王都の冒険者ギルドからアルディラに「依頼していた仕事が急を要することになったので、出来るだけ早めに仕事を終えてほしい」と連絡が入ったのは、セリッサとカルナックがエルフリード達の泊まる宿に来てから四日目のことだった。
四日の内でコーラルは冒険者学校に入学し、パーティーの肩慣らしにエルフリードの仕事が終わってから迷宮に行こうという予定で各々がそれまでの時間を自由に過ごしていた。その中での緊急の連絡に、一行は王女様の依頼という大きな仕事を残すエルフリードだけを置いて急遽迷宮に潜ることになる。
ちなみにエルフリードと共に宿に残ると主張したセリッサは、「パーティーを組んだからには来てもらうわよ、回復要員さん」と笑顔のアルディラに引きずられ、渋々といった様子で迷宮までついて来ていた。
向かった先は王都郊外にある
世界各国に存在する迷宮と呼ばれる場所は、そのほとんどがかつて魔王によって滅ぼされた古代魔法文明の都市や建築物である。
特に名称がつけられている場合はその古代の町などの名前をそのまま流用した物であり、それ以外となれば「○○という地方の迷宮」など、地方や町の名前で呼ばれる。
今回は前者であり、フェランドリスは古代に存在した国の王都であった。
古代は地上と地下にわかれて生活していたらしく、このフェランドリスのように地下に残る遺跡群は地下ダンジョン、地上に残る建造物は表層ダンジョンと呼ばれている。かつての魔法文明のなごりなのか、どの迷宮も魔力濃度が濃く、魔物や精霊の棲家になっていることがほとんどだ。その場合魔物は地上とはまったく別の進化を遂げていることも多く、冒険者の仕事にはそれらの生態調査も含まれている。
今回の依頼と言うのがその生物調査の一環で、最近迷宮へと潜った冒険者が新種の魔物を見かけとの報告があったらしい。アルディラ達の仕事はその魔物の生態調査及び捕獲である。
魔物たちは体に魔力を溜めこむ含有量が普通の動物よりも多いため、よく魔道具などの素材に用いられるのだ。他にも迷宮探索を進める冒険者の安全のため、魔物の情報集めは重要な任務である。特にその迷宮へ入るためのランク分けにも関わってくるので、調査は下級冒険者よりも上級冒険者に回ってくることの多い仕事だった。
そして彼らは現在、さっそく遭遇した新種と交戦している。
『咲き乱れて焼きつくせ!
カルナックが片手を前に突き出して呪文を放つと、糸のように細い雷が空間に走り、敵を取り囲むと小さな火花を生じさせた。しかし見た目の規模にそぐわず、それを受けた新種……まだら模様の猫のような魔物は、ある者は電撃に硬直しある者は火花で焼かれて吹き飛んだ。
「流石ね。ポプラくん今よ! 一匹だけ捕獲を!」
「ッス!」
ポプラはアルディラの指示をうけ、すでに呼び出していた
『拘引する猟犬よ、拘束し捕縛せよ。祖は闇の獣、汝闇の鎖なり! ブラックチェーン!』
ポプラの
『
波状に広がった水と斬撃の攻撃は動きを止めた魔物たちを容易く弄るが、カルナックの初撃を逃れていた幾匹が俊敏な動きで更にそれをかわすと、迷宮の壁や天井を蹴って高速移動を開始する。
遭遇時にこの素早さに翻弄されそうになったため、機転をきかせたカルナックが真っ先に動きを鈍らせるための雷に由来する精霊術を放ったのだ。幾度か攻撃を受けた感触を見るに、その素早さから繰り出される鋭い爪の斬撃は人間の体を柔く切り裂く威力を秘めている。生身で受けるにはまずい。
素早く移動していた魔物が攻撃の機をうかがい、最初に狙われたのはポプラだった。武器である曲刀に噛みつかれ、振り落とそうとするが顎の力が強いのかなかなか離れない。
「チッ! 鬱陶しいな!」
「ポプラ、そのままでいろ!」
すかさずカルナックがポプラの曲刀に噛みついていた魔物を切り捨てる。が、その間に起きていた出来事に目を見開いた。
「共食いだと?」
振り返った先で、先ほど倒した魔物を同種の魔物が喰らっていたのだ。しかも食べた先から体が一回り大きくなり、体毛が鋼鉄のような鈍い輝きを放つ。
「思っていたより面倒くさそうね」
アルディラは更に斧で水の斬撃を放つが、今度は先ほどよりも容易く避けられる。俊敏性も増しているようだ。
そこで今まで後方に控えていたセリッサがクスリと笑う。
「わたくし、早くエルフリード様の所へ戻りたいのですわ。大人しくしてくださいませんこと?」
セリッサは己の手に持っていた杖……植物の蔦が絡み付き、各所に蕾のような飾りと先端部の円の中心に輝石が浮かぶ不思議な形状のそれを魔物に向けた。
