魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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32話 マドレア村にて

 私達は朝にグリンディ村を出て、昼ごろに当初目指していたマドレア村に到着した。

 旅慣れないコーラルのためにもまずはここで一泊してから、冒険者ギルドのあるシュピネラまで向かう予定だ。

 

 

 マドレア村はポプラが近道で抜けて行こうとしていた森と繋がっている森林の近くにある村で、木こりをしている人が多いのだとか。

 木材を買い付けに来る人が泊まることもあるらしく、小さい村だけど食堂を兼用している宿屋があった。

 道中でなんだかんだで打ち解けた(主に私を除く女性陣)私たちは部屋を二部屋とると、宿の食堂で昼食を食べてようやく人心地ついた気分でくつろいだ。

 

 ちなみにこの世界基本は一日二食なのだけど、旅人は体力を使うので懐具合によって間食をしたり昼食も食べたりする。そのためか今の時間帯、村人の利用者はおらず、食堂は私達だけの貸切状態だった。

 

 

 木の実がたっぷり入ったパンや鹿肉の煮込みが絶品だった……。う~ん、なんかお腹いっぱいで眠くなってきたな。満腹って幸せ。

 私があまりの幸せな満腹感に眠くなって目をこすっていると、それとは真逆にしゃきっとしたアルディラさんがだれた空気を仕切りなおすようによく通る声で言った。

 

「さてと、私は村長さんのお宅に行くけれどみんなはどうする?」

「村長んとこっすか? …………ああ、遠隔伝達魔道具借りるんスね」

「ええ。魔人の事とか、ギルドにいろいろと報告があるから」

 

 アルディラさんは手元にあったノートをぺらぺらとめくると、そこにいくつか書き足す。覗き込んでみると物凄く細かく几帳面な文字が綴られていた。きっと報告をまとめたものだろうけど、いつの間に書いていたんだろうか。流石、ベテラン冒険者。

 

「アルディラさんの字キレイですね……。ええと、報告してからはどうするんですか?」

「今日は村で休んで、明日はまたシュピネラに戻りましょう。振り出しに戻ってしまってエルくんには悪いけれど、この先ギルド支部がある町となると遠くなってしまうのよ。ごめんなさいね」

「いえ、別に俺はかまいませんよ。……じゃあこれから午後は自由行動ですか?」

「ええ、そうね。ああ、エキナセナには悪いけど出かけるなら誰かと一緒にね? 気分を害するかもしれないけど、獣人は珍しいからなにか厄介事に巻き込まれるかもしれないわ」

「別に、わたしはいい。宿に居る」

 

 エキナセナがつれないことを言うので、さっきからそわそわしているコーラルを見て私は午後の予定を決めた。

 

「ねえ、せっかくだから出かけようよ。コーラルも自分の村以外って初めてでしょ?」

「! い、いいんですか!?」

「もちろん! で、エキナセナお姉ちゃんも一緒がいいよね?」

 

 私がニッコリ笑って話をふれば、コーラルはぶんぶんと頭を上下に振って頷いた。

 

「はい!」

「だってさ、エキナセナ」

「…………好きにして」

 

 よっしゃ折れた。エキナセナはコーラルに自分の妹を重ねているせいか、彼女のお願いには弱いようなので釣るのが楽だ。コーラルもエキナセナになついているようだし、どうせなら一緒に出掛けたいよね。

 

「わかったわ、エルくん達はお出かけね。気を付けて行ってらっしゃい。ああ、ポプラはどうする?」

「オレはもちろんアルディラ姐さんにお供するッス! 報告のお手伝いしたいんで!」

「あら、助かるわ。じゃあそれぞれ用事を済ませたら、またこの宿屋で落ち合いましょう」

「わかりました」

 

 

 

 

 こうしてアルディラさんとポプラはギルドの報告に、私たちは村へと繰り出した。

 

 

 

 ふふふふふ、実に楽しみだ。何がって、洋服。エキナセナとコーラルの来ている服だよ!! この私がいながらサイズがあっていない二人の服は見逃せない。

 私は後ろに居た女子二人へ笑顔を向けると、腰に手を当てて鼻息荒く言い放った。

 

 

「さあ、着替えようか二人とも!」

「え?」

「はぁ?」

 

 

 困惑する2人を問答無用で引っ張って、私は村の雑貨屋へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これとこれと、あとこれもください」

「はいよ。銀貨五枚ね」

 

 雑貨屋は小さかったけど、店内にある商品の数は思ったより豊富だった。といっても、洋服の数は少なかったので仕方ないから一から作ることにする。出発は早くて明日の朝だし余裕だろう。

 

「あとは肝心の布か。ねえ、エキナセナとコーラルはどんな服が好み?」

「え? え、ええっと!?」

「…………あなたは、さっきから何をしているのよ」

 

 戸惑うコーラルと不審そうな目を向けてくるエキナセナにも臆せず、スイッチの入った私はむふふと笑った。三方向(店のおばちゃん含む)から不審者を見るような視線が突き刺さるけど気にしない。

