ルチルの依頼を少しでも進めるために、パーティー初のダンジョン攻略を断念した私は一日中机に向かって刺繍をしていた。
四日作業をしているが、今回は材料作りから始めているのと、呪いのせいで魔力の流れが滞っているため思うように集中できずに手こずっている。
そして迷宮から帰って来た仲間たちを見て、何故か迷宮に行く前より気安い雰囲気で会話しているアルディラさんとセリッサに首を傾げた。
わ、私が知らないうちに仲良くなっている……。いや、いいことなんだけど。でも何だかちょっと寂しい。私もダンジョン行ってみたかったな……。仕方がないんだけど、なんとなく感じる疎外感。
…………。仕事を早く終わらせよう。
「ん? その糸綺麗だなー」
微妙にしょっぱい気分になった私の背後から、ひょっこり顔を出したのはカルナックだ。
彼は私の手元を覗き込んでおり、それにつられて他の面々も興味をもったのか集まってきた。そんなみんなの視線の先、私の手元と机には錦に輝く色とりどりの糸が散らばっている。刺繍のため、私が作ったものだ。
現在四人は私の作業部屋と化した宿の一室に集まっている。パーティーでの迷宮初攻略ということで、帰ってからすぐに様子を教えてくれるために来てくれたのだ。
この四日間カルナックが気を使ってかポプラを自分の部屋に呼び、女性陣も缶詰めになって仕事している私の邪魔をしないようにと必要な用事以外部屋に入ってこなかった。会話するのは食事の時くらいだから、その時は私も階下の食堂に行っていたし……。そう考えると、これを見るのは初めてって事か。
とりあえず私はカルナックが興味を持った糸について説明することにした。自分の仕事に興味を持ってもらえるのは嬉しいしね。
「ああ、綺麗だろ? この糸は材料が良いからさ」
「材料?」
アルディラさんが糸をまじまじと注視した。それに倣ってか、ポプラまでじいっと私の手元を覗きこんでいる。しかしポプラの方は、糸よりもまだ少ししか進んでいない刺繍そのものを見ているようだ。目が上下左右に面白いくらいせわしなく動いてる。……やっぱり珍しいものなのか、魔纏刺繍って。
「もしかして……。これって殿下に渡されたっていう宝石?」
「あ、そうですそうです。よく分かりましたね。職人のスキルで糸にしました」
「スキルで? へえ、職人用のスキルを見るのは初めてだな」
カルナックが興味深そうに糸を一本つまみ上げるが、色はともかくそこに宝石の硬質さが感じられないからか首を傾げている。それを見てアルディラさんが補足をしてくれた。
「聞いたことがあるわ。魔道具の職人の中には、材料から生成することが出来る人間が居るって」
「もしかして一般的ではないんですか?」
「そうね。そして自覚のない様子のエルくんは、放っておくと危なそうだと再確認したわ……」
「ええ、同感です。ますます希少性が増しますわね……。エルフリード様、そのことはあまり外では言わない方が賢明でしてよ? 魔族でなくても強欲な人間なら、貴方様は喉から手が出るほど欲しい人材ですわ」
セリッサが思いのほか真剣に諭してくるので、素直に頷いておいた。
そうか、これも珍しいのか……。普通に教えてくれたカトレアお師匠様って、実は私が思っている以上に凄い方なのでは……。今度里帰りしたらそこの所詳しく聞いてみよう。でもそうなるとそんな凄いお師匠様の弟子が私だけっていうのもなんだか不思議だ。昔はもっとたくさんの弟子が居たりしたのだろうか。
次々に明るみになる己が身につけている技術の希少性に若干の不安を覚えつつ、私はとりあえずスキルの説明をすることにした。
「『自給自糸』っていうのがスキル名らしいよ。良ければ見せようか?」
「よろしいんですの? 是非拝見させて頂きたいですわ!」
ぽんっと手のひらを合わせて喜ぶセリッサは、少し前まで感じていたわざとらしさが薄れてとっつきやすくなった気がする。
さっき後で話したい事があると言っていたし、やっと本音で話してくれるのだろうか。私に好意を寄せて近づくには理由があるんだろうなとは思っていたし、こちらとしてはそれを正直に話してもらった方がスッキリする。そうしたら、その内容が不穏な物でない限りこの子とも仲良くなれそうなんだよね。
城下町デート、油断できなかったけど途中までは楽しかった。出来れば普通に友達になりたいなーと思うくらいには。
そんな風にセリッサを見つつ私は予備で取っておいた宝石を手に取ると、指先に魔力を集中させる。すると指先に金色の光がぼんやりと浮かんできたので、もう片方の手に紡いだ糸を巻くための糸巻を用意した。
そろそろと中指、人差し指、親指をこすりあわせると、掌に載せていた宝石から細い煙が立ち上る。それを指の間で挟んでツーっと引っ張ると糸になった。慎重に魔力を循環させながら、紡いだ糸を糸巻に巻いていく。
実はあやとりの魔法訓練って、これがなかなか上手くいかない時に練習用として思いついたんだよね。
これが結構集中力が必要で、ちょっとでも魔力がぶれるとすぐに切れてしまう。
「! なんて繊細な魔力の流れ……」
「そうね……。見事だわ」
な、なんかセリッサとアルディラさんに凄い褒められた。これは嬉しいけど照れる……!
