魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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58話 中華料理は美味かった

 ポプラに古代魔法言語を教えてほしいとお願いされた翌日。ふと、私は作業をしつつ昨日の事を思い出す。

 

 それが何かといえば、いまいち私に近づく理由が分からなかったセリッサが、正式な依頼として自身の身元を含めて事情を説明をしてくれた事だ。

 

 その内容といえば彼女がマレス教の総本山レーディマレス聖皇国の聖職者であること。大事な儀式に必要な魔纏刺繍をする職人が不足しているため、聖皇国に来てほしいという事など。

 どうやらフェルメシアの魔道具ギルドに所属すると彼女の依頼をこなすために面倒な手続きをする必要があるらしく、それを防いで自分の国に来てもらえるように私を誘惑していたらしい。

 そんなことしなくても初めから素直に話してくれたらいいのになぁ……。教会の孤児院で育ち神父様にお世話になった私がマレス教に関わりのあることで断り辛いのはもちろん、そうでなくとも聖皇国の名前を出せば私じゃなくてもたいていの人は協力的になるだろうに。

 

 まあ、とりあえず。その話はいったん預かることにして、ルチルの依頼を優先させてもらうことにした。こちらとしては考える時間も欲しいし、そうなると色々と準備もある。ルチルには王都に来たのは魔道具ギルドに所属するためだと言ってしまったけど、もしレーディマレスへ行くのならそれも取りやめになりそうだな……。まあ、魔刺繍職人の現状を知るうちにギルド所属はよそうかなって思い始めていたし、これもいい機会か。

 

 そもそもよく考えたら、今のところ魔道具ギルドに求めるメリットが無いんだよなぁ。

 職人は護衛つけなきゃ旅の許可出ないかもって話だから、その紹介や相談を求めてギルド登録をしようと思っていたわけで。今はA級冒険者のアルディラさんが居てくれるから、なんの問題もない。というか、すでにばれている面々以外にはギルド登録しない限り職人だと知られることもない。

 私の旅の目的って婚活、冒険、サクセリオ探しで魔刺繍職人として名を広めたいわけじゃないから、旅の妨げになるなら隠した方がいいよなぁどう考えても。

 

 うん、考えれば考えるほど早まって登録しなくてよかった。

 

 刺繍は旅の路銀の足しに売れたらいいな~程度だし、仲間がいるなら地道に冒険者稼業で稼いだらいいか。

 

 

 

 

 

 ちなみに私とパーティーを組んでくれているメンバーだけど、ポプラはおそらくこのまま順調に古代魔法言語を習得したら一回実家へ帰るだろう。そうなると彼を迎えに来たカルナックも一緒にラングエルドに帰るはずだし、卒業したらパーティーを組みたいと言っているコーラルはまだ就学中。そうなると残るのはセリッサとアルディラさんで、セリッサは依頼人本人なわけだから聖皇国まで当然一緒に行くはず。ならA級冒険者で人気者なアルディラさんは? となるけど、アルディラさんはもともと色んな場所へ行くのが冒険者だからレーディマレスまで同行しても構わないと言ってくれた。

 本当にアルディラさんには頭が下がるな……半ば成り行きだというのに、懐の深い人だ。何かお礼を出来ればいいんだけど、この仕事が終わったらまた刺繍した小物でも作ろうか。

 

 まあ、そんなわけで。この話は私にとって悪い話でもない。だってよくよく考えてみたら、サクセリオの手掛かりを探すためにいろんな国へ行くことは必要だし。だったら一般人が入りにくそうな国に行く機会があるなら行かない手はない。

 

 こう考えると冒険とサクセリオ探しに傾いてるな。

 本命というか、本来の目的の男装での婚活は、うーん……こうしてせっかく良い仲間との出会いに恵まれたから、そう焦ることもないかなって気もしてる。だったらまだ人生は長いんだし、まずはサクセリオのことを優先しよう。

 サクセリオ自身が心配でもあるのだけど、彼を見つければ私の出自も分かるし。……いい加減、この体の両親がどんな人なのか気になる。

 

 ポプラと話したことで、私も普段忘れるようにしていた前世の家族のことを思い出してしまった。

 ルーカスで本当の家族のように過ごしたみんなもいるし、前世の家族の代わりにしたいとかそういうわけではないんだけど、知らない、会わないでは今世の親に対して不誠実というか……。

