爽やかに名乗ったカルナック青年は、大通りまで私を送ってくれた後爽やかに去っていった。どうやら用事があるようで、すまなさそうに「家まで送ることが出来ず申し訳ない」と言っていたけれど、私にしたら助けてもらっただけで十分である。
実に気持ちの良い好青年だった……。
ちなみにあの盗賊の赤髪ドレッドについては、カルナックさんが騎士団に知り合いがいるので通報してくれるとのこと。
事情聴取が必要になるかと心配だったんだけど、そこは強姦されかかった私に配慮したのか彼は自分が話すから大丈夫だと請け負ってくれた。細かい気遣いまで出来るカルナックさんに今のところ欠点らしい欠点が見当たらない……! どんだけいい人なんだ!
まあ奴の強さに関して報告するなら、実際に戦ったカルナックさんの方が分かるんだろうけど。
偶然襲われていたと思ってくれたのは幸いか、そうでないのか。私としては十二年前の出来事から話す羽目にならなくて助かる。
あ、ちょっと彼の欠点らしき所を見つけた。気遣いしすぎて大事な事を見逃しそうな所だ。……でもそれはいい所でもあるしなぁ。う~ん、やっぱり欠点らしき所が見つからない。
(あ、でもルチルには言った方がいいのかな?)
十二年前、彼女の知り合いらしい相手と、それに雇われた盗賊に襲われた張本人である彼女には教えておいた方がいいのだろうか。
が、私はそう考えつつも、とりあえずその件は保留することにした。流石にもう休まないと体力が厳しい。なんせ、運命の出会いかと思った相手に連絡先も聞けない始末だ。ヤバい。お腹痛い。
私は助けてくれた相手に心配だけはさせまいと、体調不慮を笑顔で隠し取り繕ってカルナックさんを見送った。そして
宿の人間に見つからないように部屋まで戻った私は、久しぶりの女の子姿からもとの男装に着替えつつため息の塊を吐き出した。
(疲れた……)
アルディラさんたちはまだ帰って来ないようなので、傷を治して薬を飲んだら夜まで寝ていよう。そう思って上着のボタンをはずした時、鎖骨のあたりについた赤い跡を見つけて顔をしかめた。
人生初のキスマークを強姦魔につけられるとかなんたる屈辱。というか十二年間肉弾戦も魔法も修行だけは怠らなかったというのに、文字通り手も足も出なかったとかマジなんなん。やはりこの世界では雑魚なのか。いくら頑張っても雑魚は雑魚ってか。部屋の隅でいじけたい。……言い訳をすれば体調不良のせいともいえるが、それにしたって屈辱だ。
今までの努力を否定されたようで、予想以上に精神的にダメージが大きかった私。
が、このキスマークは更に追撃をかけてきやがった。
「? え、何これ」
殴られた腹部の青あざを白霊術で癒そうと思ったら、魔力が上手く循環しない。四苦八苦しながらもいつも省略している詠唱で道筋を整えてから呪文を発すると、やっと効果が表れた。
原因は何かと全身に神経を張り巡らせれば、体内を巡る魔力が二か所で淀んで流れが鈍くなっていることに気付く。一番大きな淀みは鎖骨にある例の赤い痣で、もう一つは脇腹にポツンと出来た針で刺されたような小さな痕。それが私の魔力の流れを邪魔していた。
小さな方もあの赤髪男……。アグレスと言ったか。奴の仕業かは分からないが、やっかいな事をしてくれたものだ。
私は鞄から過去にサクセリオの講義を記したノートを取り出すと、その中から精霊術に関する項目を探した。サクセリオは精霊術の使い方は教えてくれなかったけど、精霊に相対した時の対処方法は教えてくれた。たしかその中にあったはず。
「あった、これか」
『精霊の呪痣』
精霊に呪われると、魔法が使えなくなることがあるらしい。それは今の私のように魔力の流れを乱されるからだろう。
本来精霊本体にしか使えない技のはずだけど、カルナックさんはアグレスが外法精霊術の使い手だと言っていた。だったら精霊を身に宿したあの男が、その力を使えても可笑しくない。
本人が術の行使をやめているからか現在は多少の不調で済んでいるのだろうけど、再び遭遇すればさっきみたいに容易に捕まってしまう可能性が高い。早々に解呪する必要性がある。
まったく、解呪なんて専門外もいいところだ。つーかサクセリオの授業でしかやったことねぇよ!
