「キャァァァァ!」
「ヒィ! な、何だ!? あれは!」
村人たちの悲鳴を聞きつけて外へ出ると、満月で明るい夜だというのに、その光を遮るように宙に浮かぶ人型の"ナニカ"が居た。
それは妙に長い手足をしていて、距離が結構離れてるからちょっと自信はないけどかなり大きく見える。翼も無いのにピタリと空に張り付けられたように宙に留まるその姿は不気味だ。
「何あれ……」
「まさかっ」
「おい、あれって」
「ヒヒッ、なるほどね~」
どうやら分かっていないのは私とコーラルだけのようで、アルディラさん、ポプラ、ハウロさんはそれが何なのか気付いたようだ。起きてきたばかりのエキナセナは、耳と尻尾を隠すのも忘れてそれを警戒して臨戦態勢に入っている。
私も警戒しながらそれを見上げていると、満月を背にした影の中に赤い三日月が閃いた。どうやらそれが口らしく、何かが笑ったというのは辛うじて分かったのだが……何アレ口の中発光でもしてんの? 夜だってのになんかくっきり色まで認識できるんだけど。
そんなふうにどうでもいいことまで考えつつ見ていると、なんと今度は何かが喋った。
『諸君、ハジメマシテ。ワタクシの名はゲルニザウラ。魔人、ゲルニザウラでございマス!』
ノイズ交じりの嫌な声が、スピーカーでも使っているかのように村全体に響き渡った。他の村人たちも家から出てきて、みんな空に浮かぶ異形に悲鳴をあげるか固まるかしてそれぞれリアクションをとる。まあ、驚くわな……。
魔人と名乗ったそれは村人の反応を気にもせず言葉を続けた。
『ワタクシ、このたび忌々しい封印を振り払い復活したのでございマス。おお、なんと喜ばしい日でショウか! ミナサマにもこの素晴らしき記念日を祝っていただきたいのデス』
魔人はそう言うなり、長い片腕をふるった。するとその先にあった森で爆発音が起きる。
轟と空に燃え上がった火柱は、森と村を昼間のように強烈な光で照らした。
「!?」
『今のはワタクシからのささやかな贈り物、でございマス。キレイでショう? 花火というのデスよ』
花火なめてんのかテメェ。あれ火柱だろうが。
日本魂が燃え上がりあれを花火だと称した魔人に怒りを覚えるが、周りはそれどころで無いらしい。逃げ惑い、軽いパニックが起きている。
……嗚呼、こういうとこ私ってサクセリオにメンタル鍛えられてんだな……。何でこんな冷静なんだ自分。
『アア、皆様、静粛ニ』
それを収めたのも魔人で、もう片方の手も振るい再度森を爆発の火炎で包む。炎が広がる様子は見えないが、その脅威は十分に示された。人々は魔人の指示に従い逃げるのをやめて立ち止まる。
『ハハハ、大盤振る舞いしてしまいました。話を戻しますガ、この素晴らしい日に贈り物がほしいのデス。品物はミナサンで選んでください。贈り物は、選んでもらった事実がまた嬉しいのが醍醐味デスから! ああ、ワタクシが気に入らなくても結構ですヨ? その時はワタクシ自ら選びマスので! ハハハ! ワタクシ、湖の祠におりますので、お待ちしておりマス。ああ、嗚呼、結界は解けていますから、どなたでも湖までたどり着けますからご安心くださいネ。では、ゴキゲンよう』
一方的にそう言い残すと、自称魔人は霞のように消えてしまった。後には何事も無かったかのように満月が浮かんでいる。
「今のって……」
「村長のところへ行きましょう」
アルディラさんの厳しい表情に、今のが先日話に聞いた魔人だと知って今更ながら軽く寒気がした。けど隣で震えるコーラルちゃんを見て、しっかりしなければと思いなおす。怯えている場合ではない。
出来れば一緒に居て安心させてあげたいけど、私も今起きている事態が詳しく知りたい。だからひとまず彼女は家の中に戻すことにして、その付き添いはエキナセナにお願いすることにした。……巣から落ちたひな鳥助けるくらいだし、きっと優しい子だと思うんだよね。だから二人きりにしても大丈夫だろう。きっと自分よりか弱い存在には庇護欲が湧くタイプと見た。
「コーラルちゃんは家の中に戻ってて。エキナセナ、この子がこの家の持ち主なんだ。俺たちが帰ってくるまで、一緒にいてあげてくれる?」
「…………わたしを信用していいの?」
「えっと、自分でそう言っちゃう子なら多分大丈夫かなって」
エキナセナにつっこまれて若干
エキナセナにコーラルちゃんをまかせて村長の家に向かうと、丁度他の村人たちも詰めかけている所だった。割って入って村長に面どおりを願うと、あちらも混乱していたのか冒険者が来たことに安心してすぐに私たちを優先してくれた。
「村長。率直に聞きますが、今までこの村は魔人の被害にあったことはありますか?」
「え、ええ……。あります。しかしずいぶん昔に、旅の冒険者の方が倒してくれたはずで……」
「当時の事、出来るだけ詳しく教えていただけますか」
「あ、待って。それオレの方が知ってるかも~」
