魔纏刺繍を売って欲しいと言ってきた商人とアルディラさんには、手持ちの作品はすでにマリオさんに売っていたので、先にそちらを見てもらい私の腕がどの程度の物か確認してもらっている。
刺繍するための布があれば糸はあるしもう少し作れたんだけど、今までの村でも売って来たので生憎そんなに持ち合わせが無かった。ドナウさんたち商人に売る分と、元々マリオさんに売るつもりでいた量を考えると足りない。
シュピネラに着いたら材料を仕入れて、彼らやアルディラさんに売る分を作るからと納得してもらった。
さて肝心の刺繍への感想はと言えば。
「うわぁ! 凄い、ちゃんと加護を感じ取れるわ。これは水属性ね……。メリルが喜びそう」
「自分は魔法が使えないので分からないのですが、この刺繍だけでも素晴らしいものだとは分かります」
「うむ、素晴らしいな……。これが魔纏刺繍か」
とりあえず好評を得ているようで一安心。マリオさんも「カトレアさんのお墨付きだで、もとから心配しとりゃあせんよ」と言ってくれたし、王都へ行ってカトレアさんの弟子だと名乗っても彼女に恥をかかせなくて済みそうだ。
私たちはその後、道が土砂でふさがれているなど少々のハプニングはあったものの別のルートを辿り、峠を越え村1つを通過してからシュピネラに到着した。
途中の村で少し材料を調達できたので手慰みに小物を数点作ると、それも売ってくれと言われて驚いた。習作だったのでタダであげようかと思ったら「お金をとれる」と怒られてしまった。「エルフリードくんの小物って趣味がいいし使い勝手もいいのよ」と言ってくれたのはアルディラさんで、ちょっと嬉しい。
前世では休日に遠出するのも疲れるしと、インドアな趣味が自然と増えてしまった。その中には女子力アップのために覚えた小物作りの技術も含まれるので、お一人様の趣味も役に立ったようだ。お師匠様にも褒めてもらってたけど、同世代の女性に褒められるのはまた別の嬉しさがある。
十二年ぶりに訪れたシュピネラは特に様変わりした様子を見せず、かつて飛び越えた壁も同じようにそびえている。今度は正規の手段で門を通ったのだけれど、アルディラさんの顔パスで他の旅人よりも早く通過できた。
町に入ってからも方々で声をかけられる彼女は、この街でかなりの信用を得ているようだ。
「アルディラ、戻ったのかい!」
「ええ、今回は少し時間がかかってしまったわ」
「今度は何処に行ってたんだ?」
「ルメリアのダンジョンまで足をのばしていたの」
「ちょっとアルディラちゃん、寄ってきなよ! 美味しいもん食べさせたげるからさ」
「ふふっ、ありがとうおば様。あとで寄らせてもらうわ」
「アルディラねーちゃんお帰り!」
「ただいま、みんなは元気?」
「キャアっ! お姉さまお久しぶりです! 心配してましたのよ!? ご無事で何よりですわ!」
「え、ええ。ありがとう」
少々違った
あと、それと同時に思ったことがある。初めてこの世界で過ごしたのはこのシュピネラであるはずなのに、私の第二の故郷はルーカスなんだな、ということ。
この街の思い出は、土地という"場所"よりもサクセリオという"人"で。
街に対しての思い出は初めて見たお伽噺のような街並みに感動した記憶が、どことなくふわふわと残っているだけだった。
(ずいぶんと、嫌われてたよねぇ……)
思わず苦い笑みが浮かぶ。
大人たちの対応は別に気にならないのだけど、孤児院の子供に投げかけられた言葉は未だに苦い味で舌の上に転がっている。飲み込めないそれを世間では後味が悪い、と言うのだろう。
ルーカスで常識を学ぶにつれて、私がどれだけ恵まれて異常な環境に居たのか思い知った。
甘やかしすぎだとは思いつつも、前世の記憶からそれが過剰であると気づかなかった私はサクセリオに与えられるものを当たり前のように受け入れていた。それが孤児院の子供たちにとってどんなに羨ましくて憎らしかったのか、想像すると今でも羞恥に顔が赤くなる。
まったく、いくつになっても思い知るたびゾッとする。
___________________________ 無知は怖い。
「エルフリードくん?」
「え、あ、すみません」
少々過去に思いを馳せていた私は、アルディラさんに声をかけられて我に返った。
気づけば賑わう商業区の真ん中に居て、見上げれば宿屋の文字が掲げられた看板。どうやらアルディラさんが紹介してくれた宿のようだ。
