魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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42話 嵐の前のお茶会にて

「あれ、まさかそれって魔纏刺繍です?」

 

 冒険者ギルドを訪れていたアルディラは、用事を済ませてから王都のギルドに寄せられている依頼に目を通していた。その最中でギルド職員に声をかけられ、その内容にひくっと口の端がもちあがる。

 

「ま、まあ。わかります?」

 

 にやけそうになる口角を押さえて平静に装いながら、長くもないのに髪をかき上げる仕草で刺繍のされた手袋をさりげなく見せる。

 施された刺繍は銀糸、白糸、青糸を基調にしていて、とても流麗な仕上がりだ。布の色も指先から二の腕にかけて藍から黒に色彩が変化しており、そのさりげなさも隠れたお洒落だとアルディラは評価している。端の部分には繊細なレースがあしらわれ、二の腕を上品かつ華やかに彩っていた。

 

 つい見せびらかしたくなる品であるが、自分から言うのもどうかと思ってずっと気持ちを押さえていた。そんなアルディラにとって、職員の言葉は至極嬉しいものだったのだ。

 

「ええ! しかも素晴らしい品ですね。もしや時々出回ると噂に聞くカトレア女史の作品ですか? 彼女の作品私も買いたいんですけど高いし、商人や愛好者が絶対出所を明かさないんですよね……」

「残念ながら違うわ。でも、彼女のお弟子さんの作品よ」

「弟子が居たんですか!? なるほど。よい品なわけだ」

 

 アルディラは以前エルフリードに作ってもらった魔纏刺繍の施された長手袋を、ギルドの職員が見やすいように差し出す。すると別の職員と話していたポプラがこちらの様子に気づいて寄ってきた。

 

「どうしたんスか?」

「ああ、この人がエルくんの作品に興味をもったみたいでね」

「おや! もしや貴方の頭の布も!?」

 

 ずいっと身を乗り出してきた職員に、ポプラはふふんと自慢げに頭を触る。

 

「おう、魔纏刺繍だぜ」

「いいな~いいな~。いくらしました?」

「職人の言い値だな」

「ああ、そうか。そうですよね……。きっとお高いんでしょうね……いいなぁ……」

 

 物欲しそうに見てくる職員に気をよくしたのか、ポプラが見せびらかすようにほれほれと布の端を煽る。アルディラはその喜びようを作者の前でも見せてあげればいいのにと、苦笑しながらも若干の罪悪感を覚えていた。

 

 値段を聞かれると、正直安く売ってもらいすぎていて後ろめたい。作者であるエルフリードに対しては申し訳なくて胸が痛む。ポプラの言い値で買ったという話は事実であるが、彼もかなり安く刺繍してもらったはずだ。

 

(そうなのよね、すっごく安く売ってもらったのよね……)

 

 最初こそ提示された値段に「これそんなに安く売ってもいいの!?」と叫びたかったアルディラも、正規の値段で買ったらと思うとつい色々と自分に言い訳してエルフリードの好意に甘えてしまった。

 アルディラの稼ぎならば払えぬ金額ではないが、締めるところは締めたい実家での長女気質がひょこっと顔をのぞかせる。しかし年下にたかるような行為はしたくなかったので、今度実際に店に並ぶ魔纏刺繍作品を見てもらって金額を考え直すように言うつもりだった。その上で足りない分の金額を払うつもりではいるのだが……店に並ぶ魔道具の値段を彼が知ったら、怒るだろうかとアルディラは懸念する。

 

(いえ、怒りはしないわね。でもすごく驚きそうだわ)

 

 あの青年の性格を考えるに、怒る事は無いだろう。しかし以前のポプラとのやり取りを考えると、驚きすぎて失神でもしないか心配だ。彼はまだ自分の手から生み出される富に気付いていない。

 

 

 

 現在王都に出回っている魔纏刺繍は大きく分けて二種類。

 ひとつは他国の職人からの輸入品で、ひとつは国内のどこかに居るという魔纏刺繍の熟練職人カトレアの作品。旅の間にエルフリードに聞いたところ彼の師匠がカトレアであるとのことで、彼女はルーカスという田舎の町に住んでいるらしい。そのカトレアの作品は昔からの愛好者か、ごく一部の商人しか扱っていない。そのため輸入品とあわせてどちらも高額の値段がつく。

 国内で言えばあとは王城おかかえの魔刺繍職人もいるが、彼らは数が少ないので王族や式典関係の作品を作るので手一杯だ。まず小物などの作品は出回らず、出回ったとしても彼らの弟子の作品ばかりで、未熟な彼らの刺繍は魔法付与の効果が薄い。

