突然部屋に入ってきた美少女の背後に、きゃぴーんっ(ハート)という擬音を幻視した。ついでに咲き乱れる花までしょって見える彼女は、一昨日出会った風変わりな修道女のセリッサ。……あれ、目ぇ疲れてんのかな。
彼女のテンションと唐突さに部屋の中に居た誰もが驚いていると、セリッサは花を振りまいていた笑顔をひそめてぷくっと頬を膨らませた。リアルでこれやって似合う子って凄いなぁ、あっはっは。……と、思わず現実逃避したくなる。え、何しにきたん? そしていきなり断りもなく部屋に入ってくるとか心臓に悪いからやめて? そして別れ際にきつい事言ったからこっちは普通に気まずいよ。本来気まずそうにするのはそっちな気もするけど。
「もう、エルフリード様ったら酷いですわ! 教えてくださった宿、名前が間違っておりました。昨日走り回って探してしまいましたのよ!」
「え、そうなの? それは、ごめん」
いきなり入ってきたことを咎める前に、逆にセリッサに怒られてしまった。嗚呼、反射的に謝る私は押しに弱い(元)日本人……。
セリッサにずいっと突きつけられたメモは一昨日私が書いて渡したもので、見ればたしかに間違えている。「子猫の足跡亭」のはずが「子犬の足跡亭」になっていた。
「ちょっといいかしら。あなたは誰? いきなり許可も無く入って来るなんて、失礼じゃないかしら」
「あら、ごめんあそばせ。一刻も早くエルフリード様にお会いしたかったものですから」
「エルくん、知り合い?」
やはりいきなりの不躾な入室に怒っているのか、アルディラさんが不機嫌そうな声で尋ねてきた。いつもよりどこか迫力を増した彼女に思わずたじろいだ私は、とりあえず当たり障りなく答えることにする。
「あー……まあ、行きずりの知人と言いますか、何と言いますか……」
「まあ! そんな、酷いですわ。わたくしはこんなにエルフリード様の事を愛しておりますのに!」
「あ、愛!?」
「あの、その人一昨日会った人です!」
驚くアルディラさんに、今まで黙っていたコーラルが珍しく威嚇するような尖った声でセリッサのことを告げた。
すると一昨日にギルドに行けなかった理由を話した時のことを思い出したのか、アルディラさんは眉根を寄せてセリッサを見る。
「一昨日……。ああ、ひょっとしてエルくんとコーラルの用事を邪魔をした人かしら」
「あら、邪魔だなんて。……ですがエルフリード様を怒らせてしまったことは確かですわね。エルフリード様、わたくしの浅慮な振る舞いでご不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「う、うん? うん。別に、もう気にしてないよ。俺も少し苛々してたから、きつい言い方してごめんね」
「まあ! まあまあまあ! なんてお優しいのでしょう! 流石はわたくしのお慕いする殿方ですわ。そちらの心にゆとりの無さそうな方とは違いますわね~」
「ちょ!?」
「ゆとり……ねぇ。フフっ、面白いお嬢さんね?」
私としても生理前で苛々してて若干当たってしまった感があったから、謝罪を受け入れて謝ったら予想以上にオーバーリアクションで感激された。しかも初対面だってのに取り繕うことなく真正面からアルディラさんに喧嘩売るようなこと言うとか、いったい何しに来たのこの子!? アルディラさんの声が凍てつく波動を発していて怖い!一昨日のでかいネコ何処行ったの!?
私はアルディラさんの発する氷の空気にびくびくしながら、とりあえずセリッサが訪ねてきた訳を問う事にした。なんか、これ以上二人を会話させたらいけない気がする。
「それで、セリッサの目的は刺繍の依頼でいいのかな……?」
「ええ、それもありますわ。ですがそれは建前と申しましょうか……。わたくし、すっかりエルフリード様をお慕いしてしまいましたの。どうしても再びお会いしたくて、思わず思い余って飛び込んできてしまいました」
「えっと、そのことは一昨日断ったはずだけど」
「うふふっ。だってエルフリード様はわたくしのこと、まだ少ししか知らないでしょう? もっと知って下さったら、きっと好きになってくださいますわ! まだまだ諦めきれません! どうかわたくしの愛を受け取ってくださいませ!」
(なんという自信とネバーギブアップ精神……!)
