朝食がてら今後の事について話し合った私たちは、午後はそれぞれの予定ごとに分かれて行動することにした。
ポプラとアルディラさんはギルドと道具屋、私は魔道具ギルドに登録と、コーラルはその私に付いてきて魔法ギルドで学校の資料を貰うことになっている。
ちなみにコーラルだけれど、冒険者ギルドの学校にするか魔法ギルドの学校にするかはまだ決めかねているらしい。でも実際に見るか資料に目を通さないと、両方ともどんな様子か分からないもんね。冒険者学校の資料の方はアルディラさんがギルドで貰ってきてくれるようなので、それと合わせて魔法学校の資料を見比べて決めるのがいいと思う。
城下町の屋台で軽い軽食を食べた私たちは、のんびりと町を見ながらギルドがあるという王城地区へと向かった。
以前アルディラさんにギルドの話を聞いた時に知ったのだけど、魔道具ギルドなどが国営なのに対して冒険者ギルドだけ民営の機関であるとのこと。そのためギルドの中でも冒険者ギルドだけが王城地区に本部が存在していない。だからこそアルディラさん達との別行動になったわけだ。
そういえば冒険者ギルドって結構謎の組織なんだよね。
発足してからまだ五十年程度であるに関わらず、その規模は全国に広がり知名度、信頼度共に高い。地位もある。
しかもそれぞれの国とは適度に関係を保ちながらも完全に独立組織で、ギルドが世間に提供した技術は数知れず、とはアルディラさんの談。
今でも魔法の研究など独自の発展を続け、世間に役立つ情報を発信し続けている。そのため国からの信頼は厚く、力が有りすぎるために危険因子どころか抑止力になってどの国もギルドを取り込めないでいるとか。
これは本部があるタイトニアでも同じことらしく、この辺はポプラに聞いた。
そもそも「ギルド」という言葉の発祥も冒険者ギルドなんだって。その形態を真似したのが他の相互組合……ギルド発足の由来なのだとか。これを言えば冒険者ギルドが世間に及ぼしている影響がどれだけ大きいものか、知らない人が聞いてもご理解できるだろう。私だって恐れおののいた。
すさまじい発展力を備えた組織なのに、警戒もされないで各国に支部が出来続けているし、更にいえば世間の一般常識の中に浸透している。その勢いたるや、初めて聞いた時は化け物かと思った。だってたった五十年で、それを成し遂げたのだ。半世紀といえば大きく感じるけど、この馴染みっぷりを見ると五十年前はギルドが無かったことの方が信じがたい。
更に「ギルド」に加えて「パーティー」「ダンジョン」「スキル」「ランク」、アルファベットによるランクの段階分けなどもギルド発祥の単語だ。これも不思議で、完全にケストニア大陸の共通語じゃなくて日本のカタカナ言葉に聞こえるんだよね。
普段私がこの世界の共通語で日本のカタカナ英語のように感じている単語は「魔物の名前」や「魔法名」などである。これ等は例えるなら感覚的に漢字のように感じる
名称を固定すると便利だから浸透してるみたいだけど、こういう背景を考えると単にファンタジー世界だから、という理由だけではギルドを受け入れられなくなる。
まあ、一般人の考えが及ばないほど規模が大きいけど便利な組織、と思っておけば問題ないだろうけど。
ともあれ、私とコーラルは華やかな王都の街並みにきゃっきゃしながら大きな橋を渡って王城地区の城門まで進み、そこで昨日ルチルにもらった通行証を提示した。
通常ならば厳しいボディチェックや審査を通してから入区が許されるが、流石は王女様の発行した証書。並ぶ新参入区者をしり目に、常連入区者と一緒にすんなりと入ることが出来た。
そして
「コーラル、はぐれないように気をつけようね」
「ふわぁ……! す、すごいです……!」
王城地区はこれでもか! と、色んな形の建物がぎゅっと詰め込まれたように乱立していた。空から見た時はアシンメトリーながら統一されている印象だったけれど、下の方……城門の裏側はこんな風になってたのか。
一応大通りはあるし馬車などの通行には問題なさそうだけれど、王城までの道はいくつも九十九折になっている。そう、九十九折……いくつもくねるゆるやかながら坂道だ。
もしこの城を攻める国があったなら、かなりの鬼畜仕様だと思われる。だってこの周りに堀がある上に高い壁があって竜騎士とかいるんだぜ……? 運よく城門を突破出来たとしても、もたもたしてる内に上空や城壁から射殺されるわ。これだけの鉄壁の守りなら、国の中枢機関を集めてあるのも頷ける。
とりあえず、城門で聞いた道順を忘れないように入り組んだ道を進む私達。
方向感覚を途中途中で狂わされながらも、某鼠が支配する王国を思い出すんだ! と頑張った。あそこも初めて行ったら迷路。城とか山を目印にしても細かい所に入り込んだら訳が分からんくなる。
そしてやっと到着したフェルメシア魔道具ギルド本部は、青いドーム状の屋根が付いた円筒形の建物と台形の建物がくっついたような形をしていた。いくつも突き出た煙突や縦長の窓から煙が立ち上っているのは、何かを作っているんだろうか。
太陽光を反射している魔道具ギルドのエンブレムが金色に輝いていて眩しい。あれ可愛いなぁ……。キーホルダーとかで同じデザインあったらあのエンブレム欲しいかも。
「や、やっと着いたぁ~!」
「うう、目がぐるぐるまわったです……」