村長へ質問を重ねようとしていたアルディラさんを遮ったのはハウロさんで、軽い調子で手を上げている。でも彼は私たちと同じく迷い込んだ旅人であって、村人ではなかったはずだけど……。なんで村長より知ってると言い切れるのか。
私たちに疑問の視線を投げかけられ、ハウロさんは猫のような目を三日月型に細めた。
「まあ、オレが知ってる理由はぁ、後でいいんじゃん? それより魔人だけど~。たしか、ゲルニザウラって言ってたよね」
「ええ、たしかそんな名前だったわね」
「ソレ、五十年くらい前にフェルメシアに進軍してた魔王軍の将の一人だぜぇ」
「ゲッ!? ただの魔人じゃなくて、魔将かよ!」
「しかも精霊を喰うやっかいな奴だよ。でもフェルメシア王国の記録だとたまたま旅してた魔法使いのクルックナーが倒したってなってるけど、さっきの話を聞いた感じだと討伐じゃなくて封印だったみたいだねェ」
それが何らかの原因で封印が解けたってか。な、何でまた私たちが村にやってきたタイミングで……。
にしても、クルックナーとか魔将とか知らない単語が出てきたな……。でも一緒に来たからには神妙に頷いて話を聞いておこう。空気を読むのは日本人のお家芸。
そんな私の内心をよそに、ハウロさんは話を続ける。その内容に時折頷きつつ意見を交えるのはアルディラさんだ。
「さっき言ってた湖ってのは、あ~……もしかしてこのあたりの伝説にある精霊の湖のことかな? それがマジもんだったら大発見だけど」
「精霊の湖……。きっと精霊界と現世が交差する地点のひとつね。このあたりは空気中の魔力も濃いし、あってもおかしくないわ」
「話が早いね! そうそう、それだよ。おネーさん綺麗だし頭いいし、惚れちゃいそう!」
「それで、他に分かることは?」
「ワォ、ガン無視痺れるー! ああ、それで特徴ね。精霊を喰うってのを除けば単純な奴だよ。魔法も肉弾戦も搦め手無しの力で押せ押せって感じの戦法さ。五十年前の資料で見るならギルドのランク付けで討伐はBランクがせいぜいかな。捕縛ならAね。封印はわかんない」
「意外と低いな」
「え~、それ言っちゃう? Bって結構じゃん」
「オレ、Bランク。アルディラ姐さんはAランカー」
「え、マジ? ならこれ、もしかして討伐できんじゃね? あ、エルは?」
「お、俺ですか? お、俺は、その……。……Dです」
輝かしいランクを背負うお二人の後には言いにくいんだけど。
そして言うなり、ハウロさんにぽんっと肩を叩かれた。
いや、別に気にしてませんけど。その「あー。君、駆け出しね」っていう目やめてください。そうだけど、そうなんだけど何となく居た堪れない! というか、ポプラってBランクの冒険者だったんだ。……ちょっと意外。
「あの、で、では、魔人の退治をお願いしても……?」
「ええ。森に村を閉じ込めているのも魔人かもしれませんし、魔将とあっては見過ごすわけにもいきません」
アルディラさんの言葉に安心したように表情を緩めた村長。
私マジ空気だったけど、どうやら魔人を倒す方向で話がまとまったようだ。ハウロさんも腕には自信があるらしく、魔人討伐に有志で申し出てくれた。
「明朝に湖の位置を確認後、魔人が贈り物とやらを催促しに来る前にケリをつけます」
そこで話は終わり、ハウロさんとは朝に合流することにして村長の家の前で別れる。詰めかけていた村人たちも、冒険者が解決してくれると村長が説明すると安心したように
私たちもコーラルちゃんの家に帰ろうと、朝に向けてあれこれ話しつつ来た道を戻る。
しかし、帰った先で私たちは思いがけない光景を目にすることになってしまった。
「!? な、なんだよこれ!」
コーラルちゃんの家にコーラルちゃんとエキナセナの二人の姿は無く、争ったような形跡の荒れた部屋が残されていた。
元凶はすぐに見つかった。コーラルちゃんの家の近くで怪我をしたのか、片腕を抑えてフラフラ歩いていた男が「あの獣人め」と言っていたのだ。怪しすぎる。
捕まえて問い詰めると、そいつはとんでもないことを言い出した。
「あいつが、あの娘が不幸を呼び込んだんだ! 昔からおかしいことを言っていた……! 誰も行けない場所にほとりに果物がたくさん生ってる湖があるだの、精霊が居るだの……! それが本当だったんなら、その湖はさっきの魔人が言ってた湖だろ!? 変じゃないか! きっとあの娘が言ってた精霊ってのはアイツのことなんだ! あいつは魔人の使いだ! 贈り物が欲しいなら、好かれてるあいつをやればいい! それなら、喜ぶだろう!? あんた達だって見ただろう! あの魔人の炎を! 俺は、俺たちは焼き殺されたく無ェ!!」
問い詰められた男は堰を切ったように話し始め、唾を飛ばして主張した。
どうやら先ほどの魔法が村人に与えた影響は思ったより高かったようで、半ば恐慌状態に陥っている。村長の家に詰めかけていた村人はまだましな部類だったみたいだ。
でも、それにしたって!!
