36話 王都メルキフェレス~その出会いは衝撃と共に~
魔人討伐の件がきっかけで、思いがけず王都へショートカットすることになった私たちは、現在空の上を飛んでいた。
乗せてもらってる竜たちは物凄く早いスピードで飛んでいるんだろうけど、風圧は感じず温度も適温。座る場所も固定された鞍に椅子が設置してあって安定しているので、空の旅は思いがけずとても快適だった。きっとこの辺は、魔法でなんとかしているんだろうな。
でもそう思っていたのは私だけのようだ。エキナセナは竜に乗る前はあんなに堂々としていたのに、今はひしっと私の肩を抱いて離さない。その手から伝わる感覚的に、ちょっと震えてるっぽい。
「エキナセナって、もしかして高い所苦手?」
「そうじゃないけど、普通こんな高い場所になんて、来ること、ない!」
「左様にございますね。むしろ私としましては平然としている貴方の方が不思議です」
前で竜の手綱を握っていたエレナさんが言えば、同意するようにエキナセナがぶんぶんと顔を上下にふって同意した。
まあ、言われてみればそれもそうか……。前世みたいに高層建造物も無いし、ジェットコースターも無い。お手軽に高い場所を楽しめるはずがなく、耐性が無いのは当たり前だった。
それに私が高いとこ平気な一番の理由をあげるなら、三歳から六歳までほぼ毎日人間ジェットコースターで空飛んでたからだよ。人生何が役に立つかわからないな……。
その後は途中で休憩のため中間の町で一泊し、翌日に王都へ到着することになった。
幸いにも天候に恵まれ快晴の中。いよいよ王都が見えてくると聞いて、身を乗り出して遠くに目を凝らす。そして見えてきた光景に、私は言葉を失ってただただ目を限界まで見開いた。
「皆様、あれが王都メルキフェレスでございます」
エレナさんの言葉に間違いなく見えてきたものが幻でないと知れると、私は前日心の中で高層建築物などない、と否定した自分の考えを撤回した。
まず見えたのは広大な畑に麦畑、エレナさんが気を利かせて説明してくれたところ、ブドウ畑など果樹園もあるそうだ。そして転々とそれらの間に家屋が見えて、それを超えると密集した建物の群れが視界を占領した。
ルーカスと同じく赤い屋根が多い街は、サクセリオに連れられて上空から見たシュピネラの何倍だろうか。
そして何より私たちの目を釘付けにしたのは、壮麗な銀嶺の山々を背後に従えた王城だった。
尖塔の密集した中央付近は某鼠の王国の物より雑多だが、それが異様な風格を備えている。アシンメトリーに横へ広がりを見せる建物は同じく雑多だけれど、どういった計算がされているのか少しも野暮ったくない。赤みがかった石壁から中央へ行くにつれて白亜の城壁に変わっていくグラデーションも見事だった。尖塔の屋根は赤色で、金色の装飾がそれぞれの頂を彩っている。
しかし。
でも、そんなものが瑣末に思えてしまうほど……。
王城は、縦にも横にも広かった。
それこそ真後ろの山すそを広く隠してしまうほどに幅広く、王城の頂はどこの東京タワーですかってくらい高みにあった。
「すごい……」
エキナセナもその様相に気圧されたように呆然とつぶやいた。私は声も出ないよ……。ヴェルサイユだとかってレベルじゃなかった。え、むしろヴァチカン? 城っていう規模じゃなくない?
