魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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前回に引き続き主人公不在


55話 セリッサの目的

「そういえばセリッサさんて、レーディマレス本国の神官?」

 

 時は夕刻に迫り、ダンジョン帰りの四人の影を長く伸ばしている。

 迷宮を抜け、王都への帰路でふいに質問を投げかけたのはカルナックだった。問いかけられたセリッサは夕刻の影に馴染む黒髪をなびかせ振り返ると、特に驚くでもなくにっこり笑って頷いた。

 

「あら、よくお気づきですわね」

「その服の模様に見覚えがあってね」

 

 そうカルナックが指差したのは、セリッサの修道服の首から袂にかけて中央部分に伸びるラインと袖を彩る縁取りの模様。黒一色の服の中で金色の一本線に刻まれた模様は神々しく、飾り気は無いが洗礼された外観のそれはマレス教の制服だった。

 

「それって聖皇国本国の聖職者が身に着ける模様だろ?」

「まあ……。見分けなんてほとんどつかないでしょうに、カルナック様は博識ですのね」

 

 感心するように頬に手を当ててセリッサが言えば、アルディラとポプラは少々驚いたように彼女を見た。

 

 聖皇国、と言われて思いつくものは大陸広しといえど一つだけ。

 レーディマレス聖皇国とは大陸中で広く信仰されているマレス教の総本山の名前である。国主でありマレス教の最高責任者たる神聖皇帝に直接仕えることを許された本国の人間は、マレス教の中でも名誉ある立場を有している。その分彼らは本国から離れることは稀であり、それが目の前に居るこの浮ついた態度の人間だとは思いもしなかったのだ。

 

「貴女、聖皇国の人間なの?」

「ええ、まあ」

「へえ、そんな箱入りがよくダンジョンに付いて来ようとか思ったじゃん」

「それはもう、エルフリード様のお近くに居たいからに決まっておりますわ!」

 

 両頬に手を当てて恥じらう様は可愛らしいが、その軽さを見てしまうと聖職者……それも聖皇国の者とは信じがたい。しかし彼女がレーディマレス聖皇国の人間であるというのならば、今まで納得がいかなかった強引すぎるセリッサの態度にもエルフリードに惚れたという以外での理由に思い当たったアルディラは頷いた。

 

「なるほど。聖皇国なら、魔刺繍職人なんて喉から手が出るほど欲しいでしょうね」

「あら、そんな打算的な理由だと思われるのは心外ですわ。わたくし、本当にエルフリード様をお慕いしておりますのよ!」

「あー……それはそれとして、アルディラさんの言う事も的外れじゃないだろ? 何しろ聖皇国は深刻な職人不足だからな」

 

 ぐいっと乗り出したセリッサにたじろいだアルディラに変わり、何故か額に青筋を浮かせているカルナックが問えばセリッサは渋々と言った風に頷いた。ちなみに青筋については夕方の薄闇にまぎれて誰も気づいていない。「直球な愛がうらやま妬ましい……」というつぶやきも、迫る夕闇から吹き付けられた一陣の風に浚われてしまった。

 

「否定はいたしません。ですが、それを聞いたからにはわたくしの言い分も聞いてくださいませ」

 

 今までひたすら人を翻弄する空気を振りまいていたセリッサだったが、その声は意外にも真剣味を帯びていた。自然と三人は聞く姿勢になり、セリッサも茶化さずに淡々と語る。

 

 

 

「ご存知かと思われますが、我が国は十二年前に魔族の襲撃を受け職人と護衛の聖騎士を多く失いました」

「ええ、知っているわ。当時私は十一歳だったけど、義父に聞いたのを覚えてる。まさかマレス教の総本山が狙われるとは思いもしなかった」

「誰もが思ったでしょうね。ですが、そこには酷い思い違いがあったのです」

 

 マレス教の教義は己を律し、己の中の悪に打ち勝ち、子を育て精霊と共に天への道を歩むべし、といったものだった。つまり実体のある魔に対抗する宗教ではなく、己の中の悪と戦うことを旨とした信仰である。

 

