魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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60話 借金取りと誘拐事件

 ヒューレイとの会話の途中。

 小屋がきしむほど強く叩かれたドアに驚くと、返事も待たずに扉が開かれた。

 

「やぁ、ヒューレイ。金は用意できたかね?」

 

 入ってきたのはガラの悪い男が四人。その真中のずんぐりと太った男が、金歯を覗かせながら粘着質な笑みを浮かべて言った。

 それに対してヒューレイは一歩後ずさるものの、キッと眼光を強めて男たちを睨みかえす。

 

「期限はまだのはずです!」

「あん? そうだったか? そりゃあ悪かったな」

 

 口先では悪かったなどと言いつつ、残りの男たちが無遠慮に部屋を漁り始めるので、私はぎょっとして思わずその手を掴んで止めた。

 

「ああ? 何だお前」

「いや、あんた等に言われたくない。何勝手に人のうち漁ってるんだ」

「借金があるこいつが悪い。俺たちゃ正当な取り立てに来ただけだぜ?」

 

 ヒューレイを見ると悔しそうに唇の端を噛んで拳をぎゅっと握っている。その様子から男たちの言う事が本当だとはわかったけど、さっき期限はまだと言っていたしどうしても正当な差し押さえには思えなかった。

 

 困ったな。ここで何もしないのは人としてどうかと思うし、しかしながらおせっかいが過ぎてヒューレイの立場を悪くしてもいけない。そうなると単純に暴力に訴える手段はとれないな。

 なら、まずは言葉か。

 

 私は意を決めると中心人物らしい男に向き直り口を開いた。

 

「さっきヒューレイは、期限はまだだと言っていましたよね。こんな乱暴な方法で取り立てるのは道徳に反するのでは?」

「ひひっ、こりゃあとんだ正義の味方がいたもんだよ。期限? どうせ払えやしねぇ。今のうちに物品で回収するのが俺たちにとっての最善手ってもんよ。踏み倒されちゃァかなわねぇからな。こちとら慈善稼業じゃないんでね」

 

 態度は悪いが金貸しを商売として成り立たせているのなら、正当な言い分でもある。あくどい利息でもついているなら話は別だが、現時点ではまず情報が足りない。

 

「ヒューレイ、借金ってどれくらい?」

「…………」

「答えてやれよヒューレイちゃんよぉ。えっと、どれくらいだっけな」

(覚えてないんかい)

「金貨五十枚でさぁ」

「ごじゅ!?」

 

 ちょ、それって五百万ってことか。思ったより多くてのけぞってしまった。

 どう考えても中学生くらいの年齢のヒューレイに……この暮らしぶりを見ても返せる金額とは思えない。

 

「ヒューレイ、何で借金がそんな大金に膨れ上がったの? 利息? 十一? 闇金!?」

「おいおい、外見で決めないでくれんかね。俺たちゃあ普通の金貸しだ。利息も取るが、そう暴利なもんじゃない」

「借金はそいつの親が残したもんさァ。店の建て替え資金を貸してやったのに、子供を残して消えちまうとは薄情な親だよな」

「父さんと母さんは攫われたんだ! 逃げたんじゃない!!」

 

 今まで黙って耐えていたヒューレイが、叩きつけるような大声で借金取りの言葉を否定した。その瞳には烈火のごとき怒りが宿り、家族のことを言われたのがよほど悔しのだろう。顔もまた怒りで赤く染まり、体は衝動を抑えるようにぶるぶると痙攣するように震えている。

 

 どうにも先ほどの話を合わせて考えるに、とてつもなくタイミングが悪かった結果で出来た借金のようだ。

 

 ヒューレイの両親は魔道具職人だったため魔族にさらわれてしまった。店が狭くなったのか古くなったのか知らないが、建て替えるために金貸しから大金を借りていたヒューレイのご両親。おそらくさらわれた際に借りた金の行方も分からなくなってしまい、息子であるヒューレイに借金だけが残されたという所か。

 

(さっき、七歳のときって言ってなかったか)

 

