魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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37話 第三王女 ルチル・エリントス・フェルメシアとの問答

 

 

 

 色んな意味での強烈なファーストインパクトからとりあえず立ち直ることに成功した私たちだったが、先に王女様に名乗らせてしまったことに気が付き、慌てて自分たちも自己紹介をした。

 

 

 ここに来る前に「エリントス・フェルメシア」が名前の後にきたら、まず王族でしかも王位継承権を持っている王子王女だと教えてくれたのは意外にもポプラだった。

 普段の仕事をダンジョン関係に集中させているアルディラさんは、王族どころか貴族でさえあまり関わる機会が無いのだとか。そのため作法や王侯貴族に関しての情報にはあまり明るくないと本人が言っていた。そこで意外にも役に立ったのがポプラで、時間が無かったからほんの少しだけどこれだけは覚えとけ! と、彼にはいくつか事前知識を貰っている。

 

 現在の王位継承権保持者は王妃と五人の王子、三人の王女。王弟である現宰相閣下も継承権を有しているが、職務のために事実上は放棄しているのだとか。そしてこの継承権というのを表しているのがミドルネームである「エリントス」である。

 

 つまり目の前のこのお方は紛れもなく王位継承権保持者である、現国王のご息女というわけだ。

 

 あらためて思い知る身分の差に私は胃が縮むような思いなのだが、今はそれ以上に先ほどの王女様の奇行に怯える心の方が勝っていた。座るように言われてからも、ソファーの一番隅っこで情けなくもプルプルと震えている。隣に座ってくれたエキナセナが、若干乗り出してルチル様の視線から庇ってくれているのがなんとも頼もしい。

 

「ふん、肝の小さい男だな。股間を握られたくらいで震え上がりおって。しかも女に守られているなど話にならん。情けない」

 

 ソファーに腰掛け資料に目を通しながら、顔も上げないルチル様から辛辣な言葉が飛んできてビクッと震える私。でも私の代わりに怒ってくれたのか、更に身を乗り出して何か言いそうだったエキナセナは必死に止めた。ちょい、ちょい待て! あなたこれから処遇決まるんだから! ただでさえ心配なんだから罪が重くなるような真似とかやめて!? 私のために怒ってくれるのは嬉しいけど今は待った!

 

 そんな私たちのやり取りを見たルチル様はふんっと鼻で笑うと(とても高貴な見た目なのに悪そうな表情が凄く似合う)、やれやれとでも言いたげに言葉を続けた。

 

「まあよいわ。では詳しい事情を聞く前に、先にいくつか質問がある」

「……何で、ございましょうか」

 

 いつもはこういった事務的な会話なら、はきはきと明瞭な言葉で話すアルディラさんが、珍しく言葉を一拍ためてから答える。声も若干低いような気がするので、彼女も緊張しているのだろう。

 私がまごついた時と違ってそれについては特に気にしていない様子のルチル様は、ついっと視線を上げた。そのエメラルドグリーンの視線を最初に受け止めたのは、アメジストの瞳。エキナセナだった。

 

「まず獣人の処遇じゃが、王城預かりとなる故にこの後は別室に案内させる。ああ、牢に入れるわけではないから安心するがよい。旅人を襲った罪に関しては追って沙汰を伝えよう」

「…………わたしは、やはり祖国に帰されるのか」

 

 簡潔なルチル様の言葉に、不安を滲ませたエキナセナが問いかける。敬語も何もあったものではなかったが、王女様の方は特に気にしていないようだ。

 

 少々観察していたところ、話し方、話の内容、きびきびした所作などを踏まえると、この人はとても合理的な事を好んでいるように見受けられる。魔人について知りたいからと冒険者と直接会ったり、会話も従者など挟まずズバズバと自分で切り込んでくる。とにかく、私が想像していた「王女様」という単語からイメージしていた人物像とは、結構かけ離れていた。

 っていっても、私こういうさばさばした人は好きだけど。

 

 …………いや、何考えてるかは分からないけどな。ホントなんでさっきはあんなことしたんだこの人。王女様どころか女の人がすることじゃねーよ男の股間掴むとか。私は女だけど、魔纏刺繍の効果で感触は再現してあるんだぞ。

 …………あれ、ちょっと目頭が熱い。何で私男装の再現率向上のためといってもあんなことまで……。…………あれ、なんか、私もしかしてけっこう迷走を……。……い、今は考えるのやめとこう。なんか考えたらダメージ受ける気がする。今は超ビップの目の前なんだから、もう少ししゃきっとしないと。情けないって言われちゃったし。