 

「君たちの服を作るんだよ! 俺これでも結構何でも作れるんだ! ばばーんとまかせてくれたまえ!」

「お洋服!? で、でもそんな、悪いですし、それにお金が……」

「女の子にいつまでもそんな恰好でいさせる方が俺にとっては恥! だから、ここは素直に受け取るように!」

「ええ!?」

 

 だってコーラルはお母さんのお下がりだというだぼっとしたサイズの合っていない服で、所々繕ってあるしツギハギだらけ。エキナセナはアルディラさんの簡素な寝巻を借りたままで、こちらもサイズがあっていない。

 過去ルーカスの孤児院で子供達の服を誰が作っていたかといえばこの私! 特に女の子の服には気合い入れたもの。そんな私の目の前で、年頃の可愛い女の子にいつまでもそんな恰好させておけないっての!

 

「……作るにしたって、時間が無いでしょ」

 

 エキナセナのツッコミにも、もちろん動じない。だって私は魔刺繍職人。

 

「ふっふふふ、それは出来てからのお楽しみ! で、どんなのがいい!?」

 

 我ながら一人称が俺ってこと以外完璧に素が出てるな。まあいっか。

 私があまりにも押したせいか、二人は若干仰け反りながらも答えてくれた。

 

「う、動き易い服……」

「可愛いと、嬉しい、です」

「了解! まかせろ!」

 

 テンション上がってきたー! 一昨日から慣れない事の連続でストレス溜まってたんだよね!

 

 私はそれから更に好みについて質問を重ね、素材を厳選して購入していった。村の特産だという草木染の布も素朴でいい感じだし、これも使って頑張って作ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、アルディラさんにお願いがあります! どうか彼女たちの服の大きさを計ってください」

 

 材料を購入後村を少し見て回ってから宿に戻った私達。早速作業に入ろうと思っていたのだけれど、ここで思わぬ弊害が。

 今の私は男の子。女の子二人の体のサイズを計ろうとしたら、それは紛れもなくセクハラになってしまう。

 

 なのでアルディラさんの帰りを待ってからお願いすると、彼女は少女二人の格好を見てから頷いた。

 

「たしかにこのままだとよろしくないわね。わかったわ、私からもお願いするからあの子たちに可愛い服を作ってあげてちょうだい」

「了解しました!」

 

 そう言ってアルディラさんは二人を連れて女子部屋に入っていく。一緒に帰って来ていたポプラは私が服を作ると言った時点で凄く胡散臭そうな目で見てきた。料理の時といい、エキナセナを背負う時といい、毎回失礼な子だ。

 

「はぁぁん? テメェが服作るって、そんな事出来るのかよ」

「出来ますーぅ」

 

 つられて子供っぽい言い方になってしまった私をますます疑り深い目で見てくる。まったく本当に失礼しちゃうな。

 一応こっちが本職なんだけど……。ああ、そういやこの子にまだ言ってなかったっけ。

 

「俺は魔刺繍職人だから。刺繍の他に自分で商品も作るから、裁縫は得意なんだ」

「は?」

「だから、俺の本職は魔刺繍職人」

「マジ?」

「マジ」

「じゃあ犬っころに使った刺繍布とか、眼帯とか、もしかしてアルディラ姐さんの手袋も……!?」

「全部俺の作品ですねー。少しは見直したかな? んん?」

 

 思わず顔がにやける。

 目と口を限界まで開いた間抜け面のポプラにちょっといい気分になった私だったけど、彼が次におこした奇行に戸惑った。なにやら自分の荷物をこれじゃないあれじゃないと、周りに色々とっ散らかして探し物を始めたのである。

 ごめんなさい宿の女将さん! すぐに片付けさせますから睨まないで!

 

「ちょ、ポプラ!ここ公共スペース! 探し物なら部屋で……」

「あった!」

 

 ポプラが掴んで取り出したのは、彼が頭に巻いている派手な物とは打って変わって無地で地味なバンダナだった。そしてそれをぐいっと私に突き出してくる。

 

「え、ちょ、何?」

「ん」

「はい?」

「ん゛!」

 

 ヤダこの子ぐいぐい来る。

 ポプラはバンダナを突きだした手を私の胸に押し付け続けた。どうやら受け取るまで続きそうだったので、訳が分からないまま私はそれを受け取った。

 

「もしかして、刺繍してほしいの?」

「………………」

「黙ってたらわからないだろ。小さい子供じゃないんだから、ちゃんと言葉で伝えなさい」

「う、煩い!」

「あのね、俺だって依頼をされたらちゃんと受けるよ? でもそれすら言ってくれないなら、俺から何かしてあげることは出来ないな」

 

 ポプラはそれでもぐぐぐっと言葉を詰まらせて何も言わない。あー……これは根気よく待つしかないな。これ以上私から言うともっと黙り込んでしまいそうだ。

 これが小さい子なら私が折れることもあるんだけど、相手は同い年くらいで、私よりずっとベテランの冒険者。甘やかす必要など皆無である。

 