湖を知っていたコーラルちゃんは確かに気になるけど、いくら混乱したからって罪もない女の子を生贄にしようとするとか馬鹿なの!? しかも一緒に居たエキナセナまで「獣人だから」で連れて行ったんだから理不尽で腹が立つ。
思わず男を殴り倒してしまったが、構っている暇はない。
「アルディラさん! コーラルちゃんを運んだ村人を追いましょう!」
「ええ、もちろんよ! 場所なら見当がつくわ」
場所については事前に村長から湖がありそうな場所を聞いていた。アルディラさんが言っているのはそこのことだろう。きっと二人を攫った村人も、そこへ向かったはず。
「森の精霊を祭ってある社っすね。社は精霊界との境界線に建てられることが多いから、多分当たりッス」
「エルくんはハウロさんを呼んできて。私とポプラくんは先に行くわ」
「でも……! ッ、わかりました」
相手は魔人という未知の相手だ。素人がでしゃばっても足を引っ張るだろうし、ここは少しでも戦力を増やした方がいい。
お互い頷くと、それぞれ別の方向に走り出した。
+++++++++++
魔人ゲルニザウラは早速運ばれてきた”贈り物”に至極ご機嫌だった。
男が六人結界の跡をぬけて湖まで来たものの、本当に湖にたどり着けると思っていなかったのか戸惑った様子だった。彼らがなにか大きい袋を担いでいたので、贈り物だと推測したゲルニザウラは親切にも彼らを自分の元まで転移させてやる。
『嗚呼、ああ、ご苦労サマ。贈り物をもってきてくれたのデスね』
自分以外の他人を転移させてもまったく減らない魔力。それが体中に漲るのを感じ、ゲルニザウラの機嫌はますます良くなる。何故だかは分からないが、封印が解けてから以前よりも調子が良い。
人間たちは思ったより小さいゲルニザウラに驚いているようだったが、それは当たり前である。先ほど天に出現させたのは彼の仮初の姿であり、魔力の武装を解いたゲルニザウラは小山ほどもあった体躯に比べとても小さい。それこそ人間とそう変わらないくらいだ。
本来のゲルニザウラは少々手足が体に似合わない長さを擁しているものの、人間に近い姿をしている。特徴と言えば浅黒い肌と白目の無い眼、妙に目を引く赤く輝く唇に、そして耳のあたりから生えている巨大な角くらいだ。髪は長く、年のころは人間に当てはめればせいぜい三十代そこそこの男性に見える。
体型は妙にのっぽでひょろ長い。身に纏う服装は奇抜で、原色をふんだんに使用した貴族のようとも道化ともとれる姿だった。
それを見た村人の一人が、愚かにも言う。
「なあ、こんな奴、俺達でも倒せるんじゃないか?」
そうすれば自分たちは村の英雄だ。そんな小さな栄光に、男たちの欲が育つ。
ゲルニザウラは紅を塗ったような唇を歪めると、歓迎するように腕を広げた。
コーラルは何か固い物を噛み砕くような音に目を覚ました。たしか自分は村の男たちに袋に詰められて、どこかに運ばれていたはずだ。
(エキナセナさん!)