(え、えへへ。……っと、危な!?)
セリッサとアルディラさんの賞賛の言葉についついにやけて、危うく失敗するところだった。
すぐに集中力を整え事なきをえたけど……危うく高い宝石を無駄にするところだ。それにわざわざ披露するっていうのに失敗したらとんだ恥さらしだっつの。そんなどじっ子要素いらん。大人のドジはただのミス! お師匠様の顔に泥を塗らないために、もうちょっと気を付けよう。私って褒められて伸びる子だけど調子にも乗りやすいからな……。分かっていても直らないし……はぁ……。
少々自分の欠点に落ち込みながらも、とりあえず糸を作る手は止めない。これ一回とめちゃうと後が大変なんだよな。出来れば一気に作ってしまうのが好ましい。
「はい、出来た」
「器用なもんだなァ」
なんとか無事に糸を生成し終わると、カルナックが感心したように言う。うーん、やっぱり自分の持っている技術を褒められるって嬉しいな。調子に乗り過ぎなければ素直に喜んでいいか。よっしゃ!
「何でも糸にできるのか?」
「んー……そんな万能ではないけど、けっこう応用の幅はあるよ。あと、難易度的には無生物の方が簡単。逆に生き物、生きていた物、生き物から取れた物の方が難しかったりする。植物とか毛皮とかね」
「へえ、凄いけど結構不便だな。それだと買った方が早そうだし……。綿とか毛糸とかは難しいってことだろ」
「あー、うん。出来なくはないけど面倒だし……失敗すると糸にならないこともある。だから市販で買えるような物はあまり作らない」
「何でもかんでも作ればいいってもんじゃないのか。にしても、そんな七面倒くさいことしてたら作業時間も倍はかかるんじゃないか?」
「ああ、まあな。でもせっかく質のいい材料をもらったし、使わないともったいないからさ」
指摘された通り、作業時間の半分は糸を紡ぐことに費やしてしまった。そのため徹夜で作業を進めても四日目でやっと下地となる刺繍が終わった段階である。
この分だとダンジョンに行けるまでしばらくかかりそうだなぁ……。はぁ……この仕事、嫌いじゃないけどせっかく旅に出て仲間も出来たんだし早く冒険っぽいことしてみたいな……。いっそ刺繍職人ってこと隠した方がすんなり旅出来る気がしてきた。セリッサに聞いた感じ、ギルドに所属するにしても恩恵がある分面倒な事も多そうだし。せっかく自由な旅に出たのに仕事のせいで縛られるとか、前世のブラックな労働環境を思い出してトラウマ刺激されるから出来れば遠慮したい。
うん。魔刺繍職人ってのを隠して旅する案はちょっと検討してみよう。
そしてその後しばらく私の仕事を見学していた仲間達。途中でセリッサの事情を聞いたりもしていたため、結構時間が経っている。なので、お腹減ってないのかなとちょっと気になり始めた。迷宮から帰って来て疲れてるだろうしなぁ……。
しかし、私がそんな風に気にしている時だ。アルディラさんが気遣うような声色で口を開く。
「まだ作業するの?」
「はい、そのつもりです。あ、俺は先に軽く食べたんで、気にせずアルディラさん達は普通に夕食行ってきてください。ダンジョン帰りでお腹すいてるでしょ?」
丁度いいタイミングだったので、食事に行くように勧めてみる。するとアルディラさんをはじめ、セリッサ、カルナック、ポプラも「そういえば」みたいな顔でお腹を押さえた。…………やっぱりお腹減ってるじゃないか。
「そう? なら邪魔してはいけないし、私たちは食事してきましょうか。でもあまり根をつめないでね。ちゃんと休憩しながらやるのよ?」
「ええ、もちろん」
「では、お気遣いに甘えて食事をとってきましょうか。ありがとうございます、エルフリード様」
ちょうどそのセリフと共にセリッサのお腹から可愛らしい音が聞こえたので、私とアルディラさんは顔を見あらせてから思わず吹き出す。セリッサは少々顔を赤くしながら、「早く行きましょう! 腹ごしらえをしなくては!」と誤魔化すように早口で言った。
