魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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22話 獣人の少女

 気を散らして隙を作り獣を逃がしてしまったポプラは、私に白い狼を捕まえる手伝いをしろと言ってきた。あんまりにも落ち込んでいたので断るわけにもいかず了承した私は、現在ポプラと森の中を歩いている。

 

 

 

 ここは先ほどまで歩いていた峠を越えた先にある比較的浅い森で、狼の血痕はとぎれとぎれにそこへと続いていた。

 

 アルディラさんは一緒に探してくれると申し出てくれたのだけど、そこはポプラが「(あね)さんの手を煩わせるなんてとんでもない! 雑用一人居れば十分ですから!」と説得して断った。今は森の外で待ってもらっている……というのは建前で、こっそり耳打ちされた内容は「私も別の場所から入って調べるわ」との事。きっと今頃アルディラさんも森の何処かに居るはずだ。

 

「あの獣、何だか違和感を感じるの。魔法も使うようだし危険だわ」

 

 そう言って私が森に入ることは最後まで渋っていたけれど、ポプラのギルド証を確認したアルディラさんが、とりあえず一緒に居れば危険はないはずだから守ってもらってと言っていた。アルディラさんがそう言うのなら、見た目に反して彼も実力のある冒険者なのかもしれない。

 それはそれとして、私の戦力にカウントされていない感が思ったより酷かった件。職人だから守らなきゃ! って考えなんだろうけど、それにしたってもうちょっとこう……。考えるのはやめておこう。とりあえず私はまだまだ憧れのオス○ル様には程遠いことは理解した。きっと凄く頼りなく思われてるんだろうな……。

 

 

 それより、今は狼だ。アルディラさんが言うように私も、あの白い狼にはどこか違和感を感じていた。

 

 ハウンドウルフの亜種にしては先ほどの旋風の強さは先日戦った魔物とは段違いの威力だったので、もしかすると上位種だろうか。でも小骨が喉にひっかかっているような違和感は、そういう種類のじゃないような……。何だろうこれ。

 

 少々頭を悩ませつつ探索をしていると、ポプラが何やらぐだぐだと絡んできた。

 

「な~、お前さぁ。アルディラ姐さんのなんなわけ? オレ初心者の時、指導者になってもらえるように指名したのに、順番まわってこなくて直接会うのすら初めてなのにさ~。お前みたいな雑魚がなんで二人っきりで旅とかしちゃってんだよー。オレなんか遠目でしか見たことない高値の花なのによ~」

「あ、やっぱりアルディラさんって人気なんだ」

「あったり前だろー!? Aランクの冒険者だぞ! 若くてキレイで可愛くて、しかも強いとかマジ憧れるわ」

「ああ、素敵だよねアルディラさん。ところでAランクっていうと、どんな功績でなれたりするもんなんだ?」

「はーあ!? おっまえ、もしかしてアルディラさんの輝かしい功績を知らないワケ!?」

 

 ずいっと顔を近づけてきたポプラに気圧されながら頷くと、アメリカンな動作で「やれやれだぜ」みたいなジェスチャーを見せたポプラが歩きながらつらつらと話し始める。

 

「まず何よりダンジョン攻略だろ! あの細身から繰り出されるとは思えない重量級の斧攻撃でパーティーの要となりつつ、可憐な妖精術で敵を翻弄し味方を癒す! 完全攻略したダンジョン数は単身含めてその数三十だ! これだけでもスゲーってのにさぁ、魔物の生態調査に秀でた学者の一面もあるんだぜ? 知的だろ? 完璧だろ? 痺れるだろ? し・か・も! カルアーレといえば、ベリアル・カルアーレだ! あのチョーイカした生きる伝説ベリアル・カルアーレ! 子供のいないベリアルが才能を見込んで養子にしたんだぞ? すっげーだろ! お前もっとアルディラ姐さんを敬えよ!」

 