すると蕾のようだった飾りが花開いてゆき、燐光を纏う。
『
キンっと甲高い音がしたかと思えば、魔物の真下に古代魔法言語で描かれた陣が浮かぶ。すると薄い絹のような光の膜が、カーテンのように魔物の周りを取り囲んだ。
魔物はその光の膜を突破しようと試みるが、光の膜は布のように柔軟で逆に魔物の体を絡めとる。
「ホホッ、無駄ですわ。そんなちゃちな攻撃で、わたくしの結界が突破できるとでも? やはり畜生。頭が悪いですわね~」
セリッサは得意げにせせら笑うと、カルナックに視線を向けた。
「さあ、捕えている間にちゃちゃっとやってくださいまし」
「あ、ああ」
カルナックは少々戸惑いつつも頷くと、唯一空間が開けているベールの上部分に狙いを定める。同時に逃げられる場所があることに気が付いた魔物も上に跳躍しようとしたが、その脚をポプラとノレットの魔法の鎖が捕えた。
「逃がさねェよ!」
「サンキューポプラ! じゃあ仕上げと行くか。他の残りもまとめて仕留めるから、少し眩しいぞ」
言うなり、カルナックは自身の剣の先端を天に掲げた。
『
魔力による疑似的な稲妻で焼き尽くされた魔物を見て、炭化した亡骸を足でつつくとカルナックは申し訳なさそうに言う。
「すまない。調査なら、死体をもう少し綺麗に残しておくんだった」
「いいえ、なかなか厄介そうな相手だったから早めに決着がつけられてよかったわ。それに貴方は今まで敵を倒すことに戦いの重点を置いて来たんでしょう? 捕獲は慣れていないんだからしかたがないわよ」
アルディラは笑うと、次いで厳しい表情でポプラが捕えた魔物を見た。そして額にあげていた眼鏡を下すと、魔力を注いで分析を開始する。
「レベル三十二。体の組織的に見るとフールキャットによく似ているけれど、強さと生態がまったく違うわ。俊敏性、牙と爪の鋭利さ、顎の強さ、体毛の硬化、共食いによる強化。これは集団で押し寄せられたらやっかいね……。しかも入って早々に出くわすなんて頭が痛いわ」
「このダンジョンって、冒険者ギルドではどのランクに属してるんスか?」
「信じられないことにCランクよ。帰ったら早々に情報の書き換え要請をしないとまずいわね。よく今まで死人が出なかったものよ」
「いや、もしかして犠牲が出たから依頼を急いだんじゃないのか?」
「そうですわね。レベル三十二となると、C級の実力者でギリギリ……いいえ、幾匹か集団で襲われたらそれも危ういですわ。C級以下だったら手も足も出ないでしょうね」
アルディラはその意見に頷く。たしかに今思えばギルド職員はどこか落ち着かない様子だった。きっと事情を深く話せば依頼を受けてくれる可能性が低くなると踏んで、あえて情報を提示しなかったのだろう。これはダンジョンの攻略ランクの書き換えの他に、職員の指導の要請も必要になりそうだ。
「最低でもBランク、出来ればAランクに分類したいところね。調査によってはもっと上がるかもしれないけれど」
そう言って薄暗く続く迷宮の奥を睨む。
古代魔法文明の技術の名残によって、明かりを灯さずともダンジョン内の壁は空気中の魔力を取り込んで淡く発光する仕組みになっている。しかし完全に明るいわけでもなく、強い魔物が居ると分かった分、進むにつれて更なる注意が必要に思えた。
しかしそれを解消出来る人間がその場にいた。
セリッサが先ほど使った魔法「
「使用する魔力量を控えていますから、明かりと不意打ちの感知くらいにしか役に立ちませんけどね。防御面では紙ですわ」
「いいえ、助かるわ。それだけでずいぶん違うもの」
アルディラのその言葉は本心から発した物である。あからさまにエルフリード目当てでパーティーに入った割に、いざ仕事となれば文句は言うが役割はしっかりとこなしているセリッサを少々見直したのだ。
正直回復魔法以外に期待していなかったのだが、予想を良い意味で裏切りこのお嬢様修道女は戦闘面でも強かだった。直接攻撃する事こそしないものの、絶妙の場面で補助をする腕前は素人ではない。
新しいメンバーといえばカルナックもだが、こちらも流石に英雄と呼ばれるだけあって技のひとつひとつが強力だ。剣技も冴えわたり、いつも前線に立つことが多いアルディラが今日は半分以下の仕事量ですんでいる。
最初はパーティーの肩慣らしの意味を込めてエルフリードを連れて来ようと思っていたが、今回は置いて来て正解だったかもしれない。予想以上にレベルの高いダンジョンは、魔道具の職人であり本職の戦闘業ではないエルフリードには酷だろう。その点新たに加わった二人は戦闘慣れしているようで、アルディラとしても余計な気を遣わなくて助かっている。