はっと気づいて体を起こそうとしたコーラルは、しかしすぐにもとの位置に戻された。
コーラルを押さえつけたのは先ほどやっと名乗り合ったばかりの獣人の少女で、同時に自分と同じく村人に攫われた被害者だ。コーラルを守ってくれようとした彼女は男たちに暴行を受けていたが、ただでさえ具合が悪そうだったのに大丈夫だろうか。
エキナセナは険しい表情で口に人差し指をあてている。どうやら黙れという事らしい。
コーラルはそれに従いつつも、見回した先の光景に悲鳴を上げそうになった。それも隣に横たわるエキナセナによって口を塞がれ防がれたが、コーラルは信じがたい光景に次第に体が震えていくのが分かった。
「ウーン、やはり男の肉は固いデスが、脂肪が無いぶん体にはよさそうデスね」
そう言って奇妙な姿の男は切り離された人間の腕に爪で切り込みを入れ、ミチミチと音をさせながら骨と肉を器用に分離させていく。それを終えると、嬉しそうにつまみ上げた骨を口に持っていき噛み砕いた。先ほどコーラルが聞いたのはこの音だ。
「お、俺のう……で……」
呻く声が聞こえ、反射的に見てしまったコーラルは後悔する。
男の前に、自分たちを襲った村人が居た。しかし見慣れたいつもの健常な姿はしておらず、腕と脚を付け根から失っている。あまりにひどい有様に喋れることすら不思議なくらいだったが、次の瞬間それも出来なくなった。
何か光が走ったように見えたと思ったら、次の瞬間村人の首から上が無くなっていたのだ。
「アア、なんと官能的で甘美なア・マ・さ」
男は村人の首から噴き出した血を貪るため、頭のあった場所……首の断面にむしゃぶりつき、血液を口内に迎え入れる。陶酔したような表情と常軌を逸した行動に、コーラルは喉の奥から酸っぱい物がこみ上げてきた。鼻も詰まり、視界が涙で霞む。呼吸は荒い。
一方エキナセナはというと、顔色を蒼くさせながらも臆さず鋭い視線を男に向けていた。隙があれば逆に切り刻んでやりたいが、今はまだ駄目だと分かる。恐らく勝てないし、逃げるにしても厳しい……。今出来るのは気を逃さないために、観察することだけだった。
幸いといえばいいのか、被害者にとっては不幸でしかないが男の興味は目の前の餌に向いている。
餌となった村人は残り四人。首を撥ねられた村人は男……魔人ゲルニザウラに体液全てを搾り取られミイラのように干からびてしまった。ゲルニザウラはそれも干物のように裂き、ついでのように残っていた村人一人の首を撥ねてその血を酒代わりに人間の味に舌鼓をうっている。
コーラルの視界を手で塞ぎ見ていたエキナセナだったが、ゲルニザウラが村人の頭を割って脳髄をすすりだしたところで見ていられなくなって目を瞑った。
しばらくゲルニザウラの聞くに堪えない食事音が続き、ようやくそれが収まったころ……。つまり、村人が全員居なくなったころ。
いよいよ自分たちの番かと、エキナセナが万全でない体調で戦う事を覚悟した時。
「嗚呼、贈り物のお嬢サン達。アナタ達は、ワタクシの話し相手になってくダサい。お腹も膨れましたし、五十年暇でヒマで交流に飢えていたのデスよ! ――――起きているでしょう?」
食事を終えて上機嫌の魔人は、ねっとりとした笑みでもってそう言った。
「まったく、余計な事をしてくれたわ……」
「ま、当人たちはアイツの腹に収まっちまったみたいスけど」
アルディラとポプラは村でエルフリードと別れた後、早々に湖の祠に到着していた。
贈り物を運ぶ者を通してしまえば後は用が無いのか、森にはこのあたりで生息していないはずの魔物まで徘徊していた。一匹魔人にも引けを取らないほどの強力な魔物も確認できたが、アルディラ達はそれらを全て無視してきている。
ポプラの精霊、闇の精霊
現在アルディラと喋っているポプラだが、それすら周囲に音が漏れていない。
祠に着いてからはむざむざ村人が喰われるのを見逃してしまった彼らだったが、それはひとえに敵の力量が想像を超えていたからだ。
以前エキナセナの正体を獣人だと見破った「
まず見た瞬間に、眼鏡を使うまでも無く経験から相手の力を感じ取った。潜んでから眼鏡を使い再度相手を見れば、ハウロが知っていた情報に誤りがあることに気づかされる。
「……迂闊だったわ。不確かな情報を信じるなんて」
悔やむアルディラに対し、どうにかフォローしようというのかポプラが口を開いた。