 まるで好きなアイドルについて語る少女のように興奮して語るポプラ。視線が生ぬるくなりつつも、とにかくアルディラさんが凄い人だという事は分かった。私がうんうんと頷いて聞いていると気を良くしたのか、ポプラは延々とアルディラさんについて語り続ける。どうやら本当にアルディラさんのファンのようだ。

 その様子は見る人によってはストーカーっぽく見えるかもしれないが、少なくとも私には好きな物を一生懸命伝えようとしている時の孤児院の子供達に重なって見えた。身振り手振りが大きいオーバーリアクションとかすごい似てる。

 

 話に夢中になりすぎて探索が進まないのではないか、という疑問に関しては、彼の前を行く黒い獣が解決してくれた。

 どうやら拘引する猟犬(アレストハウンド)のノレットは追跡にも優れているらしく、白い獣が残した血の臭いと魔力の残滓を辿って私達を案内してくれているのだ。ポプラってうるさいけど、優秀ではあるみたい。

 

 私いらなくない? と思いつつ、機嫌を損ねるとめんどくさそうなので大人しくついていった。

 

 

 

 

 

 

 そしてしばらく森を歩き、ポプラの話が目測のアルディラさんのスリーサイズに移ったので、私がそれ以上はアカンと待ったをかけた時だった。

 

『アン!』

 

 恐ろしげな容姿に反して可愛らしい鳴き声で吠えたノレットに、私とポプラは表情を引き締める。

 

「そういえば、例の獣の被害と依頼者ってどんな感じなの?」

「うん? あー、一般なのは食料や荷物を奪われたとか、そんなだ。依頼者だけは違った被害をうけたらしくて、怪我させられたんだと。毛皮剥いで来いってメッチャ怒ってだけど、金払いはいいんだよな~。前金だけでもかなりたんまりくれたし」

 

 最初の時より態度の悪さが緩和されたポプラはそう答えながらも、ノレットが示す先を油断なく見つめている。

 

 草を摘んで風にそよがせたポプラは風下であることを確認すると、ニヤリと笑って歩を進めた。私も出来るだけ足音を殺して後に続くが、いつの間にか自身やポプラの足音が消えていることに気が付く。眼下を見れば足元を夜色の薄い霧が覆っていたので、どうやらこれもノレットの能力らしい。

 

 少し歩くと、視界が開ける。

 そこには目当ての白い狼が居たのだけれど、その予想外の姿に私とポプラは思わず口をぽかんとあけてそれを見た。

 

「…………アイツ、何してんだ?」

「えっと、鳥に襲われてる」

「そりゃあ見れば分かるけどよ……」

 

 怪我を負った先ほどの白い狼。それが何故か、木の幹にしがみつきながら鳥に攻撃されていた。ただでさえ酷い怪我だったので、鳥の嘴も小さいとはいえ立派な武器になっている。今や美しかった毛皮の大半が血濡れの状態だ。

 よく見れば近くには鳥の巣があり、推測するに狼を襲っているのは巣を守ろうとしている親鳥だろう。雛でも食べる気だったのかと思ったけれど、狼が鳥を威嚇することも無くされるがままなのに違和感を感じた。

 

 ついそのまま見守ってしまうと、鳥の猛攻を突破した狼が鳥の巣に到達した。そして口の中からぺっと何かの塊を吐き出す。

 

「鳥の雛……?」

 

 その塊は頼りなくも動いており、よくよく見るとそれは巣に居る他の雛と同じものだという事に気づく。

 

「わざわざ食べた雛を巣に持ってった?」

「いや、あれ見て」

 

 気づいたそれをポプラに示すと、見えないのかポプラは眉間にしわを寄せて指差した場所を凝視した。

 

「……テメェ、目がいいな。何があるって?」

「え、見えない? えーと、鳥の羽根。もしかすると、あの雛巣から落ちたのかもしれない」

 

