魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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38話 思い出を辿る(ルチル視点)

 魔人。それも常に人類の頭を悩ませている魔王軍の将を倒したという報告を聞き、ルチルはすぐさまその者らを連れてくるようにと指示を出した。

 ついでに普段は仕事ばかりしている部下に彼女の大好きな竜に乗せてやろうと、竜騎長に無理を言って侍女のエレナを冒険者の迎え行かせることを思いつく。まあ無理にといっても、かつての教え子に甘い竜騎長はエレナが竜に乗ることには賛成だったようで、竜でなく貴重な飛龍を貸し出してくれた。

 他二名も竜騎兵ではなく二十名しかいない竜騎士から同行者を選出したあたり、冒険者を迎えに行くという目的以上にエレナの護衛を重視したに違いない。まったく甘い事だ。

 それにはさしものルチルも呆れたが、彼女にとっても侍女のエレナは昔から仕えてくれる大事な存在だ。護衛が過剰だからと不満はない。

 

 

 

 そうしてやってきた冒険者たちは、一様に緊張しているのが見て取れてルチルは内心大笑いしていた。

 

 実は彼らが城に入った時点で城内の遠見の魔法で様子を窺っていたのだが、廊下の真ん中で顔をぐにぐにとこねくり始めたり奇妙な動きで体をほぐし始めたところで、ゴルディに諌められるのも構わず執務室でゴロゴロと転がりながら笑った。

 

 キリッとした表情で彼らを迎えた時、実は腹筋が痛かったことは秘密である。

 

 

 

 

 ルチルを腹がよじれるほど笑わせた男は、このあたりでは見慣れぬ顔立ちと肌の色をしていた。

 

 それに覚える既視感。

 

 鉄色の髪、灰色の瞳、象牙色の肌、目つきが悪いくせにに柔らかく、どこか情けなく浮かぶ表情。

 

 

 気づいた時には素早過ぎる行動力でとんでもない事をしていた。我ながら豪快な性別の確認方法は、金輪際披露する機会はないだろう。

 案の定そんなことをするから怖がらせてしまい、ソファーの隅で震える様は小動物のようだった。しかし可哀そうだと思いつつも、口では追いつめるようなことを言ってしまう。後悔する以前に、青褪めた表情が可愛く見えてしかたがなかったのだ。

 

 これは()の人物を思い出させる容姿のせいだろうか。

 

 獣人、精霊となかなか濃いメンツをそろえておきながら、ルチルの意識は終始件の青年、エルフリードに向けられていた。

 そして何より興味を引いたのが、眼前に揃った五人が纏う装備品。いつ聞こう、いつ切り出そうと思っていたら結局最後になってしまった。

 

 エルフリードについて聞きたいこともあるからと、なんやかんやと言いくるめて他の仲間を帰し彼のみを部屋に残す。

 

(フフッ、愛いのう)

 

 何を言われるのか、何か悪い事をしてしまったのか。そんな考えが透けて見える表情で固まっている青年が、どうにも可愛くて困る。

 ルチルは彼の眼前まで近づくと、その頬にするりと手を滑らせた。

 

「で、殿下?」

「ルチルでよい」

「いえ、そんなわけには……」

 

 ルチルは他人行儀な彼の顎をくいっと持ち上げると、その瞳を覗き込んだ。灰色の瞳は戸惑いに揺れているが、ルチルはこの瞳にはっとさせられるほど鋭い光が閃くことを知っていた。

 

 ますます似ている。

 

 ルチルは己の直感を疑うことはしない。もし間違えたのならその時謝罪すればよい。

 そこでルチルは直感に押されるがままにかまをかけることにする。

 

「寂しいではないか、昔はあんなに親しげに呼んでくれたのに。"エルちゃん?"」

「え、……………………………………………………」

 

 しばし、沈黙の後。

 

「!? え!? ちょ、え!? ……え!?」

 

 果たしてエルフリードの反応はルチルの望むものであった。初めは何を言われたのか分からない様子だったが、しばらくしてから気づいたようで顔を百面相で賑わせている。

 

 短い付き合いであったが、その中でも表情豊かだった彼を思い出しルチルは自然と表情を緩めた。

 それが決定打だったのか、エルフリードが恐る恐る問いかけてくる。

 

