魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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31話 旅は道連れ世は情け

「あたしを村の外まで連れて行ってください!」

 

 湖から帰って来るなり妙に緊張した様子だったコーラルの第一声に、彼女の家でくつろいでいた私たちは目を丸くした。

 

 頭を下げたまま固まっているコーラルのその後ろでは、昨日見た精霊の女性がハラハラとを見守っている。彼女は私の視線に気が付いたのか、はっとした様子で『私からもお願いします!』とペコペコと頭を下げてきた。その様子には物凄い保護者感があるうえに、なんでかその隣ではエキナセナまで一緒になって見守り体勢。

 容姿も種族も全然違うのに、彼女たちがコーラルの母と姉に見える不思議。

 

「ええと、森の外までっていうと、どの辺まで?」

「皆さんが目指す町のどこかでいいんです! お願いします、あたし、この村を出てもっと世界を見たいんです!」

「…………わたしが言うのも変だけど、この村に居るよりは良いと思う」

 

 ぼそっとコーラルを援護したのはエキナセナだった。

 

「……外なら、たまにタダで食べ物くれる人もいたし、この村よりは、良い人がいるわ」

 

 エキナセナは旅人を襲っていた手前もあってか居心地悪そうだけれど、どうやら彼女は完全に人間を敵対視しているわけではないようだ。わりと早めに警戒を緩めてくれたのはそのおかげだろうか。アルディラさんに聞いた獣人と人間の関係を考えると、もっと人間嫌いかと思ってたんだけど。まあ、相変わらずポプラに向ける視線は厳しいが。でもそれは怪我させられたんだから当たり前か。

 ポプラも仕事だったんだし、彼女も悪いことをしていた自覚はあるのか表だってつっかかることはない。ちゃんと分別はある子だ。

 昨日の魔人との戦いも力を貸してくれたみたいだし、こうしてコーラルの心配なんかもしてくれる。エキナセナとこれなら仲良くなれるまで、そう時間はかからないかもしれない。

 

 

 のほほんとエキナセナを見ていたら、コーラルが下げていた頭を少しあげて上目づかいにこちらを伺っていた。どうやら返答がない事に不安を感じたらしい。

 私はアルディラさんをチラッと見て様子を窺うと、彼女は分かっているというように頷いた。

 

「コーラル」

「ぅはいッ!!」

 

 声をかけるとばね仕掛けの人形のように上体を起こしたコーラルは、緊張した面持ちでこちらを見ている。そんな彼女に返す返答は、当然ながらイエスだ。

 

「短い間かもしれないけどよろしくね。コーラル」

「! は、はい! ありがとうございます! よろしくお願いします!!」

 

 コーラルの嬉しそうな笑顔を見て、私たちは顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 それから私たちはコーラルの荷物の整理を手伝い、翌日には早々にグリンディ村を旅立った。

 

 コーラルにとって生まれ育った村を旅立つには急だった気もするけれど、早めの時間に次の村まで到着したかったし、何より死んだ村人の家族が逆恨みでコーラルや私たちに何かしでかすのではないかという懸念があったので仕方がない。

 それと故意ではないにしろ自分が村を隔離させてしまった原因だからと、村人に謝ろうとしたコーラルはいい子を通り越して若干将来が心配である。もちろん全員で止めたとも。そんな事実を村長たちが知ったら、折角厄介払い出来たと喜んでコーラルの旅立ちを認めたのにまた難癖をつけられそうだ。

 

 

 こうしてシュピネラから出発三日目にして、仮初のパーティーは私、アルディラさん、ポプラ、エキナセナ、コーラルの五人になった。短期間で随分と大所帯になったものである。

 

 まあ、なにはともあれ。このメンバーから見ても、まったく昨日一昨日は濃い日だった。

 

 

 

 

 

 

 

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 コーラルを加えて森を出ていく五人を、遠く離れた場所の樹上から見ている者が居た。その人物……ハウロは、その内の一人を見つめてにんまりと口角をあげる。

 

「おっもいだした~♪ あれ、十年くらい前に会ったおチビちゃんじゃーん。女の子じゃなかったんだ! ってゆーか俺ったら記憶力ばっつぐん! そして成長した様子を見てもわかっちゃう洞察力も最高! 俺ってすっごい!」

 

 彼は鉄色の髪の青年を注視する。常人ならば人が米粒にしか見えないほど距離があるが、ハウロには関係の無い事だった。爛々と琥珀色の目を輝かせる彼の輪郭が、一瞬空気に溶けるようにぶれる。

 

「お仕事上の収穫は無かったけど、いい玩具見つけちゃったなァ。これならお頭にどやされなくてすむかも!」

 

 ハウロはぶれかけた輪郭をぱんっと両の掌で張って戻し気合を入れると、そのまま何やらうんうんと唸りだす。そして脳内で思い出したかった事柄にたどり着くと、ぱあっと表情を明るくした。

 

「そうだ! 王都行くって言ってた!」

 

 思い出したのはエルフリード達の行先だった。昨日の夕食の席でたしかに目的地を言っていた。

 

 それさえ思い出せば、わざわざ後を追わなくても良いと気づいたハウロは上機嫌で鼻歌を歌いだす。何故なら王都は自分たちのテリトリー。来る事さえ分かっていたら、王都へ入った途端に網にひっかかる。

 

 

「ヒヒヒッ、じゃあ王都で待ってるからねェ~おチビちゃん! あ、もうチビじゃないか!」

 

 彼は最後にもう一度だけエルフリードを見ると、こちらに気付かない相手に手を振った。

 

 

「じゃーね~。楽しみにしてるよ、エル~ぅ」

 

 

 樹上で飛び跳ねた彼は、一陣の風を残して姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

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 森の中を歩きながら、コーラルがぽつりとつぶやいた。

 