間抜け面をして王城を見つめる私たちに、エレナ女史が訪ねる。
「王都は初めてのようですね。ええと、貴方たちは他国の出身かしら?」
「あ、俺は地元民です」
「そう。でしたら、このフェルメシアの国民であることを誇りなさい。間違いなくこのフェルメシアはケストニア大陸でも最大規模の大国ですよ」
誇らしげに笑った彼女は、心底この国が好きなんだなと思った。
でもこんなの見せられたらそれも納得。……いったい何平米あるんだこの街とあと王城。
「王城はそれそのものが第二の王都とも呼ばれておりまして、あそこには周りの一般区域とは別にギルド本部など国の中枢が全て集まっているのですよ。ただし、国営ではない冒険者ギルドは除きますが」
分かり易く注釈を入れてくれるエレナさんのお話をもっと聞きたかったのだけど、その前に竜の速度はあっという間に城下町を置き去りにして王城上空まで来てしまった。
真上から見ると、王城の膨大な数の建造物にぐるりと半月状の囲いがされているのに気づく。恐らく外と区切る壁なのだろうけど、更にその外周は街中央の運河とまではいかないものの、大きな水路で囲ってある。水源は真後ろの山のようで、城の背後を守るようにそびえる山岳は天然の防壁だ。
あ、こりゃあ襲われても簡単に落とせねーわ。
そんな圧倒的な存在感。この城と街を作るために費やされた時間と費用、労力を考えるとそれを行った人たちへの敬服の念がわきそうだ。すごいな、これ。
そしてエレナさんと他二名が駆る竜は、王城中央から一本突き出た他とは少々違う作りの武骨な円柱形の塔の最上階に舞い降りた。広く作ってある入口や、入った先で中心に大きな口をあける吹き抜けの穴を見る限り、竜専用の建物なのかもしれない。竜から降りて穴を覗けば、中の壁の側面には無数の扉の無い部屋がいくつもあった。
「あれは竜の部屋ですか?」
「ええ、そうよ。この穴を下りて、それぞれの家に帰るの……。あなたたち、大丈夫?」
好奇心でさっそく質問をした私とは別に、他の四人は竜から降りるなりぐったりしていた。ああ、見覚えがあるなぁ……。昨日の夜もこんな感じだったような。
「こ、ここここここ怖かった、ですアルディラさぁぁぁぁあんッッ、あたし、生きてますよね? 生きてますよね!?」
「ええ、生きてる、生きてるわ!! もう大丈夫よ、コーラル。ほらごらんなさい、地面に足がついているわ!」
ひしっと抱き合うアルディラさんとコーラル。
「ふ、ふふふふふフンッ、お、オレは別に平気だぜ? もう慣れたしなー!」
誰に言い訳しているのか胸を張るポプラ。言うならガクガク大笑いしてる膝をどうにかしてから言いなよ……。
「………………」
エキナセナに至っては膝を折るどころか体全体で地面に懐いていた。よっぽど地上が恋しかったらしい。
(…………穴の中と外は見せない方がいいかな)
私は外の素晴らしい光景を勧める心に、そっとふたをした。これ以上怖がらせるわけにはいくまい。
塔から城へ移動する際に階段を使用する必要が無かったのは、彼らにとって幸いだったのだろう。
聞けば城はあまりにも広大な敷地と高さを擁しているため、蒼黎術の使い手が魔法付与した転移陣というワープ装置で各所繋がっているらしい。今もその一つを使用して城の何処かに移動をした。
転移陣を使用する際は専用のコードと鍵が必要らしく、下手したら現代よりセキュリティー厳重なんじゃないかって気がしてくる。セキュリティーと言えば、竜の塔で私たちは客人用だといういわば会社の社員カードのようなものを貰っていた。それはアンティーク調の細かい細工が施された鍵で、それを紐で首からぶらさげている。これは城内での身分の証明と入れる場所に応じての入室証になっているとか。
やばい、このお城見たら余計にそのトップの王族に会うなんて考えたくなくなってきた。おなかいたい。
「それにしても、よくこんな背の高い建物作れたよね……」
「ええ、見るだけでも王都の観光名所になっているくらいよ……。まさか自分で入ることになるなんて思わなかったけど」
アルディラさんはやっとふら付かなくなった足で隣を歩きながら、感慨深げに言う。
「王城周辺の建物はギルド本部とかだから入ったこともあるけれど、今居る此処はまさに王族のための城ね。恐れ多くて、私もどうしていいのか……。ごめんなさい、今回はあまり私をあてにしないでね。何か聞かれても、答えられる自信が無いわ」
まとめ役だったアルディラさんが「みんなで乗り切りましょう」と硬い表情で言った。その顔はまるでこれから戦場へ向かうかののようで、自然と全員の表情が引き締まる。コーラルだけは涙目だったけど、それでもどこか決意したような表情。…………私たちの間にはまさに、一蓮托生の強い絆が生まれようとしていた。
死ぬときは一緒だぜ、
ああ、でもエキナセナさんは竜の飛行から復活したら一人平気そうに歩いていたな。その泰然とした態度と私たちの小物臭さの差ときたら……。見習いたい、その度胸。
「……緊張されるのは分かりますが、しすぎもいけませんよ。我が主は効率を重視されるお方ですので、変に畏まって要領を得ない説明をすると逆に不興をかいます」
エレナさんの言葉に私は急いで顔の筋肉を解きほぐしたり肩甲骨をまわしたりと体の緊張をとるべく動き出した。すれ違うメイドさんや兵士たちの奇怪なものを見る目なんて気にしない。ほら、私につられて他のみんなもやりはじめた。赤信号、みんなで渡れば怖くない!