ぎゅっと腕に抱き着いてくるセリッサを剥がそうとするも、上手い具合に腕を絡ませていて力ずくでもない限り離せそうにない。女の子相手に乱暴な事も出来ないし、この子もそれを分かっている。相変わらずのテクニシャンである。
それにしてもこの子も大概しつこいな……。
タダは無理でも刺繍の割引位ならしてあげるから、好きでもない相手に媚び売るんなんてしなければいいのに。せっかく可愛いのにその容姿の使い方が凄くもったいない。男を手玉に取りたい年頃なのかもしれないけど、若い子がそう自分を安売りするもんじゃないぜ。自分を自分で安っぽくしてどうする。もっと自分の価値を高めたまえ! ……とは、どう見ても女としては劣っている私からは言えた事じゃないけど。だってセリッサ可愛んだもん……。
ま、まあいいや。とりあえず話を進めよう。
「そういうことは無暗に言わない方がいいよ。君、俺じゃなくて俺の刺繍が目的だろ?」
「そんな鋭い所も素敵ですわ! ええ、たしかに最初はお恥ずかしながら魔纏刺繍の腕目当てで近づきました」
お? ずいぶんと素直。
私が意外に思ってセリッサを見ていると、彼女は手を組んで上目遣いで私を見つめてきた。その頬はほんのり赤い。
「エルフリード様に厳しいお言葉を賜って、わたくし自分の浅ましさを痛感いたしました。そして大事なことに気付かせてくれたあなた様のことが、本当に好きになってしまったのです。これは嘘偽り無い本心ですわ。どうか、信じてくださいませ」
「好きって、あんなことで? そんな簡単に……」
「恋とは、いつどこで落ちるか分からないものですわ。だからこそ、その瞬間と出会いを大事にしたいのです」
思いがけず真剣な表情で、熱のこもった瞳で見つめられて思わず「キュン」と胸が鳴った。相手が女の子だとかそういうことは関係なく、前世と現在を合わせて考えてもこんな熱烈な告白された経験が無い私にとってそれは酷く心臓に悪い体験だった。やっべ、なんかドキドキする。新しい扉開いちゃいそう。あ、どうしようなんか混乱してきた!!
え、ちょ、マジか! どうしよう嘘に見えない。でもどっちにしろ、私女だからちょっと無理かなって、でも、こんな真剣に言われて二回も断るの? いや断るしかないけどだって私女の子だし! え、好き? 慕ってる? ラブ? える・おー・ぶい・いーなの? 私に? えええ!? どうしよう全身が熱い!! 照れすぎだろ私!! でも恥ずかしい! そして好きと言われてちょっと嬉しい自分も居ることが怖い!! 私女だし先日運命の出会い的なものしたしその本人もすぐ近くに居るしでも好きって、好きって!? ああああ、好きってなんだっけ! ライクじゃダメなの!? ラブじゃなきゃ駄目!? お友達からって言うべき!? でもそれだとまるで先があるみたいな! どう答えればいいんだ!!
