魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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51話 王都デートはメイドと一緒!

 何だかんだと慌ただしかった日の翌日。

 早朝に目を覚ましてしまった私は、起き上がるまでうだうだと転がりながら頭の中を整理していた。隣のベッドに眠るポプラはいびきをかく事も無くすやすや眠っているので、特に思考を邪魔されることはない。……悩んでるくせに結構ぐっすり眠るなこの子。

 

 

 

 

 王都に来てからずいぶんと濃い出会いが多かった。それは嬉しいものであったり、逆に二度と会いたくなかった人間との再会であったりと色々で……。まあ、正直言うとちょっと疲れた。

 

 

 ルチルに再会出来たことは嬉しいし、カルナックという前世の同郷者に出会えたことは今までこの世界で生きてきた中でも大きな収穫だった。しかし一方で謎の好意をよせてくるセリッサとの出会いや、十二年前のことをしつこく覚えていた盗賊との再会など胃が痛くなるような出会いも同じくらいあったわけで。後者は本当にこれ以上関わってもらいたくないし、これ以上探してくれるなと思う。

 

 そういえばカルナックが騎士団に通報してくれると言っていたけど、結局どうなったんだろう……。…………うん、悲しいことにまず捕まっている可能性が頭に浮かばない。あれ捕まえるって結構な苦労だと思う。

 

 やだやだ、嫌なこと考えちゃった。

 気を取り直そう。

 

 春から初夏にかけた今の時期は太陽が昇るのも早い。そういえばあと数日で月が変わるし、これからもっと日が長くなってくるだろうな。

 春の初めに旅立った時に比べて気温も徐々に上がってきた気がするし、夏になったら冒険するにしても熱中症に気を付けなければ。どれくらい熱くなるかは知らないけど。

 

 

 

 未だに眠るポプラを起こさないように静かに部屋を出た私は、二階の部屋から一階の食堂まで他の客に迷惑が掛からないようにそろそろとした足取りで下りて行った。しかし下まで行くと、そんな気遣いは無用だったかもしれないと思い直す。それは朝から仕事に行く労働者が朝食をとるために、階下はそこそこのにぎわいを見せていたからだ。

 店の者は朝から厨房で汗を流したり、客の間をぬって注文を取って料理を運んだりと忙しい。

 

 私も空いている席につくと、宿の看板娘さんに温かい飲み物を注文した。

 

「こちら座ってもよろしいですか?」

「あ、どうぞ」

 

 ぼけっと寝ぼけた頭で飲み物を待っていると、向かい側から声が掛けられたので反射的に答える。答えてから、相席になるほど込み始めたのかと思って何気なく周囲を見回した。しかし賑やかながらも席は多く空いていて、わざわざ相席を申し込むほどではない。

 不思議に思って前を見ると、赤みがかった淡い金の色彩が揺れた。

 

「おはようございます! エルフリードさん」

 

 にっこり微笑みかけられて、その人物が誰だか分かった私は驚きつつも名前を呼んだ。

 

「えっと、マリエ、さん?」

「そうですよぅ! ルー様の侍女のマリエ・レパルティナです」

 

 そう、彼女は王城で出会ったルチルの侍女、お調子者後輩キャラなマリエさんだった。家名があるし、王女様の侍女をしているあたり彼女も貴族なのだろうか。そう思うと突然だという事もあって、ちょっと腰が引ける。

 

「気軽にまーちゃんとかマリリンとか、お好きなように呼んでくださいませね!」

「あ、流石にそれは年上の女性の方に対して失礼なのでマリエさんで……」

「ええ? むぅ……。最近の若い子はノリが悪いんですねっ」

 

 そんな不満そうにしなくても。それにしてもエレナさんといいマリエさんといい、十二年前で十代後半から二十代前半に見えたけど今いったいいくつなんだ。若く見えるけど三十代いってない? 三十代でこの可愛らしい仕草が体現できるというのか……。是非見習いたい。

 

 

 

「あの、それで何か御用があったんですか?」

 

 この宿は特別高級というわけではなく、どちらかというと一般階級が集まる住宅街近くにある。ちょっと小洒落たモーニングを求めて、王城付きで家名持ちのお嬢様が来る場所には思えなかった。