「もしかして…………ルーちゃん?」

「気づくのが遅いわ、馬鹿者め!」

「わっ!」

 

 口で罵倒しつつも、ルチルはエルフリードに思い切り抱き着いた。ぐっとルチルを支えた体は紛れもなく男性のもので、ルチルは自分が十二年間ずっと勘違いをしていたのだと知る。

 

 

 

 

 十二年前にルチルを助けてくれた少女が居た。

 

 彼女は年も近いのにルチル以上にしっかりしていて、強くて魔法も得意、料理だって美味しくて。少々目つきが悪かったが、それを気にさせないほど裏表のない豊かな表情が新鮮で。一緒に居てとても楽しかったのを覚えている。

 髪の毛は鉄色という中途半端な色ながら艶やかでさらさらとしていて、生まれつきくせっ毛で巻き毛のルチルは羨ましいと思っていた。

 

 首括りの樹海という場所に迷い込んだかもしれない、と知った時はその生存は絶望的に思えた。

 

 なにしろその森はフェルメシア国内でも最大規模の奥深い森であり、一度入ったが最後。森へ入った養分を逃がさないために、樹木や草花が方向感覚を狂わせたり、感覚を麻痺させる香りを常に発している。そのため獲物は死に囚われたことにも気づかないまま穏やかならが残酷な死を迎え、だからこそ生き詰まって首を括るしかないような者が、自殺の場所として選ぶのだ。

 そして尽きた命を森が喰らう。首括りの樹海はそんな場所だった。

 

 並たいていの人間、まして子供が入って生きて出てこられるとは思えない。

 しかし自分を「ルー」と呼んだ人間は、今まさに目の前で生きている。

 

 抱き着くなという方が無理だと、ルチルは幼いころから今までの万感の思いを込めてエルフリードの背中に回した腕に力をこめた。

 初めこそ驚いていたエルフリードだったが、ふとルチルの巻き毛をまとめている髪飾りに目が行く。そこには彼女が十二年前に返しそびれた、エルフリードから預かった金蒔絵の櫛が飾られていた。

 

 ルチルもそれに気づき、回していた腕を一本外して髪飾りにしていた櫛を手に取る。

 

「遅くなったが、これをそなたに返そう」

「わ、懐かしいな……。そっか……ずっと持っていてくれたんだ」

「あたりまえだ」

 

 言葉遣いが昔に戻っているエルフリードに気付いたルチルは、嬉しくなって破顔した。

 それに預かっていた彼の宝物を、やっと返すことが出来た。これがどれほど嬉しい事なのか、目の前の男は理解しているのだろうか。

 

 しかしエルフリードは受け取った櫛とルチルを見比べると、それを再びルチルの髪の飾りなおす。

 

「む?」

「あげるよ。だって、凄く似合ってる。ルーちゃん、綺麗になったね」

「!?」

 

 不意打ちの褒め言葉に、普段から美辞麗句を尽くして褒められ慣れているはずのルチルの顔にさっと朱が走る。

 それを気づかれたくなくて、ルチルはぎゅっと眉根をよせてしかめ面を作った。しかしエルフリードは今度は怯えるどころか、実に微笑ましそうに笑うものだから居た堪れない。

 

「フンっ、先ほどとはずいぶん態度が違うではないか。怯えた子犬のようだったぬしは何処へ行った?」

「いや、だって、小さかったあの子がこんなに大きくなったんだーって思ったら嬉しくて。昔も可愛かったけど、本当にすっごく綺麗になったよね! 初めて見た時見惚れたよ。あと、なんていうか……。格好良くなったよね……! 昔からしっかりした子だなって思ってたけど、いやぁ、びっくりした。だって、言われるまで気づかなかったし。もうちゃんとした大人なんだねぇ」

 

 先ほどと打って変わって饒舌になったエルフリードは、しみじみと言う。薄っすら目に涙が浮かんでいる気がするが、それは絶対に先ほどのような怯えからの涙ではないとルチルは確信した。何やら、とても暖かいというか生暖かい視線なのだ。どうにも面はゆい。

 

(なぜだろうか……。とてつもなくやり辛い)

 

 今度はルチルが押し黙る番になってしまった。なかなか声が言葉にならず、喉の奥でつっかかる。それが今は恥ずかしくてしょうがない。

 

