魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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59話 道具屋の少年

 食事を終えたヒューレイはお茶を飲むと、活力を得た満面の笑顔でお礼を言ってくれた。

 それは先ほどまでのカスミソウのごとく儚げだった様子が嘘のように、ひまわりのように明るく華やかな笑顔。……どちらにしろ、花に例えてしまうくらい可憐だったと言っておこう。何この子可愛い。

 

「あの、ありがとうございました! いつもここでは安く食べさせてもらってるんですけど、さすがにこれは人気商品で頼んだことなくて……。本当に、こんなに食べたの久しぶりで……! すごく元気出ました!」

「そう言ってもらえると、俺も嬉しいよ。いや~、もしかして余計なお世話かと思ったから」

「いえ、先輩はご厚意でしてくれたのに、僕が変な意地を張ってしまっただけで……」

「ははっ、ヒューレイくんっていい子だな。でも初対面だし勘繰っても仕方がないよ。むしろ俺が強引で悪かった。えーと、それより、何? 先輩?」

「さっき魔道具職人の先輩としてって、言ってたじゃないですか」

「ああ」

 

 言ったかもしれない。しかしながら、なんとも新鮮で面はゆい響きである。

 言い出したのは自分だけど、それを儚げ美少年に呼ばれるとなるとずいぶんと(おもむき)が違うものだ。餌付けのようなことをしてしまった手前、悪い事でもしてる気分になる。初対面の美少年に食事を恩義せがましく与え特定の呼称で呼ばせて悦に入る……。うん、犯罪臭い。

 もちろんそんな気は毛頭ないのだが、こう考えると私は少々危ない人間に見えるのではなかろうか。…………。ま、まあ過ぎたことは仕方がないし、今度から気を付けよう。

 

 

 

「そういえば、ヒューレイって魔道具職人だってこと隠してるんだね」

「!」

「さっき慌てていたみたいだから、悪いことしたなぁ……と。何か、ごめん」

「あはは……。だ、大丈夫ですよ。それより先輩って凄いんですね! あの小物入れには幻惑魔法の効果を重ねてたから、まさか見破られるなんて思いませんでした」

「幻惑魔法?」

 

 え、そんなものかかってたのか。たしかに近くで見るまでは分からなかったけれど、普通に魔力を感じたから魔道具だと思ったんだけどな。

 

「あの、先輩はどんな魔道具を作ってるんですか? 僕あまり他の職人に会ったこと無くて……ちょっと興味あるんです」

「? あまり会ったこと無いって、隠してるならやっぱり魔道具ギルドには所属してないのか」

「! あ、その……ちょっと事情があって」

 

 好奇心に輝いていた瞳が途端に気まずそうに曇ってしまったので、何か事情が有るのだろうなと思うに留めておくことにした。ここまでずかずかと距離を縮めてしまったが、この先は初対面で踏み込んではいけない領域だろう。

 

「ごめん、無理にはきかないよ。それで俺の仕事だけど、刺繍をやってる」

「刺繍、ですか?」

 

 いまいちピンと来ていないようなので、どうやら彼は魔纏刺繍について知らないらしい。ルーカスを出てから初めて知った魔纏刺繍の希少性を考えるとしかたがないか。

 私はポケットからいつも持ち歩いている小型のケースを取り出す。これには最低限の糸と針が入っていて、まあただのソーイングセットだ。ボタン取れたときとかすぐに直せて便利なんだよね。

 

 興味津々のヒューレイの眼前でさっと針に糸を通すと、余ったハギレを取り出して刺繍をほどこした。

 

「早!?」

 

 およそ二十秒ほどでハギレに刺繍された小鳥を見たヒューレイは驚愕の後、頬を紅潮させて食い入るように刺繍に見入っている。その様子があんまりに素直で可愛いかったものだから、つい甘やかしたくなった私は悪くない。

 

「よかったらあげるよ」

「いいんですか!? で、でも食事を奢ってもらったのにこんな……」

「いいっていいって。どうせ余り物の布と糸だし」

 

 お姉さん子供の喜ぶ顔が見れたら満足だわ。実際材料も労力も大したことないし、こんなに喜んでくれるなら安いもんよ。

 

「凄い。あんなに早くやったのに、一針一針に魔力が込められてる……。どうしたらこんな風に魔法付与出来るんですか?」

「んー。こればっかりは練習かな……。職人スキルを身に着けるのが手っ取り早いんだろうけど、それも練習の過程で習得したようなもんだし」

 

 ルーカスで刺繍に関しては厳しいカトレアお師匠様にさんざん仕込んでもらったからな。お師匠様、元気かな。

 

 ヒューレイは刺繍しただけで他は何も加工されていないハギレを大事そうに鞄にしまうと、改めて頭を下げた。

 