 

 更にルチル王女の指摘でわかった事だったが、まさか古代魔法言語を織り交ぜて刺繍した品だとは……。この手袋を正規の値段で売ったとすれば、いくらほどの値が付く事か恐ろしい。

 

 

 

 

「あ、そういえば魔道具の買い足しもしないと」

 

 しばらく補充していなかった品を思い出して、未だ自慢げに布を見せびらかしているポプラに声をかける。

 

「私はこの後魔道具を買いに行くけれど、ポプラくんはどうする?」

「もっちろんお供しますよ! 荷物持ちにガンガン使ってください!」

 

 了承を得ると、羨ましそうに見る職員に軽く頭を下げて冒険者ギルドを後にした。

 

 ギルドでの用事とは、遠隔伝達魔道具を借りてのシュピネラ支部への連絡だった。

 そして連絡回路を繋げ、しばらく王都へ拠点を移す旨を常々世話になっているシュピネラのギルド支部長グレイナルドに伝えると、「それなら」とさっそく王都付近の迷宮(ダンジョン)に関する依頼を受けたのだ。エルフリードという初心者もいることだし、迷宮におもむくにあたって道具をそろえておくに越したことは無い。

 

「魔道具って回復薬とかですか?」

「ええ、王都なら他より流通している分、多少安いしね。あとは清めの護符に魔法付与をしてもらわないと……」

 

 アルディラはシュピネラを旅立つ当初、回復薬の購入を怠った自分の迂闊さを後悔していた。以前は多少持ち歩いていたが、エルフリード達と出会う前の仕事で使いきってそのままにしていたのだ。街道沿いの魔物でアルディラの手を煩わせる魔物はほぼいないといってよいし、通常の薬は持ち合わせていたこと、自身が多少は回復魔法を使えることで慢心していた。

 ここ数十年ほど魔道具職人の減少によって魔法効果の付与された薬の価格は高騰している。どうせ王都が目的地なら、魔道具ギルドの本部があり回復薬が他より流通している王都で購入すればよいと思っていたのだ。何せ、他で買うより安い。

 

(私もケチよね……)

 

 冒険者として稼げるようになってからも、昔からしみついた癖はなかなか抜けない。

 

 清めの護符は白霊術「清浄潤光(トリートメントシャワー)」が付与された旅の、特に女性には必需品と言って良いアイテムである。野宿の時など水浴びや体をふくなどして無防備な状態を晒したくない、でも体を清めたいという女性冒険者の要望により開発された。

 服を着たままでも体や装備から汚れと老廃物を取り去ってくれるのだが、いかんせん使用制限があるのが玉に傷。限界値に達する前に魔道具ギルドに属する店で、専用の魔道具から再度魔法付与の効果を写し取らなければならない。

 ちなみにその都度料金が発生するので、魔道具ギルドの継続的なよい資金源になっている。

 

「あ、でも、もしかしてエルくんって清浄潤光(トリートメントシャワー)も使えるのかしら」

「ああ。使ってましたよあいつ」

「ええ!? ちょっと、なんで教えてくれないの?」

「す、スンマセン。でもだいたい今まで宿に泊まれてましたし、オレも見たのは一回きりなんスよ!」

「これはいい節約になるわ……!」

 

 白霊術に魔纏刺繍、家事も見る限りでは完璧。

 

「本当にエルくんをパーティーに入れて正解だったわね」

「え! 姐さん! オレは? オレは!?」

 

 

 アルディラはぐっと拳を握る。

 そして実に稀有で優秀なパーティーメンバーのために、労いの意味を込めてお土産を買って帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿屋に帰ると、なんとアルディラさんがお土産を買ってきてくれていた。

 私たちの方は王都を沢山歩き回ったわりに、自分達だけ色々食べてしまって申し訳ない。けどその好意はありがたくいただく事にして、皆でお茶することになった。

 

「エキナセナにも食べさせてあげたいねー」

「そうですね……。エキナセナさん、元気でしょうか」

 

 アルディラさんのお土産はケーキだった。

 

 ふわふわなスポンジではなくバターや卵がふんだんに使われたパウンドケーキタイプのそれは、ぎゅっと生地の目が詰まっていてずっしり食べ応えがありそうだ。実際に食べてみればドライフルーツもたっぷりと入っていて、かなりお腹にたまる。美味しいから食べられるけど!