 しばらくその状態が続いたが、このままではらちが明かないとルチルはエルフリードに応接用のソファーに座るように促した。お互いに座ると、思わず双方ため息が出る。エルフリードの方は感嘆から、ルチルの方は疲れから。

 

「うわー、本当に大きくなったねぇー! それにいいとこのお嬢様とは思ってたけど、お姫様だったなんて驚いた! っていうか、凄い偶然だね……まさかこんな風に会えるなんて思わなかった……」

「そうやたらと大きくなっただのなんだと言うな! 貴様は妾の親戚か何かか!」

「!!」

 

 照れ隠しに叫ぶと、何やら彼は衝撃を受けたように固まった。小さく「年か……体が若くてもやっぱり年なのか……」などとブツブツ言い出したので、狼狽えたルチルは話題を変える。

 

「そ、それにしても妾を変わったと言うが、それを言うならそなただ。昔はずいぶんと可愛らしい格好をしていたと思ったが?」

 

 そう、ルチルが最初に出会った時エルフリードはたしか少女の姿をしていた。本名は一度きりしか聞いていないので覚えていないが、たしかそちらもエルフリードではなく女みたいな名前だったはず。しかし先ほど確認済みであるので、彼が女という事はありえない。

 

 エルフリードは最初とぼけたような顔でキョトンとしていたが、途中ではっと何かに気付いた様子を見せる。

 

「あ、ああ。あれは当時の保護者の方針で。俺も当時は疑問も無く着ていたから……驚かせたかな。ははっ」

「ずいぶんイイ趣味の保護者だの……」

 

 妙に「俺」という一人称を強調したエルフリードは、今度は自分から話題を変えにかかる。ルチルがあえて見逃したのは、それは彼にもう一つの興味があったからだ。

 

「そういえば、俺が魔纏刺繍の職人だってよくわかったね」

「半分はかまかけただけだぞ」

「え」

「もう半分の理由は、そなたの着ている服が一番複雑な刺繍がされているからかの」

 

 そう言ってルチルはエルフリードの服とスカーフに施された刺繍を見る。

 

 一見地味にも見えるが、目立つ金糸の模様の下に無数に縫いこまれている布地と同系色の糸で施された刺繍は恐ろしく精密で繊細だった。辛うじて古代魔法文字が使われていることは分かるが、それを読み解くことが出来ない。

 

 もともと少なかった魔刺繍職人は近年の失踪事件で更に数を減らしていた。今はフェルメシアの魔道具ギルドに所属する中では、王家が囲う数名の職人を残すのみとなっている。

 更にその中に古代魔法文字を習得している職人などおらぬから、これほどの刺繍の品を手に入れるとなったらどれほどの金を積めばよいか。

 少なくとも一介の冒険者が買える額ではない。

 

 その刺繍作品が、仲間も加え五人もの人間に行き渡っている。それを見るに、パーティー内に職人が居ると考えるのが妥当だろう。そうなればあとは単純な消去法だった。

 

 アルディラ・カルアーレとポプラは報告によればそれなりに名の通った冒険者。職人ならばすでに噂が広まっていたことだろう。

 精霊と獣人もその身の上から魔道具の職人であるはずもなく、ならば残った一人が正解だ。

 

 

 それが十二年間探し求めていた人間だとは驚いたが、その見事な刺繍の腕に更に興味がつのる。

 

「それほどの腕なら噂になっていても可笑しくないのだが……。魔道具ギルドに登録はしていないのか?」

「うん、でも王都には魔道具ギルドの登録をしたくて初めから来る予定だったんだ。今回はルチルが迎えをよこしてくれて旅費が浮いて助かったよ」

「ほう、それは良いことをした」

「はは……。最初は凄く緊張したけど」

「ならばシュピネラまで帰す必要はないのだな?」

「そうだね、今のところこのまま王都に滞在する予定」

 

 それを聞いて気をよくしたルチルは、思わず口の端が持ち上がりそうになる。それをなんとか押さえて質問を重ねた。

 

