魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

34 / 79
30話 コーラルの選択

 村へ帰った後、私は村長含む村人に魔人はどうなったのかと詰め寄られた。

 

 けど私だって流石に疲れているし怪我もしてる。アルディラさん達もまだ目を覚まさない。それにコーラルは通常の疲れに加えて人生の岐路に立たされている。

 そんな時だし、すぐにでも休んで少しでも多く悩む時間が必要だ。気になる気持ちは分かるけど、今いちいちかまってやれるほど私の心は広くない。

 

 あんまりにしつこかったから、最終的にはつい近くにいた若いのに腹パンしてしまった。本当は一番鬱陶しい村長にしようかと思ったけど、一応お年寄りだからそこは自重。まあ煩かったけど。

 村人は今は遠慮しようと思いなおしてくれたのか、それ以上は何も言ってこなかった。笑顔で「説明は後にしてほしい」と丁寧にお願いしたのに青褪めてたのはなんでだろう。やっぱり魔人が怖くて不安だったんだろうな。はっはっは。

 

 …………腹パンはちょっとやり過ぎたか。若者ちょっとふっとんでしまったしな……。いかん、今さらこんなところでサクセリオの教育方針が根付いていることを思い知るとは。出来るだけ気を付けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 村人を振り切り、コーラルの家に戻った私たち。流石に荒らされた部屋を片付けるには精も根も尽き果てていたので、寝るスペースだけなんとか確保して朝まで泥のように眠った。

 

 

 そんな私を起こしたのは、朝の光と透明感のある女性の声。

 

 

「エルくん、起きて」

「ん……」

 

 微睡(まどろみ)の誘惑に抗えず私がうだうだしていると、先ほどよりもっと近い場所で声がする。

 

「朝よ! 起きて!」

「!?」

 

 わずかに耳をかすった吐息に背筋が泡立ち一気に覚醒する。かっと目を見開いた私の視界には、アルディラさんのドアップが映っていた。

 

「わあ!?」

「キャ!?」

 

 慌てて跳び起きると、アルディラさんとぶつかって再び元の位置に戻ってしまった。どうやら彼女は眠る私の横から腕をついて覗き込んでいたようで、ぶつかった反動で一緒に倒れこんでしまう。

 

「ご、ごめんなさい」

「い、いえ……。わた、俺の方こそすみません」

 

 胸の上に倒れこんだアルディラさんは体勢を崩してしまったのが恥ずかしいのか、少し頬を赤らめながら体を起こした。私も今度は慌てずにゆっくりと上半身を起こす。…………床で直に寝たからか、なんだか首が痛い。

 

「エルくん、旅用の寝具まで私たちに譲ってくれたのね。ありがとう」

「いえ、怪我人でしたし当然ですよ」

 

 ぽりぽり頭をかきながら答えると、アルディラさんは「それでも、ありがとう」と重ねてお礼を言ってくれた。律儀な人である。

 

 コーラルの家で寝床に使えそうだったのは初めに借りたコーラルのベッドと、現在使われていない様子の古いベッドが2つだけだった。多分亡くなったというコーラルのご両親のものだろう。とりあえずそれらを整えて、エキナセナ、アルディラさん、コーラルをベッドに寝かせた。だから旅で使う用の寝具を与えたのはポプラだけなわけだけど、本人でなくアルディラさんが代わりにお礼を言ってくれるとは。あんまり私の事好きじゃないみたいだし、お礼を言うのが癪だったのかな? まったく、会って間もない美女に保護者変わりをさせるとは、しょうがない奴だ。……いや、まだ寝ているだけの可能性もあるけど。

 とりあえず、気になったので他のメンバーの様子をアルディラさんに問いかけた。

 

「他のみんなはどうしたんですか?」

「さっき起きたばかりだから、今は朝食の準備をしているわ。起きたばかりで悪いんだけれど、昨日のことを詳しく説明してくれる?」

「もちろん」

 

 私が頷くと、アルディラさんはまだ何か言いたいのか少しだけ口ごもる。

 その様子に彼女が話し出すまで待っていると、アルディラさんは顔をうつむかせつつ、視線をうろうろと彷徨わせながら口を開いた。その頬は少し赤い。

 

「よく覚えていないけれど……。エルくんが助けてくれたのよね? …………ありがとう」

 

 私はその言葉に「頑張ったかいがあった!」と嬉しくなったけど、昨夜の事を思い出すと思わず遠い目をしたくなる。そして私は「いえいえ」と前置きをした後、空元気な声で半ばやけくそに言い放った。

 

 

「最後は全部ハウロさんに持ってかれましたけどね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食はパンと水だけだったけど、コーラル作の黒スグリのフレッシュジャムがとっても美味しかった。砂糖不使用でヘルシー!