 もしかしたら家族が逆に私を探している可能性だってある。未だに私は自分が転生したのか憑依したのか理解できていないけど、この体に親がいることは確かな事実。少なくとも木の股から生まれたわけではない。

 たとえば亡くなっているだとか、もう諦めているとかの話ならばいい。けど、そうでないならサクセリオを通じて一度会うべきだと思ってる。その後どうするかは決まっていないけど、それはその時決めればいい。

 

 それにもし結婚したい人が現れたら、自分の身元くらいはっきりさせておかないとスッキリしないし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ごちゃごちゃ考えてしまったけどリセットしよう。

 

 今日の予定は刺繍の続き。アルディラさん達は昨日に引き続き迷宮の魔物の調査へ向かった。

 

 

 そういえば、ダンジョン攻略の話を聞けば迷宮内の新種の魔物は思いのほか強かったらしい。仲間たちの仕事が終わったとしても私は一緒に行けないだろうな……。何せ、十二年前から少しは成長したと思ってたのに、先日因縁の盗賊に負けたばかりだ。これで何度目になるか分からないけど、私はもう自分の実力を過信しない。

 私は雑魚、私は雑魚。そう言い聞かせて、せいぜい弱い魔物を相手にするのが精いっぱいで戦いに向いていないのだといい加減割り切れ。

 

 シュピネラでチンピラを倒したり、グリンディ村でちょっと強そうな魔物を蹴散らしたから、正直「お、私強くなってるかも!」って自惚れてたよな……。盗賊とカルナックの戦いを見て、心底あれは無理って思った。筋力とか身体能力だけならまだ望みは有りそうだけど、私あんな魔法使えない。私の魔法っていちいち地味で弱そうなんだよなぁ悲しい事に。サクセリオに上級呪文を教わらなかったわけじゃないけど、使う機会なんて無かったから使えないようなものなんだよね。……今度テキスト見ながら練習してみようかな。

 

 とにかく迷宮はやめとこう。きっとアルディラさん達が危ないって言うくらいだから、見た目弱そうに見えてもすっごい怖くて強い魔物が溢れているに違いない。今受けている仕事がすんだら、初心者用の迷宮に連れて行ってくれると約束してくれたし……。私は今回はおとなしく本職をこなしていよう。

 

 

 

 

 

 ルチルの服への刺繍は私作の宝石原材料の糸と、赤い布地に映える金糸を使用している。華々しい容姿のルチルに相応しくあるように、下品にならないレベルを見極めた豪奢な仕上がりを目指したい。

 

 そして作業すること数時間。

 胃が空腹を訴え始めたことで、時間の経過を知った私は凝り固まった体をほぐすように肩を鳴らした。

 

「そろそろ昼時かなー? んー……そろそろ宿の軽食も飽きたし……」

 

 魔纏刺繍は集中力のほか、魔力を使用するために意外とカロリー消費が激しい。一歩も動いていないのに、体は疲弊し栄養を求めている。

 たしか昨日アルディラさん達が行ったお店、ランチもやってるって言ってたな。決めた。今日は宿の食堂じゃなくて外で食べよう。

 

 私は鼻歌を歌いながら作業台を片づけると、空腹を抱えて宿を後にした。

 

 

 

 

 

 

 そして訪れた飲食店。

 

「なにこれウマッ!」

 

 私は出された食事に舌鼓をうちながら、その料理を絶賛した。

 

 具は豆と豚の肉団子、それとくたくたになるまで煮込まれた野菜達。出汁は鶏がらだろうか。乳白色の旨味たっぷりなスープが具材をまとめ上げていて、口の中で渾然一体となって踊る。上に散らされた香味野菜が香りにいいアクセントを与えていた。肉団子にレンコンみたいなしゃきしゃきした野菜が入ってるところもポイント高くて、とにかく旨い。こういう中華系の旨さって、なんというか料理漫画のリアクション係になれそうなパンチがある。久々に食べる系統の味だから余計にそう思うのかもしれない。

 

 

 私が外出した先の店で注文した品は肉団子と野菜たっぷりスープと、ちょっと甘い生地の蒸しパン。それと甘辛いタレと木の実を絡めた鶏肉料理だった。

 鶏肉はチシャのような葉野菜に包んで食べても、蒸しパンにはさんで食べても美味しい。甘辛タレが旨すぎてやばい。鶏肉もぱさぱさしてなくてしっとり。レベル高いな。

 量もそれなりで食べ応えがあるわりに、全部で800セラとなかなか良心的だ。日本円で言えば800円。ワンコインランチに比べたらちょっとお高めだけど、シャレオツなカフェご飯に比べたらずっと安い!