 表面はキャラメリゼされているのか、てらてらと飴色に艶めいていた。そのキャラメルがカリッとした触感と甘さに反したほろ苦さがいいアクセントになっていて美味しい。こ、これは後でお店の場所を聞かなければ……!

 

 濃い目に淹れた紅茶に宿の人から柑橘系の果物をもらって、スライスして入れた。すると後味がさっぱりとして良い感じ。

 今日は昼間も夜も甘いものいっぱい食べちゃったけど、ウエストは大丈夫だろうか。

 

 美味しいものに満足しつつ、一方で城に居るエキナセナを思うと申し訳ない気持ちになる。きっと半年間甘いものを食べる機会なんて無かったはずだから、是非ともこの王都スイーツを食べさせてあげたい。

 処分はそう重くならないと聞いているけど、知らない人に囲まれた状況では豪胆なエキナセナでもストレスがたまっているはず。

 

 近いうちにお土産を持って会いに行こうと、ケーキの最後の人かけらを口に放り込んで一人頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 まったりとお茶の時間を楽しんでいると、ふいにアルディラさんが訪ねてきた。

 

「ねえ、エルくんって清浄潤光(トリートメントシャワー)って使える?」

「使えますよ。言ってませんでしたっけ?」

 

 言えば、アルディラさんがぐっと拳を握ったのが見えた。

 

「じゃ、じゃあ今度から野宿とか迷宮行った時とか、頼んでもいいかしら?」

「お安い御用ですよ」

「そう! ありがとう!」

 

 大したことでもないのに手放しに喜んでくれるアルディラさんが可愛い。普段クールな人が、こう無邪気に喜んだりするのって何でこんなに可愛いんだろう。これがギャップ萌えというやつか。

 

 

 

 話題がそんな風に転んだので、私もついでに以前から気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「そういえば、王都ってお風呂が有るんですねー。今までの村や町だとあっても公衆浴場が一つ程度だから、宿屋に備え付けになってるのには驚きました」

 

 そう。王都のこの宿には、ちゃんとお風呂がついているのだ。

 男女で別れた大浴場なので、私は夜にこっそり入っているけど見た時は感動した。宿の人に聞けばこの宿だけでなく各家庭で完備だと言うから素晴らしい。

 

「ああ、初めて王都に来た人は驚くわね。王都は水資源が豊富ということもあるけれど、水路と下水の整備がされているから比較的気軽に水が使えるのよ。あとお湯を沸かすときは火籠石(ひこもりいし)を放り込めばいいだけだから簡単だしね」

「うっわぁ……!す、凄いんですね王都って。村だと水を何回も運んで桶に溜めないと駄目だったのに……」

「水の魔法でも使えなきゃぁ普通はどこもそうだろ。この王都が特殊なんだよ」

 

 感動したように瞳を輝かせたコーラルに答えたのはポプラだった。そうだよねぇ……。ルーカスでも井戸はあったけど水道とかは無かったし。王都って凄い。

 

(それにしても、コイツは……)

 

 コーラルに答えたポプラが行儀悪く肘をついたままケーキを食べているので、すかさず肘を払った。補足してくれるのはいいけど、コーラルに悪い見本を見せないでほしい。

 

「ぅお!? 何すんだよ!」

「食べる時は机に肘をつかない! あ、すみません話の途中で。そういえば火籠石って……?」

「ふふっ、黒霊術を使えるエルくんには必要ないかもしれないけど、名前の通り火を籠めた魔石のことよ。魔力を注ぐと熱くなるから、水に入れてお湯を沸かすのに使ったりするの」

「へえ~……。都会には色んな魔道具があるんですね」

「田舎モンめ」

「ぐッ! べ、別にいいでしょ。処変われば物も変わるんだから、知らなくたって覚えればいいんだし!」

 

 少々負け惜しみの様になってしまったけど、こういう時って世間にはまだ知らないことがたくさんあると実感する。本来の目的にはまだ遠いけれど、こういう事を経験出来るだけでも旅に出た価値はあったかもしれない。

 

 それにしても火籠石かぁ……。聞いた感じだと、普及しているようだし王都ではポピュラーな魔道具なんだろうね。今度魔道具のお店もじっくり覗いてみたい。今後商売をして旅の資金を稼ぐに当たって、魔纏刺繍の価格の参考にもしたいし。

 

 

 

 のんべんだらりと雑談してまったり過ごす私は、この時は非常に呑気に構えていた。

 

 翌日に酷く嬉しくない再会が控えていることも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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