 

 起きてきた私はまずポプラに怖い顔でガン見(起きてやがった)されたのだけど、昨日あったことを話していくとその顔が段々とニヨニヨ緩んでいった。なんだこいつ。

 そして魔人に止めを刺したのがハウロさんだと知ると、ぱあっと顔を明るくさせた。

 

「だよなー! お前が魔人倒したとか、無いと思ったわー! ナイナイ! それにハウロが魔法使えんのは意外だったけど、止め刺せたのってオレとアルディラ姐さんの二人で、二人で魔人を消耗させたからこそだし? まあ全てはオレとアルディラ姐さんの連携あってこそだよな!」

 

 やたらとアルディラさんと二人、を強調して言うポプラを、エキナセナが冷めた目で見ていた。

 

 彼女は昨日の戦闘に手を貸してくれた上に、コーラルを守ろうと頑張ってくれたらしい。もともとの消耗に加えて村人から暴力まで振るわれていたのに、戦いであんな酷い怪我までして……。うん、旅人を襲っていたのは悪い事だけど、この子絶対に悪い子じゃないわ。私との約束を守ってくれたからだとしても、元からの気質からだとしても、コーラルと一緒に居て最後まで守っていてくれたんだ。うん、いい子だ。

 

 そして意外にもコーラルの精霊覚醒に関しては、本人からすでにこの場に居る全員へ説明がされていた。「精霊の幼体は妖精のはずよ。卵からすでに精霊の位置づけで子供が生まれるなんて聞いたことが無いわ」とはアルディラさんの(げん)で、これには彼女も初めて遭遇する事例だそうで戸惑っていた。

 でもって当のコーラルだけど、私が起きた時にはもうすでに例の湖へ向かっていたようだ。多分、昨日の答えを返すために。

 それに関しては会って間もない私たちが口出しすることではないから、今は待とう。全ての選択は彼女次第だ。

 

 

 

 

 

 

 

 朝食後、私達は仲間内での情報交換を終えて昨日の出来事を整理し終わると、村長の家へ向かった。

 

 魔人の討伐が成され、コーラルのためにも精霊の事は話さずに森の結界が解けた事実だけ告げると村長は大いに喜んだ。でも私を見て挙動不審になったのは解せぬ。昨日の私疲れてたからな……。腹パンした若者が民家の壁つきやぶっちゃったのがいけなかったんだろうか。……いけなかったんだろうな……。

 

 で、喜んだ村長だったんだけど、そこで終わればいいものを。

 

 コーラルとエキナセナを攫った村人が全員死亡したことを知ると、依頼料を払うどころか逆にこちらへ慰謝料を請求してきたのだ。これには冷静に話を進めていたアルディラさんの額にも青筋が浮いた。

 

「あいつらを助けられなかったのは、あんたらの力不足だろう。彼らには家族もおりましたし、どう責任をとるのです? 私としても貴重な村の働き手が減ってしまった事は大変困るのですよ。そうですな、高名な冒険者殿なら稼ぎもいいんでしょう? 誠意を示してくだされば、示談で済ませるんですがなぁ」

「お言葉ですが、彼らの事に関しては自業自得です。無責任極まりない行動には下手をすればこちらの命も脅かされましたし、何より罪もない少女二人の命を勝手に差し出した振る舞いは許しがたいものです。お悔やみは申し上げますが、こちらからあなた方へお支払する物はございません」

「ほぉ? 責任逃れですかな? それにあの小娘と獣人の命など、村人六人に比べたら取るに足らないものでしょう」

「おいオッサン! それ以上言ったら……」

 

 今にも飛びかかりそうなポプラの肩を抑えると、その鋭い視線が今度は私に向く。「何で止める」とギラギラ激昂する瞳が私を責めるけど、怒っているのは君だけじゃないから。

 私が前へ出るとびくっと震えた村長だけど、年の功なのか面の皮の厚いこと。「何か?」なんてしゃあしゃあとほざいてくる。

 そこで私は気分を落ち着けるために一回深く深呼吸をすると、出来るだけ淡々とした声で話し始めた。

 

