰って来ないのはどういうことでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたの保護者帰ってこないねぇ。うちも慈善稼業じゃないから、可愛そうだけど出て行ってもらうよ」

 

 可哀そうと言うなら、そんな清々しい顔しないでほしい。締め出されたドアの向こうで「やっと邪魔者が出ていったよ」という声が聞こえるんだが。

 

 

 

 サクセリオは生活費の入った袋まで一緒に持って出かけてしまった。うっかりか?うっかりさんなのか?

 後に残された私は初めこそ呑気に本を読んで過ごしていたものの、一週間経ち、二週間経ち「おかしいぞ?」と思い始めた。気づいた時には宿の更新料が払えず追い出されて無一文、冬空の下6歳が一人。

 3年もお世話になっていた宿だったけど、宿の人、むしろ街の人達から私とサクセリオさんは嫌われていた。それが人種差別によるものなのか、サクセリオさんの街で起こした暴力遍歴によるものなのか分からな、………………分からなくないな後者だ。加えて身元も分からない不審人物なので、金さえ払わなければさっさと追い出したかったことだろう。見事に今追い出されたよ。

 

「これからどうしよう……」

 

 呆然とつぶやくも、答えてくれるのはひゅるりとふいた侘しい風だけだった。

 

 サクセリオが持たせてくれた花柄の革ポシェットは魔法がかけられていて体積以上に色々入るから、日用品はだいたい入っているけど金品はごく僅かなお小遣いのみ。ぎちぎちに硬貨が入ってた魅惑のずた袋は今はサクセリオと一緒に遠い空の下……あれ、今思うと便利な魔法があるのに何でぎちぎちに袋に詰めて持ち歩いてたんだろ。まさかメインの使用目的は鈍器……いやいや、今はどうでもいい。考えてもその袋は今この場に無い。

 

 仕事が思った以上に長引いてるにしても、あの厳しいが過保護な保護者が連絡もなしに私を放置するのはおかしい。もしかして、どこかで事故か怪我でも!? ……無いな。空を飛べて魔法をばこばこ使えてドラゴンを素手で屠り治療術が使える人間をどうこうするってどんな災害だ。3年の間で私の中でサクセリオが築き上げた信頼感の凄まじさよ。

 本人の事情でやむを得ない理由があると見た方がよさそうだ。けどそれを今考えてもしょうがない。私は今夜雨露をしのぐ場所さえ失ってしまったんだから、まず生活する場所を確保しないと。

 

 

 

 けれど六歳の幼女に世間は冷たかった。

 

 

 

 三年の教育の賜物か知識も増えたし、カフカの洞窟の魔物もどうしても勝てない個体を数体除いてほとんど倒せるようになっていた。自分で言うのも何だけど、仕事の戦力として知力体力共に使えると思う。しかも中身はもう三十路を超えているブラック会社の元社畜だぞ? 社会人の心得から理不尽に耐える忍耐力だってばっちりだ!

 

 なのに

 

「うちは子供は雇わないよ」

「はぁ? 遊びに付き合ってる暇はないんだ。さっさとどっかに行っちまえ。邪魔だ」

「お、お前あの赤い悪魔んとこのガキじゃないか! オレの弟はあいつに骨を折られたんだ。二度と来るなよ!」

「ぎゃああ! 来るな、クルなー! あ、あああああ、奴がやってくるッ! 赤いあいつが!!」

「アンタに何が出来るって言うんだい? 小麦の袋ひとつ運べそうにないけどねぇ」

「ああ、ヤダ。気味悪いよ。どっか行っておくれ」

「保護者はどうした? ……居なくなったって? ははぁん、借金でもしたか? 残念だが貸す金も雇う金も無ェよ。お前を売る手間もな! 貧相な餓鬼一匹売ったって面倒くさいだけだぜ。あばよ」

「ごめんねぇ、うちは家族でやっていて、人を雇うお金が無いの。他をあたってもらえる?」

 

 叩いたドアは数知れず。売り込む前に完膚なきまでに門前払いだった。

 酷い所は明けた瞬間に話も聞かないで無言で扉を閉められたけど、これは明らかにサクセリオの悪名のせいだと思う。あの人の傍若無人さを思えば、私だって赤の他人だったら目をそらすからな。

 そして何度も就職が失敗に終わり項垂れているところ、更に私を打ちのめす事実に気づいてしまった。

 

(私、ここ3年間サクセリオ以外とほとんど喋ったことない!!)