何だろう……今のセリッサの方がやっぱり親しみわくな。さっき胸の内を話してくれたことで、距離を縮めてくれたのだろうか。ちょろっと「あれ、この子まさかマゾ……」みたいに思わせる発言もあったけど、それくらい気にならない程度には今のは可愛かった。
「あ、それならこの宿の数件先に、いい店ありますよ。案内しましょうか?」
カルナックの提案に、たまには気分を変えようかとそのお店で食べることにしたらしい。嬉しいことに、お土産に何か美味しそうなものを買って来てくれるそうだ。
そうして部屋を出て行ったアルディラさん達。しかし先ほどから黙っていたポプラだけが、何故かそのまま部屋に残っていた。食欲が無いからと断っていたけど、珍しいこともあるものだ。普段は育ちざかりの男の子らしくガッツリ食べているだけに少し心配になる。
「ポプラは食べにいかないの? どこか調子悪い?」
聞けばふるふると明るい茶髪が左右に揺れる。けどその表情は分かり易いほどに冴えなくて、その否定はあまり信用できなかった。というかまったく信用できない。
「嘘つけ、元気ないだろお前。俺別の場所で作業するからここで寝てろよ。宿の人に何か作ってもらう? 吐き気とか無いなら、少しでも腹に何か入れた方がいい」
「いらねェよ。それに別に元気なくない」
だから嘘つけって。言い方といいぶすくれた顔といい本当に分かり易いなこの子。
「でも、なんか顔色悪いけど」
「……お前、いつも人の事ばっかだよな。そういう余裕の態度、ムカつく」
「は? 別にそんなことは……。………………!」
言っている途中ではたと思い至る。
ま、まさか無意識に世話焼いてるのか私……! 孤児院の時の癖が抜けてない? おいやめろ。男装までしてるのにオカン要素を増やしてたまるか。
でも思い返すと今の会話もまるで母と息子のような……。いやいやいや。気のせい! 気のせいだ!!
動揺する私をよそにポプラはベッドをきしませる勢いで座ると、手持無沙汰なのか首にかけていたペンダントをいじっている。そのペンダントトップは雫型の石で、シンプルだけど透明感のある青色で凄く綺麗だ。パライバトルマリンに近い色かも……って、現実逃避はやめよう。とりあえず気づきかけた事実には見ないふりを決め込もう。精神衛生上のために。私におかん要素なんて無かった。
気分を変えるために、一回咳払いをする。
「ごほんっ。ムカつくのはいいけど、そういうのが嫌なら、まずはポプラが人に心配かけないようにすればいいだろ。アルディラさんも心配してた」
「……知ってる」
なんだ、反抗期っ子かと思えば素直だな。本当にどうしたんだろう。
「……アルディラさんと食事に行った時、少しは何か話せた?」
私が以前コーラルに魔法の基礎を教えるときに、ポプラを気遣ったアルディラさんが彼を連れだした。
帰って来てからの様子を見るに多少気が晴れていたようだから、少しは心の整理がついたのかと思っていたけど……。この変な調子はやっぱり、ご実家のことが関係しているのだろうか。
(伯爵家だもんなぁ……)
たしかキャビネットというのがポプラの実家の家名だったはず。
ラングエルドの伯爵家だとかで、現在ポプラの上のお兄さん二人が病床に伏している。もし彼らが亡くなれば、ポプラは自由な冒険者家業から伯爵家の跡継ぎ候補になってしまうのだろう。
貴族のお家事情に口なんて挟めないけど、でもそれとは関係なしに本音を言えば早く帰ればいいのにって思う。
私みたいな特殊な場合を除いても、いつ家族と会えなくなるか分からないんだから。
「なあ、あのさ……。お節介かもしれないけど、言いたいことがある」
「なんだよ」
「貴族とかポプラの家族との関係とか知らないから、こんな事言われたら嫌かもしれないけど。……俺は、ポプラは一回実家に帰った方がいいと思う」
「本当に、余計な御世話だな」