 地面に散らばった未発達の羽毛は、おそらく狼が巣に戻した雛のものだろう。そうなると狼のした行動に理由がつき、私とポプラは顔を見合わせてからもう一度狼を見た。

 

 狼は親鳥の攻撃を再度うけながらも、巣に戻した雛を少し見つめてから安心したように息を吐いて木から飛び降りた。

 

   "安心したように"

 

(あ、そうか。違和感って……)

 

 先ほど感じた私の違和感は、狼の人間臭さだった。

 最初は目が合った時の強い意思が宿る瞳に、今はその仕草と行動に。たしかに獣ではありえない人間らしさを感じていた。

 

 ほぼ直感だけれど、今のを見て違和感がくっきり浮かび上がった。

 

「あの狼……」

「っと、見てる場合じゃねー! ノレット!」

 

 私がそれをポプラに伝える前に、我に返った彼は慌ててノレットを白い狼にけしかけた。

 

『!!』

 

 それに気づいた狼が身構えるが、そこに静止の声がかけられた。

 

「待ちなさい!」

 

 次いでノレットの前に巨大な斧が突き刺さり、白い狼との間を隔てる。驚いた私とポプラが斧が飛んできた方向を見ると、そこには先ほど別れたアルディラさんが斧を投げたポーズのまま立っていた。

 

「な!? アルディラ姐さん、何を……」

「ポプラくん、ちょっと待ってくれるかしら。……貴女も逃げないでくれる? 私たちは貴女を害する気はないわ」

 

 後半アルディラさんが言葉を向けたのは、例の狼だった。アルディラさんは普段かけていなかった眼鏡をくいっと鼻の上にもちあげると、戸惑う私たちを置いてけぼりに狼に話しかける。

 

 

「貴女、獣人ね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルディラさんの言葉に驚く間もなく、力尽きたのか体を崩した狼をポプラが確保した。といってもアルディラさんから注意されたので、乱暴な手段をとらずに「保護」するような形になったのだけど。

 

「アルディラさん、この子が獣人って本当ですか?」

「ええ、間違いないわ」

 

 そう言ってアルディラさんはかけた眼鏡を示してその根拠を説明してくれる。

 

「これは『月読の眼(つくよみのまなこ)』という魔法がかかった特殊な道具なの。魔物の生態調査の時に使用するんだけど、これが彼女の正体を見破ってくれたわ」

「彼女って、メスっすかコイツ」

「女の子、よ。……事情を聞く前に手当てが先ね。酷い有様だわ」

「そ、それはコイツが抵抗するから……」

 

 ひどい有様にした張本人は居心地悪そうに言うけれど、アルディラさんは無視して狼の状態を確認する。

 

「回復薬は無いし、メリルの術では足りないかしら……。ねえ、ポプラくんは癒しの精霊術か白霊術は使える?」

「あ、無理ス。オレ、攻撃と追尾方面専門なんで」

「そう……」

 

 困っている様子だったので、空気だった私がおずおずと手を上げた。

 

「あの。俺、少しなら白霊術使えますけど」

「「え?」」

「あと癒しの付与効果のある刺繍布で包めば、回復が早まると思います」

 

 言いながらベルトについた元ポシェットのケースを探る。

 このケースはかつてサクセリオに貰った空間拡張効果のついた品物を改造した作品なので、今でも容量以上の道具が入るのだ。

 

 目当ての刺繍が施された一辺五十cmくらいの正方形の布を引っ張り出した私は、傷だらけの狼の体に布を被せて白霊術を施し始める。

 だいたいの魔法を詠唱無しで呪文のみで発動させる私だけど、今回のように傷が深い場合の白霊術は詠唱そのものに呪文の効果をもたせて紡いでいかなければならない。慎重に韻を踏み、発せられる言葉は古代魔法言語(エンシェントスペル)

 ぼんやりとした光を纏わせた手を狼の体に沿わせて動かすと、赤く染まり始めたはずの布が薄い青色に光で覆われる。刺繍と私の白霊術が相乗効果を発揮している証拠だ。

 