 そんな幼いころから、彼はこの年齢までどれほど苦労を重ねて生きてきたのだろう。

 その境遇に眉根を寄せつつも、つい疑問に思ったことが口をついて出た。

 

「ヒューレイは魔道具ギルドに相談しなかったの? 職人の保護を手厚く行っているギルドに申し出れば、出世払いで立て替えてくれるかもしれないよのに」

 

 金貨五十枚は流石に厳しいかもしれないけど、返済する相手が金貸しからギルドに変わればそれだけで状況が変わる。時間がかかっても、ギルドで仕事をしてゆっくり返していけばいいのだ。なにもこんな連中に虐げられて生きていく必要はない。

 

「あ!」

 

 焦ったように声をあげるヒューレイ。それに疑問を感じる前に、男たちがざわついた。

 

「魔道具ギルド、だと。誰が職人だって? えェ?」

「…………!」

 

 またやっちまった! 私の阿呆!!

 仲の良さそうなミッツァにも魔道具職人だって隠してたんだから、何か事情があるって気づけよ! こいつらにも隠してたんじゃん!!

 

「いや、ご両親が職人だったと聞いたので。その伝手でどうにか出来ないかと思ったんですよ。……流石に無理ですかね?」

 

 内心の動揺を悟られないようにしれっと話を修正すると、借金取りたちは疑い深そうに見てきたがひとまず頷いた。

 

「そりゃあ無理だろうよ。魔道具ギルドは魔道具職人の保護機関としてなら有効だが、魔道具職人の家族にまで補償を広げるほど懐は深くない。ヒューレイが魔道具を作れりゃ問題ないがなぁ」

「そうですか。無知で申し訳ありません」

「ふんっ、なかなか素直じゃねぇか。で、どうする? まだ邪魔をするかい?」

「まあ、それとこれとは話が別ですから。ヒューレイは働いてお金を返そうとしているのに、こんな乱暴な取り立てでは逃げる気が無くても逃げたくもなりますよ。お互い少し譲歩しませんか」

「譲歩だぁ?」

「金貨五十枚といってもまさか一括ではないでしょう。今回の支払い分はおいくらですか」

「先輩……?」

 

 不安そうな顔で見上げてくる少年に、私は安心させるように笑って見せた。するとヒューレイが半歩後退した。あれ、なんでちょっと引いた?

 そういえば以前キーロに下からアングルの私の笑いは「なんか企んでるように見えて怖い」と言われたことがあるような……。………………。ちょっと泣きたい。

 

 若干心にダメージを負いつつも相手の返答を待っていると、借金取りは私を値踏みするように頭の先からつま先まで眺めてから、ねっちょりとした笑みを浮かべた。

 

「何だ、お前さんが代わりに払うってか?」

「金額にもよりますが、払える範囲なら」

「! そ、そんな! 会ったばかりの人に、そんなことしてもらえません!」

 

 だろうな。自分でもこの行為は馬鹿だとかお人よしって言葉に相当するんだろうと思うけど……。だって、なぁ。このまま見過ごしたら絶対後味悪い。金額にもよるけどお金で解決できるなら私はそっちを取る。

 これはもう、嫌な場面に遭遇してしまった自身の運の低さだと諦めた。

 

「自己満足につきあわせて悪いけど、見過ごせないくらいには君がいい子だったってことかな。諦めて」

「そんな、勝手ですよ……!」

「将来有望な道具職人相手の投資だと思えば安いよ」

「偽善者だねぇアンタ」

「何とでも言えばいいさ。それで金額は?」

「そうだなぁ……。とりあえず、五万セラでいいぜ」

 

 おうふ。ご、五万か。

 現在の所持金が三十万ちょっとだから痛いけど、まあこれから稼げばいいしルチルからの報酬だってあるしなんとかなるか。無計画に散財する方でもないし。

 