いよいよもっておかしい。文句は言うけどその声に覇気は無くどこか虚ろだ。いつもなら「うっせーな!」とか言って噛みついてくるのに。
それに少し戸惑いながらも、これだけは言っておきたくて私は言葉を続けた。
「後悔するからだよ。わた、……少なくとも俺は後悔した。もっと話すことがあったのに、もっとしてあげられたことがあったのにって」
「……探してるって言う保護者のことか?」
「いや、その前に居た家族。俺にも兄さんが二人いたよ。あと弟が一人、お母さんとお父さん。六人家族で、田舎にじいちゃんばあちゃんもいたし、おじさんおばさん、従兄も居た」
そういえば、この世界に来てから他人に家族のことを話すのは初めてだな。カルナックとは少し話したけど、お互い深くは踏み込まなかった。多分彼にとってもそこはデリケートな部分なのだろう。
そりゃそうだ。こちらに来て早々に割り切って「第二の人生楽しむぞ!」と決意した私だったけど、それは家族のことを深く考えたら途端にその決意も崩れて何処にも進めなくなってしまう気がしたから。
あの無駄な前向きさは、今思うと私なりの防衛本能が働いた結果なのかもしれないな。そうしないと
だから前世の世界については時折心の中で思い出すに留めていた。話すなんてもってのほかで、もしそれをしてしまったらやりきれない思いが決壊する気がしたんだ。
時々……本当に時々だが、ふとした瞬間ひどく郷愁の念に囚われるのだ。
あたりまえだ。嫌なこともたくさんあったけど、家族とか友達とか、前の世界には好きな物だってたくさんあったんだ。それを残してきたまま、私は今ここで生きている。
でもどういうわけか今は、今まで蓋をしていたそれが言葉になって、するすると出てくる。
言葉にしても心に残るのは少しの寂しさと、想い出の温かさ。
きっと私はもう、あの世界を諦めていた。もう二度と帰ることのできない場所だと。
なら、今は若人へのアドバイスにでも使おうじゃないか。人生の先輩として、自分の失敗や後悔を後輩に教えてやるのも仕事ってね。まあ、偉そうな事言えるような人生でも無かったが。
「兄弟とは一緒にバカやったり遊んだり、ときどき喧嘩もした。親は時々うっとうしいなーとか思ったりもしたけど、ちゃんと俺を育ててくれた。今では感謝してる。俺はまだ子供いないけど、孤児院の出だからさ。子供を育てる大変さって奴も、今なら少し分かる」
働くために一人暮らしを始めて、しょっちゅう理不尽な社会に泣きたくなって。でもそんな時、実家に帰れば家族がいた。ふざけながらも元気づける兄弟に、何も言わず美味しい手料理で迎えてくれたお母さん。お父さんは私が子供のころに好きだったものばかり買ってきてくれて、不器用に「まあ、頑張れ」と励ましてくれた。
「助けられて生きてるなって、気づいた時には照れてお礼も言えなかった。でもまだ時間はあるからいつか言えばいい、まだ何も変わらないって、悠長に構えてた。でも……ある日突然失った。当たり前にあると思ってたものが無くなるのなんて、本当に一瞬だよ」
「…………」
「ポプラにとって、家族ってどんな存在だ?」
きっと私は家族に恵まれていた。けど世の中そうでない人もたくさんいるから、一概に私の意見ばかりを押し付けられない。
でもポプラが迷っているところを見ると、絶対に帰りたくない家や家族ではないと思うんだ。
もしそうなら跡継ぎの可能性とかはまず置いておいて、家族に会いに帰った方がいい。
部屋に空白の時間が生まれる。
ポプラが答えるまで何も言うまいと、私は彼に背を向けて刺繍を続けた。
それからしばらくして。ぽつぽつと、ポプラが言葉をこぼしはじめた。
「……実家は嫌いだ。俺は妾の子だから、下町育ちで行儀が悪いって、作法ばっか気にされる。好みまで野蛮だって否定されるし」
「…………」
