魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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52話 ルチルとエキナセナ

 なんだかんだでマリエさんとのデートを満喫した後、私は彼女に連れられて二度目になるルチルの執務室を訪れた。時間はお昼を少しまわったころで、この時間帯だとルチルは昼食を終えて休憩しているころらしい。

 しかしいざ彼女の執務室に着いてみれば、そこには書類整理をしている初老の男性……ゴルディさんが居るだけだった。

 

「あれ、ゴルディ様。ルー様はどちらにおられますか?」

「おや、マリエ。今日は確か休暇のはずでは……、おお! エルフリード殿ではないか!」

「こんにちは。お邪魔してます」

 

 ゴルディさんが笑顔で迎え入れてくれたので、いきなり来て無礼な奴とか言われなくてほっとした。ルチルは見当たらないようだけど、彼に渡せばいいかと来る途中で買ってきた焼き菓子の箱を差し出す。王族や上流階級の人に下手なものはあげられないけど、試食させてもらったら美味しかったし……何より手ぶらだと私が気まずいので買ってきたのだ。

 

「これ、よかったら皆さんでどうぞ」

「まあ、荷物が増えてるなぁと思ったら、エルフリードさんいつの間に買ってたんですか?」

「マリエさんが連れて行ってくれた料理屋さんでお土産用に売ってたんですよ。こっちの箱がルチル……様用で、こちらが皆さん用。あとエキナセナへの差し入れです」

「ほっほ! わしらの前では気を使わんでいいよ。ルチル様が良いと申されたのだろう? 普通に呼ばれると良い」

 

 つい呼び捨てしそうになった私が慌てて訂正すると、ゴルディさんは何とも気前よく言ってくれた。

 

 うーん、せっかくこう言ってくれていることだし、ちょっと気が引けるけどそうさせてもらおうかな。見た感じ彼らはルチルと単なる主従の関係というよりは、もっと近い位置に居る印象。だから多分、大丈夫なはず。

 

「それで、ルチルは何処に居ますか? 実は刺繍がまだ終わってないのに、のこのこと来てしまったんですけど……」

「何、気にされますな。きっと会いに来てくれただけで嬉しいはずですぞ。何しろルチル様はあの日から、暇さえあればエルフリード殿の話ばかりされておりますからな!」

「そ、そうなんですか?」

「そうですよう! だから言ったじゃないですか。毎日ぐるぐる熊みたいに回ってるって!」

 

 マリエさんが可笑しそうに言うので、多分本当なんだろう。うわっ、何か嬉しいな。そんなに再会を喜んでくれてたんだ。

 照れ隠しに頬をかいていると、私のお土産を受け取ったゴルディさんがルチルの行方を教えてくれる。

 

「して、そのルチル様なのですがな。貴殿のお仲間の所に行っておられるよ」

「仲間って、エキナセナですか?」

「ああ、そうですじゃ。彼女の処分が決まったのでその一環でもあるのです」

 

 処分という言葉に一瞬ドキッとしたけれど、ルチルの様子を思い出すに多分そう重いものではないはずだ。でも王女様であるルチル自らが会いに行ってまで下す処分っていったい……?

 

 

「なんでも、昼食後の腹ごなしに丁度良いそうですじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェルメシア王国、王都メルキフェレス王城内。

 その中にある兵士用の訓練闘技場で、現在二人の人影が動いていた。その周囲のすり鉢状に広がる観覧席では、兵士たちが固唾を呑んでそれを見守っている。

 

「ほれほれ! その程度か獣人!?」

「まだまだぁッ!」

 

 轟、と質量を伴った風の渦が立ち上れば、それに吹き飛ばされることなく天高く跳ね上がったエキナセナが銀髪をなびかせながら降下する。その速度はすさまじく、見るものに疾風を思わせる。そしてその加速から爪による斬撃が放たれるが、それを受ける人物……ルチルは余裕の笑みを崩さないまま扇を広げた。

 

 甲高い音が鳴り響き、エキナセナの爪と扇が互いを弾く。

 

「チッ」

「ほう、これで塞がれて折れぬか。なかなかの硬度の爪だ。褒めてつかわす」

 

 ルチルが感心したように言うが、言われたエキナセナは忌々しそうに痺れる手首を見た。

 

 王女の扇は一見美しい装飾を施された優美な代物だが、その実用性はまったく可愛らしくない。受けた感覚で思うに、あれは鉄か何らかの鉱石で出来ているなとエキナセナは推測する。自身も魔法で体を強化しているが、そうでなければ今頃爪が折れていたことだろう。

 

 

 手ごわい。だがそれが獣人の戦闘本能を心地よく刺激する。

 

 

 そして勝負はこれから、まだ終わらないと口端を持ち上げたエキナセナがぐっと足に力を込めた時だった。

 

「何してるの二人とも!?」

 