現在のフェランドリスは危険だ。
その後新種を新たに五種捕獲することに成功し、帰りの時間を計算してそろそろ引き上げることになった。
「そういえば姐さん。今回もスけど、王都に来てからあいつと別行動多いけど大丈夫ッスかね?」
「あら、ポプラくんがエルくんの心配をするなんて珍しいわね」
「べ、別に心配とかじゃないッスよ。ただ、一応職人ですからね」
そう言ってポプラは頭に巻いたエルフリードの刺繍が施された布をいじくる。それを見たアルディラは、そう言えば今日は幾度か危ない場面があったポプラは、布に施された守りの力に助けられていたなと思い出した。彼なりにそれに対して思う所があるのだろう。
「え、職人ってエルが? そういえばこの間もそんなこと言ってたな」
「ああ。あいつ、魔纏刺繍の職人なんだよ」
「マジ!? ちょ、俺も今度何か作ってもらおうかな。つーか仕事ってそれかぁ」
ポプラと話す時は騎士然としていたカルナックも年相応に見える。そんなカルナックの素直な反応に頬を緩めると、アルディラはポプラに安心するように言った。
「職人だからって四六時中くっついているわけにもいかないでしょう? エルくんの職人としての知名度はまだほぼ無いに等しいから人間に狙われることは無いだろうし、魔族に関してはここは王都ですもの。他より遥かに安全だわ」
「ああ、フェルメシア王都の魔族への防衛対策は大陸一と有名ですものね。羨ましい事ですわ……」
補足するようにセリッサが言えば、アルディラも頷く。
「ええ。魔族に対する攻めの姿勢がラングエルドやタイトニアなら、フェルメシアは防衛にこそ力を裂いているもの」
「そういやぁ、そっか。グリンディ村の時が例外みたいなものッスよね」
「そうね。この国はよほどのことが無い限り魔軍の国内侵攻は許さないわ。だからこそ国内での魔人の発見には神経質になる……。ルチル殿下が私たちを直接呼んでまで話を聞きたがったのは、それが原因かもね」
ルチル殿下。その名前を聞いて彼らが王城に呼ばれたことを知らないセリッサとカルナックが驚いたように息をのむ。
「ルチル殿下って、この国の第三王女の?」
「え、それってたしか"金緑の戦鬼姫"って有名な……」
何か凄い名前出てきた。おそらくエルフリードがこの場に居たならば、思わずそう突っ込んだだろう。
アルディラとポプラがそう思ったかは定かではないが、隠す事でもないのでざっくりと王都に来るまでの経緯を話す。すると感心したようにセリッサがため息を吐いた。
「何だか、貴重な体験をしてらっしゃいますのねぇ~」
「そう、ねぇ。まあ滅多にない経験をしているのは否定できないわ」
そういえば、とアルディラは思い至る。どれもエルフリードに出会ってからの出来事だと。
今までも冒険者をしているため普通に生きるよりは貴重な体験をしてきたが、彼に出会ってからその傾向が顕著だ。
「でも、そうか。その話を聞くと、今回の事と合わせて魔人の暗躍も考えられるな」
「どういうことだ?」
ポプラが聞けば、カルナックは「推測だが」と前置きしてから己の考えを述べる。
「村の魔人の封印は誰が解いた? 精霊の話だと、復活するには早すぎたってことらしいじゃないか。なら、仲間の魔人が封印されたそいつを見つけて復活させたのかもしれない。それとダンジョンの魔物の活性化だが、もしかすると魔物を国内で強化して進軍を企む魔人が居る可能性もある。攻め辛いなら内から崩せってな」
「あら。でも今、今回の事と合わせてとおっしゃいましたけれど、国内とはいえ遠く離れた場所の事件を結びつけるのは早計ではありません?」
「いや、そうでもない。ラングエルドで英雄なんて大層な名前で呼ばれてるが、その分私も多くの魔人と敵対した経験がある。奴らは馬鹿みたいに力だけで攻めてくる輩もいれば、狡猾なほどにえげつない搦め手を使ってくる奴もいる。思いがけないところで何かが繋がっていることもあるし、警戒するに越したことは無いさ」
「そう言われると説得力があるわね……。わかった、冒険者ギルドにもあなたの考えを報告させていただくわ」
カルナックの言葉に頷くと、アルディラはポプラに笑いかけた。
「さて、早く帰りましょうか。ポプラくんもエルくんが心配なようだし!」
「だから心配なんてしてないッスよ!!」
ポプラの不本意極まりないとった叫びが、迷宮内に木魂した。
初めてのダンジョン攻略なのにお留守番の主人公