「でも姐さん、初めは様子を窺って力量を確信してから、作戦を練ろうって言ってたじゃないスか。今相手の力を確認できたなら、それをもとに作戦立てればいいっすよ。安易に飛び出すこともしてないし、全然迂闊じゃ無いですって!」
「迂闊よ。だって今気づかれずに潜伏できていられるのは、ノレットの能力あってこそだもの。明日の朝では駄目だったわね……。きっと普通に来ていたら、隠れる前に見つかっていた。そしたら何の対策もなく相対することになっていたわ。……その点では彼らの行動も無駄ではなかったかしら? 夜に動く機会を与えてくれたんだもの」
「あー……」
「一応言っておくけど皮肉よ? 無駄ではないと言ったって、女の子二人を攫った事は許せない」
「わかってますって」
アルディラはそっと陰から魔人と少女たちの様子を窺った。
「幸いすぐにエキナセナ達に危害を加える様子はないわね。でも、危険な事には変わりない。……ちょっと厳しいけど、機会を見計らって奇襲をかけるしかないわね」
「ちなみにあの魔人のレベルってどれくらいスか?」
「聞きたい?」
「あ、いややっぱりいいで「72よ」
ポプラはアルディラが述べた数値にカエルが潰されたような声を出した。
ちなみに先ほど測定したばかりの二人のレベルは、アルディラがレベル四十、ポプラがレベル二十九。
応援に来てくれるはずのハウロがどれほどの腕かは知らないが、初心者のエルフリードが戦力としてあてに出来ない以上、厳しい戦いになることは想像に難くない。
しかしアルディラとポプラの二人に共通して「逃げる」という選択肢は無かった。
それは蛮勇ではない。今までの経験から、「厳しいが勝てなくはない」と可能性を見出しているからだ。
幸いなのは、冒険者の中でも豊富な経験を擁し、柔軟な思考ができる二人がそろっていたこと。Aランクのアルディラはもちろんのこと、Bランクのポプラはレベルこそ低いが、その若さでBランクにまでのし上がるセンスを持ち合わせていた。
冒険者のランク付けの中で、最も実力差があると言われているのがCとBの間の壁だ。それを彼は突破し、今ここにBランクの冒険者として立っている。アルディラとしては相棒として申し分ない。
アルディラはポプラに見せてもらったギルド証を見て、その功績や村に来るまでの魔物との戦闘で彼を仮初のパートナーとして認めていた。だからこそ、討伐決行に踏み切ったのだ。
魔人は少女らに一方的に話しかけて上機嫌だ。
「あと少し……」
アルディラはすぐに術が放てるように溜めの動作に入る。それはポプラも一緒で、ノレットと共に術を練り上げた。
魔人と衝突まで、あとわずか。
一方エルフリードはハウロの家を事前に聞いていなかったことを後悔し、村長の家に寄って場所を聞いてか尋ねるという遠回りをしていた。
やっとハウロの家にたどり着いたエルフリードが寝ぼけまなこだったハウロに事情を話すと、ぼんやりとしていた瞳が煌めいた。
「え!? ナニそれ、面白そうなことになってんねー!」
「いや面白くはないだろ!」
反射的につっこんでしまったエルフリードを気にもせず、マイペースに身支度を整えたハウロが家から出てくる。エルフリードはそれを確認すると、彼を掴んで一気に"空"へと舞いあがった。
「おお!?」
「歯、食いしばっててくださいよ!」
エルフリードは久しぶりに使用した黒霊術「
突然上空まで連れてこられたハウロだったが、その表情は楽しくて仕方がないとでもいうように、頬を蒸気させ瞳を輝かせている。
「おっほー! すっげ! すっげー! 何ナニ? エルって空飛べるんだ! しかもこれって黒霊の飛憐術のやつだよね!? うっわそれでここまで飛べる奴とかマジでマゾ! ヒャハハハハハハ! おもしれー!」
「マゾって何ですか! それより湖って何処です?」
「ヒヒッ、よく見ろって。あそこに光ってるの見えるだろー?」
ハウロが示す方向を見れば、たしかに月の光を反射する湖らしきものがあった。
「途中までこのまま飛んで行きますから、しっかり捕まっててくださいね」
「あれ、あそこまで飛んでいかないの?」
「戦う余力を残しておきたいんですよ。昔より慣れたけど、これって体力ガリガリ削られるんで」
「ああ、まあそりゃあ飛"憐"術だし……」
ハウロのつぶやきが気になったエルフリードだったが、今はそんな場合ではない。
気合を入れなおすと、滑空するようにして森へと向かった。