魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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61話 探索開始

 ヒューレイの家にたどり着くと、屋内で怪しい動きをしている人影が二人分。それは先日遭遇した借金取りだった。

 

 

 余計な手間が惜しいので、会って早々に事情を聴くためにOHANASI(物理)をしたら案外あっさりと口を割ってくれた。多少荒っぽかったかもしれないが、家主に無断で家の中を漁っていた時点でかける情けなどありはしない。

 

 

 

「売った?」

「ヒィィっ、や、やめてくれ! これ以上やられたら死んじまうよ!!」

 

 話を聞き終えた私の額に青筋が浮くと、借金取りAが怯えたように叫び散らした。

 死ぬだ何だと言ってるけど、それだけ喋れるなら十分元気だろ。もう二、三発拳を叩き込んでも平気かな。

 人間って案外丈夫ってことを私はサクセリオ先生から学んでいるのだ。あの人もよく人を蹴鞠のように蹴飛ばしたり蠅のように叩き潰していたなぁ、懐かしい。

 

 ちなみにもう一人は股間を湿らせて気絶していた。汚い上に情けない。そこまで怖がることないだろう。

 

「痛い? なら、いっそ楽にしてやろうか」

 

 そう言って一思いに頬骨を砕く勢いで男を殴り飛ばすと、私は今聞いた事実に苦々しく顔をゆがめた。

 それは借金取り達に対すり怒りに加えて、自分の迂闊さが招いた事態に対しての後悔からだった。

 

 

 

 

 

 

 聞けば先日の一件でヒューレイがもしかすると魔道具を作れるのではないか、と勘付いた借金取り。もしやと過去に押収した彼の私物を鑑定に出したところ、その中のいくつかが魔道具であり、それも質の高い物であると知ってしまったらしい。

 丁度以前から取引していた組織が魔道具職人を高額で買い取っていると覚えていた借金取りは、ヒューレイを誘拐した。もちろん、売るためである。

 借金取りABはヒューレイを売り飛ばした上で、更に売り物になる魔道具は無いかと探しに来たようだ。まったくふざけている。

 気絶させる前にこいつ等が拠点にしている場所は聞いたものの、ヒューレイを売ったという組織については自分たちも自分たちの上司も正確な位置を掴んでいないというのだから役に立たない。

 

「どうしよう、ヒューレイが、ヒューレイが……!」

「ごめん、俺のせいだ」

 

 ミッツァちゃんが目を潤ませて力なく座り込んでしまうも、私はただ歯噛みして謝ることしか出来なかった。借金取りたちの親玉の所には行ってみるつもりだけど、さっきの話が本当ならそこでもきっと手がかりが無くて詰む。

 

 何か、何かヒューレイの行方を探る確実な手立てはないだろうか。

 

 

 

 そこでふと、明るい茶髪が脳裏をよぎった。

 

 

 

「探索に、追尾?」

 

 そうだ、いるじゃないか。

 探しものに特化した術を使える人間がすぐそばに!

 

「ミッツァちゃん、この件俺に任せてくれないか。仲間に探し物が得意な奴が居るんだ。彼に頼んでヒューレイを探してもらう」

「本当……?」

「うん、ヒューレイは俺が絶対に見つける」

 

 安心させるように力強く頷くと、ミッツァちゃんは潤んだ瞳で私を縋るように見つめた。

 

「お願いします。ヒューレイを助けて……!」

 

 

 

 

 

 

 

 その後、手下ABの話が本当か確かめに借金取りの親玉に会いに行ったが、残念ながら手下の話通り親玉もヒューレイを売った組織について詳しく知らなかった。いくら問い詰めようと知らないものは答えられないの一点張り。

 結局は無駄足に終わりヒューレイの行方は知れず、手に入れたのは売った組織のわずかな概要と金だけ。苛々していたせいで少々暴れたら、詫びだと泣きながら押し付けられたけど…………正直そんなものより情報が欲しかった。

 

 

 本当なら誘拐の容疑で借金取りを騎士団に受け渡さなければならないのだけど、今はその間も惜しくて宿に帰宅した私はジリジリとした気分でアルディラさん達の帰宅を待つ。多分引き渡したら引き渡したで、私も事情聴取とかで時間採られるだろうしな……。

 そしてパーティーがダンジョンから戻ってくると、ポプラを捕まえて事情を話し頭を下げた。ここ数日古代魔法言語を教えるにあたってポプラの使える魔法をほぼ把握している私だが、探索、追尾、捕縛に優れた術を多く使える彼こそが今は頼りだ。

 

「ポプラ、頼む! ノレットの精霊術で、ヒューレイを探してほしいんだ」

「事情はわかったけどよ……」

 

 事情を聞いたポプラは戸惑ったような様子を見せると、腕組みをして唸る。

 

