魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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50話 問題児たちの午後

 同郷者という思いがけない出会いに恵まれた私たちは、懐かしさのあまり日本の思い出をだらだらと喋って時間を過ごした。そうしていたらいつの間にか周りが賑わいはじめたことで、ずいぶん長い事酒場に居座っていたことに気付く。

 

 飲み物(私は二杯目からはノンアルコールなので安酒よりも更に安い)とつまみだけで話すだけ話し、長居して酒場の店主に申し訳なく思いつつも、次々と入ってくる客に紛れて会計を済ませた私たちは酒場を後にした。

 

 

 そして宿へと帰れば、ポプラが一人部屋でふて寝していた。アルディラさん達は女子部屋なのか出かけたのか、姿が見えない。セリッサはあの後どうしたのだろうか。

 

「おい、ポプラ。決めたか?」

 

 こんもりともりあがる布団から、ポプラの明るい茶髪がのぞく。カルナックがベッドの端に座って問いかけると、塊がもぞもぞと蠢いたかと思うとのっそりとふてくされた顔が現れた。

 

「…………。まだ、わかんねぇ」

「お前、今日一日何してたんだよ」

「うっせー……。おい、水」

「え? ああ、はいはい。ちょっと待ってて」

 

 何時ごろから寝ていたのか知らないけど、声がずいぶんと乾いて掠れている。全体的に覇気がないし、朝食から大分時間も経っているからお腹も空いているんだろう。さっきからどこからか聞こえる低い音は、多分ポプラの胃が空腹を訴えている音だ。

 

「何か食べる? 食べるなら宿の人に軽食作ってもらうけど」

「…………。林檎と、パンになんか挟んだやつ」

「はいよ」

「…………。エルってポプラに甘いのな」

「そう? でもポプラも色々考えてるだろうし、こういう時は食べて少しでも元気出さないとさ」

「……やっぱいらねぇ」

「おい、ポプラ捻くれてんじゃねぇよ。人の好意は素直に受け取っとけ」

「…………」

 

 おや、そっぽ向いちゃったよこの子は。

 

 でもいきなり跡継ぎのお兄さんが倒れたっていう話だし、家族としても心配なのは勿論、もしかしたら爵位が自分にくる可能性があるかもって考えたらプレッシャー大きいよね。なんのしがらみも無い私には想像しか出来ないけど、複雑な心境であることくらいなら想像できる。

 個人的な感想としては、ポプラって冒険者業が大好きみたいだし、貴族としてかっちりした服を着てかしこまってる様子が想像出来ない。庭を駆けまわる犬にビラビラの服を着せて動けなくさせちゃう、みたいな感じだな。

 

 とにかく外野が下手に口を出せた問題でもないし、これはポプラ自身が答えを出すのを気長に待つしかない。あとは幼馴染であるカルナックに任せた方が良いだろう。

 

 

 

「とりあえず水と食べ物を置いておくから、しっかり食べて頭動かして考えろよ。選ぶことに正解なんてないけど、自分が一番後悔しない答えを出したらいい」

 

 

 

 無責任な発言だなぁと思いながらも、私に言えたのはこれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう……。ポプラくんにはもう少し時間が必要みたいね」

 

 あの後ふて寝してしまったポプラをそのままに、女性部屋に移動した私達。ポプラの様子を聞いたアルディラさんは、疲労を滲ませた表情で頷いた。

 ちなみに彼女の疲れた様子はポプラのせいではない。ちゃっかり部屋に収まって、優雅な所作でお茶を飲んでいる修道女が原因だと思う。

 

 この子は我が家かのように寛いでるな……。

 

「あら、何か複雑な事情が有るようですわね。エルフリード様、わたくしに出来ることが有れば何でも言ってくださいまし」

「…………。えーと、セリッサはいつまでここにいるの?」

「ああ! そうでした。わたくし、お願いがあって待っていましたの」

 

 ぽんっと手を叩いて身を乗り出すセリッサに、思わず後ずさる私。お願いって、やっぱり刺繍?