 聞こえた声に、エキナセナとルチルは双方動きを止めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

「エキナセナに下した処罰は部屋での奉仕品の制作と、妾の模擬戦の相手じゃ」

 

 さっきまで闘技場でエキナセナと勝負していたルチルはしれっと言い放った。対するエキナセナはどこか不機嫌そうに、私が差し入れたお菓子を貪り食っている。尻尾がぶんぶん揺れているから気に入ってくれたんだろうけど、眉間のしわと相俟って嬉しいんだか怒ってるんだかわからない。

 

「ルチル、強い。わたしまだ一回も勝ててないわ」

「そ、そんなに何回も戦ったの?」

「いや? 昼食後と夕食後に一戦程度だ。しかしこやつもなかなかどうして大したもの。やはり獣人の身体能力は侮れぬ」

「八回戦って八回負けた。そんな相手に言われても嬉しくない」

「そうか。まあ、悔しく思うなら精々精進することだな。今のままではファームララスの近衛兵など夢のまた夢だぞ」

「わ、わかってる!」

 

 何だか少しの間に仲良くなったみたいだなぁ……。

 

 エキナセナは不機嫌そうだけど、それは負けたのが悔しいからでルチルを嫌っているからではなさそうだ。数日前に別れた時より、肩の力を抜いて接しているように思える。ルチルもそれは同じ。……これってあれか、殴り合ったあと夕日を見ながら「お前、強いな」「お前もな」のパターンか。いいなぁ爽やかで。

 

 王城で過ごすエキナセナはどうしているかなと心配していただけに、ちょっと安心した。

 

「なんだ、にやにやと笑いおって」

 

 嬉しくなって頬が緩んでいたのか、ルチルに睨まれたので慌てて表情筋を引き締めなおした。いかんいかん、子供に友達が出来て喜ぶオカンか私は。そんなだから嫁にもらってくれる相手が居なかったんだよ。もっと若々しく……若々しく!!

 

 私はいったん咳払いで空気を変えると、話題を変えることにした。

 

「そういえば、近衛兵って?」

「なんだ聞いておらんのか」

「わたしの、夢のこと。母さんが王に仕える近衛兵だったから、わたしもそれを目指していた」

 

 少し悲しそうに言うエキナセナは家族の事を思い出しているんだろう。そういえばエキナセナの家族の行方を探すという話はどうなったのかな。

 聞けばルチルが頷いて、後ろに控えていたエレナさんに指示を出して資料を持ってこさせる。

 

「結論から言えば、ギルドに依頼を出していた馬鹿な奴隷商はすでに捕縛した」

「早いね!?」

「もともと冒険者ギルドも動いていたからの。早いこと居所が知れたが、しょせんはギルドに獣人に関する依頼をする馬鹿者だ。恐らくそいつの裏にそれなりに大きな組織があったはずだが、トカゲのしっぽ切りをされてな。なかなかその奴隷商以上に探れておらぬのが現状といったところか。チッ、忌々しい事よ」

 

 王女様なのに舌打ちが似合いすぎる件。

 でも、そうか……。まだエキナセナの家族は見つかりそうにないんだ。

 

「まあ、せいぜい絞れるだけの情報は絞りとるさ。心配せずともよい。こちらとしても良い機会を得た今、無理やりにでも手掛かりを見つけて不正販売者たちの首に一気に縄をかけてやる算段だ。しばし待て」

「……そう」

 

 大丈夫だよ、とは無責任な発言に思えて言えなかった。代わりに何かエキナセナを慰められないかと焦った私は、皿に並んだお土産の焼き菓子を見る。

 

「ほら、エキナセナもっと食べなよ! 再会した時に元気な姿をご家族に見せるために、健康でいないとさ!」

 

 我ながらなんと単純。食べたら元気出るよって、なんて私の人間力は低いんだ。コーラルの時と言い、ほんっとこういう時上手い慰めの言葉が出てこないな。

 しかしエキナセナは私が差し出した焼き菓子を見て、少し笑ってくれた。

 

「ありがとう」

 

 比較的凛々しい表情が多いエキナセナの笑みは、とても可愛らしいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 その後エキナセナは自分の部屋に戻って行き、私はそのまま執務室でルチルと向き合いつつ王都の感想など話していた。刺繍がまだ完成していないことを告げた私に、ルチルは「急ぐことは無いが、完成していなくてもよいからこうして時々訪ねてこい」と言ってくれた。それに対して仕事が遅い自分がちょっと申し訳なくなる。……帰ったら急いで進めよう。

 

 私がひそかに決心し、小さく拳を握った時だ。ルチルが「そういえば」といった風に私を見る。

 

「そういえば、そなたに聞きたいことがあったのだ」

「聞きたい事? 何?」

 

 するとルチルはゴルディさん、エレナさん、マリエさんを部屋の外に下がらせた。この間もそうだけど王女様と部屋の中で二人きりっていいのかな……。それにしても人払いしてまで話す事って何だろう。

 

