アルディラは冒険者ギルドで自身がするべき処理をすませると、後の事をギルド職員にまかせて冒険者四人と商人五人も彼らに託す。
後で宿で落ち合う彼ら(初心者冒険者四人は処分によっては無理だろうが)にひとまず別れを告げて、彼女は今日中に行きたいと思っていた場所へ向かった。
この銀鉱山の街シュピネラは貧富の格差が大きい。
それはここ近辺を統治する領主の不手際によるところが大きかったが、一介の冒険者であるアルディラに領主に直訴など出来るはずもない。第一自由を信条とする冒険者のアルディラが本来は気にすることではなかったが、この町を拠点とするにあたってどうしても見過ごせない場所があった。
それはこの町の孤児院である。
孤児院は補助金や寄付などで成り立っているが、しかしその金額は十分と言えず常に彼らはカツカツの生活を強いられていた。
故郷で多くの弟や妹の長女だったアルディラは、どうしても無視できずに、焼け石に水だと分かっていても彼らのことを気に掛けずにはいられないでいた。
今日は寄付金と出先で買ってきたお土産を渡すために孤児院を訪れた。
道中のハプニングで少々予定より遅い帰還となり、心配しているであろう子供たちに一刻も早く会いたくて急ぎ足で駆けてきたアルディラ。
……そんな彼女を待っていたのは、珍しくはしゃいでいる子供たちと、つい最近知り合った青年という思いがけない組み合わせだった。
「あー! アルディラお姉ちゃんだぁ!」
「わー! おかえり、おねいちゃんっ」
わっと足元に集まってきな子供たちに「ただいま」と笑顔で返しながら、視線の先の彼に困惑する。
「エルフリードくん……ここで何しているの?」
「ああ、ははは……まあ成り行きで」
エルフリードという魔刺繍職人の青年は、普段屈強な冒険者の男たちを見慣れているアルディラにとってとても頼りなく見える。背丈もそれほど高くないし、十八歳と聞いたがこのあたりでは珍しい顔立ちは年相応に見えない。体も細くて本当に旅して自分を守れるの? と、彼が職人だと知ったら余計に心配してしまったくらいだ。
しかしその彼は現在、首に十歳くらいの少女。作業する腕に同じく十歳くらいの少年をぶらさげたまま平然としていた。その手で行っている作業というのがどうやら料理で、アルディラに集まってきた子供たちもチラチラとその美味しそうな匂いにつられて時々彼の手元をガン見している。
「リララがあんなに懐くなんて……」
「まあ、アルディラ様! お帰りになったのですか」
声をかけてきたのはこの孤児院の院長で、優しそうな笑顔を浮かべた中年の婦人だ。
「シャオメル院長、お久しぶり出す」
「ええ、本当に。今回はおっしゃっていた期間にお戻りにならないから心配していましたよ」
「すみません……。ところで彼は?」
アルディラはどことなく故郷の母に似ているこのおっとりした婦人が好きだった。しかし人のよさそうな彼女は悪く言えば騙されやすい性格で、実際騙されることも多い。
今回は知り合いであるし、数日の付き合いだがエルフリードという青年が悪い人間ではないと知っている。それでも軽率にそこそこの年齢の青年を迎えるのは少々不用心に思えたので、探るような言い方をしてしまった。
婦人はそれに気づくことなく、手をぽんっと叩いて嬉しそうに紹介した。
「彼はエルフリードくんよ。リララの王子様なのよね?」
後半はエルフリードの首にへばりついて離れない少女に向けられた言葉で、少女リララは顔を真っ赤にしつつも一生懸命何回も頷いた。
「アルディラねーちゃん、エルにーちゃんは凄いんだぜ!」
更に彼を持ち上げたいのか、エルフリードの二の腕にぶら下がっている少年が大きな声で自慢した。フライパンが振るわれるたびに体が持ち上がって、実に楽しそうだ。
「ララックまで? め、珍しいわね」
あのリララとララックは似ていないが双子の兄妹だ。
兄のララックは体こそ妹より小さいが、いつもリララを守ろうと毛を逆立てた猫のように警戒心を周りに振りまいていた。それが今は実に楽しそうに、子供らしい表情でエルフリードにまとわりついている。
「ララック。危ないから腕はやめてってさっきから言ってるでしょ。顔に熱い具がぶっかかっても知らないぞ」
「いいもん。そしたらそのまま食べるもん」
「駄目。後でぐるんぐるんやってやるから、今はどいとけ」