この解呪に魔力を回している間、魔力効率が大幅に低下することは想像に難くない。ルチルに魔纏刺繍の依頼をされてるのに、まったくもって忌々しい……。この分だといつもより時間がかかりそうだ。
「あのクソ野郎覚えてろよ……!」
あ、クソッ。私言う事がいちいち負け犬臭い。でも、もし次に出会う事があったなら、どんな外道な手段を用いても奴の急所をすり潰してやる。……会わないに越したことはないけど。
私は怨嗟のこもった声で呟くと、サクセリオのテキストから解呪の項目を探した。
アルディラさん達が帰って来たのは夕方だった。
「へえ、コーラルは冒険者学校に行くことにしたんだ」
「はい! 精霊の力に関してはレラスお姉ちゃんに聞けばいいから、あたし世間知らずだし冒険者の学校でいろいろ知れたらいいな、と思って」
「え、レラスさん?」
「村から旅立つ前にあたしと契約してくれたんです。困ったらいつでも呼びなさいって」
「そっか、なら安心だね。考えてみればコーラルは精霊だから、魔法の勉強は同じ精霊に教わった方がいいか」
「あ、その、でも、エルさんにもあとで、その、魔法を……教えてもらってもいいですか?」
「コーラルがいいなら構わないよ。俺は精霊術使えないし、ちょっと頼りないかもしれないけど」
「そんなことないです! お願いします!」
一生懸命な様子のコーラルを微笑ましく見ていると、私と同じように表情を緩めていたアルディラさんが口を開いた。
「それと、コーラルったらね。頑張れば冒険者学校は一年で卒業できるって聞いたらすぐに「こっちがいいです!」って選んだのよ」
「決めるの早かったよな~」
「ふぇ!? あぅ、そのですね、……」
まごつくコーラルに代わって、アルディラさんが楽しげに言う。
「コーラルね、卒業したら恩返しがしたいからパーティーに入れてほしいんですって」
「え、俺達のですか?」
「ええ」
頷くアルディラさんがほんの少し申し訳なさそうなのは、一年後も私たちがパーティーを組んでいるか分からないからだろう。世の中何事も変動が激しいから、パーティーが変わることなんてざらにあるらしい。それはA級冒険者であるアルディラさんも同じことで、むしろAランクだからこそギルドの特別な依頼を受けてパーティーを離れる可能性だってある。
けど、それもまだ未定のこと。
コーラルのその気持ちは私も嬉しくて、一年後に卒業できたなら彼女と一緒に冒険するのも楽しそうだなと思った。
「入学はいつなんですか?」
「冒険者学校は学期とかはあまり関係ないから、申し込めば簡単な審査の後すぐに入れるわ。入学後に初心者講座を受けて、それぞれ覚えたい知識の講義を受けていく感じかしら」
「コーラルはいつから通いたい?」
「あたしはすぐにでも!」
熱意があふれてるなぁ……。それはいいことだけど、気張りすぎて空回らないかちょっとだけ心配だ。
「だったら明日にでも準備整えたらいいんじゃねーの? 冒険者学校は授業料は出世払いで融通聞くけど、筆記用具とかは自分でそろえるってギルドのねーちゃん言ってたろ。慌てて準備不足で入学したら目も当てられないぞ」
ポプラの言葉に途端にしゅん、と落ち込むコーラル。え、どうしたの?
「いくらくらいかかるんでしょう……」
「ああ、お金の心配ならしなくてもいいわ。村長からの報酬がまだ残っているもの」
「でも、それだと皆さんの取り分が無くなっちゃいますよ!?」
「だーかーらー。好意は素直に受け取っとけっていってんだろ。知らない相手からなら警戒してもいいけど、オレらもう知らない仲じゃないだろーが」
「ぷひゅっ」
ポプラに鼻をつままれたコーラルは、最後まで申し訳なさそうだったけど結局は頷いた。うんうん、それでいいんだって。一応私たち全員そこまでお金に困って無いし。
「じゃあ明日はコーラルの入学準備だね!」
私が張り切ってそう言ったのだが、即座にポプラからツッコミが入った。
「おい、それよりオメーは魔道具ギルドに登録してきたのかよ」
「あ……」
「してねーのかよ!? おま、今日一日何してたんだ。人の事よりお前はさっさと登録してきて王女様に謙譲する品仕上げろよな!」
「わ、わかってるよ!」
何があったか? 盗賊に強姦されかかってました! …………なんて話せるはずもない。反論せずに小さくなった私は、コーラルの準備はアルディラさんたちに任せて、自分は今度こそ魔道具ギルドに行かなければと決意した。
明日こそ、明日こそ行く! そしてルチルの依頼品にも刺繍を始める!