「ありがとうございます! うわぁ……! 嬉しいなぁ! 今日ここに来て、本当によかった」

「どういたしまして。そういえばさっきは流れで会話ぶった切る形になっちゃったけど、ヒューレイはミッツァちゃんに何か用事あったんじゃないの?」

「! そうでした! 厨房の道具の修理を頼まれてたんだ……!」

「えっと……ごめん。仕事の邪魔したみたいで」

「そんなことないですよ! 今日はたまたま早く店じまいをしたから来ただけで、仕事自体はいつでもいいと言われてるんです。それよりよかったら、この後僕のお店に来てくれませんか? 何かお礼をさせてください」

 

 申し訳なく思いつつも、ヒューレイの申し出に彼の作品に興味があった私は一も二もなく頷いた。少し根を詰めていたし、他の職人の作品を見たらいい刺激になりそうだ。

 

 というか、単純にこの子の作った魔道具が欲しい。さっきの小物入れ可愛かったし、同じようなのあるといいな。

 

 

 そうして予定が決まったので、会計を済ませると私たちは店を出た。

 目指すは王都の端の方にあるという、ヒューレイ少年の露店である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「家が近くなので、いつもこのあたりに店を出してるんです」

 

 訪れた地区は王都の東地区。華やかな中央とは異なり、少々さびれた印象の区画だった。

 

 ヒューレイが示した場所には他にもまばらに露店が出ていて、食べ物や雑貨を売っている。それも今まで見たものより質素で、屋台を構えてる人よりも、布を広げて品物を乗せているだけの人の方が多い。

 ヒューレイは今日はすでに露店を片づけてしまったからと、彼の自宅に案内してくれた。

 

 そして訪れた場所は大きな建物の裏手にある小さな小屋。隣にも似たような作りの小屋があるが、そちらはずいぶん大きい。

 

「宿の古い物置をお借りしてるんです。隣は今使われている物置ですね」

「あ、こっちの建物宿なんだ」

「はい。あの、狭いですけど、どうぞ」

 

 気まずそうに扉を開けて促してくれたヒューレイだけど、中に入った私はその意味を知る。

 

「いや、狭いっていうかこれは……」

 

 小屋は確かに狭い。

 

 しかしそれを更に圧迫しているのは……非常に雑多に散らばった、材料や小物類の山だった。

 

 まず部屋に入って何かの缶を蹴飛ばしてしまい、それがちょっと先にあった何かの小山にぶつかると上から雪崩がおきて小山は丘になり横へ面積を広げた。その向こうには紙やら木材がぎゅうぎゅうに詰め込まれた箱が絶妙なバランスで重なり、それを支えているのは高く積み上がった本である。

 机と椅子はあるものの、その上には工具や切りかけの木材や鉱石、ガラスの瓶などが埋め尽くしている。簡素なベッドも同じくで、ズタ袋に入った何かがぽんぽんと積み上がっていた。いったい何処でご飯食べて寝てるんだ。

 

 天井からはニンニクみたいな塊が縄で数珠つなぎになって吊るされていたけど、ちょうどそこを這っていたヤモリと目が合う。

 

 

 

 部屋に入って、しばし無言。

 

 

 

「やっぱり、驚きますよね……。こんなみすぼらしい家……招待しておいてお恥ずかしい……」

「ヒューレイ」

「はい?」

「みすぼらしいんじゃない! これは片づけ出来ていないって言うんだよ!! 今すぐ雑巾とバケツとホウキとはたきと、とにかくある掃除用具全部出して! 無かったらいらない布だけでもいいからもってこい!」

「え、ええ!? 何ですか急に「つべこべ言わずに準備!」はい!」

 

 なんてもったいない! 作りかけの小物とか見ると凄く良い感じなのに、これじゃ物がどこにあるか分からないじゃないか!

 本人はわかってますパターンだとしても、片づければどれだけ作業効率があがることか。それに単純に健康に悪い。窓枠の埃の層が厚いし、ちょっと物触れば埃が舞い上がるし、天井にクモの巣に、ああ! 今鼠が走ってった!!

 

「言い訳は後で聞く。さあ、掃除だ!」

「はいィ!!」

 

 涙目のヒューレイは怯えたように返事をすると、掃除道具をひっぱりだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか見れるようになったか……」

「うわ、嘘……。これが僕の家?」

 

 私は小屋の中を見まわし、その達成感に額の汗をぬぐいながら満足げに頷いた。頭の中に流れるBGMはもちろん某リフォーム番組おなじみのテーマ。

 

 なんということでしょう! ごみ屋敷寸前のお部屋が、木のぬくもりを生かし窓から日が差し込む明るいお部屋に!