「ハウロお兄ちゃん、どこに行ったんだろう……」

「きっと先に村出たんだって。あの人気まぐれそうだしさぁ。あんま気にしない方がいいんじゃネーの?」

「でも魔人について詳しかったり、とどめを刺す実力を持っていたり……たしかに気になるわね。もしかして高名な方だったのかしら」

 

 魔人を倒した後姿を消したハウロさんは、結局村の何処にもいなかった。彼が住んでいた家も尋ねてみたけど、本当に人がいたの? というくらい何も残されておらず、どうにも狐につままれた気分だ。

 ハウロさんに懐いていたコーラルは、お礼もお別れも言えなかったことにひどく落ち込んでいる。けどアルディラさんが「村の外へ出ればいつか会える日も来るわ」と慰めたことで、一応気分を切り替えたみたい。

 

 

 

 暫く歩いて魔物を片付けながら森を抜けると、コーラルは初めて見る外の世界に好奇心で目を輝かせた。

 

「ここが、外なんですね……!」

 

 そっか、ずっと村と森しか知らないから平地や山の連なりを見るのも初めてなんだ。

 

 考えてみると前世ではインターネットやテレビ、写真などと映像媒体に溢れていたから行ったことの無い場所でも世界を知ることが出来た。けどこの世界では、せいぜい絵が有る程度。行ったことの無い場所の景色は、一生見ることが出来無いんだよね。

 私だって初めてこの世界に来た時は異国情緒のある風景に浮かれたことがあるし、コーラルの気持ちはよく分かる。

 

 

 森を抜けた先にある平地からは一昨日超えた峠と、遠くのアルプスのような山の連なりが見えた。

 たしか一昨日アルディラさんに聞いた話だと、あれは隣国のケスティア。今日はよく晴れているしこの世界では空気汚染も無いから、澄んだ空気を通して遠くの景色が良く見える。

 

「わあああ! すごいすごい! 空がこんなに広く見えたの初めて、です!!」

「ふふっ、楽しそうで何よりだわ。これからもっと色んなものが見れるわよ」

「興奮しすぎて転ぶなよー?」

 

 思わず先頭に乗り出したコーラルをアルディラさんとポプラが見守る。その後ろを私とエキナセナが少しゆっくりとした歩幅で歩いていた。

 

「エキナセナは、森を歩いても平気だった?」

「……平気。二晩寝たから、もう問題ない」

 

 彼女の言うとおり一昨日は二回も大怪我をしたというのに、貧血の様子もなくしっかりとした足取りで歩いている。それでも念のためにおんぶしようか? と聞いたら激しく拒否されてちょっとへこんだ。

 

 エキナセナは表情こそ硬いものの、話しかければ普通に返事をしてくれる。嬉しくなった私はもっとこの獣人の少女と話してみたくなった。グリンディ村ではこれ以上腰を落ち着けていられないからと、準備に追われて慌ただしかったのでまだ彼女のついて詳しい事情が聞けていない。

 でもこんなに気持ちいい天気なんだし、それは次の村に着いてから聞こう。今はもっと別の話がしたい気分だ。

 

「ねえ、エキナセナってもしかして兄弟いる?」

「! な、なんで……」

「コーラルを見る目が、なんだかお姉ちゃんみたいに見えたんだ」

「…………妹が居る」

「やっぱり!」

 

 私は予想が当たっていたことに嬉しくなって声を弾ませたけど、エキナセナは辛そうに顔を歪めてしまった。

 え!? あれ、私、もしかして何か地雷踏んだ!?

 

「コーラルと、同い年の妹が居たわ。先月誕生日だったから、今は十三歳。……多分、一人で誕生日を迎えた」

「多分?」

「半年会ってないから」

 

 その声は強気な彼女からすればひどく頼りなさげで、私は余計な事を聞いてしまったのだと知った。

 

「…………ごめん。事情も知らないのに、無神経な事聞いたかも」

「別に、いい。わたしも少し、今は話したい気分だから」

 

 エキナセナはそう言って前を見ると、視線の先には楽しそうにはしゃいでくるくると踊るように歩くコーラルが居た。コーラルを見るエキナセナのアメジスト色の瞳は、どこか懐かしそうで優しい。きつく吊り上っていた目元が、今は柔らかく細められていた。

 

 それからエキナセナはつとつとと、この半年間にあった出来事を話し始めた。

 

 ファームララスに住んでいたこと、人間に襲撃されて家族がバラバラになったこと、半年間ずっと一人で家族を探していたこと。

 

 

 

 話を聞き終えた私は自分と同じ種族がしたことにひどく腹が立って、そして恥ずかしくなった。

 

「俺が言うのも変だけど、同じ人間として謝らせてほしい。…………ごめん」

「別にあなたが謝ることじゃない。それにわたしも半年間、人間に危害を加えたからおあいこ」

「でも食料をもらっただけでしょ?」

「家族を探すのと寝る時間がほしかったから、狩りの手間も惜しかった。でも、人から物を奪うのは悪い事だったもの」

「……エキナセナってちゃんとしたご両親に育てられたんだね。嫌いな人間相手にもそう思えるって凄い事だよ。俺なら多分もっと荒れると思う」

「あなたが? ずいぶんお人よしに見えるから、そんなの出来そうにないわ」

「え、そう見える? な、なんか照れるな。あはは……」

「褒めた覚えはないんだけど……」

 

 段々と口数の増えてきたエキナセナと私は次の村……マドレア村につくまでずっと話をしていた。いつの間にかアルディラさんやポプラ、コーラルも加わってわいわいと話に花が咲く。

 

 

 

 

 濃い日だったけど、こういう今があるなら悪くない。

 

 そう思った私は、やっぱりお気楽で呑気なんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 


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