 

煌光の福音(グリティリング)

 

 

 仕上げにつぶやくと、私から移された光を纏っていた狼の体にそれらが全て吸い込まれる。

 

 それが終わると、集中しすぎてじっとりとかいていた汗をぬぐう。やっぱりちゃんとした回復魔法らしい回復魔法は苦手だわ……。マリオさんが持っていたような薬を買うお金があればいいのに。あれ、そういえばなんでアルディラさん持ってなかったんだろう。ベテラン冒険者の彼女なら持っていそうなものだけど。

 

 まーそれはさておき。いやしかし、いい仕事をした。

 サクセリオとまではいかないけれど、刺繍の手伝いもあって表面的な傷は結構治ったぞ! 目の傷が消えなかったのが残念だけれど、もう少し小さい刺繍布で眼帯を作ってあげられたら治るかな。

 

 私がいい笑顔で一息ついていると、背後からガシっと力強く両肩を掴まれた。感触からしてそれぞれ違う手……アルディラさんとポプラだ。え、何?

 

「? どうかしまし」

「エルくん白霊術使えるの!? しかも体力回復系じゃなくて外傷回復系!?」

 

 勢いよく捲し立ててきたのはアルディラさんで、それに負けない勢いでポプラもぐいぐい迫ってくる。

 

「おい、光栄に思え! お前オレのパーティーに入れてやるよ!」

「駄目よ! エルくん、王都までと言ったけど私と組まない? 悪い話じゃないわ!」

「え、何、どうし!?」

 

 戸惑っている間も飛び交う勧誘の言葉の数々に、もしかして回復系の白霊術って貴重? なんて答えがちらついた。え、サクセリオとか、あとトマス神父様とか普通に使ってたけど一般的な物じゃないの!?

 

 どうしていいか分からなくてあわあわしていた私を救ったのは、ひとつのうめき声だった。

 

 

『グゥ……う、あ」

 

 

 後半を人の声帯で発したのは、狼ではなく一人の少女だった。

 

 ………………………………裸の。

 

 

 

 

 

 

 

 うめき声の元をたどれば白い狼は姿を消しており、代わりに狼と同じ三角の耳とふさふさした尻尾を持った少女が倒れていた。

 

 年のころは私と同じか、少し下くらい。紫がかった長い銀髪を二つに結んだ少女は、ほぼ直感で先ほどの狼と同一の存在だと感じた。アルディラさんが彼女に「獣人」と言っていたので、その直感もほぼ確信となっている。

 何より少女は狼に感じたような、粗削りな野性的な魅力を備えていた。

 

 しかしながら私たちが彼女を目にして焦ったのは、その少女が服を着ていなかったからでして。

 

 大事なところは私が掛けた刺繍布で隠されているけれど、それが逆になんとも……チラリズムの素晴らしさは今更私ごときが説くこともあるまい。すらっと伸びる手足や布をわずかに持ち上げる膨らみ部分やらの、少女と女性の間の発展途上な体とか、健康的な日焼けの肌と髪とのコントラストとか……うん。

 

「「見るな!!」」

「ふべぎ!?」

 

 反射的にポプラの顔を手で張った私とアルディラさんは悪くないと思う。

 

「エルくんもよ!」

「あぺしッ!」

 

 次いで同じように張られた私。そうでした! 今の私、男の子でした! ごめんなさい!