「村長さん、ご存知ですか?」

「む? 何をですかな」

「魔人が復活した時、このあたりに居ないはずの魔物も一緒に現れたんですよ。というか皆さん、この村周辺で魔物に会ったことはありますか?」

「魔物? ははっ、この村は今も昔も魔物の被害を受けたことが一度もありません。動物しかおりませんで、それだけは自慢ですな」

「もう守ってくれる結界はありませんよ?」

「は?」

 

 何を言っているんだ、という様子の村長を無視してポプラに問いかけた。

 

「初めにこの森に入った時に出たアシッドスパイダーとかって、一般の人が対処できるもの?」

「…………! いや、無理だな。ただのスパイダーなら噛みつくだけだからある程度大丈夫だろうが、体液が酸のアイツは無理だろ。他の森の魔物も、俺が狩り場にするくらいにはレベル高いぜ」

 

 私の意図するところに気付いたのか、ニヤリと笑うポプラ。

 アルディラさんも興味深そうに私が話すのを黙って聞いていた。

 

「村長。この村は結界で閉ざされ外界から切り離されていましたけど、結界によって守られてもいたんですよ。けどそれが無くなった今、これからは魔物が村を襲い始めるでしょうね」

「な!? で、出鱈目を言うな! 魔物など私が生まれたころからこのあたりでは見たこともない!」

「村が閉ざされている間に森の生態系が変わったんでしょう。きっと何らかの支援を得るか、村を引っ越さないとその内本当に村が地図から消えてしまうかもしれませんね」

 

 薄ら笑いを浮かべて言うと、村長の顔色が蒼を通り越して血の気が失せて白くなっていく。

 私は目つきが悪いから、こういう笑い方をするとはっきり言って悪人面だ。役に立つのは初めてだけど、ちょっと複雑。……まあ、いいか。畳みかけよう。

 

「そこで提案です。慰謝料の代わりと言ってはなんですが、冒険者ギルドへの仲介を承りましょう。魔物が居る今、俺たち以外は森を抜ける事すら困難でしょうしね。……どうですか?」

「………………………………………………………………」

 

 村長はたっぷりの沈黙を飲み込んだ後、返答した。

 

「お願い、いたします」

 

 勝った。

 

 がっくりと膝をついた村長のハゲ散らかった頭を見下ろした私は、爽快感のままにポプラとハイタッチをかわした。なんだ、こういう時はノリがいいな。

 ま、可哀想ではあるけど世の中そんなに甘く無いって事よ!

 

 そして。

 

「ああ、そうそう。私たちは別にギルドの規約違反をしていませんし、受けた依頼も証書を書いていただいたので正当な物です。ギルドに報告する限り、依頼料もいただく事になりますからご了承くださいね」

 

 にっこり笑ったアルディラさんがフィニッシュを飾ったことに、私とポプラが羨望の眼差しを向けたことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束通り湖にやってきたコーラルを待っていたのは、陽だまりの精霊であるレラスだった。

 

『コーラル、決めたのですか?』

「…………うん」

 

 種族を選択するというあまりに大きな決断をするには、短すぎる思考の時間であった。しかしコーラルの心は決まっている。

 

「レラスお姉ちゃん。あたし、人間の世界に残る」

『……理由を聞いてもいい? あなたは生まれてから、人の世では辛い事ばかりだったでしょうに』

「うん、あたしも初めはそうだと思ってた」

 

 けれど半年前にハウロに出会い、そして昨日冒険者の三人と知り合うことで世界は村の中だけではない、ということを知ったのだ。

 

 今まで自分を嫌う人間しか知らなかったけれど、ほんの少しの温かい会話がコーラルの誤解を解きほぐしてくれた。両親しかくれないと思っていた愛情は、家族でもない他人からだってもらえるし、自分も返すことが出来るのだと知った。

 

「もっと、色んな人とお話ししてみたいの。あとね、ウミってところにも行ってみたい! あのね、私の名前とおんなじ名前の宝石があるんだって! しかも生きてる宝石よ! すごいでしょ? なんでお父ちゃんとお母ちゃんは、村で見たことも無い宝石の名前をあたしにつけたのかな? それも、本当に見れたらわかるかな!」

