魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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34話 気にくわない男(ポプラ視点)

 魔人との戦いで最後に覚えている感覚は、全身の骨が砕ける痛みと敗北感だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ポプラは現在十六歳である。

 

 冒険者としての活動を始めてからはまだ一年弱の、本来ならば新参者として扱われる存在だ。しかし彼は得意な闇の精霊術を生かして、たった一年で様々な功績を積み上げてBランクの冒険者まで昇格した。

 ポプラがギルドの職員に聞いたところこれは異例の速さであり、歴代で言えばアルディラ・カルアーレに次ぐ快挙。しかし一か所に留まらない彼の噂はあまり知れ渡っておらず、未だ有名人にはなりきれていなかった。

 

 しかしポプラは知名度などはいずれ後からついてくると考え、特にどうとは思わなかった。

 彼にとって一番肝心なのは、功績が評価されるという事実だけである。

 

 飛び出してきた実家で認められなかった劣等感を払拭するためにも、彼は仕事なら何でもやった。自分の持ちうる技術を活かして仕事をこなし、その分だけ認められていく。その感覚は爽快感に溢れ、窮屈だった今までの人生とは比べ物にならない。

 

 ポプラはこれぞ天職だと感じていた。

 

 先日成り行き上とはいえ憧れていた冒険者アルディラ・カルアーレとパーティーを組めることになり、やはり冒険者とは己の道を切り開くには最適な仕事だと喜んだポプラ。運まで向いてきたと、彼は浮かれていた。

 

 しかしその憧れの彼女には余計なお邪魔虫がついていて、思えばまずはそこから気に入らなかった。

 

 

 

 

 エルフリードと名乗る青年の最初の印象は「ひょろいやつ」で、次いでいけ好かない男だと思った。

 弱そうなくせに一端の紳士気取りなのか自分とアルディラの間に入り込んだり、言い方がいちいち小馬鹿にされているようでポプラの気に障る。

 

 しかし戦闘要員ではなさそうなエルフリードに、実力ならオレが上! と初めこそポプラはそれ以上気にかけてはいなかった。

 それが変わり始めたのは、男の能力を知り始めてからだった。

 

 

 

 

 まずは白霊術。

 

 外傷回復系の術師はほとんどが国の魔法ギルドに所属しておりその関係の仕事で手一杯なことから、冒険者の仲間になってくれる回復専門の魔法使いは少ない。そのため冒険者は精霊術で回復の効果を持つ術を使える者をパーティーに加えるか、回復薬を常備するのが一般的だ。が、その回復系の精霊術も希少というのが現状である。

 治療用の回復薬は魔道具職人が減少したせいで物価が高騰し、手を出しづらくなってしまったため余計に白霊術の使い手は重宝された。

 

 その白霊術を、エルフリードは平然と使って見せたのである。

 

 自分の魔力だけで現象を引き起こし、発動へ至るまでの過程を手引きしてくれる精霊も居ない白霊術、黒霊術、蒼黎術はさじ加減が難しく、精霊術の方が圧倒的に人気があることから使い手が少ない。

 それをあの男は何気なく使用するうえに、白霊術に留まらず用途は調理用とくだらないが黒霊術まで使う。逆に精霊術は使ったところを見たことが無いので使えないのか、使わないのか知れないが……。希少な術者であることに変わりはないだろう。

 

 アルディラは何も言わないが、その目が常にエルフリードを観察していることにポプラは気づいていた。

 そうなると彼女ですらエルフリードの魔法の使える範囲を知らないという事か。

 

 器用貧乏な奴、で済めばいいのだが、無視出来ないのがどの術も規模こそ小さいが無詠唱で呪文のみで発動させている点。それも耳に響く声は深く英知を秘めていて、自身は使用出来ないながらもポプラにもそれが古代魔法言語(エンシェントスペル)で紡がれている事が窺えた。

 

 ポプラは現代魔法言語のみでも応用次第でどうとでもなると、古代魔法言語の勉強を途中で投げ出していた。しかし実際にアルディラやエルフリードの使う古代魔法言語を使用した魔法を見て、その威力には舌を巻く結果になっている。

 同系統や、それこそまったく同じ術を見たことはあるが、威力と魔力の密度はその数倍。

 今まで周りに古代魔法言語の使い手があまり居なかったことが悔やまれた。

 

 自分はどうやら見誤っていたらしい……。古代魔法言語が使用出来るという事は、魔法の格を一段上げる。

 

 が!

 

(けど、それをあいつが使えるってのが気に食わねーッ!!)