 

 

 アルディラさんは男二人の視線から少女を守るように体で隠す。そして水の妖精(メリル)の術なのかこびり付いていた血を流してから、自身の荷物から服をひっぱりだして少女に着せた。といっても寝巻用なのか貫頭衣みたいな簡素な服なので、大きめのそれはまるで彼シャツ状態……どちらにしろ健全な青少年には目の毒である。

 

 少女は一瞬起きるかと思われたが、狼から人へと姿を変えると再び意識を失っていた。

 アルディラさんは彼女の寝息が穏やかな物であると確認すると、安心したようにその額を撫でる。

 

「この子、きっと獣人とばれたくなくて獣の姿になってたんだわ」

「獣人だと何かまずいことがあるんですか?」

 

 ルーカスの町に獣人は居なかったし、今までの短い旅の中でも見かけたことが無い。獣人という存在を知っているのも前世の知識で、この世界で初めて触れるその種族は私にとってまったく未知の存在だった。

 質問した私に呆れたのはポプラで、わざとらしいため息を吐く。

 

「はぁぁぁぁぁあ~? そんなことも知らないのかよ。お前ホントに冒険者? アルディラ姐さんに組んでもらうとか、マジもったいないぜ」

「ポプラくん、エルくんは本職の冒険者じゃないし、ついこの間故郷を旅立ったばかりなのよ。まだ知らないことが多くても仕方がないわ」

「うっ! す、スイマセン」

「ああ、いいよ。俺が無知なのは事実だし」

「別にお前に謝ったわけじゃねーし!」

「ポプラくん」

「…………」

 

 すっかりふてくされてしまったのか、ポプラはむっつりと黙り込んでしまった。アルディラさんは苦笑すると、私に獣人について説明をしてくれた。

 

「まず簡潔に言うわ。獣人は本来、獣人国家ファームララスにしか住んでいない。そしてファームララス国外で発見された獣人が辿る道は”保護”か”奴隷”の二択よ」

「え、ずいぶん極端ですね!?」

「そうね。でもそれが現状なの……。本当なら奴隷にされかねないという前提が無ければ、保護だとかいう話になることも、そもそもファームララスが鎖国する事も無かったんだけれど……」

 

 

 

 少し長くなるわよ、とアルディラさんが前置きする。

 その話の内容には魔道具職人の失踪事件の時と同じく、また魔族が絡んだものが含まれていた。

 

 

 

 古代魔王が滅ぼされ近代になって復活したのか誕生したのか、新しく魔族の頂点に君臨した新魔王。

 その存在の出現によって、魔の眷属たちの活動も活性化した。最たるものは魔人であったが、魔族には”獣魔”という種族も存在していた。

 

 それまで獣人国家ファームララスは肥沃な大地と豊かな自然、精霊の恩恵があふれる国家として栄えていた。

 

 獣人たちはファームララス以外でも集落を築いて暮らしていたという。

 それが魔王との戦いが進むにつれて、獣人と獣魔を混同して敵対視する者が現れてきた。

 

 獣人と獣魔の簡単な見分け方は、人と獣の(あい)の子か人と魔物の間の子か、という一点。

 そうなれば魔物の特徴を有する獣魔とは区別がつきそうなものだったが、ここで弊害が二つ。一つは魔物と言っても異形の者以外に普通の獣に近い形態がいた事と、一つは獣に変化した獣人自体が獣魔と区別がつかなくなるほど強い力を有していたこと。

 

 更に自分達に似た姿を持つ獣人に、魔王の侵略を進めんとする獣魔が目を付けた。

 獣の特性を利用して獣人を操ったり、獣魔と獣人の区別がつかない人間との関係を煽って悪化させたり暗躍した獣魔。ファームララスは一時国家としての機能を失って未曾有の大混乱に陥ったとか。

 

 当時の国王は最終手段として国の(みそぎ)を行うために、国内から人間を追い出し自分たちで獣魔を徹底的に駆逐する作業を十年かけて行った。最後は”ララスの湖”という大陸で最大規模の湖に宿る精霊と協力し巨大な結界で国を覆った。

 ここで国そのものの混乱は収まったかに思われた。しかし、この事件がきっかけで獣人と人間の間には大きな溝が出来てしまったらしい。

 

 

「獣人を敵とみなしていた一部の人間が、よりによって獣人を憑依精霊術の憑代(よりしろ)にしてしまったの」

「憑依精霊術?」

 

