魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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23話 面影を重ねる(エキナセナ視点)

 少女は微睡の中、夢を見ていた。

 彼女自身それが夢だと分かっている。しかしいつも悲しい記憶で終わるはずの夢が今日ばかりは心地よくて、濁った感情を薄れさせていた。

 

『エキナセナ。ほら、見てごらん』

 

 大きく温かい父の背に揺られ、崖の上から見た先には自分たち獣人の王国が広がっていた。

 濃い緑が生い茂り、精霊に愛された国ファームララス。眼下には収穫間近の小麦が沈む太陽に照らされて、黄金の波を風にそよがせていた。

 

『私たちの国は綺麗だねぇ、エキナセナ』

 

 何気ない会話。けれど忘れかけていたぬくもりがあまりにも鮮明で懐かしくて、少女は泣きたくなる衝動を抑えて笑顔で答えた。

 

 夢でもいい。

 今だけはせめて、泣き顔ではなく笑顔で応えたかった。

 

『うん、キレイだね。お父さん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、起きた?」

 すうっと浮上する意識に入り込んだのは、父とは違う若い男の声だった。一気に覚醒したエキナセナは勢いよく顔を上げる。

 

 目の前には鉄色の髪、振り返った顔は白いが黄味がかっていて獣の牙を思い出す。灰色の瞳が収まる目は切れ長ながら半眼で、どこか気だるげな雰囲気だ。しかしうっすら浮かぶ笑顔に不気味さはなく、咄嗟に警戒心を抱けなかった。この半年ほど意識をすり減らし、常に警戒心を抱いていた自分がだ。

 どうやら自分は、目の前の男に背負われているようだ。しかし暴れる事も出来ず、困惑したまま体は身をゆだねたままである。

 

「倒れる前の事は覚えている?」

 

 男の質問に首を振ると、彼は「そっか」と笑って言葉を続けた。

 

「信じられないかもしれないけど、俺たちは君に危害を加える気はないんだ。少しだけ話を聞いてくれるかな」

 

 男のゆっくりとしたテンポの声が、どこか直前まで夢見ていた父に重なった。

 

 が、直後に慌てて警戒心を忘れるなと首を振って我に返る。俺たちという言葉にエキナセナが周りを見回すと、男の他に二人の人間が居た。そしてその内一人を見ると、男に言われた倒れる直前までの出来事を思い出し、しぼみかけていた警戒心が膨れ上がる。

 

「お前……!」

「あ? オレのこと?」

 

 しゃあしゃあと言う茶髪の男に飛びかかろうとしたが、思うように体が動かない。いきなり動いてバランスを崩したエキナセナを支えようと、自身を背負っていた男が慌てた声を出す。

 

「わっ!? ちょ、気持ちは分かるけど落ち着いて。彼も仕事だったんだ。君、旅人を襲ってただろ?」

「くッ」

 

 エキナセナとてたとえ相手が人間でも、それが悪い事なのは理解していた。

 男の言葉に歯噛みすると、エキナセナを背負いなおした男が続ける。

 

「その事も後で聞きたいけど、まずは名前からかな。俺はエルフリードで、あっちがポプラ。あの綺麗なお姉さんはアルディラさん」

「…………エキナセナ」

 

 まさか名乗るとは思っていなかったのか、男……エルフリードは少々驚いたようにエキナセナを見た。居心地が悪くなったエキナセナが顔をそむけると、声を出して笑う。

 

「ははっ、そっか。エキナセナっていうんだ。綺麗な響きの名前だね」

 

 大好きな両親がつけてくれた名だ。悪い気はせず、しかしそれを悟られるのも癪なのでエキナセナは押し黙る。

 エルフリードと他二人の視線が、彼女のお尻に向けられている事に本人が気づかなかったのは幸いだろうか。ふりふりと揺れる尻尾を見れば、その感情は一目瞭然だった。

 

 完全に出鼻をくじかれどうしてよいのか分からなくなっていた彼女は、突如ひどい眩暈に襲われた。

 そして腹の底から湧きあがる獣の本能…………。

 

 

 

 

ぐ~きゅるるるるるる~~~~~

 

 

 

 

「「「……………………………………」」」

「ッッッ!!!!」

 

 鳴ってしまった腹の音に、エキナセナは恥ずかしくてたまらなくなった。おかしい、ここ半年ろくに安定した食事にありつけなかったのだから、空腹なんてざらだった。今更腹の音が鳴ったからと言って、何故こうも恥ずかしいのか。

 

「なに、犬っころ腹減ってんの?」

「わたしは犬じゃない!!」

「へぇぇ~? キャンキャン噛みついてきて、子犬みてーだけどな~」

「ポプラくん、煽らないの!」

 

 女に怒られてしょげかえるお前の方が犬みたいだと、女性に怒られた茶髪男をいい気味だと鼻息を荒くして睨む。

 

「じゃあ、そろそろ一回休憩にしましょうか。お昼もまだだし」

「そうね。貴女も、とりあえず落ち着いて。危害を加える気が無いのは本当だし、証拠にあなたの傷を治したのは彼よ」

 