 

「うふふっ、よくぞ聞いてくださいました! このマリエはご主人様思いなのです。実はルー様がですね、ここ数日「エルはまだか」とお部屋の中をぐるぐると熊みたいにまわっているものですから面白、ゴホンっお可哀そうで、僭越ながらエルフリードさんをお連れして喜ばせようと思いまして! そのために、こうして参じた次第なのです」

「そ、そうですか」

 

 今この人、面白いって言おうとしてなかったか。うすうす感づいてたけど結構いい性格してるなこのメイドさん。

 

 それにしてもそんなに待ってくれているのか……。私がもたついているばかりに、魔道具ギルドにも未登録で刺繍も手つかずだと知れたら怒らせそうだな。徹夜してでも刺繍は進めておけばよかった。

 

「その、すみません。実は刺繍がまだ完成していないんです」

「あら、そんなことかまいませんよ! きっとルー様は刺繍よりもエルフリードさんに会いたいだけですから」

 

 それはそれで嬉しいけど、次に会った時に渡すと言ってあるしなぁ……。ルチルも予定が詰まってると言っていたから、勝手に次に会う時をずいぶん先だと想定していた私の失態だ。

 

 しかしマリエさんは気にした風もなく、ぐっと身を乗り出して手を握ってくる。

 

「是非、いらしてくださいまし! 是非是非是非!」

 

 笑顔のごり押しってこういうこと言うんだろうな! そう思いつつも、勢いに押されて頷いた私って基本的に押しに弱い。

 

 頷いた私を確認すると、マリエさんは素早く宿の者を呼びつけてアルディラさん達に言伝を頼むとそのまま私を連れだした。私服姿のマリエさんは深層の令嬢のごとく清楚で可憐な格好なのだけど、その手際は素早くフットワークも驚くほど軽い。そういえばロングスカートのメイド服でも軽快に動いていたな。

 

「ま、マリエさん! こんな朝早くから行ってもいいんですか!?」

「いいえ、まだルー様のところには行きませんよ。その前にエルフリードさんはわたしの接待をうけてくださいな」

「接待?」

「はい! だって、わたしまだ十二年前のお礼をしていませんもの。それにもっとエルフリードさんとお話しをしたいですし! エレナ先輩やルー様ばかりずるいです!」

「ずるいって、お二人ともまだそんな話したわけじゃありませんけど……。それにお気持ちは嬉しいですけど、そんな、お礼なんかにマリエさんのお時間をとらせては申し訳ないというか……」

「もうっ、つれない子ですねぇ。好意は素直に受け取るべきですよ?」

 

 好意は素直に受け取るべき。つい最近コーラルに自分が言い、昨日カルナックがポプラに言っていたことを思い出して言葉に詰まった。それをいいことに、マリエさんは私の腕を引っ張ってどんどんと先に進む。

 

 大きな通りに出ると、そこには馬車が一台停まっていた。

 

「あれに乗りますよ、エルフリードさん!」

「え、でも俺お金あんまり持って来てないんですけど……!」

 

 食堂では飲み物だけ頼もうと思ってたから、荷物はほとんど部屋に置いてきてしまっている。あんな立派そうな馬車に乗る代金無いんだけど。

 

「大丈夫ですよぅ! あれ、(うち)の馬車ですから」

「家って、マリエさんの!?」

「ええ。実家にお願いして出してもらいました。ですからタダですよ、タダ!」

 

 タダという言い方が俗っぽいけど、やはりマリエさんはお嬢様のようだ。

 押し込まれるように馬車に乗った私たちは、先日は徒歩で渡った大きな橋を通り王城地区へ入区した。流石貴族の馬車といえばよいのか、完全にフリーパス。馬車の座席はフカフカで、ベルベット的なさわり心地がいかにも高級そう……快適だったけど緊張感半端なかった。

 

 連れ出されちゃったし、もうどうにでもな~れ、な心境の私をよそに、マリエさんはウキウキとした様子で両手を頬に添えた。

 

「さてさて、お礼は何が良いかしら」

「いえ、本当にお礼とか結構ですから……! 十二年も前のことですし、ほら、こんないい馬車乗せてもらったし! これでいいですよお礼!」

「まさか! こんなことがお礼だなんて、慎ましやかを通り越して可哀そうになってきますよ!?」

 