 

 

 

 

 ルチル様は今回に関しての報告書だと思われる紙をパラパラと見てから、エキナセナに視線を移す。

 

「両親と妹と共に、ファームララスから連れ去られたのじゃったな。おぬし、半年探して得られた成果はあったか?」

「…………なかった」

「そうであろうな。獣人奴隷は裏世界でもかなり深い所で売り買いされる商品じゃ。無暗矢鱈に野を駆けていただけで、見つかるはずもあるまい。半年探して安い罪を重ねただけとは呆れるの」

「な!? お前……ッ」

 

 カっと顔を赤く染めたエキナセナだったけど、彼女が何か行動を起こす前にピシッと鋭い音がして場の空気が一瞬で支配される。

 音を発したのはルチル様の手に収まった扇のようで、閉じたそれをルチル様はすいっと前に動かす。たったそれだけなのに、視線を受けるエキナセナ以外の私たちまでもが、首に刀を突きつけられたような気分になった。

 

「まあ、そう焦るでない。ぬしは馬鹿だが、此度は間抜けな奴隷商のおかげで尻尾が見えた。……そこな、ポプラといったか」

「ぅわっ、ハイ! な、何でしょうか殿下!」

「その奴隷商に依頼を受けたのはぬしだったの」

「そ、そうで、じゃなくて、左様にございます。しかし私は依頼主が奴隷商などとは存じませんでした。街道で旅人を襲う白い獣の噂は以前より聞き及んでおりましたので、ついに怪我人まで出たと聞き依頼を引き受けたのです。ですが獣と依頼人の正体も見抜けず、浅慮な振る舞いをしてしまい誠にお恥ずかしいかぎり……!」

 

 誰だお前。

 

 驚いたのは他の面々も同じようで、急に口調を改めたポプラを全員が凝視していた。

 緊張しながら答えているポプラはそれに気づかず、口調や一人称どころか姿勢までしゃんと正している。いったいどこにそんなポテンシャルを秘めていたというのか。

 

 そしてポプラの話を聞いたルチル様は、鷹揚に頷く。

 

「非を認める姿勢は感心に値するな。これからも精進せよ」

「ハッ! ありがたきお言葉!」

「うむ。そこで、獣人よ。報告を受けた冒険者ギルドがその奴隷商の捜索に動いているが、フェルメシアとしても裏の尻尾を掴む良い機会だ。我が国でも捜索のため人を動かす」

「え……」

「さすれば、いずれぬしの家族にも行き着くこともあろう。たった一人で野を駆けずるよりも、よほど可能性があるはずだ」

 

 ルチル様の迫力に呑まれたのか、エキナセナは力なくソファーに座りこんだ。

 そんな彼女に、不遜ながら堂々とした笑みでこの国の王女は言ってのけたのだ。

 

 

「心安くあるがよい! ぬしの家族、妾とフェルメシア王国の威信をかけて探し出そうぞ!」

 

 

 信じるための根拠など跳ね飛ばすような、眩いばかりのカリスマ性。

 私たちはただただ頷く事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は最初にいくつか質問があると言った割に、すぐに魔人についての報告になった。

 

 実際に目にし、戦った私達の話をルチル様は自らメモを取り、時折鋭い質問を重ねてきた。そのあまりに細かく重箱の隅をつつくような質問に、あれだけ細かくまとめられていたアルディラさんの報告書でもまだ足りなかったのかと驚く。道理で実際に会って聞きたいと言うわけだ……。人づてでこれだけ質問が行き交えば、倍どころでなく時間がかかる。

 

 そして、こちらとしても分かったことがあった。

 

 どうやらハウロさんが言っていたことは嘘ではなかったようなのだ。実際に五十年前に魔人討伐の記録は残っていて、その時の討伐ランクは間違いなくB。冒険者ギルド発足、レベル制度の制定とほぼ同時期であったので正確さを問われると厳しいが、誰が鑑定したのか分からずともはっきりとBと記録には残っていた。

 クルックナーという魔法使いについては旅の者としか記述が無く、何故討伐では無く封印をしたのかについての真実は分かっていない。

 

 そして日が傾き、大きな窓から見える空が夕焼け色に染まり始めたころ……。王女様は疲労した私たちに更なる爆弾を投げつけてくれた。

 

 

 

「ところで、何故精霊が人間に擬態している?」

 

 

 

 これには全員危うく口に含んだ紅茶を吹き出しかけた。なんであなたは「喉が渇いただろう。遠慮せずに茶で喉を潤すがよい」とか言った後すぐにそんな質問をしたんですか!! 危うく全員で王女様に紅茶を吹きかける大失態からの絞首台へのデスロードが整備されるところでしたよ!

