一緒に過ごし始めて結構経ったが、サクセリオという現在の私の保護者は見かけに違わずミステリアスな人だと思う。
「エルーシャ様、これも美味しいですよ」
「あ、ありがとう」
甲斐甲斐しく私の世話をやき、私が食べたいと言ったものを覚えた彼が用意する好みが把握された料理のラインナップは毎回素晴らしい。
最初のころは宿の食事や外食だったのに、途中から彼自身が厨房を借りて作り始めたから驚いた。しかもプロに負けないどころか、好みに合わせてくれているからか他で食べるのと比べてかなり格別! 味もさることながら見かけも芸術的とか、これいかに。
スプーンですくってくれた桃色のシャーベットを口を開いて待っていると、ひんやりとした温度とスモモの果汁の瑞々しさをぎゅっと詰め込んだような、爽やかかつ甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。
美人に食べさせてもらう美味しい食事……実に幸せである。
「美味しい!」
「それはようございました」
最初は恥ずかしかったけど、まあ、慣れましたとも。人間って慣れる生き物よね。
もちろん全部食べさせてもらうわけではない。むしろ作法の練習と言って、サクセリオはテーブルマナーに厳しい。……それを差し引いても甘やかしてくれてるとは思うけども。
「kjhgfdrfdsvgt○▼hbgvf」
「ああ、ここの綴りはこうなんだ」
座学は新しい知識がぎゅうぎゅうに詰め込まれていき、正直苦手だ。特にせっかく生まれつき持っている言語チートを半分封じて習わないといけない言語学。でも最初よりは随分と教え方がましになったとは思う。どうも彼、今まで教え方を知らなかっただけっぽい。一回コツをつかむとサラッと出来ちゃうタイプだな多分。羨ましい。
でも座学はいいとして、実技は淀みなく脳筋スタイルだと思う。
「ほらほら、直線に逃げるだけではいけません。地形を利用して立体的な動きをするのですよ」
「無理無理無理、むりぃぃぃぃぃっ!!」
カフカの洞窟では「実戦指導」「基礎体力作り」と言って毎回容赦なく魔物軍団の真ん中に私を放り込むサクセリオ。しかも指導と言っておきながら、その内容はかなり無茶ぶりというか無責任だ。
「無理じゃありません。やれば出来ます」
「どこからその自信が!?」
「世間ではこれくらい皆かる~くこなす物ですよ」
「思ってた以上にこの世界の人間が猛者!」
「一週間後からは戦闘訓練に入りますから、それまでに基礎体力をつけてくださいね」
「鬼か! 逃げるだけでもう死にそうだよ!?」
「素晴らしい。逃げながらそこまで大きな声で喋れるのでしたら、上達はすぐですよエルーシャ様」
「反射で突っ込んでしまう自分が憎い!」
「今の時代、身を守るだけでは生ぬるいですからね。反撃できる実力を身に着けていただかなくては」
確認しよう。私、まだ推定3歳。元気いっぱいに走れたら拍手な年齢。
危険な時はサクセリオが遠くから魔法? か何かで援護してくれるとはいえ、何時間も魔物から逃げられている自分に私もびっくりだ。この世界空気にプロテインでも含んでんの? つーか、こんなのが日常なこの世界の人間ってどんだけ強いんだ。これを世間一般の人が軽くこなせるとかマジで言ってんのかこの男。
カフカの洞窟から帰ると、私は疲労や切り傷、時に骨折などでボロボロになっている。それでも辞めないのは、辞められない強制イベントであることも要因の一つ(何せ吹雪で囲まれた岩山の頂上洞窟に人間ジェットコースターで連れて行かれる)。けどモチベーションが続いているのは、この後に待っているご褒美があるから……かな。うん。
「今日もよく頑張りましたね、エルーシャ様」
「痛い、体痛いー」
「少々お待ちくださいませ。今白霊術をかけます」
そう言ってサクセリオは手にぼんやりと光る輝きをまとわせて、私の体に触れるか触れない位置で念入りに体全体へ光を移していく。その時の気持ちよさと言ったら、温泉につかりながらマッサージを受けているような感じ? 岩盤浴で寝そべってうとうとしている時にも似ているような……甘い花のような香りも漂ってきて、全身から痛みや身体的疲労と共に精神的な疲れまでが掃除機で吸い込まれてんのかってくらい急速に抜けていく。
とにかく気持ちいい。気分は南国リゾート高級スパ。
ベットに寝そべってサクセリオの魔法を受けている私は、溶けてしまいそうな感覚にだらーんと力を抜いて相好を崩していた。
「き、きもちいぃ……」
「エルーシャ様は白霊術がお好きですね。さ、治癒は終わりましたので次はお手入れですよ」
「え~……もうちょっと寝てる……」
「駄目です。もうちょっとなんて言いながら、いつもそのまま寝てしまわれるでしょう? まだお食事も歯磨きもまだですよ」