 

 小屋自体は古いだけで、多少破損個所を直せば普通に綺麗になった。雨漏りしてたから屋根をふさいだのと、腐ってた床板を一部張り替えたくらいか。大工仕事は孤児院で腕が磨かれたってのもあるけど、前世でも一時期DIYにはまってたからそのおかげもある。置く場所もないのにへったくそな家具とかたくさん作ってたな……。

 今回はガラクタの中から使えそうな木材を引っ張り出して使用した。モノがあれば、意外とどうにかなるもんよ。

 

 一回物を全部出してから補修、磨き、家具を戻して整理整頓と……。気づけば何故か、ちょっと片づけるつもりが改装工事になってるようなってレベルに発展していた。「あれ?」って途中で思ったけど、やりはじめちゃったし結局最後までやっちゃったよ。

 

 ……ま、まあいいか! お金かけてないし本人の許可もとって一緒にやったし。

 

 手持ちの虫除けのハーブをブレンドして焚いたから、ある程度虫やネズミも逃げただろう。ホウキの柄で天井裏ガンガン叩いたし、目についた奴は退治したし。

 

 ちなみに家具の運び出しとかはみんな私がやった。

 無駄に幼女時代から培ってきた筋力を、戦闘で役立たないならこういう所で使わないでいつ使うというのか。もしこの世界で引っ越しが頻繁に行われるなら、引っ越し業者としても一稼ぎできたかもしれない。我ながら超早かった。

 

 

 ヒューレイには私ががっさがさ出した家の中身を自分で分かりやすいように整理してもらっていた。あとは一緒に戻す作業。こればかりは家主にやってもらわないと私もどこに物を仕舞えばいいか分からないからね。

 ともあれ、突発的に始まった大掃除もとい改装は数時間でけりがついた。それでも刺繍の息抜きに外へ出てきたというのに、ずいぶん時間をかけてしまったほうだ。

 しかしながら嬉しいを通り越して感動に涙腺を緩めている少年を見るとまんざらでもない。ぶっちゃけおせっかいが過ぎたかとも我に返って思ったけど、その心配も無いようだ。これは素直に自己満足に浸ってよいパターンと見た!

 

 

 

 

 ヒューレイが、汗をぬぐいながら部屋を見て呟くように言う。

 

「もとから片付けは苦手だったんですけど、最近は生活だけでいっぱいいっぱいで……。でも、それは言い訳ですね。掃除すればこんなに綺麗になるなんて、思わなかった」

「職人たるもの、物の整理は基本だよ。少なくとも俺はお師匠様からそう教わった」

 

 物を探して時間ロスなんてナンセンス。多少散らかるのは仕方がないけど、さっきまでのはあんまりにもお粗末だ。

 

「はい! あ、ありがとうございました。これからは気をつけます」

 

 元気のよい返事に満足げに頷くと、私は逸る気持ちで問いかけた。

 

 

「と、ところで。疲れてるところ悪いんだけど、道具を見せてもらっていい?」

 

 

 片づけ途中で見たヒューレイの作品は、私の好みど超どストライクだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これもいいね! ヒューレイはコーティング……塗装職人なんだ」

「はい、依頼が無いから、塗装する作品も自分で作りますけど」

 

 ヒューレイの作品は彼の言うとおり生活雑貨がほとんどを占めていたけど、どれも用途に合わせて魔法効果のある塗装が施されていた。

 魔道具職人には私みたいに自分の魔力を使って作品を作る魔法使いタイプと、既存の材料から魔力を抽出して加工する科学者寄りタイプがいる……っていうのは、魔道具ギルドに行こうとしていた私にアルディラさんが教えてくれた事だ。見る限りヒューレイは後者のようだけど、科学者タイプは職人としての腕に加えて知識が殊更必要になってくると聞いた。だというのに、この若さで素晴らしい作品を作る彼は将来有望である。

 

「若いのに凄いねぇ……。いろいろ覚えるの大変だっただろ?」

「いえ! 昔から父さんの仕事を見るのが好きで、自然と覚えいったから別に苦労はしませんでした。むしろ昔の僕の遊びは、こういう物作りだったんですよ」

「お父さんも魔道具職人?」

「はい。母さんと一緒に、小さな店を切り盛りしていました」

「……そっか」

 

 寂しそうに笑うヒューレイ。この小屋で一人暮らししている所を見ると、それ以上は聞くに聞けなかった。けどヒューレイは無理に元気な笑顔を作ると、自分の身の上を何でもないことのように話す。

 

「もう、二人とも居ませんけどね! 僕が七歳のときに……居なくなってしまいました」

「事故か、何か?」

「いいえ」

 

 恐る恐る聞けば、ヒューレイは笑顔をぐしゃりと歪めて、憎悪のこもった声色で言った。

 

 

 

 

 

「魔族に連れ去られたんです」

 

 

 

 

 

 ヒューレイが言葉を発した時。小屋のドアが乱暴に叩かれた。

 

 

 

 

 

 

 


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