 言われて初めてエキナセナは先ほどまで感じていた体の痛みが無いことに気が付く。

 茶髪の男は悔しいが強い上に自身との相性が最悪で、必要以上の傷を負ってしまった。そういえば片目も潰されたようだ。嗅覚と聴覚に優れるエキナセナは初めてそれに気づき歯ぎしりするが、治療されたことは事実のようでひとまず様子見に徹することを決めた。どうせすぐに逃げられる体調ではない。

 

(…………そういえばコイツ、変な感じだな)

 

 自身を背負う男からは、たしかに男性の体臭を感じるのにそれがどこか甘いのだ。

 エキナセナは優れた嗅覚から相手の体調まで探ることが出来るが、このエルフリードという青年からは「男」であると認識できる臭いは感じ取れるのに、その他となると途端に曖昧になる。

 

 少々不信感を抱きつつも、安心してしまうのは直前に見ていた夢のせいなのか、それとも手当てしてくれた相手に無意識に気を許しているのか。

 戸惑いを覚えつつもされるがままにしていると、エキナセナは至極優しい動きでもって地面におろされた。ふらつく体も支えられ、促されるままにいつの間にか敷かれていた布の上に腰を下ろす。膝の上には何故か血濡れの布がかけられ嫌がらせかとも思ったが、何故かその布がある場所が温かくて気持ち良い。エキナセナは黙って布をそのままにした。

 

「待ってて。今ごはんの用意するから」

 

 男の笑う顔が、何故か父に重なって見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エキナセナは半年前まで獣人国家ファームララスで家族と平穏に暮らしていた。

 

 逞しく優しい父、美しく気高い母に可愛い妹の四人家族。元近衛だった母に指導され戦いの技を、精霊と仲の良い父に精霊術について学び野の魔物相手にも引けをとらなかったエキナセナは、その内母と同じくこの国の王に仕えようと決めていた。少し下の妹にも良き見本となるように、日々鍛錬を怠ったことなどなかった。

 

 しかし、敵わなかった。

 たった一人の人間に。

 

 腹から血を流していた母はどうなった? 縛られた父は、檻に入れられた妹は。

 

 知識としては国外の人間が獣人を攫いに来る事があると知っていたが、まさか自分達が標的になるなどと夢にも思わない。まして、強い母を倒すなど。

 エキナセナなど足止めにもならなかった。

 

 気づけばファームララスの外の世界で奴隷として売られていた。すでに売り払われた後のようで、自分達を襲った男は見当たらずエキナセナは無我夢中で逃げ出した。

 

 

 それからというもの獣人だと知られるのが恐ろしくて獣に姿を変え、旅人から食料を奪い半年間ずっと家族を探して旅してきた。エキナセナにとって信じられるものはおらず、野を駆け、家族の臭いを探す日々。

 家族恋しい気持ちは日に日につのり、よせばいいのに怪我を押して巣から落ちた雛鳥を助ける始末。どうしても親と離れた雛が自分に重なって見えたのだ。

 

 

 

 

 

「どうぞ」

「……ッ!」

 

 毒や薬が入っているかそうでないかくらい臭いで分かるし、差し出された食べ物にその気配は無い。しかし逃げないとは様子見という事で了承したものの、人間が差し出した物を素直に受け取るのには抵抗があった。

 

 だが腹は減っている。

 

 内心で理性と本能の間で葛藤していたエキナセナは結果、固まった。

 

 いつまでも差し出した食べ物を受け取らないエキナセナを見て、エルフリードは少々考える素振りを見せる。すると何を思ったか、エキナセナに差し出していたパンにかぶりついた。

 

「あっ」

 

 思わず声を出してしまったエキナセナ。

 

 差し出されていたパンは、とても美味しそうな匂いがしていたのだ。

 調理するところを見ていたら、堅そうなパンを温めてからくりぬいて、別に作っていたとろみの付いたスープを詰めていた。そのスープも具がたくさん入っていて食欲をそそり、それがぎっしり詰まったパンはとても美味しそうで……実際それを食べた他の2人が歓声をあげていた。

 拒んだのは自分なのだからと、その光景から目を逸らそうとする。しかし少し離れた位置にあった美味しそうな匂いが、再び眼前にやってきたことに気づいた。

 

「はい、どうぞ」

 

 先ほどと同じようにパンを差し出すエルフリード。歯形がついたパンに彼が毒見をして見せたのだと気づいたエキナセナは、それ以上目の前の美味しそうな食べ物を拒むことが出来なかった。

 奪うようにパンを掴んで噛みつくと、ぎゅっと旨みを凝縮した味が口いっぱいに広がる。

 

 半年ぶりになる温かい食事に、必死にパンにかぶりつきながらも視界が水分で霞んでくる。鼻水まで出てきて最悪だ。

 エルフリードはそれに何を言うわけでもなく、ただ微笑んで背を向けて座った。

 

 その位置が他の人間二人からエキナセナを見えなくする場所だったのなんて、きっと偶然。

 

 しかし、エキナセナは思うのだ。

 

 

 

 

____________やっぱり、どこか父さんに似てる。

 

 

 

 

 

 久しぶりの温かい食事は、とても美味しかった。

 

 

 

 

 

 


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