「勉強、勉強ってうるせーし、貴族とは何たるかって説教くせーし、どいつもこいつもオレよりずっと頭いいし……。劣等感、すごかったんだぜ。大して年もかわらねぇのに、あいつらにはちゃんとした仕事が任せられる。お前は馬鹿だから遊んでろって言われた。じゃあなんで勉強しろって言うんだよ」
ポプラは考えがまとまっていないのか、話すというよりも独白のように静かに言葉を吐き出していった。
「そうなんだよな……。あいつら、馬鹿にするくせにオレを貴族らしくさせようっていつも構ってきて、無視はしなかったんだよな。他の奴に馬鹿にされたら、親父相手にだって文句言うし。遊んでろって言うのだって、オレがごちゃごちゃした貴族の事情が嫌いだって知ってるからだし、たち悪ィ。オレをどうしたかったんだよあいつら。半分しか血ィつながってねぇってのに、馬鹿じゃねぇの。オレなんか捨て置いておきゃいいのに、何なんだよ。余計に惨めじゃねーかオレ……。あいつらの代わりなんて、オレに出来るはずないだろ。何、勝手に死にかけてんだよ。馬鹿野郎……」
段々と言葉尻が小さくすぼまっていき、振り返るとベッドに腰掛けたままうなだれたポプラが両手で顔を覆っていた。最初泣いてるのかと思ったけど、ふいにあげられた顔に涙の跡はなかった。でもちょっと目が赤い。
「って、なんで俺はお前にこんなこと話してんだよ! あああクソッ! どれもこれも変なこと言いだしたお前が悪い!」
「な、何だよ! ポプラが元気ないからだろ!? 実家のことで悩んでるのかなって俺も色々考えて、人の経験談でも聞けば少しは考えまとまるかもって思ったんだよ! 逆切れすんな!」
「余計な御世話だ! ああ、クソ! こんなこと聞かれるとか、マジ恥だわ! 畜生!」
「だから余計なお世話かもって前置きしたろ!」
「うっせー! 今言ったこと忘れろよなエルフリード!」
ぎゃーぎゃーお互い騒ぎながらも、ようやくいつもの調子に戻ってきたポプラに安心する。もうこのさい空元気でも怒りでもなんでもいいから、大声出すだけ出したらいい。そしたらお腹もすいて、ご飯たらふく食べたら元気も出て本調子も戻るだろ。
ポプラは散々文句を言い散らかすと、舌打ちして親指を下に向けた。おい、その動作は外国でやったらちょっとまずい感じの……異世界だからいいのか。
「おい、メシ行くぞ」
「あー、下の階を指してたのか。てか、え、俺も? いいよ俺まだ仕事残ってるし……」
「口止め料におごってやんよ」
「お、そういうこと。へー、ふぅ~ん、ほーう」
「んだよ!」
「いや、別。…………ふ~ん」
「馬鹿にしてんのか、ああ!?」
「してないしてない。じゃあせっかくだし、奢ってもらおうか。俺も丁度小腹すいてたし」
珍しく殊勝なことを言い出したポプラに、怒らせるとわかっていてもつい顔がにやけてしまうな。ふふん、そういうことなら奢られてやろうじゃないか。
そういえばさっきはじめて名前呼ばれたな。……もしかして、少しは距離を縮めてくれたのだろうか。だったらちょっと嬉しい。
私はにやける顔をそのままに、ポプラと一緒に食堂に向かうのだった。
そして、宿の食堂にて。
「お前さ、
「ほぶ?」
丁度チキンにかぶりついたところで質問されて、妙な声が出る。エールのジョッキを持ったポプラがそれに呆れつつ、自身もフォークに突き刺した芋料理を口に突っ込んで咀嚼した後、改めて聞いてきた。
「だからよ。お前が魔法や刺繍に使ってる古代魔法言語って、どう覚えたんだ?」
「どうって、普通に本見たりとか……」
「はあ? そもそも古代魔法文字の本とか、一般に出回ってねぇじゃん」
え、私の収納鞄にサクセリオからもらったテキストが古代魔法言語だけで十冊くらい入ってんだけど。
「使える奴でも、自分が使う呪文だけ調べて覚える奴の方が多いって、アルディラ姐さんが言ってた。それだけ難解ってことだが……。お前は言語を駆使して刺繍出来るんだろ? なら単語だけじゃなくて、文が綴れるくらい習得してんだろーが」
「ああ、まあ……。書けるけど」