「本当!? やった!」
エルフリードの子供の扱い方も実に堂に入っていて、アルディラはかつて実家で兄弟の世話をしていた自分が重なって見えた。
子供たちの期待が最高潮に達しているため、事情を聞くのは後にしてアルディラは食事の準備を手伝うことにした。
これほど豊富な食材をどこから持って来たのか知らないが、何回か垣間見たエルフリードの料理の腕は素晴らしく、大皿料理にも手慣れた様子で品を増やしていく。それとなく聞けば「俺も孤児院で育ちましたから」とのことで納得はしたが、それにしたって凄いと思った。
アルディラも大人数の食事を作ることは得意だが、効率重視て豪快な仕上がりになってしまう。それに対してエルフリードは刺繍職人だからなのか、妙なところで芸が細かかった。肉の腸詰が何やらウサギや魚みたいな形に切り込みが入れられていて、見ていて楽しくなってくる料理を作るのだ。
準備が整うと、腹を空かせていた子供たちがいっせいに飛びかかった。しかしいつも以上に騒がしい食卓に、今日は新参者の声が飛ぶ。
「コラ! 隣の子を押しのけない!」
「あーあ、こぼしちゃって。ふいたげるからお顔こっちむいてねー」
「あれ、ごめん。食べにくかったね。今お兄ちゃんがジャガイモ潰したげるからちょっと待ってなね」
「だあ、もお! コラコラ、喧嘩しない! まだいっぱいあるでしょ? ご飯はみんなで楽しく! 出来ない子は食べなくてよろしい!」
以上、忙しなく飛び交ったエルフリードの台詞である。
シャオメル院長も出来るだけ子供たちに躾をしようと頑張っているのだが、気質がおっとりの彼女に食事中ハラペコ怪獣と化した子供相手は厳しい。いつもはアルディラも注意するのだが、はるかに要領よく子供たちをさばいているエルフリードを見るとかなう気がしない。
見れば注意を払いながらも手を動かし引っ込み思案でいつもくいっぱぐれている子に料理をよそってあげたり、服にスープを溢した子の服を拭いてやったり、具が大きくて食べにくそうにしている子の料理を細かくしてやったり、隣の子供の料理を横取りしようとする子の頭を軽くひっぱたいたり……。その上でしっかり自分の口にも食事を運んでいるのだから感服である。
「まあまあまあ、とっても助かるわ。エルくんは働き者ねぇ」
どこか気の抜ける院長のおっとり声を背景に、全ての料理が皿の上から消えるころ。やっと収まってきた食事の喧騒に、とどめにエルフリードが「そーれお外で遊んで来いじゃりんこ共!」と子供たちを庭に放ったことで一気に部屋の中がが静かになった。
残っている子供は決してエルフリードのそばを離れようとしないリララとララックだけである。
「…………はぁ」
「お疲れ様、エルくん」
いつのまにか子供たちの呼び方が移ってしまったアルディラは、エルフリードにそう呼びかける。エルフリードは労いの言葉に苦笑しながらも、楽しそうに答えた。
「子供って凄いですよねぇー……。なんであんなに元気なんだろ」
「うふふ、今日は特別よ。あんなに楽しそうな子供たち久しぶりに見たわ」
お腹いっぱい美味しい料理が食べられて嬉しかったのねとシャオメル院長が言うので、アルディラはそういえばと尋ねる。
「あの食材はどうしたんですか? もしかして、エルくんが寄付してくれたのかしら」
「あれは不埒なゴホンおほんエヘンッ、通りすがりの親切な人から巻き上げウオッホン、寄付していただいたお金で買ったんですよ」
所々に不穏な言葉が混じったような気がするが、精一杯誤魔化そうとしている青年を見ると聞くのが躊躇われた。
アルディラはその話題には触れないことにして、どうして彼がここにいるのか? という当初の疑問に戻ることにする。
これを話してくれたのは、いつも引っ込み思案でララックの後ろに隠れているリララだった。
「エルおにいちゃんはね! わたしを悪い人から、助けて、くれたの! 王子様、みたいだったの!」
顔を真っ赤にして一生懸命話す少女が微笑ましい。そういうことかと納得するが、次いでこそっとエルフリードが知らせた真実に表情が険しくなる。
「…………わかったわ。自警団や冒険者ギルドに取り締まるよう注意しておくわね」
幼いがリララは可愛らしい少女だ。そこを性犯罪目的で狙われたとは、許しがたい。それも「金を払ってやる」という台詞を顧みるに単なるゴロツキではなく、金持ちが雇っている護衛の可能性も高いときている。貧しい者なら金でどうとでも出来ると思っている心根が、アルディラには許せなかった。