リラックス、リラックスするんだ! そして笑顔。笑顔が有れば乗り切れる! 笑顔こそ人生の潤滑剤!!
私たちのあまりのビビりように呆れたのか心配してくれたのか、エレナさんは苦笑するとある一室に案内してくれた。
「謁見は午後からになりますので、それまで皆様こちらでおくつろぎください」
今は午前九時くらい。だとすると三、四時間の猶予が与えられたという事か。
私たちはその気遣いに大いに感謝をすると、急いで報告するための最終確認に移ったのだった。
「来たか、冒険者たちよ。此度はご苦労であったな」
そう言って私たちを迎え入れたのは、どんな風景も絵画に変貌させてしまうような美貌の麗人でした。
午後一時ごろになって、再びエレナさんに案内された私たちは本に囲まれた書斎のような部屋に来ていた。天井付近まで所狭しとぎっちり分厚い本が並んでいるが、窓が大きいからか圧迫感を感じない。そしてその大きな窓から差し込む光で逆光を後光のように従えて、私たちを王都まで呼び出したお方が待ち構えていた。
その人を見た時、美貌に驚く前に何故か既視感に襲われた私。
__________あれ、この人どこかで?
少々考え込んで動きを停止させていると、隣でアルディラさんが跪いたので慌ててそれに倣った。
「よい、
傲然としたもの言いも、彼女が発するとまるで不快感を感じない。命令されるのが当然だと聞いた者に思わせる声色は、可憐ながら王者の風格を伴っていた。
豪奢と言い表すに相応しい、蜜のような金色に波打つ髪。秀麗な弓形の眉、扇形の長い睫はシミ一つない真っ白な肌に影を落とす。そしてその金色のまつ毛に縁どられた瞳は、濡れたように煌めくエメラルドグリーンの宝石だった。
改めて正面から見たシンメトリーの美しい尊顔に、私たちはしばし固まる。これまで堂々としていたエキナセナでさえ、息を呑んで固まっていた。…………なんだこの超ど級の美人。アルディラさんにエキナセナ、コーラルもそれぞれ魅力的だけど、これはなんというか一種の芸術品というかジャンルが違うというか……。
とにかく、私たちが対面したそのお方はすっげー美人だった。
その方が、何かに気付いたようにその柳眉をよせた。それだけで私たちの肩が跳ねる。
「…………そこな者、立て」
え、誰!?
「ぬしだ」
そう言って胸倉をつかまれ立たされたのは、よりにもよって私だった。
待って待って待って! 私何かした!? まだ何もしてないよね!? もしかして存在そのものが目障りだったとかそういう感じ!? つーかこの人その細腕で結構力あるな!?
混乱する私に構わずに、近すぎる位置にある美貌がじろじろと私の顔を見回す。待って、やめてお願い。今は十八歳で若いとはいえ美人にそんな間近で見られるとすごく居た堪れない気分になる……! どうしよう、鼻毛とか出てないよね!?
彼女の行動に驚いたのはエレナさんも同じようで、主に声をかける。
「ルチル様? いったいどうなされたのですか」
しかしエレナさんの言葉にも耳を傾けず、存分に私の顔を観察しきった目の前の御仁は、私に質問を投げかけてきた。
「おぬし、生国はどこだ?」
「しょうこく……?」
「生まれた国のことだ」
聞き返すとイラっとした様子で言いなおされた。ヒイィッ、ごめんなさい! 美人の怒り顔怖い!
「ふぇ、フェルメシアです」
「誠か? 見慣れない顔立ちだが」
「ええと……俺は孤児だったので、正確な出身地は分かりません。でも育ったのはこのフェルメシアです」
答えると、彼女は考え込むように俯いた。あの、考え込む前に胸倉を放してくれませんか……ッ! このお人、私より頭一つ分くらい背が高いから首が絞まる。
そして顔をあげた彼女は、何を思ったかとんでもない行動に出てくれた。
「!!!!???????」
「男か」
その行動にはエレナさんも、他の四人も、部屋の衛兵らしきお兄さんもぎょっと目が飛び出さんばかりに驚いた。けど一番驚いたのは私だよ!!
こ か ん つ か ま れ た ! ! !
こかんだ。股間。KO・KA・N!!
股の中心を掴まれた! ガッって。ガッって!! アンダースローで! 男ならキンタマある位置だよ!! ビビるわ!!