「わかりました、払いましょう。あ、細かいの欲しいんで金貨一枚でお釣りは全部銀貨でお願いできます?」

「……………………。五万セラの金貨を銀貨で釣り銭と言ったら銀貨五十枚じゃないかね。お前さんそれ嫌がらせか? 半金貨五枚でいいだろ」

「え~べっつに~そんなことありませんけどー。それぐらい融通きかせてくれてもいいじゃないですか~ぁ? 人のうち勝手に荒らすなんてしてくれたんだし、場合によっては他の方法で訴えてもよかったんですから~」

「他の方法だぁ?」

 

 ずんぐり男の取り巻きが馬鹿にしたように笑うので、私も笑い返した。近くにあった何かの材料の鉄板をへし折りながら。

 

「…………」

 

 男がそっと後ずさった。うん、この程度のやからにはこういうはったりは有効のようだ。

 おら、この鉄板みたいになりたくなかったらさっさと(おつり)持ってこいよ。ヒューレイの立場が悪くなるから実際にはやらないけど。

 

「わかった。用意しよう」

「ありがとうございます」

 

 要求がのまれたことに満足した私は、精一杯慇懃無礼さを醸し出した表情と声色で言ってやった。

 男たちはすっぱいものでも呑み込んだような顔をして、速やかに釣銭を持ってきてくれた。そして私が差し出した金貨を受け取ると、素直に銀貨を差し出してくれる。うんうん、商売するものとして筋を通すところは通さないといけないよな!

 

 

 

 男たちが帰ると、銀貨五十枚が詰まった袋を床に置いてついでに自分も座り込んだ。

 

「ああ、心臓に悪かった……」

「いえ、とっても堂々としてましたけど……」

 

 同じように床に座り込んだヒューレイ少年が、呆れたように言った。

 

「そう見えた? なら、よかった。ああいう手合いには、出来るだけ堂々と接しないと足元見られるから」

「えっと、でも、もしかして先輩って実はすごく強いですか? 素手であんな鉄板を曲げちゃうなんて」

「え、冒険者ならあれくらい誰でもできるんじゃない?」

 

 少なくとも私はそう認識している。

 

「冒険者って、凄いんですね」

 

 ヒューレイは今度は力が抜けたように笑って見せてくれた。つられて私も笑ってしまい、しばし小さな小屋に笑い声が響く。

 

「取り立てっていつもあんなに乱暴なの?」

「いいえ。言葉で脅されることは毎回ですけど、今日みたいなことはたまにです。彼らにとってはガラクタばかりですから、大抵は荒らすだけ荒らして物はほとんど取っていかないですし……。どちらかというと、脅しを兼ねて自分たちの鬱憤を晴らしてるんでしょうね」

「うわっ、たち悪い」

「あはは」

「いや、笑えないって」

「ははは……そうですね。でもいつも何か壊されるから、今回は商品が無事でよかったです。先輩、何から何までありがとうございました。お金は絶対に返します」

 

 ヒューレイ、いい子だなぁ……。お金に関してラッキー! で終わらせないし、借金取りはとりあえず引き下がらせたけど、それも一時的なものでしかないのに。

 お金はこちらとしてはもう戻らないつもりで払ったんだけど、それではきっとヒューレイは納得しないだろうな。

 

「俺が勝手にしたことだから、気にしないで。お金は……あーっと、じゃあ出世払いにしてもらおうかな。俺と借金取り両方に返すために無理してこれ以上痩せられたら、ご飯を奢ったかいがないし」

「先輩……」

 

 冗談めかして言えば、ヒューレイは深く頭を下げた。それに慌てた私は話題を変えることにする。というか、言いたいことの本命はこちらだ。

 

「それよりさっきは本当にごめん。魔道具職人だって秘密にしてたんでしょ? 危うくバラすところだった……」

「いえ! そんなっ」

 

 それに関しては本当に申し訳ないことをしたと思ってる。

 

 彼の作るものはいい品ばかりなのに、どうしてそれを売らないのかと考えていた。普通の道具屋をするより魔道具を作った方が絶対に儲かるのに、あえて普通の道具屋を装ってるなら何か理由があるのだろう。私はそれをふいにする所だったのだ。

 

 ヒューレイは言うのを躊躇しているのか口を数回パクパクさせると、気まずそうに俯いた。

 