「もう魔道具ギルドに登録はすませたか?」

「いや、まだ。だって今日の朝に着いたばかりだし。王都や王城に驚くばっかりで、街のどこにギルドが有るのかも分からない」

「フッ、そうか。ならば安心するがよい。冒険者以外のギルドはこの城の敷地内にある」

「あ、そういえば来る時エレナさんも言ってたっけ……。なんていうか、このお城って色々と凄いね。敷地の広さもだけど、高さとか」

「ほう、着眼点は悪くないな。ケルトニア大陸広しといえどこの王城に勝る高層建築は他に類を見ないからのう。詳しくは言えぬが、フェルメシア王国の技術の粋を集めた、とでも言っておくか」

「そうなんだ! へえ~、凄いなぁ……!」

 

 素直に感嘆するエルフリードは純粋な好奇心で目を輝かせているようで、その態度は見ていて好ましい。出来るならば自ら案内をしてやりたいが、生憎今日以降の予定がしばらく詰まっている。

 

「魔道具ギルドに登録したら、また妾を訪ねてこい」

「え、いいの?」

「無論だ。むしろこの後に予定が詰まっておらねば、一晩と言わずしばらく滞在してもらって語りたいくらいだ。まだまだ話したい事が多くある」

 

 普通に話したい事もたくさんあるが、本当にこの男には興味が尽きぬとルチルは己の髪飾りを触りながら思う。エルフリードがルチルに渡した髪飾り。これがどういう由来のものか知っているのか知らないのか、どこで手に入れたのか。

 自分にとってエルフリードとの出会いが人生の転換期であったと自覚するルチルは、絶対に逃がさないとばかりに熱のこもった視線でエルフリードを見つめる。しかしそれは次の瞬間動揺という形で崩された。

 

「わた、俺もだよ! 十二年前のあの後の事、樹海生き残り脱出劇とか今までいたルーカスっていう町の話とかしたいし、ルーのことだってもっと知りたい。俺だってルー達が無事かなって、ずっと心配してたんだから」

「ッ!」

 

 不意打ちに「もっと知りたい」「心配していた」などと言われ、危うく喉を湿らせるために口に含んだ茶を吹き出すところだった。これは先ほどの仕返しか。ならば良い度胸だが、自然体ならば性質が悪い。

 打ち解けてみれば記憶に残る十二年前となんら変わった様子を見せないエルフリードに安堵と嬉しさを覚えていたが、成長して異性としてまみえたからか、どうにも対応に困る瞬間がある。

 

 十二年前もこちらの事情を根気よく聞いてくれて、迷惑がるでもなくルチルの手を取ってくれた彼は優しかった。

 見返りを求められない優しさは、一歳しか年の変わらない子供に覚えるにはあまりにも大きな安心感をルチルに抱かせた。

 

 

 十二年。その長い期間で、ルチルは心身ともに強くなったと自負している。

 

 

 国のため、王族としての役割りのためと色々理由はあったものの、その根幹にあったのはかつて自分を守ってくれた「エル」を今度は自分が守るのだという意識だった。

 今回幸運にも再会できた恩人は、男にしては頼りない体格、小心者な性格となんとも守りがいのある人物に思えた。しかしこちらを心配する気持ちは真摯で、そこは昔から何も変わっていない。先ほどは獣人の少女に守られるように縮まっていたが、その本質は守られるほど弱くはあるまい。それを裏付けるのはルチル自身の過去の記憶だ。

 

「……そなた、エルは変わらぬのぉ」

「え、成長してないってこと!? ま、まあルーに比べたら精神的に成長とかしていないとは思うけど……、あ! でも料理は前より上手くなった!」

「ほう、それは楽しみだ。今度馳走せい」

「もちろん!」

「それと、妾の事はルチルと呼べ。ルーは幼少期の愛称ゆえ、少々気恥ずかしい」

「へー、そうなんだ。うん、わかったよルチル」

(腑抜けた顔をしよって……)

 

 へら、と締まりのない笑顔は心底嬉しそうで、いちいち昔の記憶と重なった。

 年月が経った故に思い出が美化されていると思っていたが、現在進行形で次々と上書きされていく。それでなお思い出は色あせるどころか鮮やかに甦るのだから、手に負えない。

 

 

 

___________手放したくは、ないな。

 

 

 

 再会してたった一日目。しかしルチルは早くも目の前の人間が自分のものだと前提で思考する。

 

 呑気に笑う彼を前に、ルチルは獲物を見定めた目でうっそりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




肉食系女子によるロックオン。対して主人公は完全に小さな子の成長を喜ぶ親戚のおばちゃん。

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