驚きすぎて声も上げられなかった私は、胸倉を放されると無様に尻餅をつく。
「ルチル様!?」
真っ先に我に返ったエレナさんが主の奇行にオロオロしだすけど、当の本人は知ったこっちゃねーとばかりに私の股をつかんだ出をワキワキさせていた。なんかもう、美人過ぎる容姿なだけにギャップでその姿が凄まじく残念なものに見える。
ちなみに私の男装効果の魔纏刺繍は、以前シュピネラで作業したときにズボンにも追加したので、より高度な物に進化している。
あの時は徹夜からのナチュラルハイと、変な所にこだわり変態気質では定評のある日本人の性が出て、ズボンの上からさわれば男性諸君と同じモノがあるみたいに感じる仕様にしてしまった。これは流石に自分キモイ、いつか効果を外そうと思っていたけれど、まさかその前に掴まれる日が来ようとは…………。ってか、普通こんなとこ掴まねぇよ……しかも相手王族だぞ……どうなってるんだよ……。
「エルくん、エルくん大丈夫!? 気をしっかり持って!」
ガクガクと揺さぶられて、やっと私は自分が呆然自失していたことに気が付いた。
「あ、ああ。えっと、大丈夫、です」
「無理すんな」
ぽんっと肩を叩いて言ってくれたのはポプラだった。その表情は今までになく私を心配するもので、普段なら嬉しく思うのに今はとても複雑な心境だった。そうか……いくら相手が美女でも、お前もいきなり股間を掴まれるのは嫌か。仲間たちがまともな感性の持ち主で嬉しい。
「ご、誤解なされますな! ルチル様は普段はけしてこのような事はいたしませぬ!」
フォローに回ったのは、今まで気づかなかったけど部屋の隅に居たらしい老人だった。お年を召しているのに颯爽とした身のこなしで近づいてくると、アルディラさんを横にどけて凄い勢いで私の正面から弁明してくる。
「ゴルディ、よい。さがれ」
「ですが、」
「少々確認したくてな。ああ、悪いことをしたな。マリエ、客人に茶を」
「はいは~い!」
明るい声を発して部屋に入ってきたのは、エレナさんと同じメイド服を着た女性だった。やけに軽いノリでカートを押してきた彼女は、しかしその動作は洗練されたもので、すぐに本棚の前にあった応接セットのテーブルにお茶の準備を整えた。
「エレナ先輩、あとはわたしに任せてくださいまし。お疲れでしょう? ルー様も今日は早退していいっておっしゃってましたよ~」
「マリエ、口調を改めなさい」
狼狽えていたエレナさんも後輩の前だからか、持ち直してしゃんと背筋を伸ばした。
「ルチル様、早退など必要ございません。このまま私は一般業務に戻らせていただきます」
「フッ、そなたが良いなら
「良い息抜きをさせていただきました。ですが、これからは仕事に絡めて休憩を取らせるような真似はお辞めください」
「何を言う。こうでもしなければ、ぬしはろくに休みもせずに働くではないか。それに息抜き代わりと言っても仕事はしてもらったのだ。気にすることは無い」
「ですが……」
「固いな。一日くらいおぬしが居らぬでもなんとかなる。マリエも少しは信用してやるがよい」
「そうですよぅ、先輩!」
「マリエ、口調」
「そうでございますよ、エレナ先輩」
おk、とりあえずマリエさんがお調子者後輩キャラ、エレナさんが真面目系先輩キャラなことは把握した。でも私たちを置いてけぼりにしないでいただけるとありがたいんですけど……!
どうすればいいのか分からずに三人の会話を見守っていた私たちに気付いたのはおじいさんで、咳払いをして三人の間に割って入った。
「ルチル様、客人をいつまでも待たせてはなりませぬぞ。呼び出したのはルチル様でございますし、それに先ほどの暴挙はあまりにも酷い。見逃せるものではございません。これ以上失礼なことをなさりませぬよう、お願い申し上げます」
「む、そうだったな。客人よ、こちらへ」
やっと私たちを思い出してくれた金髪の女性は、遠慮する私たちを無理やり先に応接セットのソファーに座らせると、ついで自分も向かいのソファーに座り、
「妾はルチル・エリントス・フェルメシア。よく参ったな。歓迎するぞ、冒険者たちよ」
それが私たちとフェルメシア王国の第三王女様との出会いだった。
この出会いは忘れたくても一生忘れられそうにない。