ラングエルドで英雄と呼ばれる青年、カルナック・フレンディオには秘密がある。
それは彼が前世の記憶を有していることであり、それも別の世界の人間の記憶であることだった。
前世の名前は山田辰五郎。少々古風な名前だが、別に五男だからというわけでなく父親が好きだった俳優の名前である。
享年十七歳で亡くなった少年は、家出した幼馴染を追って訪れた国で希有な出会いに恵まれた。
なんと、自分と同じく日本人だった前世の記憶を持つ人間と邂逅を果たしたのである。これは生まれ変わってから初めてのことだった。
エルフリードと名乗った青年は、前世の名前は斎藤夏芽。辰五郎の同級生の男友達に同じく夏目と言う奴がいたものだから、カルナックは名前を聞いた途端、更にぐっと親しみを覚えた。
彼はカルナックよりも年上だったらしく、話を聞いてからはどこか老成しているというか落ち着いた雰囲気も頷けた。彼を取り巻く女性事情に思わず取り乱したカルナックは初対面にも関わらず、かなり失礼な態度をとってしまったはずなのだが、エルフリードはそれについて呆れはするものの特に怒る様子を見せてはいない。そしてそれを思い出してちょっとばかり恥ずかしかったカルナックである。
カルナックは前世で普通の高校生だった。
部活はバスケ、バイトはファミレス。趣味はバイクとサブカルチャー。両親が居て、弟を下僕か何かと勘違いしている姉と、兄を小間使いのように使う妹に、可愛い豆柴の愛犬が家族だった。
友達は多くもなく少なくもなく、まあ親しくない奴とでもへらへら笑えるくらいのコミュニケーション能力はあったと自負している。勉強はあまり得意でなくて、飛びぬけて優れた所も無いが運動の方が得意。得意科目は体育と歴史、苦手科目は数学と英語。残念ながら気になるあの子はいたものの、結局告白できずに彼女が居たことは無い。
そんな特別な所が見当たらない、平凡な高校生。
生まれ変わる前の最後に覚えている記憶は、バイクでスリップした場面だった。多分あのあと、事故の怪我で死んだのだろう。痛かった記憶が無いのが幸いだろうか。
そして山田辰五郎として死んだあと、バイクのほかに趣味だったサブカルチャーの影響で、生まれ変わって乳幼児になった時もすぐに状況を理解出来た。「ああ、これよくネット小説のシチュであるやつだ」と。
もちろん簡単に受け入れたわけではないが、幸い赤ん坊から前世の記憶を取り戻したカルナックには時間があった。有り余る時間で心の整理をし、健康な体で生まれた事に感謝しよう、頑張って生きていこうと心に決めたのだ。
そうしてカルナック・フレンディオとしての新しい人生が始まった。
言語体系が違っていたため苦労もしたが、それについては柔軟な子供の脳みそのおかげか自然と単語を覚えていった。両親は優しく、先に生まれた姉はカルナックを可愛い可愛いと大事にしてくれた。
成長するごとに生まれた世界の情報を徐々に集めて行くと、この世界が剣と魔法のファンタジー世界だと知ったカルナック。そこで彼はこの世界をめいっぱい満喫しようと、まずは前世でフィクションでしかお目にかかったことのない魔法の練習からはじめた。
小説のようなあからさまなチートな能力は備わっていなかったものの、努力がすぐに結果に直結していったあたり才能には恵まれたようだった。
フレンディオ家は公爵の家柄にして、父親は将軍。体は健康で、恵まれた環境だったと今でも思っている。
それに男に生まれてよかったと心底思った。今度こそ彼女を作ってやるという強い決意と熱意。……それも人生の大きな目標の一つ。
結婚ではない、まず彼女というところが重要なのだ。
カルナックは絶対に恋愛結婚派だと周囲に豪語している。
ある程度体が育ってくると、剣の稽古も始めた。こちらも努力さえ怠らなければ、面白いように上達していった。
そして五歳くらいだったろうか。カルナックは一人の少年と出会う。