 

「げほっ、る、ルチル殿下……! せ、精霊とは?」

 

 真っ先に持ち直したアルディラさんの問いに、ほっそりとがった形の良い顎でコーラルを示すルチル様。完全にばれている。

 え、アルディラさんとポプラという精霊術使い二人から見てもコーラルは普通の人間に見えるって言ってなかったっけ!?

 

「あ、ああああああああああああああああああの、あたタタタタタタタタしッ」

 

 うわあああ! コーラルが緊張しすぎていつも以上のどもりからケ○シロウ様みたいになってる!

 思わず立ち上がって私と反対側の端に座っていたコーラルの傍に行くと、視線を合わせるために膝をついた。

 

「落ち着いて、コーラル。ゆっくり深呼吸して。大丈夫、ルチル様は寛大なお方のようだから、ゆっくりでもちゃんと話せば聞いてくれるよ」

 

 ふっ……。やっちまった。やっちまったわ。

 コーラルを落ち着か説ためとはいえ王女殿下に尻を向ける無礼を行ってしまった。背後から突き刺さる視線が怖くてふりむけねぇ……。

 しかしやってしまったものは仕方がないので、今はコーラルを落ち着かせることを優先しよう。今までの感じだと、ルチル様は話し方よりも要領を得ないことに苛立ちを覚えるタイプと見た。だからゆっくりでも意思疎通が出来て、彼女の望む会話が出来れば大丈夫なはず。

 

 コーラルは私の言葉通りに深呼吸をすると、一応落ち着いたのか潤んだ瞳でコクコクと頷いた。多分、もう大丈夫だと言いたいのだろう。

 

「ごめ、すみませんでした、王女様」

「よいが、まともに話せるか? あまりに聞くに堪えぬと、精霊といえど容赦はせぬが」

 

 どう容赦しないんですか!?

 

「は、い。大丈夫、です」

「そうか。して、何故精霊が人間の姿をしている? それもほぼ完璧に近い……。妾ですらぬしが何の精霊かわからぬ」

 

 コーラルは精霊の取り換え子(チェンジリング)である。その事例は珍しいとのことで、これから世界を見たいと未来を語った少女に厄介事が纏わりつかぬようにと話し合った私たちは、ギルドへの報告にもコーラルのことは上げずに「交戦し、ハウロという青年が止めを刺した」という事実のみを報告していた。

 隠していた後ろめたさがあったものの、先ほどエキナセナに見せた姿からも怖そうだけど悪い人では無いはず。一瞬不安そうに私を見たコーラルに頷いてみせると、コーラルは自分の生い立ちから話し始めた。

 

 

 

 

 事情を聞き終えると、ルチル様は得心したように頷かれた。

 

「そうか。何、可笑しいと思うていたのでな。その強さの魔人を、ハウロごときがそう簡単に仕留められるはずがない」

「え、ハウロさんをご存じなんですか?」

 

 彼を知ったような口ぶりに思わず聞いてしまった私は、次の瞬間後悔した。

 

「フフッ、まあ……な。クククッ、そうか、そんなところにおったか。消えたとのことだが、心配せずともよい。奴の処分はこちらで行う故」

 

 処分って何!?

 

 

 きっと全員が聞きたかっただろうけど、ルチル様が浮かべた壮絶な笑みに震え上がって誰一人として聞き返せなかった。美人の凄みは一味違う。

 ちょっと、ハウロさん。あんた何者で、このお方に何したんですか。

 

 震え上がる私たちを尻目に、ルチル様はコーラルに視線を向けた。

 

「無理に言わせたようですまなかったな。しかし、これから人間として生きるのならば、精霊であることは秘密にするのが賢明であろうよ。身を守れるほど力を操れるのならば構わぬが、見たところぬしはあまりにも未熟で脆弱。珍しい実験台を見つけたと、おぬしを食い物にしようとする輩は多いだろう」

「は、はい! 気を付けます!」

 

 コーラルの返事に満足そうに頷いたルチル様は、私達と見回した。

 