 

 カフェなー……前世で好きだったけど手作りパンで生ハムとか使って自家製野菜でオーガニックでとかなるとランチのくせに高かったな……。貧乏OLには厳しいしょっぱい思い出だ。

 

 

 私が訪れたお店は、ヨーロッパっぽいこの世界では珍しく中華系っぽい店だった。料理しかり店内の内装しかり、とにかく中華っぽい。

 この世界で初めて触れる文化形態だけど、知らないだけでこういう国があるのかな。もしかすると日本っぽい国だってあるかもしれないし……。まだ知らないことが多いのだと再認識した。けど色んな文化があるってことは美味しい物も沢山あるということ! 素晴らしい!

 

 私は久しぶりに口にする中華の味に、現在かなり舞い上がっていた。

 

「どうもどうも~! お気に召していただけたようで何よりです!」

 

 思わず口に出た賞賛の言葉に、ノリのよさそうな店の看板娘さんが笑顔で応えてくれた。彼女は顔立ちこそ西洋風だけど、お店の制服はこれまたちょっと中華っぽい衣裳である。アジアンコードみたいな紐で作られた止め飾りが可愛い。

 

 ちょうど混雑時を避けたからか、店の中にはすでに注文を済ませて食事をする客で埋まっている。注文を取る必要が無くなって手持無沙汰だったのか、娘さんは気さくに話しかけてきてくれた。私も是非ともこの素晴らしい味に対する賞賛を伝えたかったので、それに応えてそのまま雑談に突入する。

 初めの印象を裏切らずノリの良い子で、その時間はとても楽しいものとなった。

 

 そして二人して飽きもせず話し続け、私が食後のお茶にさしかかった時。

 

「ミッツァ、いるかい?」

「あれあれ~、ヒューレイじゃないの。珍しいね。お店は?」

「売れないから、今日は店じまい」

 

 今まで私と話していたお店の娘さんを一人の少年が訪ねてきた。

 ヒューレイと呼ばれた彼は淡い金髪の少年で、娘さん……ミッツァちゃんと同い年くらいだろうか。二人とも中学生くらいだけど、少年の方はこの年頃だとしてもずいぶん線が細い。けど柔和な面持ちのなかなかの美少年である。

 もしかしてカップルかな~とにやにや見守っていると、こちらに気づいた少年が慌てたように頭を下げる。

 

「あ、会話中にごめんなさい」

「いや、大丈夫だよ」

 

 うんうん、礼儀正しい子はお姉さん大好き! 可愛い!

 

「ミッツァちゃんの友達?」

「はい! あ、よかったらお客さんこの子のお店に今度よってくださいよ~。ヒューレイは露店で道具屋してるんですけど、面白いものいっぱいありますから!」

「へえ、そうなんだ! 興味あるなぁ」

「み、ミッツァ! こんなところで宣伝しなくてもいいよ」

「んん? こんな所とは失礼しちゃうわねん。人がいるところで宣伝は基本でしょ! それだから良い物作るのに売れないのよ~。商売人ならもっと押しが強くなくちゃ!」

「う、それは……」

 

 どうやらヒューレイ少年はミッツァちゃんに尻に敷かれているようだ。たじたじな彼を見て思わず吹き出すと、ヒューレイくんに赤い顔で睨まれた。けど少女と見まがう美少年すぎてまったく迫力が無い。むしろちょっと「もっと睨まれたい」という新しい扉を開いてしまいそうだ。……これではセリッサの事を笑えない。

 

 おもわず湧いた邪念を首をふって退けると、私は興味津々で少年に尋ねる。

 

「ヒューレイくんは何を売ってるの?」

「あ、ヒューレイでいいですよ。僕は生活雑貨を主に売っているんですけど……」

「えーと、たとえばこれもヒューレイの作ったものですよ~!」

 