 頑張って過去に勉強した記憶を掘り起こした私は、なんとかそれらしきものに思い至る。それでも他の知識とごっちゃになるので、疑問を解きほぐすために質問を重ねた。

 

「外法精霊術とは違うんですか?」

「あら、よく知っているわね」

「ふぅーん。白霊術が使えるだけあって、魔法方面はそこそこ詳しいのか」

 

 意外にもポプラにまで感心されてしまい、サクセリオの偏った教育もたまには役立つなと思った。

 

「外法精霊術は、精霊の意思を捻じ曲げて無理やり生物の体に憑依させること。憑依精霊術は逆に、生物の意思を捻じ曲げて精霊に生贄として捧げて憑依させることね。共通するのはどちらかの自由意思が奪われるということだわ」

「……両方外道ですね」

「そうね。でも精霊は神聖視されるものだから、神を貶めるなど何事か、という理由で精霊の意思を捻じ曲げる外法精霊術の方が罪深いとされているの」

「さっすがアルディラさんッス! 博識スね~」

「ありがとう。ああ、そうだ。じゃあポプラくん、これから先の獣人との関係性を説明してくれる? 冒険者なら知っているわよね」

「お、オレっすか!?」

 

 呑気にアルディラさんに称賛の言葉を送っていたポプラは、突然水を向けられて焦ったようにキョドキョドと目を泳がせた。しかしそれも少しすると収まったので、なんとか胸中でまとまったようだ。

 

「えーと、そんでその時に獣人が精霊との親和性めっちゃ高いことが証明されたッスよね? それで獣人と獣魔を混同し「獣人は凶暴な外敵、使役すべき家畜」という意識が芽生えた馬鹿たちが獣人達を奴隷にしはじめた。その用途は、はじめこそ憑依精霊術や召喚獣の契約だったッス。でも獣人の身体能力が高かった事から使い勝手がよくて、だんだん一般にも「獣人=奴隷」みたいな認識が定着しはじめた。そうなると獣人たちは安全を求めてファームララスに逃げ込み、ファームララスは国民を守るために完全に外との交流を絶って鎖国したんス。そこで終わればまだよかったんスけど、鎖国した事でもともと数の少なかった獣人は貴重な存在になりました。で、獣人の奴隷に味を占めた奴らも出てくるわけで……ファームララスに逃げず小さな集落で暮らしていた獣人や、なお悪いと鎖国中のファームララスに侵入して獣人をさらって奴隷にしたりで、裏では高い値段で取引されるようになったッス。こうなると仲良くしようって方が無理ッスよね」

 

 そこまで喋ると大きく息を吐き、チラチラとアルディラさんを伺うポプラ。アルディラさんが「よくできました」とポプラの頭を撫でてやると、途端に笑顔になり、次いでドヤ顔になって私を見てくる。悔しく思ってほしいだろう所に悪いけど、褒められて喜ぶ犬にしか見えなくてほっこりした。

 

 それにしても、口調はともかく軽薄そうな見かけに反して話の内容はしっかりしていた。

 先ほどの精霊術など実力を顧みるに、やはり彼も経験を積んだ冒険者なのだろう。たとえ犬みたいでも「あ、コイツあとちょっとでパンツ見える」くらいズボンがダレダレのチャラ男でも、見かけで判断しちゃいけないな。

 

「それで、奴隷にされかねない理由は分かったけど保護は? 今のだと完全に関係こじれたよね。主に獣人側から人間への心象が最悪な形で」

「それはね、国としてはファームララスとの国交を復活させたいと思っているからよ。これはフェルメシアだけでなく周辺諸国も同じ考えだわ」

「まー、要するにだ。奴隷にされてた獣人を見つけたら手厚ーく保護して返すから、代わりに鎖国解除を考えてねってゴマすってんだよ。ファームララスは資源面でも精霊の加護があることでも貿易相手もろもろ有益な大国だからな」