 

 そう言って話すコーラルはとても楽しそうで、彼女の瞳は未だ見ぬ出会いや未来を映していた。

 精霊界は綺麗な所よとか、仲間もたくさんいるわとか。レラスは考えていた言葉を全て飲み込んで、ただ微笑んだ。

 

 

________ああ、この子は人の世界で希望を見つけられたのね。

 

 

『わかったわ、コーラル。でも辛くなったらいつでもこちらへいらっしゃい。精霊界は貴女を歓迎するわ』

「…………レラスお姉ちゃんとは、精霊界に行かないともう会えないの?」

 

 途端に不安そうな顔をされて、ああ、自分たちがこの子と過ごした時間も無駄ではなかったのだとレラスの胸中に喜びが満ちた。

 コーラルの選択を受け入れつつも、胸の底にはコーラルを人の世界へつなぎとめた人間達への濁った嫉妬が沈んでいた。が、それも今の言葉で霧散する。

 これで自分は、もう一度人間としてのコーラルを見守ることが出来る。

 

『コーラル、手を出して』

「手?」

 

 素直に手を出したコーラルの右手の甲に、レラスは口付けを落とした。するとそこに花のような文様が現れて、レラスと同じ陽光の煌めきを残して消える。

 

『これで私と貴方は精霊と"人間"の契約を交わしたわ。貴女は精霊として大人になったけれど、まだ未熟よ。きっと自分の力を使いこなせないでしょう。……何か困ったことがあったら、私を呼びなさい。すぐに貴女の元へ現れるわ』

「ほ、本当!?」

『ええ、もちろんよ』

 

 コーラルは跳ね上がって喜ぶと、自分の右手を大事そうに胸に抱いた。

 

 しばらくそれを見守っていたレラスだったが、何やらコーラルがチラチラと浮いているこちらを上目づかいで伺ってくるので首を傾げた。

 

「あの、あのね。さっそくだけど、お願いしていい?」

『いいけれど……。いったいどうしたの?』

 

 コーラルはぐっと拳を握りしめて顔を上げると大きな声で言った。

 

 

 

「一緒にお願いするのを、お願いしたいの!」

 

 

 

そのお願いは、この後コーラルを心配して後を追ってきたエキナセナにも発動することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 暗い、暗い部屋の中。

 

 壁にはめ込まれた魔道具が煌めく中で、可憐な声が歌を紡いていた。

 

 

「ラララ、ラララ♪ ドンナ、どんな、マーリェドンナの瞳の色はドンナ色? どんどんどどどんドンナ色? 上見て横見て下向いて、ぐるっとまわって飛び出たら、ぽんと弾いて見てみまショ♪」

 

 奇妙な歌を歌い終わった彼女は、機嫌よさげに笑んで見せた。

 

「あはっ、"悪食"ゲルニザウラ、わたしが殺すまでもなく死んじゃった~。でもでも、わたしの可愛いインフェルノパンテーラ達は何で死んだのかしら? あいつが強くなって復活したのは誤算だったけれど、全員でかかればゲルニザウラの首くらい狩れたでしょうに。まったく誰かしら。ゲルニザウラと、わたしの愛玩動物を殺したのは」

 

 生き残った魔物は回収したが、一番のお気に入りを殺されて彼女はややご立腹だった。

 

 と、くるくると回ってスカートをふんわりと広げていた彼女は、魔道具が常時と違った煌めきを見せたことに気が付いて動きを止める。そして壁の宝石を指で弾くと、嬉しそうに話し出した。今度は独り言ではなく、明確に相手のいる会話のようである。

 

「まあ、_____様。ええ、ええ、そうでございます。誤算でしたが、ゲルニザウラは死にましたわ。………ですよねぇ~! 人間丸ごと食べるとか、ホンット気持ち悪かったですぅ! 野蛮! 生理的に無理ですよねアイツ。息臭いし、綺麗に全部食べるって自慢してましたけど、排泄物ごとでしょ? 信じられませんよね! 気持ち悪い! ああ、申し訳ありません。それでご報告ですが……近々良い霊核が手に入るやもしれません。ふふっ、楽しみになさってくださいませ」

 

 彼女は通信を終えると、再び踊り出す。

 

 

 

 

「ドンナ、ドンナ、マーリェドンナは踊ります。全ては_____様の御心のまま♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。