「では、本日はこれまでとしよう。ささやかながら褒美がある故、受け取って帰るがよい。ご苦労であった」

「え! ホントっすか!?」

 

 思わずと言った風に喜色もあらわに乗り出したポプラを、私とアルディラさんでひっぱたいた。お前、折角最後まで何とか生き延びたって言うのに最後の最後で欲を出すなよ恥ずかしい。さっきのデカい猫はどこへ家出した。

 

 そんな様子に不快感をあらわにすることもなく、逆に豪快に笑って見せたルチル様の深い度量には感服する。このお人が自国の王女ならば、エレナさんが言うようにフェルメシアの国民であることを誇りに思おう。

 

 そしてひとしきり笑ったルチル様だったのだけど、彼女は最後まで私たちの意表を突くことに余念が無かったらしい。

 そういえば、と彼女が言う。

 

 

 

 

「そなたら、古代魔法言語(エンシェントスペル)の魔纏刺繍を身に着けておるな。作者は貴様か? エルフリード」

 

 

 

 

 悪いことしてるわけじゃないのに、私はちょっと泣きそうになった。

 

 はやくかえりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

_________________________________王都メルキフェレス、市街地酒場。

 

 

 男たちが酒を飲みかわし、酒精と喧騒で満たされた空気に辟易した様子のハウロは隣に座る男に文句を言う。

 

「ねえ~お頭ー。こんなむさいトコじゃなくて、可愛いコいる店行こおよ~」

 

 バンバンと子供のように机を叩いて強請るハウロに、彼の反対側に座っていた男が心底どうでもよさそうに言う。

 

「そこじゃ話せないだろう」

「オリスはわかってないなぁ~! オレは器用だからヤリながらだって話せるしぃー」

「そんな場面見ながら話すとかマジ勘弁だわ」

「あっ! そっか、オリスはムッツリだもんね! 誰にも見られたくないかぁ~。シッポリムッツリイヤラシイっな~んちゃって~! ヒャハハハハハハハハハハッ」

「お頭、こいつ埋めてきていいスか」

 

 怒っているのか冗談なのか伝わらない抑揚のない声に答えたのは、上機嫌なバリトンボイス。

 ドンッっと大きな器がハウロの前に置かれ、豪快に酒が注がれる。

 

「はははッ! まあいいじゃねーのオリスよぉ! こいつぁ半年も娯楽の無い村で過ごしてたんだぜ? 女くれー抱きたいよなぁ!? ま、その前に酒でも飲んで、さっきの話もうチョイ詳しく聞かせろや」

「え~、どっしよっかなぁ~」

 

 そう言いながらも猫のように舌を伸ばしこぼれた酒を舐めるハウロは、笑い上戸も手伝って非常に気分が良い。これで女の子でもいれば最高だと思いつつも、早く知り得た情報を伝えたくて、苦手な人物に"無理"をきいてもらってまで王都に帰って来たのだ。早く言いたいのも事実。

 もったいぶるうちにいよいよ本格的に酔ってきたハウロに活を入れたのは、お頭と呼ばれた人間とは別の第四者。

 

 カンッっと甲高い音と共にハウロの酒の器が綺麗に上下に割れ、酒を舐めていたハウロの髪に中身が勢いよくかぶさった。

 

「わぷ!?」

「早くなさい。半年もほっつき歩いておきながら、これ以上の醜態を晒せばその舌を切り落としますよ」

「い、言ったじゃん! オレ、巻き添え喰らって精霊の封印にひっかかってたんだってぇ~! 好きで帰らなかったわけじゃないよレレェ!」

 

 ハウロが慌てて弁解するように言うが、しかしレレと呼ばれた人物は耳を貸さず、先ほどから陽気さと狂気を練り合わせている自分たちの頭目を指差した。

 

「ほら、おあずけが過ぎるから我らが頭領がお怒りだ。早く言った方が身のためですよ」

「あ、ヤベ」

 

 オリスもそれに気づき自分の酒とつまみだけを持って移動する。逃げ遅れたハウロは、恐る恐る見上げた先の緋色の眼光にぶわっと全身に鳥肌が立った。

 

「なあハウロよぉ、いい加減このアグレスに教えちゃあくれねェか」

 

 

 

 

 

 十二年前の子供の話。

 

 

 

 

 

 エルーシャが十二年前に出会った盗賊坩堝の頭目、緋眼(ひがん)のアグレスは傲然(ごうぜん)と嗤う。

 

 

__________________何か面白いことが始まりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 


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