「! ご飯! ご飯は食べる!」
「エルーシャ様は食べることが大好きですねぇ……私としても作り甲斐があります」
「サクセリオのご飯美味しくて大好き! 今日は何!?」
「その前にお手入れです」
「え~……。うん、わかった」
うん……なんというか、子ども扱いされてる私ナチュラルに幼児退行してるな。喋り方とかもろに。
ちなみに白霊術というのは、要は治療系の魔法みたいだ。
これが怪我を治すだけでなくて、疲労回復から体のメンテナンスまでこなすトリートメントいらずの便利な代物。爪は岩をひっかいた時欠けたり傷ついていたのに、白霊術で磨かれるとピカピカの桜色の爪になるし、汗や埃でべたついてごわごわだった髪は幼児の特権である天然サラ艶キューティクルを取り戻す。
もちろん先に治療をされていた体も老廃物を出し尽くしてツヤツヤピカピカ。サクセリオが傷とかはひとつだって残さない。
どうも受けた感じ白霊術があればお風呂も必要ないようだけど、何でも毎回お出かけ前に塗ってくれる魔物ホイホイのオイルはなかなか落ちないらしい。だから毎日濡らしたタオルでしっかり体も拭かれる。……羞恥心よどこに家出した。
まあとにかく、勉強と特訓で疲労困憊になる私がこの生活を続けられるのは、
が、この人の恐ろしい一面を見るのもこの休息日なのだ。
休息日に街へ出かける時は買い物をしたりご飯を食べたり、劇を鑑賞したり町の外の花畑で小動物と戯れようと追いかけまわしたりお昼寝したりする。もう私ったら、完全に行動が幼児退行してるわ。あっはっは。たーのしー。
今日は特に何も決まっていなかったので、ただプラプラと街を歩いていた。シュピネラは広いので、まだまだ見たことの無い場所ばかりで異国を歩く感覚だけでも楽しい。
そのサクセリオ。いつ私が何を欲しがっても何でも買えるようにと、財布の他にずた袋一杯に硬貨を詰めて持ち歩いている。
一見みすぼらしいずた袋に、いったいどれだけの財産が入っているんだろう。……ぎっちぎちに詰まりすぎてて表面ボコボコしてるんだけど。持つ人は平然としてるのに、ずた袋を支える紐がメリメリと「やめろよ、重量オーバーだよ!」と悲鳴をあげてるんだが。
当然そんな物を持っていたら絡まれることもあるわけで。
「よう、兄ちゃん。ずいぶん景気が良さそうだな」
「へへへ、オレ達にもわけてくれよ」
どんな人間が絡んできたかよく見る前に、重く鈍い音と共に人影が消えた。
「……サクセリオ、それ、お金が入った……」
「エルーシャ様。これが持ち合わせの財産を有効に利用し、賊の撃退と財産を守る一挙両得な技「コインノッカー」です。覚えておいてください」
いやあんた、そんなコインロッカーみたいな。
要はブラックジャックだよねそれ。カードゲームとか漫画の方じゃなくて、円筒形の袋にコインを詰めた武器だよね? 2人同時に殴り飛ばしおったぞこの人。
横の民家の壁突き破ってんだけど、そこんとこどうするつもりなの。中から悲鳴が聞こえるんだけど。
「少々強くやりすぎたようですね。こういう時は修理代だけ置いて速やかに去りましょう」
「金で解決!?」
金貨をぽーんと5枚くらい中に放り込んだけど、だったら最初から絡んできた人たちに渡した方が穏便に済んだんじゃないかな!? 恐らくだけど、単に気に食わなかったからぶちのめしただけだこの人!!
その後も似たようなことがあった。
「ハァハァ……あんた、キレイな顔してんなぁ……へへっ、こっちこいよ」
「ふ、ふひひ、お嬢ちゃんもなぁ、ハァハァ」
「おじさん達がいい事教えてあげるぜ~? うっふん」
(性犯罪者キター!? しかもホモとロリコンとか、いや最後はオカマか)
美人のサクセリオはそういう意味でも大変絡まれ易い。女でも男でも釣り放題だが、時にこんなのも釣る。
そして。
「ほう、そういう趣味かならば私のよりも立派なものを突っ込んでやろう。何、礼はいらぬよ。遠慮するな」
そのセリフの後に残るのは、お尻から角材を生やしたボロ雑巾。…………あれ、見えなかったな、今。早すぎて。おー、突き刺さってる突き刺さってる。そびえてる。
私は目をごしごしこすりながら、サクセリオを見上げた。
「ねえ、サクセリオ……あれ死んじゃうんじゃ?」
「大丈夫ですよエルーシャ様。人間とは意外にしぶとい生き物ですから、何も問題ありません」
「そ、そっかー」
これ以上は怖くて突っ込めねー。
こういうのが続いた日に「チッ、殺せれば楽なものを」って言ってたもんなサクセリオ。いやいやいや、マジ怖いなこの人。裏で何人か殺していても何ら違和感がない。薄々思ってたけどこの人ヤベー。
とりあえず、サクセリオはミステリアスなお人だ。
…………ミステリアスって便利な言葉だなって、なんとなく思った今日この頃。