実家で開かれたある日の夜会で、部屋の隅で彼が居心地悪そうにしていたのを覚えている。かっちりした服にラッピングされた少年は、一心不乱に食べ物を胃に掻きこむことで周りを無視しているようだった。しかし急ぎすぎたのか、途中で食べ物がのどに詰まって苦しみだして、そこでカルナックが駆けつけて水を飲ませたのが最初の出会い。
少年の名前はポプラ・キャビネット。
キャビネット伯爵家の三男にして、後にカルナックの幼馴染となる存在だった。
聞けばポプラは妾の子で、伯爵家当主に黙って下町で子供を産んだ元伯爵家の侍女が母親だ。彼女が亡くなった時、遺言で伯爵家に行くよう言われたポプラは下町の貧乏生活から一転して貴族として生きることになる。
しかしあまりに違う生活環境や新しい家族に馴染めなかったポプラは、当時相当なストレスを抱えて生活していたようだ。
そんな中カルナックに出会い、表では良い子ちゃんぶりつつ裏ではばれないように結構なやんちゃをやらかしていたカルナックとポプラはすぐに気が合い仲良くなった。
そんなポプラが、一年ほど前に家出を決行した。
自分にも何も言わなかったことに、カルナックはひそかにショックを受けていた。そしてその怒りを発散するように、親に無理を行ってポプラを探すため旅に出る。
この時点で数年前から対魔族戦で幾度となく戦績をあげていたカルナックは、英雄とまで呼ばれる存在になっていた。その彼がいきなり旅に出ると言い出したので最初周囲が渋ったが、タイミングがいいのか悪いのか……。いや、間違いなく悪かったのだが。キャビネット家の長男と次男が病に倒れたのだ。
このこともあって、カルナックのポプラ探しの旅は許可された。手遅れになる前に、彼を探し出してラングエルドに戻らねばならない。
先日ようやくポプラを見つけたものの、複雑な心境なのか彼はすぐに答えを出せないでいた。無理に連れて帰っても恐らく意地を張るばかりだろうと、カルナックはしばらく彼の様子を見守ることを決める。
先日連絡した際に聞いた限りではポプラの兄二人の病状は、回復もしていないが悪化もしていないとのことなので猶予はあるはずだ。本当は彼らが回復することが一番なのだが……。
しかしポプラの家出のおかげで、カルナックは初めて同郷者に出会う事が出来た。
あまりにも前世の情報を知りつくしているような情報を発信する冒険者ギルドについては、以前から自分と同じ転生者がいるのではと疑っていた。しかしまさかこんな場所で出会おうとは予想の範囲外である。嬉しい誤算だ。
(まあ、日本人かって聞かれた切っ掛けがハーレムとかロリとかって言葉なのは居たたまれないけど……)
勢いにまかせてどうせこちらの人間には通じまいと、マシンガントークでオタク性を暴露した自分が悔やまれる。
なんというか、自分はすごくイタイ人間に見られてるんじゃなかろうか。だけどしかたがない。幼いころからカルナックの日本語カタカナ羅列群を聞いて育ったポプラならともかく、現地の人間だと思っていた相手には絶対分からないと高をくくっていたのだから。
エルフリードとは年齢こそ多少離れているものの、生きた時代が同じで趣味も近かったせいか話が合った。
これで前世の彼が憧れた美女に囲まれたハーレム野郎でなければ、出会った瞬間から義兄弟の杯をかわしてもいいくらいには楽しかった。
そう、唯一彼を受け入れるのを阻むもの……それは女性にモテていることである。
カルナックはこの世界を受け入れた時から、ある憧れを心に秘めていた。それは二つあるが、片方はこのまま順調に強さを磨けば手に入れる事が出来る。しかし、もう片方が運の要素が強いためどうしても上手くいかない。
出会いは多いしモテないわけじゃないから先ほど吐露した「モテたい」という願望は、実はちょっと違うのである。
無い物ねだりは見苦しいと思いつつ、それでも彼は思うのだ。
「いつか俺は、絶対チーレムを実現させて見せる!」
宿からの帰り道。
見た目爽やか王子系イケメンと称された青年は、曇りのないまっすぐな瞳で夜空に輝く星々に誓ったのであった。