 え、この子正気? って目で見られた。そんなに!? でも今更十二年前のお礼と言われても、なんかピンとこなくて気分的にもらえない。なにかした直後なら喜んでもらうんだけどなぁ……。

 

「じゃあ、何か美味しいもの奢ってください。俺はそれで充分です」

 

 こちらとしても気を使わず、相手も満足すると言ったら消え物が基本かなと思い当たって提案してみる。しかしマリエさんはにっこり笑って否定した。

 

「それはすでに接待内容に入っておりますので! 何かこう、お役にたつ物をあげたいのです」

「え、えっとじゃあ石鹸とか?」

「ダメでーす。後に残るものの方がわたしも嬉しいんですよね~。ほら、見ればわたしを思い出しちゃうような!」

「ええ~?」

 

 きゃはっとしたノリのマリエさんはとてもお茶目で楽しそうな人だけど、ちょっと疲れる。これは、あれか。女子特有のお揃いのキーホルダーとか持ちたがる感覚のあれか。

 

 

 

 

 結局お礼の品が決まらないまま、馬車から降りた私たちは王城地区の観光をし始めた。

 

 先日コーラルと来た時はさんざん迷った私だったけれど、流石に地元民だけあってマリエさんは迷う素振りを見せずに案内をしてくれる。最初は遠慮していた私も、マリエさんの案内が予想外に楽しすぎて段々と楽しみ始めてしまった。

 

 マリエさん、すごく説明の仕方が面白い。ある建物の壁を指しては、数代前の国王が誤って壊してしまった彫刻を誤魔化すために余計に装飾が施され豪華になったという話だとか、入り組んだ坂では舞踏会などで酔っぱらった貴族がよく迷って溝に落ちるだとか、秘密の抜け穴のような小さな小さな道だとか。

 面白エピソードを教えてくれたり、ちょっとした王都小冒険を味わわせてくれるなど、相手を楽しませる要素に常にぬかりが無い。

 

 ひとしきり歩き終ると、今度は店が開き始める時間なので今度はそちらを見て回る。

 流石に王城地区だけあって貴族御用達みたいな高級店も多いけど、ギルド本部の多い王城地区では各ギルドから直接卸された品が意外と安く売っていたりもした。安く売ってるのは粗悪品とか売れ残り品だけど、粗悪品と言っても流石に使えない品は置いていないから、よく見るとモノによっては掘り出し物も多い。

 

 私もいくつか購入した。こういう安い小物を漁るのって楽しくて好きなんだよね。宝探しみたいで! けしてバーゲンセール会場とかを思い出しているわけでなく、ちょっとした冒険心の延長線だ。そう。けしてケチだからではない。冒険心だ。

 

 

 

 とまあ、すっかり楽しい観光気分で王城地区を見て回る私は完全にのせられている。我ながら単純だけど、楽しいからいっか!

 

 

 

 

 

 そして観光をして、しばらく。

 

「そうだ!」

「どうしました?」

 

 武具ギルドの直営店を見ていると、マリエさんが突然大きな声を出した。

 店内の視線が集まるが、それを気にした風もなくマリエさんは私に近寄ってくる。そしていつも腰のベルトに装備している鞭を指し示した。

 

「エルフリードさんの武器って鞭なんですよね?」

「あ、はい」

「その短刀は?」

「これは主に採取とか、獣を捌くための物ですね」

 

 太もものホルダーに刺さる短刀についても聞かれたので答える。

 あ、そうだ。折角専門のお店なんだし、研いでもらえるか聞いてみようかな。自分でも研いでるけど、たまにはプロにやってもらった方がいいかもしれない。前に包丁を慣れないまま研いでたら反りがなくなって鳥の嘴みたいになったからな……。流石に今ではそんなことないけど、プロに任せたら微妙な修正箇所とかも直してもらえそうだ。

 

「すみません、ここって刃物を研いでもらうって出来ますか?」

 

 マリエさんがニコニコ笑ったまま何も言葉を続けないので、忘れないうちにとお店の人に聞いてみた。人好きのする笑みを浮かべた青年が「もちろん」と答えてくれる。

 