 司教たちに白霊術の使い手が多いことから癒しや、清めの儀式を行うことから神聖なイメージが定着していた。しかし実質魔族に対する対抗方法は他国とそう変わらない。

 教会特有の浄化魔法があるにはあるが、それは魔族にのみ効果を発する物ではなく「悪意が凝った物」「死者の思念体」など実態を持たない相手に有効な魔法だった。要するにマレス教とは対魔族に特化した集団ではないということ。それを長年魔族による被害が少なかったことから、周囲に留まらずマレス教の者でさえ勘違いしている者は多かったのだ。……十二年前の襲撃を受けるまでは。

 

 

 

「人間の悪を律する教義を掲げるマレス教ですが、そのため厳しい調律魔法で聖皇国内での犯罪は人間にはほぼ不可能です」

「あ、聞いたことあるかも。神聖皇帝が張ってる結界だろ?」

「ええ」

 

 人間には不可能な大規模な犯行。十二年前のその事件こそ、旅の途中でアルディラがエルフリードに話して聞かせた「魔道具職人失踪事件」である。当時世間ではマレス教の神聖皇帝の御膝元でとんでもない事件が起きたと、各国に波紋を呼ぶ出来事であった。

 

「以来、魔道具職人が聖皇国に寄りつかなくなりました。情けないことに、自分たちで魔法付与が出来る物以外の魔道具は他国からの輸入に頼っているのが現状です」

「マレス教なら他国への影響も強いだろ? 道具でなくて職人くれって言えばいいじゃん」

「オツムの軽い方ですわね。近年ますます減っている職人を、各国がそう手放すとお思い? そりゃあ多少は圧力かけて職人の派遣をしてもらってもいますけど、それでも足りませんわ」

「おっまえ……! 腹立つ女だな! もう少し言い方ねーのか! つーか圧力かけてんのかよ」

 

 馬鹿にされたポプラが言い返すが、セリッサは小馬鹿にしたようにふふんと笑うだけだ。

 

「あいつの前とじゃえらい態度が違うな。感じ悪ィ!」

「ポプラくん、その発言は自分に返って来るわよ?」

「え? そ、そんなぁ、何でですか姐さん!?」

「ホホホっ、お馬鹿さんですわね。わたくし、興味のない方になら好かれようが嫌われようが気にしませんの~」

 

 アルディラに対してとエルフリードに対しての態度が違うポプラが自分を棚に上げた発言をすると、アルディラから呆れたように苦言を受けた。それを見たセリッサにいい気味とばかりに笑われて、すっかりポプラはふて腐れてしまう。そんな彼の肩をぽんっと叩きながらカルナックが言う。

 

「女に口で勝とうと思うな」

 

 妙に説得力に溢れた一言だった。

 

「……お前って、昔から時々すげー遠い目してそういうこと言うよな。オレの知らない所で何を経験したんだよ……」

 

 彼の前世を知らないポプラが知る由もない。カルナックが前世の姉にこき使われていた時の記憶を思い出して黄昏ているなど。

 

 

 

 そんなポプラを見て、セリッサは今度は笑うでもなく軽くため息をつく。そしてそれはそれで腹が立つポプラである。

 

「もう、お馬鹿さんのせいで話がずれましたわ。そういうわけで我が国は魔道具職人、特に魔刺繍職人は儀式用のタペストリーを作るなど、と~っても需要が有ります。是非ともエルフリード様にはレーディマレスの魔道具ギルドに所属していただきたいのですわ」

「それでフェルメシアの魔道具ギルドに登録するのを邪魔していたのね」

「結果的にそうなりましたけれど、わたくしが邪魔をしなくてもエルフリード様が未だにギルド登録出来ていない所を見ますと、もとからこの国には縁がないのでは?」

「偶然が重なっただけよ。それより素直に話してもらって悪いけど、フェルメシアだって魔刺繍職人は貴重な存在よ。そう簡単に渡せないわ」

「あらあら、あたかも自分の物のように言いますのね」

「誰がいつ、私の物って言ったのかしら? 聞こえていなかったのならもう一度言うけれど、フェルメシアにとって貴重なの」

「そうですかぁ? フェルメシアのためにと建前を言いながら、連れて行かれるのが嫌なように聞こえますけれど。それどフェルメシアとは言いますけど、貴女ケスティアの出身でなくて? 活動拠点にしているとはいえ、他国の出身で冒険者の貴女がフェルメシアにそこまで義理立てする必要無いでしょうに」