「聞きたいのは、この髪飾りのことじゃ。そなた、これを何処で手に入れた?」

「髪飾り?」

 

 ルチルが言うのは十二年前に彼女に預けた金蒔絵の櫛のことだろう。

 彼女は自らの御髪から櫛を取り外すと、テーブルの上に置き私によく見えるようにこちら側に近づけた。

 

「何処って言うか、人に貰った……のかな」

「曖昧じゃの。その櫛をくれた人間と言うのは、そなたの保護者という奴か?」

「うん、まあ」

 

 まさか洞窟の中で呪いに守られてたいわくつきの品ですとは言えない。呪いは封印だけで、物自体はサクセリオもいい品だって言っていたから大丈夫のはずだけど。

 ルチルはそれを聞くとしばらく顎に手を添えて考え込み、立ち上がって執務室の本棚から一冊の本を取り出してくる。

 

「これを見よ」

「あれ、これって……」

 

 開かれたページには、本の横に並ぶ櫛と同じものが描かれていた。そのページには「大賢者ヤヌウェの遺産」と書かれている。

 

「ヤヌウェの遺産……?」

「ああ。太古の昔、古代の魔王と戦った偉大な賢者の名じゃ」

「え」

 

 なんかすごい単語が出てきた。

 私は恐る恐る櫛をルチルを見比べると、彼女は肯定するように頷く。

 

「まず間違いなく、これはヤヌウェの残した古代魔法文明の遺産の品「精霊姫の天恵」じゃ」

 

 それを聞いた瞬間、ぽかんと口があいた。

 え……待って。なんか、パッと聞いた感じだけでも結構な貴重品のような気が……。

 

「こういえば分かり易いか? ギルドのランクで言うなればS級……国宝級の代物よ」

「国宝級!?」

 

 ルチルの言葉に思わずのけ反った私は、絵と櫛を交互に見る。

 え、だって極端に言うと拾い物だよそれ! タダだよ! それが国宝級ってそんなんビビるわ!!

 

 

 

 ルチルの説明によると、大賢者ヤヌウェには最愛の妻が居た。しかし彼女は魔王との戦いの中で亡くなってしまい、妻の形見である櫛を手に賢者は魔王への復讐を決意する。そして多くの精霊と契約をかわし、遂には精霊王の娘である精霊姫と契約するに至った。そこで精霊姫がヤヌウェに与えた恩恵が異国の出身である妻の形見の櫛に宿ったのだとか。

 

 それが、この金蒔絵の櫛の由来だ。

 

「半ば神話級と言っても良い品だ。どうする? もとはそなたのもの。これほどの品、他人にくれてやるには惜しかろう」

 

 そう言って、私に櫛を差し出すルチル。どうやら再び私にこれを返してくれる気のようだが、私としたらそんな話を聞いたら余計に受け取れない。

 

「いやいやいや! 無理! ほんっとに無理!! お願いルチルもってて! 俺には荷が重いから! 国宝級の品を持ち歩くとか無理だから!!」

「しかしこれが持ち主に(もたら)す恩恵は凄まじいものだぞ? 事実、妾は十二年間これのおかげで飛躍的に才能を伸ばすことが出来た。感謝している」

「や、役に立ったならよかった。でも、出来たらそのまま持っててくれた方が嬉しいんだけど……。俺に国宝級の品の管理とか無理だよ」

 

 そんな凄い品なのに返してくれようとしているルチルには申し訳ないけど、私にそれは受け取れない。だってそんな高価な代物持ち歩くとか普通に怖いよ!! 無くしたらどうしようとか、変な心配に付きまとわれることになる。せっかくルチルが大事にしていてくれたものを売る気もないし……。

 だったらこのまま、彼女に持っててもらった方がいい。というか、国宝級ってんなら王女様が持つのにふさわしいだろう。私なんでタダで拾っただけだし、相応しい持ち主のもとに落ち着いたのならそれでいいと思う。

 

 私がかなくなに断ると、渋々ながらも納得してくれたのかルチルは櫛を手に取った。

 

「……そうか。そなたがよいなら、このまま預かろう」

「預かるっていうか、もうそれはルチルの物だよ。俺の事は気にしなくていいからさ」

「いや、だが」

「大事にしてくれたら、それが一番うれしいよ」

 

 そう言うと、ルチルは深くため息をついた。

 

「欲が無い奴じゃな」

「いや、庶民なだけだから。ルチルに持っててもらうのが嬉しいってのも本音だけどもうちょっと言わせてもらうと国宝級とか怖い」

「そういうものか?」

「そういうもんだよ」

 

 私が言うと、ルチルは「そういうものか」と頷いた。そうそう。いきなり家に国宝の壺置いてね! って言われるようなもんだから。ありがたいどころか困る。

 

 

 

 しかしこの後、ならばせめて代わりにと差し出された金額には再び王族と庶民のギャップを味わわされることになる。

 

 

 持ち歩けないレベルのお金とか怖いよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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