「料金は物に寄るけど、お兄さんはその短刀かい?」

「はい。二本ともお願いしたいんですけど、どれくらいお金と時間がかかりますか?」

「これだったら締めて2500セラだな。時間はそうかからんが、よかったら鞘の方も見るかい? 刃を調整したら、もしかすると抜くときにしっくりこなくなるかもしれないからさ」

「あ、どうもご親切に。じゃあせっかくなのでお願いできますか?」

「素早く抜けるところも含めて機能美だからな。じゃあ鞘も含めると少し時間がかかるけどいいか?」

「ええ、もちろん」

「んじゃ、この後少し仕事が立て込んでるから二、三時間くらいで仕上げるよ。待つのも退屈だろうから、周りの店でも見てきたらどうかな。綺麗なお嬢さんを武器屋で待たせてもいかんだろう」

「そうですね。そしたらまた後で受け取りに来ます。料金は先払いですか?」

「いや、受け取った時でいいよ」

「そうですか。じゃあお願いしますね」

「はいよ、まいどあり」

 

 思ったより安かったうえにサービスも良かったので、私はほくほく顔で店を後にした。店員さんの言うようにマリエさんをいつまでも武具屋で待たせれも悪いもんね。

 

 

 

 その後はマリエさんお勧めの隠れ家的な小さなお店で野菜がふんだんに使われたコース料理をご馳走になった。素材はいいものを使っているようだけど、私を気遣ってかカジュアルな雰囲気のお店を選んでくれたマリエさんは流石だ。やはり人の好みを把握して気遣えないと、王城でメイドさんなんてやっていられないのだろう。

 

 ルチルの休憩時間に合わせて執務室を訪ねるとのことなので、その前に預けた短刀を受け取りに武具屋へよった。

 受け取って代金を支払い店を出ると、何故か笑顔増し増しなマリエさんが私の腕を引っ張る。

 

「あの、どうかしました?」

「うっふふふー! はい、どうぞ。これ、わたしからの贈り物です!」

 

 上機嫌のマリエさんはそう言うと、私が受け取った短刀が入った袋と同じ模様の紙で包まれた塊を差し出してきた。見たところ先ほどの武具の店で買ったもののようだ。

 

「えっと……?」

「これがわたしからのお礼の品です! 受け取らないとは言わせませんからねッ」

 

 人差し指を立てて私の顔に近づけるマリエさん。その迫力に押されて、少し迷ったけれどここは素直に受け取ることにした。ちょっと気後れするけれど私だって感謝されて嬉しくないわけじゃないんだし、これ以上拒否するのは逆に失礼だろう。

 でも、いったい何をくれたんだろうか。

 

「開けてみてもいいですか?」

「もっちろん! ささ、どうぞ~」

 

 そう言ってマリエさんは私にさっとハサミを差し出す。じ、準備のよろしいことで。

 

 包装を剥がすと、中には楔状の黒い石が連なったものが入っていた。初めは何か分からなかったけど、持ち手らしい部分を掴むとそれが鞭の形をしていることに気が付く。

 

「これ、鞭なんですか?」

「ええ! 夜昌石の鞭と申しまして、魔力を通しやすい素材で出来ているんです。特殊な鉄鋼糸で石が連結されているんですよ!」

「そうなんですか!? うわ、これは、嬉しいです……! すごく!」

 

 今まで私は皮の鞭を使っていたのだけど、魔力をかよわせて強化したくとも伝達が悪かった。でもこれならもしかして、今まで出来なかったことが出来るようになるかもしれない。

 

「ありがとうございますマリエさん!」

「エッヘン! どういたしまして!」

 

 胸を張るマリエさんが可愛い。

 それにしても、これは本当に嬉しいお礼だな。パワーアップ、パワーアップ!

 

 

 

 ちなみに値段は怖くて聞けなかった。さっき、店の一番いい所に飾ってあって、消えてた商品がこれだった気が……うん。気にしないでおこう。贈り物は心だよね!

 

 

 

 

 

 こうして思いがけず新しい武器を手に入れた私は、マリエさんと一緒にルチルの執務室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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