自らとっちめてやろうかと、どんな男たちだったかとエルフリードに聞いたアルディラだったが、彼がすっと目を逸らしたので不審に思う。問い詰めると「多分、しばらくは動けないと思う」というあいまいな返答をされた。
「ねえ、リララ。エルお兄ちゃんはどんなふうに助けてくれた?」
「わーわーわー!」
慌てるエルフリードを押しのけて笑顔で聞くアルディラに、リララはよっぽど話したかったのか、まくしたてるように教えてくれた。
「凄いの! ぼっこぼこなの! えーとね、えーとね、お顔やお腹を、こう拳でぼこっとやってね! 頭でごっつんこしてね! あと、あと、お腹を蹴って、怖い人が宙に浮いたのよ! でね、そこをこう、グーゥ、パンって叩いて、投げつけてね! わたしに謝れっていいながら壁に頭をゴンゴーンってやってね! 最後にわたしがこわがんないようにって、悪い人を木箱に閉じ込めてくれたの!」
真実を要約すると、エルフリードは助けに入るなりそれぞれにキツイ一発をお見舞いした後、とび蹴り膝蹴りローキックのコンボで3人の悪漢を蹴り倒し、全員の胸倉を掴んで宙に放るとそこをストレートパンチで頬骨を粉砕しつつ殴り、すでに瀕死の悪漢にリララへの謝罪の言葉を引き出そうと「ご・め・ん・な・さ・い・は?」と言いながらリズミカルに壁に頭を打ち付けた。
そして慰謝料に有り金全部を巻き上げて、ついでに気持ちを完全に折るため身ぐるみはがして裸に剥いて、狭い木箱にむさくるしい男を三人詰め込んで封をしたのだ。
普段あまり話さないリララの説明は要領を得ないので大分緩和された話になっていたが、不穏な話の中身にアルディラはエルフリードを二度見した。この世話焼きな細い青年が、そんな暴力言語を使用するとはとても信じられなかったのだ。
「意外と強いのね……」
「は、はははは。いえいえ、そんな」
内心で「やりすぎじゃないよね? サクセリオだってあれだけやっても捕まらなかったし」と冷や汗をだらだら流すエルフリードは緊張していたが、アルディラはふっと表情を緩める。
「ありがとう、エルくん。この子たちには強くなってもらいたいけど、どうしても今は子供だから出来ることが限られるの。そういう時に助けてくれる人がちゃんと居るんだって知れるのはね、とっても心強いことなのよ。世の中まだまだ捨てた物じゃないと思えば希望になるわ」
「そうね。リララにとって今日は人生で一番怖い日になったかもしれないけど、あなたのおかげで逆になったわ。きっと今日の記憶はこの子の人生にとって、かけがえの無いものになるでしょう」
アルディラとシャオメル二人に礼を言われて照れるエルフリードに、更に追撃が迫る。
「エルおにいちゃん、本当にありがとう!」
「ありがとう! なあにーちゃん、さっきは間違ってごめんな。痛くないか?」
双子のお礼攻撃に困ったような嬉しいような顔をするエルフリードの顔には、よく見ると赤い腫れがあった。これは先ほどリララを探していたララックが、エルフリードを悪漢と間違えて石を投げてしまった結果である。エルフリードは気にしないで、とララックの頭を撫でると、すくっと立ち上がった。
「よっし! ララック、さっきの約束だからぐるぐるやってあげる!」
「本当!? わーい!」
「あ、わたしも! わたしもー!」
元気に庭へ出て行った三人を見送って、アルディラは院長と顔を見合わせるとどちらともなく声を上げて笑ってしまった。
「素敵な青年ね、彼。アルディラ様のお知り合いですか?」
「数日の付き合いです。いい子だとは思っていましたけど、意外な一面を知りました」
「アルディラ様はたしか今二十三歳よね? あんな旦那様、どうかしら」
「ええ? また、院長先生。私はまだ結婚する気ないですし、第一年下は好みじゃありませんよ」
しかし言いながらアルディラは思う。
_________________でも、もう少し成長したら考えてあげてもいいかしら?
「なんてね」
その後子供たちの様子を見に庭へ出た彼女たちは、子供の足をつかんで振り回すエルフリードを見て大いに焦ることになる。
エル「そーれ!ジャイアントスイングだー!」
子供「きゃー!(嬉しそう)」
アルディラ・院長「ちょっと待て!!」