 

 というのがポプラの本音だった。

 

 珍しい白霊術の使い手であるし雑用なども嫌がらないで自らやることから、立場をわきまえてるところは評価できる。それならまあ雑用兼回復要員でパーティーに入れてやってもいいかと思うものの、一方でとにかく面白くない気持ちも大きい。

 何より極めつけは彼の職業が魔刺繍職人だという事実が心底悔しいのだ。

 それこそ白霊術の使い手なんて目じゃないほどに貴重な存在。どうりでアルディラがやたらとエルフリードを気に掛けるはずだと、理解しつつも納得いかない。

 

 実力はあると、自負はしている。しかし所詮は十把一絡げの冒険者。

 そんな自分に対して、貴重な魔刺繍職人で白霊術まで使えるエルフリード。半ば八つ当たりだと分かっていても、ここでも自分は価値ある存在になれないのかと、過去の記憶が首をもたげて苛々が増した。

 

 

 しかし負の感情を覚えつつも、魔人戦で助けられたのも事実で。

 

 

 体中の骨が砕けた感覚を今でも生々しく思い出せると言うのに、朝目覚めたらポプラの体は健常な状態に治っていた。

 そして起きた先で見たのは呼吸しているかも怪しいほど深く眠っていたエルフリード。その体は直接床に転がっていて、上半身を起こしたポプラの体からはずるりと旅用の寝具がずり落ちた。

 自分やアルディラの荷物を漁った形跡がないことから、勝手に他人の荷物を使うことをためらった彼が自分の寝具を譲ったのだろうことは容易に知れた。

 

 

 気づいた瞬間、助けられたのかと、真っ先に沸いた感情は羞恥だった。

 

 

 助けられて、しかもここまで運ばれて、寝具まで譲られて!!

 

「かっこわりぃ……」

 

 力なく呟いたのは、記憶にまだ新しい昨日の朝のこと。きっとこの先忘れることが出来ない苦い記憶になるだろう。

 

 結局意地になって礼も言えず、逆に睨んでしまい我ながら態度が悪い。が、いくらアルディラに注意されようと、常識と矜持の間で揺れ動くポプラの心境は複雑だった。

 詳しい話を聞いて魔人を倒したのがハウロだと知ると少々気分も持ち直したが、それも後で虚しくなっただけ。魔人に負けて、エルフリードに助けられた事実は変わらない。

 

 しかしエルフリードの一番気に食わない所は、ポプラがいくらつっかかっても「しょうがない」とでも言うように受け流したり逆に謝ってくるところだった。

 まるで子ども扱いをされているようで、余計にポプラの羞恥心が煽られて増すばかり。

 

 悪い奴ではない。だが気に食わない。

 

 

 

 

 ポプラは軽いジレンマに陥っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリンディ村近くの森の抜けてたどり着いたマドレア村で一泊した後、エルフリードはエキナセナとコーラルに一晩で服を作るという早業で更に株を上げていた。

 今まで「強い男はもてる」を持論にしていたポプラは、それを見てなんとも言えない気持ちになる。戦闘に参加もしていないのに、どう見ても女性三人からの支持率が自分を上回っているからだ。

 

 ぎりっと歯を食いしばるポプラだったが、そんな彼の前に象牙色の手が差し出される。エルフリードだ。

 

 その手には昨日ポプラが無理やり渡した装飾用の布があり、渡した時は無地だったそれは見違える変貌を遂げていた。

 

「はい、ポプラのはこれ」

「お、おう」

 

 反射的に受け取って、ポプラは手の中にある布を見る。

 

「……まあまあじゃねーか」

「はいはい、ありがとうございます。ちゃんと使えよー」

 

 ポプラが苛つく呆れたような物言いでため息をつくと、エルフリードはアルディラ達の方へ行ってしまった。

 それを見送ると、ポプラは改めて手元の布を見る。

 

 王都でも滅多に出回らない魔纏刺繍の装備品。それは軽量さを生かして戦闘に臨むポプラにとって、甲冑など必要としない理想の装備だった。

 いつか金を溜めて買おうとしていたそれが、今まさに手の中に納まっている。

 

 施された刺繍は、黒地に金糸でドラゴンと蛇を足したような生物と、幾重にも花弁が重なる花の模様。

 ドラゴンはともかく花の刺繍なんて女みたいだと最初は思ったが、まじまじと見たそれはぐうの音も出ないほど格好良かった。正直ポプラの趣味のど真ん中である。

 

「おい! これ、なんの模様だよ!」

 

 つい大声で呼びかけると、そっけない答えが返って来た。

 

「龍と桜」

 

 サクラとはこの花の名前だろうか。そして竜だというが、やはり見慣れない姿だ。

 

(いや、だけど見慣れない柄なら、誰ももってないってことだよな)

 

 この躍動感ある竜と小粋な花の模様は、自分にぴったりではないか。

 

 布を凝視しながらも段々を口の端がむずむずと緩んできたポプラに気付いたのか。ほんの少しだけ柔らかくなったエルフリードの声が、追加で言葉を投げかけた。

 

「頭だけじゃなくて、全身が丈夫になるように魔法付与しといたから。でも、前線に出るときは気をつけろよ?」

「んなっ」

 

 この期に及んで気遣われたうえに心配されるなど、このこみ上げる恥ずかしさと悔しさをどう表現しようか。

 嬉しさを見透かされた気まずさも手伝って、ポプラは大いに動揺した。

 

「お前なんかに心配されねーでもわかってんだよ!」

 

 結局叫ぶしか出来なかったが、改めてポプラは思うのだ。

 

 

 

 

_________やっぱりこいつ、気に食わねェー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




反抗期

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