呪い解くのは時間かかってもいいから後回しでいいや。結構面倒くさそうだし、それより先にやることすませちゃわないと。
その後は冒険者学校を見学した様子を身振り手振りで教えてくれるコーラルや、パーティーを組んだら手始めに行く予定のダンジョンについて話してくれるアルディラさんが中心となって雑談に花が咲く。
昼間にあったことを段々と忘れさせてくれる雰囲気にほっとする中、私は助けてくれた青年を思い出していた。
立派な服と剣だったし、手入れの行き届いた装備品の各パーツに洗礼された動作。騎士団に知り合いも居ると言っていたし、多分結構な身分の人ではなかろうかと予想をつけている。
盗賊の男も強かったけどあの人も強かった。多分使っていたのは精霊術の魔法付与の類だろうけど、それだと少なくとも地水火風と四柱の精霊と契約していることになる。精霊術の使い手の中でも多い方だ。
また会えるといいな、とほのかに胸にともる想い。
久しぶりの乙女らしいときめきを感じていた私。そんな私にとって、翌日の朝部屋をノックする音と共に聞こえた声は正に寝耳に水だった。
「すまない、ここにポプラという男は居るだろうか」
それは昨日聞いたばかりの、爽やか青年の声だった。
部屋を訪ねてきた声に飛び上がったのは私だけではなかった。いや、むしろ名前を呼ばれていない私が驚くのが可笑しいんだけど。でもだってこの爽やかの風が吹きすさぶかのごときイケボイスは!!
顔は見えないけど、扉の向こうに居るのは恐らく昨日の青年だ。けど鮮明に耳の残っていた若々しい精悍な声が呼んだ名前はポプラ。そして呼ばれた本人は、もともと癖が強い髪を寝癖で更にぐしゃぐしゃに乱したままベッドから転げ落ちた。
「あ、な!? ま、まさか」
「同室の方、失礼。入るぞポプラ」
扉の向こうの人物が言うなり、木製の扉が開く。同時に何を思ったか、ポプラが窓枠にしがみついてガタガタと立てつけの悪い窓を押し上げようとしていた。
「何してんの?」
「うっせー! 逃げんだよ!」
ここ二階だけど、というつっこみは不要だろうか。多分ポプラなら余裕で飛び降りれるだろうし。
「またか? そろそろ俺も疲れるからやめてくれよ」
しかしポプラの逃亡が叶うことはなかった。さほど広くない部屋に足を踏み入れるなりあっという間にポプラに距離を縮めた彼は、猫の首根っこでも掴むかのようにポプラの服を掴んで持ち上げた。あー……、あれ服伸びるな。
私はといえば突然の闖入者がやはり昨日の爽やかイケメンのカルナックさんであると確信すると、反射的に寝起きの頭をばばばっと手櫛で整える。けどその後はどう反応して良いのか分からなくて、何も言えずに布団をぎゅっと掴んだまま暴れるポプラとカルナックさんを見守っていた。
とりあえず、いったいどういう関係?
「朝からお騒がせして申し訳ありません」
騒ぎを聞きつけて隣室から出てきたアルディラさんとコーラルに、カルナックさんは申し訳なさそうに頭を下げた。その横ではポプラが分かり易くふてくされている。
私はとりあえずそわそわする気持ちを抑え込んで、厨房を借りお茶を淹れて客人を始め全員に振る舞った。
そのお茶だが、ちまちま大事に飲んでいたちょっとお高めの紅茶をゴールデンルールに則って繊細に仕上げましたとも。わずかな渋みを含み味を引き立たせる最後の一滴たるゴールデンドロップはカルナックさんにそそいだ。めっちゃ気持ちこめて淹れた。だって相手は分からなくても運命の再会だぞやったぜ。え、これ運命だよね、運命で良いんだよね!? 助けた女の子が男装してて、後になって気づいて「君はあの時の!」ってなるフラグだよね! そうに決まっている!