 ぽんっと手を打ってミッツァちゃんが取り出したのは、シンプルながら美しい意匠の小箱だった。掌に収まるそれはとても綺麗で可愛らしいけど、私はそれを見て少し違和感を覚える。

 

「……? ちょっと見せてもらってもいい?」

「ええどうぞ! 中身はあたしのおやつですけどね~!」

 

 ミッツァちゃんの言うとおり、中には小指の爪ほどの大きさの飴が入っていた。

 箱っていっても形はラウンド型で、表面は水色のエナメルっぽいツルツルとした材質で加工されている。手書きなのか、染料で赤い花が描かれているのが可愛らしい。

 これだけ見ると生活雑貨よりも女性向けの小物屋さんをした方が売れるんじゃないかな。それより私は何に違和感を感じたんだろう?

 

「可愛いし丁寧な仕事だね。俺もちょっと欲しいかも」

「あらま、お客さんったら見かけに似合わずそういうのが好きなんですか~」

「え、」

「ミッツァ! あ、あの。ありがとうございます」

 

 お姉さん、ちょっとミッツァちゃんの言葉が心に突き刺さったよ……。いや、たしかに目つき悪い男が可愛いもの好きです! って言ってたら違和感あるのかもしれないけど。うん、そうだよ今の私男だもんな。だからだよね。可愛い物似合わないくらい目つき悪いとかそういうことじゃないよね。

 

「この表面の加工って、アルミナ鉱石を溶かしたもの?」

「! よくご存じですね」

「俺も物作りが仕事だから、材料についてはちょっとね」

 

 アルミナ鉱石は見た目は石英のような石で、脆いし色もまばらでそのままだとあまり価値が無いからなかなか市販に出回らないマイナー鉱石だ。けど厳密な温度管理と加工手順をふめば、こうして独特の艶を出す。水も弾くし、薄くのばして防水用としての用途が一般的だったかな? 逆にこうしてぽってりとした厚塗り、更に美しい色合いを保ったまま使用するのはかなり難易度高いはず。

 

 うん、この少年はなかなか将来有望のようだ。

 

「ヒューレイはいい腕をした職人だね。俺も何か買いたいから、後で寄らせてもらうよ。お店ってどこ?」

「あ、あ、その、どうも、です」

「ちょいとヒューレ~イ? せっかく来てくれるって言ってるんだから、ちゃんと答えなきゃ駄目でしょ。ほら、どうせ暇で店閉めてたなら、せっかくのお客なんだしこの後連れてきなよ。もう食べ終わったみたいだし、いいよね? お客さん。あ、それとも甘い物も食べますかぁ~?」

 

 ちゃっかり自分の店の繁盛にも貢献するあたり、ミッツァちゃんは抜け目がないな。つい苦笑が漏れるけど、せっかくなので甘い物も食べてこうかな。

 

「じゃあ、アプリラ豆腐と果物の甘汁漬をもらおうかな。あとお茶を……二つずつお願いできる?」

「毎度あり~」

 

 ミッツァちゃんは上機嫌で応えると、さっそく注文の品を用意するべく厨房に入っていった。それを見送ると、立ったままのヒューレイに向かいの席を進める。

 

「よかったら座って。あと、もう少し商品の話とか聞けたら嬉しい」

「ありがとう、ございます」

 

 一瞬ためらったものの、ヒューレイは大人しく席に着いた。人見知りなのかなかなか視線を合わせてくれないけど、ちょこんと浅く椅子に腰かける姿が小動物を彷彿とさせて可愛い。

 うん、この少年独自の危うい儚さがなんとも……って、だから新しい扉を開けようとすんなよ私。

 

 しかしよくよくこの少年を見てみると、儚げ美少年というポジティブフィルターをかけてみてもあまり栄養状態が良いとは言えない風貌だった。服も擦り切れているけど、そこはセンスが良いのかみすぼらしくない程度に着こなしている。でもかさかさのお肌と、たんぱく質が足りていないのが一目瞭然なパサパサ髪はごまかせない。

 体も未発達な少年特有の線の細さというより、食事が足りなくて痩せてるだけのような気が……。

 

 

 ………………。よし。

 

 

 早くもミッツァちゃんが注文したデザートを運んでくると、私はすかさず注文を重ねた。

 

「あ、二度手間で悪いけどもう一回追加で。さっき俺が食べたのと同じのをもうひと組くれるかな」

 