 

「聞けば近々ダンジョンへ潜るそうではありませんか!」

「え、そうなんですか?」

 

 セリッサの言葉にアルディラさんを見れば、彼女も頷く。

 

「ええ。エルくんにも用事があるから、もう少ししたら話そうと思っていたのだけれど……。実は王都近くのダンジョンの魔物生態調査の依頼を受けたのよ」

「そうだったんですか。でもそれがセリッサのお願いと何か関係が?」

「はい! 是非、わたくしもダンジョンへお供させていただきたいのです!」

「え!?」

 

 セリッサの発言に室内にいる者全員が驚くが、それに構わず彼女は言葉を続ける。

 

「わたくし白霊術を得意としておりますの。きっとお役に立てますわ!」

「それには及ばないわ。白霊術ならエルくんが使えるもの」

 

 すぐに切り返したアルディラさんの言葉に驚いた様子のセリッサは、表情を更に輝かしいものに変える。もうキラキラしすぎてて直視できない。いや、比喩だけど。比喩だけど眩しい。何ワットあるのってくらい眩しい。正面から受け止める度胸が無くてつい目をそらした私は悪くない。

 

「エルフリード様は白霊術まで使えますの!? 素晴らしい……! これならますます、」

「ますます?」

「あら、わたくしとしたことが。なんでもありませんわ、ホホホホっ」

 

 今この子何か言いかけたな。

 やっぱり何か企んでそうだし、気を抜かないようにしよう。

 

「でも、さっきのお話を聞いた感じですと、パーティーからお一人抜けられるのでしょう? その補填はどうなさるおつもりかしら」

「それはまだ決まったわけではないわ」

「ですがそうなった場合、その方の分を補うためにエルフリード様も白霊術だけに集中出来ないのではありません? その点わたくしでしたら専門家ですから、ある程度移動しながらや他の動作を並行しながら白霊術を使えますわ。貴女も冒険者なら白霊術の使い手がパーティーに加わる機会が滅多にないことはご理解なさっているのでは? 醜い嫉妬でその機会を棒に振るなんて愚かですわぁ~」

「だから、嫉妬ではないと言ってるでしょう! それに、貴女まだ得体が知れないのよ! せめて身元を明かしてから話を進めなさい!」

「まあ、この服を見てわかりません? わたくしの身元は我が主が証明してくださっていますのに、オツムまで弱いのかしら」

「減らず口を……!」

 

 バンっとアルディラさんが部屋の机を叩いて、見ていた私とコーラルは手を取り合って震え上がる。普段の温厚で冷静沈着なアルディラさんがここまで怒る所は初めて見るしその分怖いし、それを平然と受け止めて茶化すセリッサも怖い。

 

 

 

 しかし勇者は居た!

 

 

 

 美女同士の諍いに割って入ったのはカルナックで、「まあまあ」なんて言いながら二人の間に身を滑り込ませる。

 

「美しい方々が争うのは見ていて悲しくなる。少し落ち着かれては?」

「私はッ。…………そうね、ごめんなさい。少し熱くなっていたわ」

「わたくしは初めから落ち着いておりますわ」

 

 しれっと言うセリッサにアルディラさんのコメカミがぴくぴくと動くが、自制心を総動員してなんとか落ちつかせたようだ。

 

「お疲れ様です」

「ああ……。ありがとう、エルくん」

 

 宿備え付けの水差しから杯に水を注いで差し出すと、アルディラさんは少しだけ表情を和らげてくれた。しかし、残る疲労の色は濃い。

 

(さっきはこんな爆弾物件残してフェードアウトしてしまい本当に申し訳ありませんでした……!)