「へぇ……」

 

 やっぱり外に出ると、町の中だけで完結していた世界が一気に広がるな。

 後で忘れないようにメモっとこう。

 

「そういうことだから、魔物じゃ無かったんだしポプラくんは今回の依頼料は諦めてね」

「うえ!? そ、そんなぁ……。でもアルディラさん、獣人だからって何でも許されるわけじゃ無いスよぉ? コイツは旅人襲ったわけだし、いったん依頼主に引き渡して、保護はそっちでやってもらうとか……」

「さっき自分で言ったわよね? 獣人は高い値段で取引されるって。もしその依頼主がこの子を腹いせに売ったらどうするのよ。もちろん犯した罪に関してはしかるべき処置をとるけれど、それは冒険者ギルドと国で、ね。心配しないでも獣人の保護にも報酬は支払われるわ。依頼主にもギルドが事情を説明するから、貴方の信頼が落ちることはないもの。安心しなさい」

 

 そこまでアルディラさんが言うと、ポプラは渋々と頷いた。

 さてそうなると、この子は完全に保護の方向に話を進めていいんだよね? さっきの様子を見ると悪い子でもなさそうだし、まずは目が覚めて話を聞いてからってなるのかな?

 

「とりあえず、この子を連れて近くの村か町まで行きませんか? 外傷は多少治せましたけど体力面や精神面できついだろうし、寝かせてあげた方がいいと思うんですが」

「そうね……でも、少し時間がかかりそうだわ」

「この近くっつーとシュピネラよりもマドレア村か。……ところでお前、言い出したからにはお前が背負ってくんだよな?」

 

 何故かニヤニヤしながら言うポプラ。

 

「? 当然だろ。アルディラさんに背負わせるわけにいかないし」

「「え?」」

「え?」

 

 何で2人で驚いた?

 

「ええと、無理しなくていいのよ? 私はこの通り武器が斧だし力はあるの。道中はポプラくんに前衛をしてもらえれば、私が背負っていくわ」

「もちろんそれは大丈夫っすよ姐さん!オレもギルドから報酬もらわなきゃだし、お供するッス! つーかオレが背負います! ……で、お前は見栄はってんじゃねーよ。そのひょろい体で村まで背負ってくって?」

「…………。ああ! そういうことね」

 

 どうやら私の外見が頼りなさ過ぎて獣人の少女を背負えないと思われたらしい。心外だ。それくらい、力だけなら12年前の私でも問題ないくらいなのに。

 今聞いていた感じだと自分が手を封じられる間ポプラに前衛を頼んだことから、アルディラさんは本当に、真面目に、私の戦力を当てにしていなかったらしい。まさか男装してから守られヒロインポジションになるとは……いやどっちかというと足手まとい? 十二年前は幼女なのに似非ヒーローになってみたりと、世の中分からない物である。

 

 私は「じゃあ見せてやろうじゃないか」と、少女の体に負担がかからないようにゆっくり背中におぶった。

 

「ほら、俺なら大丈夫ですよ」

「本当に? 無理してない?」

 

 本当に心配そうに見てこられるので、嬉しいよりも落ち込みそうだ。アルディラさん……シュピネラでクリスマスツリーならぬ子供ツリーになってた私を見たでしょうに。百人乗っても大丈夫! とはいかないけど子供五,六人鈴なりにぶらさげても平気な程度の力あるよ!

 

 ポプラも疑い深そうに見て来るし……しょうがない、実際にこのまま疲れた様子を見せないように村まで行くしか、信用してもらえないか。そう思った私はすたすたと歩きだし、それを二人が追ってくる。

 

 

 

(出発早々に事件発生って、もしかして私ったらファンタジー小説の主人公の素質的なものあるんじゃない? なーんて、あはは……)

 

 私は呑気にそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 人、それをフラグと呼ぶのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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