……いや、まず落ち着こう。挙動不審な動きで変な印象を与えたくない。とりあえず私はお口にチャックだ。今は彼らの動向を見守ろう。
「ポプラくんのお知り合いですか?」
カルナックさんんも居出立ちから只者ではないと感じたのか、相手は年下だろうに心なしかアルディラさんの背筋がいつもより伸びている気がする。対してカルナックさんは礼儀を残しつつも、気負う事のない自然な様子で応じてみせた。
「失礼、名乗り遅れました。私はカルナック・フレンディオと申します。こいつの幼馴染で、まあ兄貴分のようなものですよ」
「そうなんですか……。ん? フレンディオ?」
何か引っ掛かったようにアルディラさんが考え込むと、それに気づいたポプラが言いたく無さそうに口をもにょもにょさせてから口を開いた。がんとして話さないぞとばかりにぎゅっと固く結んでいた口を自ら開くとは……。こんな時にもアルディラさんに尽くすラブ精神は立派だと思う。
「姐さん、バルロッサ・フレンディオって聞いたことありません?」
「バルロッサ……、え、嘘!? もしかして、貴方」
「はい、バルロッサは私の父の名です」
「ってことは、もしかしてラングエルドの英雄!?」
(え、英雄だと……。似合うなぁ……)
また大層な二つ名が飛び出て来たものけど、カルナックさんにはぴったりだ。英雄か。いいな英雄。素敵だな英雄。でもラングエルドって何処だろう。
ラングエルドという地名を知らないため、私はおずおずを手をあげて質問した。
「あの、すみません。話の腰を折って申し訳ないんですが、ラングエルドって何処ですか?」
「お前なぁ……。仮にも冒険者なんだから、もう少し地名覚えろよ。しかもラングエルドは村とかじゃなく国の名前だからな」
「ご、ごめん」
ポプラのツッコミはもっともだ。今まで町や地方の地図を見るのが精々だったしそれで事足りていたんだけど、冒険者になったからには駆け出しとはいえそれではいけないだろう。
旅するには絶対必要になってくる知識だろうし、今度冒険者ギルドで地図見せてもらおうかな。
「ラングエルドは隣国ケスティアを超えた先にある工業国家よ。鉱石の産出国であるフェルメシアとは一番の貿易相手ね」
「へえ、そうなんですか……。ありがとうございます。それでカルナックさんが英雄っていうのは?」
ちらっとカルナックさんを見るが、穏やかな笑みを向けられただけだ。相変わらず爽やかだが、私が昨日助けた女だと気付いた様子はない。東洋系の珍しい顔立ちだし「おや?」くらいの反応見せてくれたらいいのに。魔纏刺繍の効果が原因だろうけど、ちょっと残念。
これは改良の余地ありだな……。男装ばれのラブロマンスを目指すなら、完璧ではなくてとこかで「バレる」隙を作っておかなければ。
「エルくん?」
「はっ、すみません! 少しぼーっとしてました!」
質問したにも関わらず、男装の改良について考え込んでいた私は、アルディラさんの怪訝そうな声で我に返った。おっと、いかんいかん。しゃきっとしなければ。
アルディラさんは私が話を聞く体勢になったことを確認すると、改めてカルナックさんについて教えてくれた。
「それで、彼の事だけどね。私も噂にしか聞いたことが無いんだけど、カルナックさんは魔族との戦いで幾度となく相手の魔将を打ち取っているのよ。間違いなくケストニア大陸の防衛に大きく貢献している有名人だわ」
「いえ、そうたいしたものではありませんよ。周りが
「ケッ」
謙遜するカルナックさんに、面白くなさそうにそっぽを向くポプラ。
そんな彼らに今度はコーラルが控えめに質問をした。
「あの、家名があるってことは、偉い人なんですか?」
「フレンディオ家はたしかラングエルドの公爵家ね……」
「えっと、公爵って……」
「現国王の血縁だよ」
「!?」
「お、王様の?」
ちょ、それってすんごく身分高い人なんじゃ……! お高めとはいえ庶民の紅茶とか出しちゃって大丈夫だったのか。
アルディラさんはルチルの件で耐性が出来たのか、何処か諦めたような面持ちながら落ち着いていた。流石ですお姉さま。私とコーラルはそうは出来ずに挙動不審となっております。
「ああ、お気になさらず。爵位はすでに姉が継いでいますし、私はしがない一兵卒ですよ」
「英雄とまで呼ばれる立派な人が一平卒って名乗るのはどうかと思いますけれど……」
「ははっ、これは褒めてもらっているのかな? ありがとうございます。ところで普通に話してくださって結構ですよ、美しいお姉さん。私もポプラの前ですからもう少し砕けて話したいので」
「あら、では少しお言葉に甘えようかしら。……て、あ! ごめんなさい! こちらがまだ名乗っていなかったわね。私はアルディラ・カルアーレ。冒険者です」