 でもこのままだと埒があかないし、もう一個だけ言ってやるか。

 

「アルディラさんまだかな~」

 

 わざとらしく言うとびくっとポプラの肩が跳ねた。このままだとまた大好きなアルディラさんに怒られると思ったんだろう。貝みたいに閉じていた口がやっと開く。

 まったく、一昨日血濡れの布を売ってくれって時は言えたのに、何で今はこんなに時間がかかるのかなぁ。男の子ってよく分からない。男装女子としてはもう少し研究するべきだろうか。

 

「し、刺繍……してくれ。金は言い値でいい」

「おう、まかされた。ご要望には出来るだけお答えしますよお客様?」

 

 営業スマイルしてみた私とは正反対に、ポプラは終始苦い表情をしていた。えー? そこそこ話せるようになったと思ってたんだけど、私ってもしかして思ってた以上に嫌われてんの? 何かショックなんだけど。

 

 とりあえずどんな付与効果がいいのか注文を聞いていると、女子部屋が開いた。

 

「あ、アルディラさんありがとうございました。……? あの、どうかしました?」

 

 部屋から出てきたアルディラさんはよれよれとふら付いていた。その表情はこの世の終わりかのようで、顔は青ざめている。どうしたのかと駆けよれば、彼女は無言でサイズを書いてもらった紙を差し出してきた。

 

 受け取った私はそれを見て息を呑む。

 

「あの、これって測定間違いとかじゃ……」

「三回計ったわ」

「あ、そうですか……」

 

 私はそれ以上はもう何も言わず、明日までに服を仕上げるために机に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。

 

「うわ! うわわ! す、すごいです! 可愛いです!」

「……本当に一晩で?」

 

 私が作った洋服を着て嬉しそうにくるくる回ってスカートを広げてみるコーラルと、動き易さを確認して満足そうなエキナセナ。その様子は作者冥利につきるというもので、元気そうなコーラルに安心しつつ私も満足げに頷いた。

 

 

 ちなみにコーラルには刺繍入りのブラウスとベージュのベスト、草木染の布で作ったスカートを作った。あ、スカートの下には膝丈のキュロット下地もついてる。旅するんだし、いつイヤンな状態になるか分からないからな。可愛さを求めるのも良いけど、めくれ対策は必須。

 前に着ていたお母さんのおさがりは手提げ袋にリメイクしたら、凄く喜んでくれた。ツギハギでみすぼらしくないか? 否、ツギハギとは別名パッチワーク! 世の奥様方は専用のキッドまで買ってツギハギしようとするんだ。立派な文化。多少他の布も使ったけれどもとのツギハギも可愛い色合いだったので、形やディティールにこだわったらかなり可愛く仕上がったと思う。

 

 エキナセナには草木染の布のチュニックに、黒いショートパンツ、刺繍を施した膝上のニーソックスだ。少々露出が多いけれど、こちらはアルディラさんの服装を見たエキナセナが似た感じがいいと言うのでリクエストに答えた。

 でも耳と尻尾を普段は隠さないといけなさそうなので、フードつきの赤い外套も渡したので見た目は赤ずきんちゃん。狼だけど。

 

 

 我ながら徹夜したかいのある満足な出来だ。朝日が目に染みるのも体中が魔力切れで所々怠くて痛くてもまったく気にならない。女の子の笑顔ってこの世の宝だわ……。あー、目の保養。

 

 でもコーラルを見て、一部のデザインをもうちょっと変えるべきだったろうかと少々後悔もしている。

 

 

「うわすっげぇ」

 

 

 ポプラのあけすけな物言いに反射的にどついた。あれ、アルディラさんも殴った? ポプラの頬を打った裏拳のキレが凄い。

 

 だけどポプラがそう言いたくなるのも分かる。私とアルディラさんも、くるくる回るコーラルと……その胸に視線が固定されていた。

 刺繍入りのブラウスを持ち上げ、ベストがくっきりシルエットを露わにしてしまう、その胸に。

 

 

 

 

(でっかい……)

 

 

 

 

 ぶっちゃけコーラルは都市伝説だと思っていたロリ巨乳だった。

 回るたびに胸がぷるんぷるん震えてるんだけど、こんな乳もってる人って本当に居たんだね。空想の産物だとばかり思ってた。というか目視するにコーラルの体脂肪率であの巨乳は無理有る気がするんだけどそこはやはりファンタジーだとでもいう事なのか……!? 

 

「も、もしかして精霊だからかしら?」

 

 恐れおののくように言うアルディラさんだったけど、多分違うと思う。たとえばコーラルの友達のレラスさんは美人だけど絶壁だった。

 

 

 

 

 

 彼女らの下着とかどうするかを悩む前に、図らずもぴったりサイズの服を着せることでその胸の存在感を世に送り出してしまった。

 

 私は暫くの間、背徳感に頭を悩ませることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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