 私の意図に気づいたのか、ミッツァちゃんはニンマリ笑って「承りました~」と軽やかに厨房へ去って行った。

 ヒューレイは私の前に二つ置かれた杏仁豆腐のようなデザートをじっと凝視したまま言う。

 

「ずいぶんたくさん食べるんですね……」

「いや、俺が食べるのは一つだけだよ。もう一個は君の分」

「え!? でも、」

「いいからいいから」

 

 既視感を覚えると思ったら、コーラルを彷彿とさせる遠慮具合だ。これは押し切った方が早そう。

 一人納得した私はヒューレイの口にレンゲで掬った杏仁豆腐もどきをがっとつっこむ。

 

「むご!?」

「あ、さっぱりしてて美味しー」

 

 レンゲを手放してヒューレイ用のデザートをさっさと押し付けると、私も自分のものに手をつける。白くてツルンとした物体は想像通り杏仁豆腐みたいで、甘いシロップと酸味のある果物との兼ね合いが素晴らしい。これは口直しに大変よろしいな。

 

 ヒューレイ少年は初めこそ何か言いたそうだったけれど、小さくお礼を言うと大人しく杏仁豆腐もどきを食べ始めた。

 

「おっまたせしました~! 置くのはこちらでよろしいですか?」

「うん、そっちで」

「え、ミッツァ。それはその人の……」

「好意は素直に受け取らなきゃ損よん! この人が奢ってくれるって言ってんの! ダイジョブダイジョブ、話した感じ悪い人じゃなさそうだし、変な裏は無いわよう」

 

 ミッツァちゃんが運んできた料理が目の前に置かれると、先ほどの比ではないくらい慌てて遠慮し始めるヒューレイ少年。

 

「会ったばかりで、その、お名前も知らない方にここまでしていただく理由がありません!」

「俺はエルフリードね。はいはいこれで知り合い知り合い」

「屁理屈です! しかも何だか適当だし! そんなに、そんなに僕の見かけはみすぼらしいですか……?」

 

 ぐっと握られた拳に、少年の男としてのプライドまで刺激してしまったことを知る。けど思わずたらふく食べさせたくなる細さだし、同情だけでこうしてるわけじゃないんだけどな。

 

「でもあんまり売れてないのにこんな素晴らしい魔道具作ってたら、その体じゃ体力持たないだろ? ここは魔道具作りの先輩として奢らせてほしいなぁと。押しつけがましいのは謝るけどさ」

 

 私が言うと、ヒューレイとミッツァが二人とも驚いたように私を見る。

 

「え、魔道具って何のこと?」

「どうして、僕が魔道具職人だって……あ!」

「ん?」

 

 二人の驚きはそれぞれ違った理由のようだけど……。あれ、もしかして私やらかしたか。

 

「……ごめん、もしかして隠してた?」

 

 聞けば、ヒューレイはミッツァをちらちらと伺いながらも頷いた。そうか……それは悪いことをしたな。

 

 さっき見せてもらった小箱に覚えた違和感は魔法の気配。近くで見せてもらうと守護の魔法がかかっていた。お守りで渡したのかなーとほのぼのした気持ちで見てたんだけど、恐らく本人には魔道具だって知らせず渡したものだったのだろう。

 

「えーと、ちょいとヒューレイ、話を詳しく……」

「ミッツァ! いつまでのんびりしてんだ! もう昼はほとんど終わってんだから夜の仕込み手伝え!」

「うっひゃあ父ちゃんゴメーン! じゃ、じゃあ後で聞かせてよね! 絶対だからね!」

 

 厨房からの怒声に跳び上がったミッツァちゃんは、そう捨て台詞の様に言い残して厨房にとび込んでいった。

 ヒューレイ少年の前でほかほかと湯気を立ち上らせている料理を見て、とりあえずもったいないし食べるように促してみる。

 

「とりあえず、食べたら?」

「……。いただきます」

 

 諦めたのか、頷いてからは早かった。

 どれだけお腹がすいていたのか、その細い体に吸い込まれるように料理が消えて行った。急いで食べすぎて逆にお腹が痛くならないか心配になる。

 

 

 

 

 

 これが私と魔道具職人の少年との出会い。そしてこの出会いが、ひとつの事件に発展することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




王都編のターニングポイント

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