「大したことじゃないんです。ただ、魔道具職人として働くのは……父さんに認められてからにしようって、僕が勝手に決めているだけで」

「お父さんに?」

「はい。父さんも母さんも、絶対生きていると思うんです。だからどんなに時間がかかっても借金を返して……いつか旅に出ようと思ってます。そして父さんたちを見つけて、売り物として魔道具を作るのは、それからにしようって。職人としての師匠でもある父さんに認められたいんです。実は先輩が褒めてくれたものって、全部売り物じゃないんですよ。魔道具はめったに売りません。ははっ、こんな情けないところ見られて、助けてもらったのに……無茶だって思いますよね。馬鹿な意地です」

「そんなことない!」

 

 思わず大きな声で否定すると、驚いたのかヒューレイの肩が跳ねた。

 

「誰も今の話を聞いて、馬鹿だなんて思わないよ。馬鹿にする奴がいたとしても、少なくとも俺は絶対言わない。家族に会いたいなんて当たり前だし、職人として譲れない事があって、それを守っているヒューレイは立派だよ。馬鹿になんてしないし、出来ない」

 

 一言一言、しっかり言う。

 

「いい? たとえ馬鹿にされたり否定されることがあっても、自分だけは自分を否定しちゃ駄目だ」

「あ……」

「自分で否定したら、叶うものも叶わなくなる。夢や想いが全部叶うとは言わないけど、諦めたら先が無くなる。だから、自信をもって。ヒューレイの目標は立派だよ」

 

 我ながらくさいこと言ってるなぁと思うけど、私の語彙じゃこれが限界だ。

 言い終わってから急に恥ずかしくなってきてせわしなく視線を彷徨わせていると、ふいに鼻をすする音が聞こえた。

 

「ありがど、ございま゛ず」

「…………」

 

 私に言えることは他に残されておらず、せめてもの気遣いになればいいと私はヒューレイに背を向けた。男の子が泣き顔なんて、見られたくないと思ったから。

 

 

 

 

 

 

 

 ヒューレイが落ち着いた後、彼はせめてものお礼にと魔道具を一つプレゼントしてくれた。そして私はずいぶん長居してしまったと、自分の宿の場所を教えてから「子猫の足跡亭」へ帰宅する。

 ヒューレイはぜったいにお金は返すからと約束してくれたけど、気張りすぎて無理をしなければいいのだけど。

 

 私は刺繍を進め、アルディラさん達をダンジョンに見送って帰りを迎えてという日々を繰り返し、王都での数日を過ごした。

 

 

 

 そんな中の、ある日。

 

 

 

 

「ね、ねえ! お客さん、ヒューレイを知りませんか!?」

 

 突然訪ねてきたミッツァに驚く暇もなく、彼女は捲し立てるように言葉を続ける。酷く焦燥感のある様子に嫌な予感がした。

 

「ヒューレイがどこにもいないんです! 家が荒らされてて、それで、お店にも来ないし人に聞いても露店も出してないって言うし……! この間ヒューレイからあなたのこと聞いたから、もしかして何か知らないかと思って、それで、」

「とりあえず、一回落ち着いて。俺のところにヒューレイは来てないよ」

「そんなっ」

「詳しく聞かせてもらっていい? 俺も一緒に探すから」

 

 泣きそうになるミッツァをなだめて、まず荒らされているというヒューレイの家へ向かう。何か手掛かりがあればと思ったのだけど、運がいいというか何というか……手掛かりは探すまでもなくヒューレイの家に現れた。

 

 

 

「残ってる魔道具も探して来いってよ。人使い荒いよなー」

「金になるんだしいいじゃねぇか。あのガキが魔道具職人だったおかげで、借金以上のもうけになったしよぉ」

 

 せっかく片付けたヒューレイの小屋を片っ端からひっくり返していたのは数日前に遭遇した借金取りの取り巻きABだった。

 私はうすら笑いを口端に浮かべると、彼らの肩を掴む。

 

 

 

 

 

「その話、詳しく聞かせてもらおうか」

 

 

 

 

 

 


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