ぐったりとした私とコーラルは、目的地に到着出来てとても安心した。いかに前世の自分が便利な道具に頼っていたかと思い知らされたわ……。スマホのナビって、便利だったな。女は地図が読めないとか言われるの腹立たしいけど、あいにく私には当てはまるようだ。今実証された。
とにかく疲れたけど気を取り直して、ギルドを訪ねて登録してしまおう。コーラルのために魔法ギルドにも行かないとだし、さっさと済ませるに越したことは無い。
そうして私が魔道具ギルドの門戸を通ろうとした、その時だった。
「まあ! もしかして貴方様は魔刺繍職人のエルフリード様ではなくて?」
「え?」
振り返る前にどんっと体に軽い衝撃と、腕に柔らかい感触があたった。そして重なった視線の先には、キラキラ輝かんばかりに憧憬の色を宿して潤む大きな黒目。
ふわっと香ったのは、まるで花畑に首を突っ込んだかのような甘くも優しい香りだった。
「だ、誰ですか!?」
私よりも先にコーラルが問うと、抱き着いてきた件の人物はハッと気づいたように押し付けていた体を離した。けどそのたおやかな二本の腕は、未だ私の腕をがっちりホールドしている。振りほどけない絶妙な絡ませ具合で。
「突然失礼いたしました。わたくし、セリッサ・ベリルと申します。貴方様の作品の愛好者ですわ」
そう名乗った彼女は、私に見せるように羽織っていたストールを広げて見せる。たしかにそれは私の作品で、以前シュピネラで商人たちに売った物だった。
「え、そうなんですか!? わぁ、ありがとうございます! まさか王都に来たばかりで、そんなこと言ってもらえるなんて思わなかったから嬉しいです。でも、よく俺が作者だってわかりましたね?」
「わたくしどうしてもお会いしたくて、マルキオから特徴を聞いて毎日待っていましたの」
「毎日!? って、マルキオさんって商人のマルキオさん? 知り合いなんですか?」
「ええ。彼は商人のふりをしておりますが、実は教会の監察官ですの。その繋がりですわ」
そう言えばこの彼女、セリッサさんは修道女の格好をしている。
マルキオさんって商人じゃなかったんだ……。って、教会関係者以外に監察官だなんてばらしていいのかな? 言葉的に想像するに、教会関係者を見て回ってる人ってことでしょ、それ。
しかしセリッサさんは気にした風もなく、そのキラキラした瞳でやや背の高い私を上目使いに伺ってくる。その姿は完璧なまでに清楚でいじらしいお嬢様なので、私が男だったら一目ぼれしても可笑しくないくらい愛らしかった。
(白雪姫みたいな子だなぁ……)
女である私までもぼけっと見惚れてしまうセリッサさんは、黒檀のような瞳と艶やかなカラスの濡羽色のぱっつん前髪のロングヘアー、何も塗っていないっぽいのに血のように赤い小さな唇、雪のように白い肌……というような、個人的な意見を言うと白雪姫+日本人形みたいな美少女だった。西洋人形+花魁みたいな豪奢な美人さんであるルチルとは対照的といえる。
しかもその清楚な外見を裏切って、体が修道服をむっちり持ち上げるイケナイばでぃーとは、なんたるフュージョン。合コン行ったらオンリーウィナーになりそうだ。
私がセリッサさんに見惚れていると、ぐいっと服の袖を引かれたので見てみればコーラルだった。珍しく不機嫌そうな顔をしている。
「あ、ごめんねコーラル。セリッサさん、待っててくれたってことは仕事の依頼かな? 今日は少し忙しいから、宿を教えるから後で来てくれると嬉しいんですけど……お手数おかけして申し訳ありませんが」
毎日待っていてくれただなんていう彼女には申し訳ないけれど、今日はこちらが優先だ。
私が言うと、セリッサさんはにっこり笑う。
「まあ、そんなセリッサさんだなんて! セリッサと呼んでくださいましエルフリード様。敬語も不要ですわ!」
「えっ? う、うん」
得体のしれない押しの強さを感じた私が思わず頷くと、セリッサ嬢は何を思ったか私に再び腕を絡めてぐいぐいと引っ張ってきた。
「ちょ!?」
「魔道具ギルドの登録なんて、いつでも出来ますわ! それよりわたくしとお話ししましょう。とっても美味しいタルトがあるお店を知っていますのよ。紅茶も絶品でして、是非ともエルフリード様にも味わっていただきたいの!」
「あ、あの!」
笑顔のごり押しに、腕を乱暴に振り払うわけにもいかずに困惑している私に助け舟が出される。その助け舟ことコーラルは、見たことないような怒った顔でセリッサを睨んでいた。
「エルさんは、あたしと約束してるんです! 勝手に連れて行かないでください!」
「あら、おチビさん。貴女もいらしてかまいませんのよ? 甘いものはお好きかしら」
「え……」
「タルトはもちろん美味しいですけれど、他にもおすすめがたくさんありますの。プリンって食べたことありまして? 基本の濃厚卵のほろ苦いカラメルがけプリンはもちろん、果物の風味が付いたものや、ああ、チョコレートプリンなんかもお勧めですわ! 柔らかくてぷるぷるしていて、口の中でまろやかにとろける夢のように美味しいお菓子でしてよ。是非ご馳走させていただきたいわ」
「ぷ、ぷりん……!?」
やばいコーラルが陥落した。かくいう私も食べ物の誘惑に弱すぎてどうしよう、プリン食べたい。
私たち二人から抵抗する気が失せたのを知ったのか、セリッサさ……セリッサは満面の笑みで促した。
「さあ参りましょう。食べたら王都を案内いたしますわ!」
本日私は、自分が押しの強さと甘いものにとても弱いと知った。