 

 すなわち親しい知り合いが居ない。雷に打たれたようにその事に気付いた私は、がくっと膝をついた。

 

 現在の私は幸いにも共通語が流暢に話せるようになったので、異能力抑制装置(スキルキャンセラー)効果のイヤリングをつけたままでも人と交流を図ることはできる。でもその人との交流ってお店で注文する程度のやりとりしかしてない……! 

 たとえばわずかでも人脈があれば、同情を買うか自分の能力を知ってもらっていて「私の知り合いのお店に聞いてみるわ」くらいの言葉引き出せたかもしれないのに。

 ……出掛ける時って、絶対サクセリオが抱っこするか手を繋いでいたものね。特に疑問に思わなかったのは私の自立心が無いのか知らないうちに依存させられていたのか……。……考えるのやめよう。

 

 

 

 夕方になり段々と夜の帳が下りてくる空を見上げ、私は時間が無いので早々に最終手段に出た。

 街の孤児院に行くことだ。サクセリオが戻って来るかもしれないので長くお世話になれないけど、家の無い子供と聞けば少しの期間くらい置いてくれるかもしれない。

 

 しかしここでも私の希望は打ち砕かれる。

 

「お前、いっつもいい服着て何でも買ってもらってたやつだろ!? そんな奴が、ここに何の用だよ!」

「そーだそーだ! 出てけ! ここは俺たちの家だぞ!」

 

 純粋な子供の敵意に色んな意味で打ちのめされて、院長さんに会う前に逃げ出しました。

 まともに他人と話すのが三年ぶり、大人たちにけんもほろろに就職を断られ続けコミュ障こじらせかけてる私に、これはキツイ……!

 見ると彼らは孤児院に入っていてもまともに食べられていないのか、ずいぶん痩せていて服も擦り切れていた。その中にほっぺたぷくぷくの全身ツヤツヤ、服もほぼ下したての新品を着た私が「泊めてください」と入っていく……迷惑かけられるか! 罪悪感で吐くわ!! 今はちびっことはいえ、私にだって大人だった矜持がある。この三年何を教わってきた? 明らかに六歳児にはオーバースキルな「生き残る術」でしょうが! 活かさないでどうする。

 

 私は「今の私子供だし~」という考えを放り投げると、腹をくくった。

 

 

 

 

 

 うん、しばらく一人で生きていこう。

 

 

 

 

 

 

 まずお店が閉まる前に道具屋へ行き、ぶりっ子ロリータその他数点の服を売り払った。買った時の値段は覚えていたので買い叩かれないように緊張しながら交渉したけど、道具屋のご主人は私が職を探して歩き回っていたのを知っているのか「大変だねェ」と言ってなかなかよい値段で買い取ってくれた、はず。同情するくらいなら一晩くらいの宿を……いやいやいや、甘えた考えはよそう。

 僅かな金銭を得ると、動き易そうな服だけ買って宿を探した。ちょっと入り組んだ界隈の最低ランクの宿が安かったのでそこにしようかと思ったら、相部屋だと言われてビビった私は他を探す。だって寝ている間に身ぐるみ剥がされたり、誘拐されて売り飛ばされたら嫌だよ!

 

 夜になって民家の窓から漏れる明かりを頼りにたどり着いた宿でやっと腰を落ち着けたものの、宿のランクと一人部屋ということで持ち金がかなり減ってしまった。

 今までサクセリオがお財布だったので気づかなかったのだけど、どうやらシュピネラは貧富の差がかなり顕著なようだ。物も宿も安ければ質も治安もすこぶる悪いし、良い品と宿は一気に単価が高くなる。

 

 私は狭い宿のベットにころんと寝転がり、明日からの生活に思いを馳せた。

 

 

「サクセリオ……もう帰ってこないのかなぁ」

 

 

 心細く思いながらも、寝れば否応なしに明日がやってくる。とにかく私には、未だ見えない未来を面白おかしく楽しく生きるという目標があるのだ。泣き言を言う暇があったら生きていく方法を探そう。

 

「でもサクセリオが帰って来たら、髪の毛引っこ抜くくらいしていいよね……」

 

 しかしいきなりの放置プレイには穏やかな私も少々怒っている。

 サクセリオが返ってきたらしてやろうと決めたささやかな嫌がらせを夢に見つつ、一日中就職活動に歩き回った精神的な疲れから私はあっという間に眠りの世界へ旅立った。

 

 

 

 

 

 明日から、異世界で初めての一人生活が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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