「探索範囲が王都中ってなると、オレだと厳しいかもしれない」

「範囲が広すぎるものね……。それに魔道具職人の誘拐なんて一大事だし、個人で探すよりも騎士団に応援を要請したほうがいいかもしれないわ」

 

 アルディラさんが難しい顔で言うが、それを否定したのはカルナックだった。

 

「いや、探索を大規模にすると下手をしたら逃げられる。出来るなら時間がたつ前に少数精鋭で探した方がいいだろうな。ポプラ、本当に駄目そうか?」

「オレだって出来るもんならやってる! けど……!」

「ポプラさんは古代魔法言語を習得していませんでしたわね。たしかにそれでは難しいかもしれません」

 

 嫌味ではなく事実として考察するのはセリッサだ。普段の軽い様子はなりを潜め、流石にこんな場面であのテンションを発揮するつもりはないのか、その表情はいつになく真面目に見える。特に彼女としては魔道具職人の大規模な誘拐事件があったレーディマレスの神官として、この件は無視できないのだろう。

 

 そんな彼女の言葉に、私は一縷の望みをかけて問うた。

 

古代魔法言語(エンシェントスペル)を使った魔法なら、ヒューレイを探せる可能性があるの?」

「ええ。ご存知でしたら申し訳ありませんが、古代魔法言語(エンシェントスペル)は魔力効率の最適化の他に、空気中の魔力によって作用する現代魔法言語(カレントスペル)と違って魔動脈に直接訴えかける効能を擁しています。魔動脈は大地全体に根が広がっていますから、探索には適しているかと思われますわ」

「! そうか」

 

 魔動脈は大地に流れる世界の魔力の本流。空気中に存在する魔力はいわばその本流から揮発した水分のようなものである。

 魔導脈はセリッサが言ったように世界中の大地に根を広げており、地に足をつけて生活している限り生物は必ず触れている。遠隔伝達魔道具もこの流れに接続して効果を発揮しているのだ。

 探索の術の場合空気中の魔力に呼びかけてもよいのだろうけど、恐らく自分で魔法を形成できる魔力圏内での使用となるためその距離を越えたら拡散してしまう。その点魔導脈という道しるべがあれば、探索範囲は広くなるはずだ。

 

(でも今のポプラにはまだ難しいかな……)

 

 タイミングがいいのか悪いのか、ここ最近夜にこっそりと私に古代魔法言語を習っているポプラ。もとからセンスはあるし要領もいいから、苦戦しながらもなかなかの速度で身につけている。しかしそれを実際に魔法として使うとなると、知識と実技で噛み合っていないのが現状だ。

 言いよどむということはポプラもそれは痛いほど分かっているのだろう。この子結構客観的に自分の実力判断できるんだよな……。

 

 でも、それはポプラ一人で術を使った場合の話。

 

「なら、俺がポプラを補助する」

「補助ってお前……」

「頼むよ! 今頼れるのはポプラだけなんだ。俺にできる事なら何でもするから!」

 

 私が食い下がると、ポプラは少し考えたものの頷いてくれた。

 

「! ありがとう!」

「別に、お前のためじゃねーし。出来るかどうかもわかんねぇぞ」

 

 ツンデレ乙、とか言ってる場合じゃないな。

 けど本当に助かる。私、妙に細かい術は使えるけど探索系は覚えてないし。カルナックが言うみたいに、出来れば時間が経過する前に少人数で探したい。騎士団への要請も考えたけれど、説明から何から手間を考えたらせっかく実力がある冒険者の仲間がいるのだから迅速に対応するためにはこちらを頼りたいところ。

 

 ふと周りを見回せば当然のように「じゃあ行こうか」みたいなノリになってる会ってまだ日が浅い仲間たち。ポプラに真っ先に頼んだものの、自分の不注意が招いた今回の事態は、依頼料を自腹で出してでもアルディラさん達に協力をお願いしようと思っていた。

 

 でも、どうやら私は人に巡り合う運には恵まれているらしい。

 

 私は改めて頭を下げて仲間に協力を申し込むと、意を決してヒューレイの家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 出来るだけ急いでヒューレイの家に戻ると、ミッツァちゃんが荒らされた小屋を片づけていた。友達を攫われたことでさっきまでひどく落ち込んでいたミッツァちゃんだったけど、芯の強い子なのか今はある程度持ち直していた。

 私たちがヒューレイを探す魔法を使うために彼の私物を取りに来たことを話すと「私も手伝います!」と元気よく申し出てくれた。

 

「どんなものが必要ですか?」

「できればヒューレイがいつも身につけていた物とか、思い入れが強いものがいいかな」

 