「! どうして私の出身地を……」

 

 アルディラは思いがけない指摘に驚くが、セリッサは余裕の表情を崩さないままに言う。

 

「わたくしもケスティアの出身ですの。ほんの少しですが、言葉のなまりを聞けば分かりましてよ」

 

 ケスティアはフェルメシアの隣国に位置する山岳国家であり、アルディラはそこの遊牧民族出身だった。まさかレーディマレスの修道女が同じ国の出身だとは思わず、アルディラは二度驚かされる。

 

「ですがわたくしと、自由な冒険者である貴女とは立場が違います。わたくしはすでに聖皇国に帰依し、主神マレスリーテとマレスアルダロンテに仕える身。国のため、職人を迎えるために手を尽くすのは義務ですわ」

 

 きっぱり言い切ったセリッサ相手に、アルディラは二の口を開けないでいた。

 

 てっきり打算的で浮ついた気持ちでエルフリードに近づいたのだと思っていたが、彼女の表情は威圧感さえ感じられるほど真剣だった。本当に国の現状を憂いているのだろう。それにしては今まで見てきた態度が態度だけに信用しきれる物ではないが、この四日間、あまりに押しつけがましい愛情表現を前にしたアルディラが、仕事のあるエルを気遣って故意に接触を邪魔していたこともまた事実。

 セリッサの真剣な表情を前にそれについての負い目を感じたアルディラは、内心ため息をついて妥協した。

 

「…………貴女の、セリッサの言い分はわかったわ。でもそれなら、エルくんに直接今言ったことを話しなさい」

「あら、止めませんの?」

「今まで話す機会を奪っていたことには謝罪するわ。でもそれは、貴女の態度が問題であることも心にとめておいてちょうだい。とても国のために職人を招こうとしている人間の勧誘方法ではないわ。理由も話さず誘惑だけしているんですもの」

「お、おほほ……」

「話を聞いてどうするか決めるのはエルくんよ。たしかに私は自由を信条とする冒険者だし、それぞれの国の事情に口を出す権利はないわね。でも、その分パーティーを組んだ仲間の身の安全や主張を大事にしているつもり。冒険者ギルドの登録を勧めたのだって、彼の身を守るために必要だと感じたからだしね。……本人がレーディマレスへ行くというなら、私もパーティーを組んだ仲間としてついていくか、レーディマレスの魔道具ギルドに任せるだけよ。全てはエルくん次第ね」

「でしたら、快くレーディマレスへ来ていただくためのわたくしの行動だって間違いではありませんわ」

「それとこれとは別! 言わせてもらうけどあざといのよ! ……ッ、それより私も事情を知らずに態度が悪くなってしまって、ごめんなさいね。貴女の国を思う気持ちは本物だわ。だからこそ、その気持ちだけで勝負しないのが腹が立つの」

 

 アルディラが怒りながら謝罪するという珍しく不器用な態度でもって言葉を放つと、セリッサはクスクスと笑った。

 

「あら、態度が悪いのはわたくしの方だったでしょうに。お人よしですのね」

「……。貴女、その性格でだいぶ損をしていないかしら」

「そうでもありませんわ。こうして人の本質を見極めるのにも役立ちますし」

「そう言い切られるといっそ清々しいわね……」

 

 ため息を吐くが、なんだか可笑しくて思わずアルディラも笑ってしまう。するとセリッサも先ほどまでの演技がかった態度ではなく、思わずといった風に口から笑い声が漏れた。

 そのまま女性二人は何がおかしいのか笑いあっており、言い合ってすっきりしたのかな? と思いながらも取り残された男二人はなんとも言えない顔でそれを見ていた。

 

 

「女ってわかんねー……」

「分かろうとするな。感じるんだ」

「カルの事も時々わかんねーよオレ……」

 

 

 しかし、突如としてセリッサは先ほどとは違った意味での真剣な表情で宣言する。

 

 

 

「あ、でもエルフリード様の事は損得無しに好きですわよ!」

「えっ」

 

 

 

 どこかうろたえたアルディラのつぶやきは、薄闇に包まれた夕刻に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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