アルディラさんが名乗っていないことに気づいて恥ずかしそうに言うと、私とコーラルも慌てて自己紹介した。これで身分が上の人に先に名乗らせる失態は二度目だ。ま、まあ普通こんな立て続けに偉い人に会う機会とか無いはずなんだけど……。
「アルディラさん、エルフリード、コーラルか。よろしく! 私の事は気軽にカルナックと呼んでくれ。弟分が世話になったようだな。感謝する」
「そんなことないわ。ポプラくんには私たちも助けてもらったもの」
アルディラさんが言うと、ポプラがぱっと嬉しそうに顔を輝かせる。しかしカルナックさんが続けた言葉で先ほどよりも不細工に顔をしかめてしまった。
「いや、苦労したでしょう。この馬鹿、一年どこをほっつき歩いていたか知りませんが、散々人に迷惑かけて……」
苦々しく言うカルナックさんに、そういえば公爵家の英雄さんがポプラを訪ねてきたのって何で? と疑問を覚えた。それ以前にその大層なご身分の人と幼馴染のお前は何者なんだポプラ。
「カルナックさんは、その、ポプラくんに何か用事があったのよね。私たちは席を外した方がいいかしら」
「いいえ。どうやらこいつは皆さんのパーティーに入っているようですし、聞いてもらった方がいいでしょう。まずこいつの出自なんですけど、聞いていますか?」
「いいえ、詳しいことは何も……」
「だったらポプラ、自分で名乗れ」
カルナックさんに頭を小突かれて、ポプラはぐっと歯を食いしばってから口を開いた。
「俺の本名、ポプラ・キャビネットっていいます」
「え、家名があるってことは……」
「言っておくけど、こいつより上の身分じゃねーぞ」
「たしか、キャビネット家は伯爵家だったか」
「それでも凄いと思うよ!?」
たしかルーカス周辺を収めていた領主さまの身分が伯爵だったはず。ということは、ポプラの実家はそれと同等の身分を擁しているということだ。
公爵以上でないとはいえ、お坊ちゃんであることに変わりはない。道理で王族関係の知識があったはずだよ。
「別にオレが凄いんじゃねーし」
口をとがらせたポプラの一言に、何をとはっきり言い表せないけど彼の内情が凝縮されているように感じた。
私が言葉に詰まると、カルナックさんがポプラを咎めるように言う。
「勝手に家出しやがって。俺、私は半年くらいずっと探していたんだからな? まさか国外に出ているとは思わなかったが」
「別に探してくれなんて頼んでないしー。むしろオレが居なくなった方が実家的にはよかっただろ?」
「お前はそういうことを……。いいか? よく聞けよ」
神妙な面持ちでカルナックさんが言った一言に、ポプラが固まった。
「お前の兄貴達が、病に倒れた」
カルナックさんの話はこうだった。
ポプラが家出した後、キャビネット家の跡継ぎである長兄と次兄のお兄さん二人が病にかかったのだという。かなり
それを聞いたポプラは、「すぐに治るだろうさ」なんて言って平気そうな風を装いながらもとても大丈夫そうには見えなかった。顔色真っ青だったもんな……。
そしてその後すぐに無言で外へ出て行った彼に、私たちは何も声をかけることが出来ず見送った。
「ポプラくん、大丈夫かしら」
「カルナックさん。ポプラは家出したって言ってましたけど、ご家族との仲ってどうなんですか?」
少々踏み入ったことだろうかと躊躇するも、気になってしまいカルナックさんに問いかける。今の様子だと嫌いってわけじゃなさそうだけど……。
「仲は悪くないんだが、昔からコンプレックス……あー、劣等感の塊でね、あいつ。出来のいい兄貴に不出来な弟だとずっと言われ続けてて、それで素直になれなくなってるんだ。ご両親も厳しいお人達で、ポプラは自由が気性に合ってる奴だから「貴族らしくあれ」って煩い実家が苦手みたいだよ」
「ああ、なるほど……」
初対面の印象が軽そうなチャラ男だったもんね……。あれで貴族として生活するのは大変そうだわ。
「ポプラが帰ってくるまで、ここでお待ちになりますか?」
「ああ、そうさせてもらうとありがたい。それより、君も気軽に話してくれて敵わないよ。同い年くらいだろ?」
「え、カルナックさんていくつ?」
「十八歳だ」
「わっ! ホントだ。同い年ですね」
アジア系の顔立ちである私の年齢を一発で見破るとは、なかなかの慧眼である。それにしても同い年なんだーカルナックさん。大人っぽいからもう少し年上だと思ってた。
「えっと、じゃあお言葉に甘えて……。よろしく、カルナック」
照れ照れと言う私に対して爽やかな笑顔で「よろしく」と握手を求めてくるカルナック青年マジイケメン。
ぽうっと見惚れながら私も手を差し出した、その時。
「エルフリード様、おられますか!? わたくしですわ、セリッサですわ~!」
ノックも無しにドアから弾丸のように突入してきたのは、先日出会った修道女のセリッサ嬢でした。