 今回は品物に残されたヒューレイ本人の魔力を手がかりに、その軌跡をたどる予定だ。しかし人や物が多く広範囲な王都ではもとから探しにくいうえに、時間や距離が空くにつれてその難易度は上がってしまう。少しでも早くヒューレイを追うために、ミッツァちゃんに手伝ってもらいながら全員で小屋の中を探し回った。

 

「これは?」

『クゥン……』

 

 ポプラが呼び出した闇の精霊ノレットにヒューレイの私物を見せるが、なかなか色よい返事はもらえない。品物を見つけては幾度か繰り返したけどこの調子で、魔法を使うための切っ掛けがまず見つからない。

 他に何か無いかと屈んでいた体勢から立ち上がれば、ふいにノレットが私のお尻に顔を寄せてきた。正確にはベルトに取り付けてある鞄に興味があるのか、しきりに鼻をこすりつけている。

 

「どうしたノレット。俺の鞄に何かある?」

「お前、もしかしてそのヒューレイって奴の手掛かりになるようなもん持ってねぇか?」

「え、」

 

 もしかしてヒューレイから買った小箱かと思って急いで鞄をあさって取り出すが、ノレットは妙に人間臭い動作で首を横に振る。え、でも他にヒューレイにまつわるものなんて持ってないんだけど。

 困惑していると、ノレットが急に鞄に顔を突っ込んだ。その際ノレットの二本の前足がお尻に当たって変な声が出る。

 

「ちょ、の、ノレット!?」

 

 ノレットは私の声にも反応せずに、一心不乱に鞄を漁る。そして何かを見つけたのか、やっと鞄から顔を出した。

 

「布?」

「それが手掛かりだって言いたいのか? ノレット」

『ワンッ』

 

 得意げに吠えたノレットの口から、ひらりと一枚の布が舞い落ちる。

 それは私がヒューレイにあげた刺繍布に使ったものと同じものだった。

 

「そうか。ヒューレイくん本人よりも、魔力濃度の濃い刺繍作品を探した方が早いかもしれないわね」

 

 私がヒューレイにあげた刺繍布の話をすると、アルディラさんが納得したように頷いた。簡単に刺繍しただけにヒューレイ本人よりもハギレの方が残り香的なものが強いって言われると微妙だけど、何にせよ手がかりになるなら何でもいい。

 

「なるほど! お手柄だぞノレット。良く気がついたな」

「多分、現場の残滓で一番たどりやすい魔力がそれだったんだろうな。そいつがまだ刺繍布を持ち歩いてるなら、探せる可能性は十分にある」

 

 カルナックがノレットの頭をわしゃわしゃとかき混ぜて褒める一方、ポプラはいつになく真面目な顔で拾った布を握りしめた。いよいよ後は自分が魔法を使って探索する番だという事で緊張しているのだろうか。するとそれを見ていたセリッサがニッコリ笑ってポプラに言葉を投げかけた。

 

「エルフリード様も協力してくださるのですし、少し肩の力を抜かれたらいかが? 緊張していては精霊が困惑しましてよ」

「は!? き、緊張とかしてねーし!」

「あら、フフフ。自覚なさっていないのね。ポプラさん、迷宮を探索する時以上に体に力が入っていましてよ。見たところ貴方は精霊と心を同調させて力を引き出すのに、とても向いていると思います。ですがそう緊張していては、精霊も本来の力を発揮で見ませんわ。いつもみたいに、もう少しちゃらっとなさいませな」

「ちゃらってなんだよちゃらって」

「ちゃらはチャラチャラですわ。んもう、細かいことを気にして器の小さい殿方ですわね~」

「うっせ!」

 

(おお、流石……)

 

 短いやり取りで、ポプラの肩から力が抜けた。

 なんというか、セリッサはよく周りを観察しているし人の感情の機微に聡い。男性を誘惑するよりもこうして人の心に寄り添ってアドバイスをしたり緊張をほぐす方が聖職者っぽいというか、いいと思うんだけどなぁ……。私まで焦ってた気分がなんとなく落ち着いてしまった。

 

 と、それより私も気を取り直さないと。ポプラのサポートをすると決めたけれど、他人の魔法に干渉して威力を増すには集中力がいる。

 私は丹田に力をこめると、大きく呼吸して体の力を抜いた。

 

 

 

 

「よし! じゃあ、始めようポプラ」

「仕切んな、オレの台詞だ。……始めるぞ」

 

 いつもの調子を取り戻したポプラがノレットと共にハギレ布に意識を集中し始めたので、私はポプラの後ろに回って彼の背中に手を当てた。そして魔力の波長を調節し、ポプラの詠唱に合わせて術のタイミングを伺う。

 

 

 

 

 

『追尾し探求し絡めとり、虚ろを掴み我の眼前に提示せよ! 虚空掴探追(ハンティングホロウ)!』

支援(アシスト)!』

 

 

 

 布が、脈打つように明滅した。

 

 

 

 


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