 

 心の中で土下座する私をよそに場を収めたカルナックは、部屋の面々を見回すと何度か頷く仕草をする。そして少し考え込んでから、片手をあげて提案した。

 

「パーティーの件なんだが、よかったら私も入れてくれないだろうか」

「え?」

「カルナックが?」

「英雄さんが?」

 

 それに驚いたのは私とアルディラさん、コーラルで、未だに彼のことを知らないセリッサだけが首を傾げていた。うん、そうだね自己紹介して無かったね。その人公爵家の貴族様で英雄とか呼ばれちゃってる人なんだよ。打ち解けたとはいえいきなりパーティー入るとかビビるわ!

 

「恐らくポプラにはもう少し考える時間が必要だろうから、しばらくは私もこの近くに居るつもりだ。なら私もまたポプラを見失うことは避けたいし、出来るだけあいつの近くで行動していたいんだ。お願いできるか?」

「そういうことなら歓迎するわ。そしたらエルくんも前線に出ずに白霊術に集中できるもの」

 

 英雄が仲間入りすることよりも、セリッサを追い出すいい口実が出来たからかスパッと切り替えて笑顔になるアルディラさん。しかし次のカルナックの台詞で再び表情筋が固まった。

 

「いや、ダンジョンは危険が伴うし白霊術の使い手は多い方がいいんじゃないか? 特にエルは冒険者としては駆け出しだと聞いたし、今のポプラは精神的に不安定だ。何が起こるか分からないし、不確定要素を取り払うためにも回復役が多いに越したことは無い」

「あら、話の分かる方もいらっしゃって嬉しいわ」

 

 正論過ぎる正論に、結局最後にはアルディラさんも折れた。

 

 最後まで口をはさめなかった私とコーラルは、せめてもの労いに後でセリッサに教えてもらったお菓子屋さんで何か買ってこようねと頷きあった。疲れた時は甘い物だよね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後セリッサとカルナックは、それぞれ泊まっている宿からこちらに移動するからと言い残して一度帰って行った。マジか越してくるのかあの二人。

 賑やかになりそうだけど、ちょっと胃が痛い。

 

 それにしても私の夢の第一歩、念願である理想のイケメンが仲間になるというのにまったくときめく心が無くなってしまったな。

 最初はあんなにドキドキしていたのになぁ……。まあ、しかたがないか。

 

 気分を変えようと、夕食の最中にコーラルに話を振った。

 

「ごめんね、コーラル。結局入学の準備が出来なくて」

「そうよね……。ごめんなさい、コーラル」

「い、いえ! そんなことないです。本当なら自分で用意しなくちゃいけないのを、色々教えてもらうだけでも嬉しいのに!」

 

 セリッサのインパクトが強かったから、コーラル見てると癒やされるなぁ……。アルディラさんも私と同じ気持ちのようで、目元が緩んでいる。

 

「少しごたついてしまったけど、今のうちに少し立て直しましょうか。まず明日、あのセリッサという修道女とカルナックさんが来る前に最低限済ませたい用事を終えましょう。また何があるか分からないし」

「そうした方がよさげですねぇ~」

「私はコーラルと学用品を買いに行くわ。エルくんは魔道具ギルドの登録! まずはそれからよ」

「! そ、そうですね。登録ですね!」

 

 王都へ来た目的なのにまた忘れてた。もう誰かの悪意が私を魔道具ギルド登録から遠ざけているように思えてならないんだけど……。

 登録が済んがら、ルチルの依頼をこなしてエキナセナにも会いに行く。よし、確認終わり。もう場の状況に流されないぞ!

 

 

 

 

 結局その日はポプラが部屋から出てくることは無く、彼の問題も宙ぶらりんになったままだった。

 

 こうして王都五日目は慌ただしく始まり静かに終わった。

 

 もうイベントはお腹いっぱいなので、明日からもう少し心穏やかに過ごせるといいなぁ、でも多分無理だなぁとおもいました、まる

 

 

 

 

 

 

 


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