ためしに食堂のメニュー内容をメモに古代魔法言語で書いてみた。ついでにその隣に現代魔法言語で同じ文を書いてみる。
顔をあげてポプラを見ると、奴は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「くそっ、腹立つな」
「まあ、勉強したし」
「………………」
難しい顔で黙り込んでしまったポプラに、私はチキンをもくもくと攻略しながら次の言葉を待つ。
そのまましばらく時間が過ぎたが、ポプラは黙ったまま。私は食べ続ける。
「おい待て。どんだけ食うんだよ」
が、三回目の注文をしたところで、ポプラのストップがかかった。え、何だよ。今からデザート頼もうと思ってたのに。
「お前が要件を言いだすまで俺は食べるのをやめない」
「わかった。言うからもう食うな」
素直に了承されて、残念に思いながらも宿の娘さんに注文の取り消しを伝えた。チッ、おごるって言ったんだからもうちょっと太っ腹になれよ。
「それで? 結局ポプラは何が言いたいの」
「…………。オレに、古代魔法言語を教えてくれ」
意外な申し出に、布で口を拭いていた手が止まる。
まさかこいつが私に教えを乞うてくるとは……。
「今日ダンジョン攻略に行っただろ。正直、自分の世間知らずを思い知った」
「っていうと?」
「カルナックが強いのは知ってたが、あの修道女のねーちゃんもなかなかでよ……。姐さんは言わずもがな。オレは魔物の捕縛要員で、戦闘ではほっとんど活躍出来やしねぇ」
「でもポプラの精霊術って、応用利いて便利だろ。それこそ今回みたいに、魔物を生きたまま連れ帰る任務だと大活躍じゃん?」
「それも最後の仕上げだけだ。弱らせるには力不足で、一発で捕まえるにも出力不足……。中途半端もいいとこだぜ。んで、耳をそばだてて聞いててみりゃあ、オレ以外全員が魔法に古代魔法言語使ってやがる。分かるか? このオレの居たたまれなさ。わかんねーよなー。お前古代魔法言語使えるもんなー」
あ、面倒くさい。今度は拗ねはじめた。
「あー。でもそれなら、なんで俺? 幼馴染のカルナックにでも教えてもらえばいいだろ」
「絶対に嫌だ」
即答か。私に教えてもらう以上に嫌なのか。
でも聞いたところポプラって思った以上に劣等感を感じるタイプのようだし、ぱっと見完璧な幼馴染相手に教えを乞うのは私以上に嫌なんだろうな……。
「実家に帰るにしろ、冒険者続けるにしろ、こんな中途半端な状態は自分で自分が許せねぇし、きっとこのままじゃオレはどこにも進めない」
「……じゃあ、踏み出す勇気の一歩のために古代魔法言語を覚えたいと」
「恥ずかしい言い方すんな! ……ああ。こんなことお前に頼みたくは無ぇんだが、背に腹は代えられねー」
ふんっとそっぽを向く態度は人に教えを乞う態度じゃないけど、耳が赤いのを見て思わず笑ってしまう。
「何笑ってんだよ!」
「別に? ははははははは!」
別にと言いつつ、私はポプラを指差して存分に笑ってやった。あー、スッキリする。
すると更に顔を真っ赤にしたポプラがくってかかってくるが、私はひょいとそれをかわす。馬鹿め、当たるか。
そしてひとしきり笑って満足した後、呼吸を整えた私はポプラの正面から視線を合わせた。
「わかった。出来るだけ時間を作るから、俺で良ければ教えるよ」
「…………おう。サンキュ」
答えた後、ポプラはまた顔をそむけてしまったけど、その口端が持ち上がっていたことを私は見逃さない。
それを見てもう一度笑った私は、今度こそ本気で怒られるのだった。
「ところでアルディラさんに教えてもらおうと思わなかったの?」
「馬鹿! 知らないうちに使えるようになって「ポプラくん、いつのまに? 凄いのね! 偉いわ! かっこいいわ!」って誉めてもらうんだろーが!」
「お、おう。そうか。…………頑張れ」
「あたりまえだろ!」
どんなに思い悩んでも、そこんとこはぶれないなぁと……。呆れつつも、ちょっと感心したのは秘密だ。