頭の中がぐるぐるかき混ぜられるようで、まともな思考が導き出されない。そのくせ、ああ私テンパってるなーと第三者の私が冷静に分析もしている。けど
そんな私を思考の渦から救い出したのは、アルディラさんとコーラルだった。
アルディラさんがセリッサから私を引きはがし、そして私の前に腕をいっぱいに広げて小さな体で立ちはだかるコーラル。
私はセリッサと距離をおけたことで、ようやく少し落ち着きを取り戻すことが出来た。
「んもう、不躾な方ね」
「貴女に言われたくないわ。それより、少し確認をいいかしら」
「ええ、どうぞ?」
不満そうなセリッサだったが、その態度はどこまでも余裕をはらんでいる。見た目はガラス細工のように繊細だけど、きっと心は防弾ガラスに違いない。
アルディラさんはそんなセリッサ相手にこめかみをぴくぴくさせながらも、なんとか笑顔を形作って問いかけた。
「最初は魔纏刺繍の腕が目当てで、と言っていたけれど。その言い方や貴女の態度を見させてもらうと、普通の依頼をしたかっただけでは無いようね」
「何の事かしら。変な言いがかりはよしてくださいまし」
「とぼけるならそれもいいけれど、これだけは覚えておいてちょうだい。彼とパーティーを組んでいる限り、私には貴重な職人を守る義務があるわ。あまり目に余る行動をされると、私もそれなりの対応をしなければならないの」
「まあ物騒な! わたくしはエルフリード様に愛の言葉をお伝えしているだけですのに」
「最初の目的をあわせると、深読みしてしまうのもしょうがないのではなくて? 正直貴女の行動は、良いように利用するための誘惑にしか見えないわ」
「純粋な愛情をそんな風に言うなんて、なんて失礼な方でしょう! それにくどくどと遠回りに言いますけれど、貴女、ただ嫉妬しているだけじゃありませんの?」
「な!?」
「ああ、嫌ですわぁ。年増女の嫉妬は見苦しいですわね~」
「アルディラさんまだ二十三だよ!? 若いよ!」
緊迫する女性二人の会話に口をはさめずにいたけれど、前世で二十八歳だった私はついセリッサの年増発言が聞き捨てならなくて口をはさむ。二十三とかまだ若いじゃん! お肌の曲がり角前じゃん!
二十過ぎた人間を年増扱いとか、これだからティーンエイジャーは。調子こいていられるのも今のうちだけだぞ? どうせすぐに君も足を突っ込む領域なんだからその発言はいずれブーメランしてくる。節目を過ぎると時間過ぎるのどんどん速くなるんだから! 気づいたらアラサーだったりアラフォーだったりするんだから!
私情も多分に含んで憤慨していると、セリッサは不快に思うどころか頬に手をあててうっとりとした表情でこう言った。
「エルフリード様はお優しいんですのね。わたくしまで嫉妬してしまいそう」
色っぽい流し目で微笑まれて、思わず縮こまってコーラルの背に隠れた私は臆病者かもしれない。だって肉食系女子怖い。
私前世だと食物連鎖の前にあえなく食い散らかされた
「だ、大丈夫ですよエルさん! あたしが守りますから!」
「コーラル……!」
「おチビさんも失礼ですわね。守るだなんて、わたくしは魔物か何かですの?」
魔性の女、小悪魔っていったら魔物の分類でいいんじゃないかな……。
特に何されたってわけじゃないんだけど、油断したらあっという間に喰われそうで怖い。
「ごほんっ」
妙に修羅場感漂う空気を割ったのは、今まで黙って成り行きを見守っていたカルナックだった。
「お取込み中に失礼。少し彼と話したい事があるんだが、いいかな?」
言うなり誰の了承も待たず、カルナックは私を引っ張って部屋の外に連れ出した。
途端にあの空気から解放された安心感が全身を満たして自然と表情筋が緩む。
「あの、助かりました。ありがとうござ「お前何?」
お礼を言おうとしたら、えらく低くおどろおどろしい声に遮られた。周りを見回すが、宿の廊下には他に人影はない。そうなると今の声は必然的に目の前の人物から発せられたことになる。
「え~と、カルナック……さん?」
おそるおそる声をかけると、カルナックは勢いよく振り返るなり、紳士然とした雰囲気をかなぐり捨ててやけくそ気味に叫んだ。
「何なんだよお前ハーレム野郎かよおぉぉォォォォォォォッッ!!!!!」
人に夢と書いて、儚い。
理想とはいつの世も崩れやすいものなのだと、私はこの時深く思うのだった。
なんでや!!