「少し懐かしくて、ぼーっとしてました」
「シュピネラに居たことがあるの?」
「小さいころに少しだけですけど……」
道中は魔族について説明してもらったり、魔纏刺繍について話したりしていたので私の過去や旅の目的などは話していない。私とマリオさんはアルディラさんにお礼を言って、宿に入り手続きを済ませて荷物だけ預けた。
これからアルディラさんはランク詐称をした冒険者をギルドへ連れて行き、商人さんたちも一応証言のためついていくそうだ。マリオさんは行商、私はサクセリオの手掛かりを探すための聞き込みと約束の刺繍作品を作るための材料探し。
一回全員別れることになるけれど、夕食を一緒に食べようと約束している。集合場所はこの宿だ。
「ねえ、やっぱりエルフリードくんもギルドまで一緒に来る? 冒険者登録も済ませた方がいいだろうし」
「あーっと、登録とかは後にしようかと思って。皆さんと別れる前に早く材料を買って、約束の品を仕上げないと」
「ああ、えっと……なんだかごめんなさいね?」
「大丈夫ですよ、気にしないでください。むしろ無名な俺の作品にこんなに早く愛好者がついてくれるんですから、ありがたいです。いい品を仕上げますから期待していてくださいね」
魔纏刺繍を会得するということは、すなわちそれはスキル習得と同義。
専門機関で調べたことはないけど、お師匠様が言うには技術スキル「典雅迅速」が身についているのだという。実証するように、魔力を使えば私の作業は早い。そのことも話してあるので納品出来ないという心配はしないでもらってると思うんだけど、彼女にしてみれば無理に頼み込んで申し訳ないと思っているようだ。
私としては短期間だから多少は無理するけど、出来ないことは無いしあまり気にしていない。商品を失った商人さんたちの気迫とアルディラさんの魔刺繍作品が欲しいという熱意には、正直逆らえる気もしなかったし……。嬉しいのだって事実だし。
ああでも、私もまだ職人として未熟だし過信して焦って、変な品を作らないように気を付けよう。
気遣ってくれるアルディラさんを見送ると、私は十二年ぶりのシュピネラの街へ繰り出した。
「材料集めがてら、聞き込みでもしてみようかな」
刺繍するだけでなく商品まで仕上げるとなると、こまごまとした材料が必要になってくる。職人スキルで材料から作れないこともないけれど、手間がかかるし刺繍に回す魔力が少なくなるので今回は既製品を使うことにした。
商店街にやってきた私は、いくつか店を冷やかしながら制作用の布や部品を買い足していった。銀鉱山がある街なだけあって、値段はピンキリだけど銀製品が多い。私も商品に使えると思っていくつか購入した。
目的だったサクセリオについての噂も聞いて回ったけど、こちらは未収穫。噂に詳しい商売人たちが知らないと言うんだから、これはシュピネラでの手掛かりは無いと考えた方がいいかもしれない。まったく、六歳児をほっぽりだして何処へ行ったんだかあの教育係。
そうして買い物に歩き回っていた時だ。甲高い声が聞こえたような気がして、暫く考えた私はほぼ勘で暗い路地へと足を踏み入れた。
「やだ! やだぁ! 放してよ!!」
「おい、暴れんなよ。安心しなって。楽しんだ分はちゃーんと金払ってやるからよ」
「おっ! やっさしい~。ねえお嬢ちゃん、それならいいだろ? 一緒に楽しんじゃおうぜー」
「へへへ、ガキだが我慢してやるか」
なんと絵に描いたようなクズ。
そこで目にした光景は、いとけない少女を壁に押し付けて厭らしい手つきで弄っている男が三人。
相変わらず裏の治安が悪いらしいシュピネラに呆れつつ、そういえば十二年前はサクセリオが駆逐しすぎてこういう
………………いや、でもそれ以上に彼の暴力行為が街にもたらした被害は大きいので無理かもしれない。ひとつ思い出すと思い出さなくてもいい記憶までずるずる出てきて困るな。最高はゴロツキふっとばして町の教会の尖塔折った時だっけ? あの時のゴロツキ生きてたかな……。今思い出しても漫画か! って思うけど被害を受ける側はたまったもんじゃないよな。
「っと、思い出に浸ってる場合じゃないか。ちょっと、そこ!」
「ああ!? んだおま、」
何か言いかけたゴロツキの顔面に右ストレートを叩き込むと、そのまま踏みつける。
「なんだテメ、」
目つぶしからの腹パン。
「ひ、な、なんなん、」
胸倉掴んでからの頭突き。
とりあえず、建物とかに被害が出ないようにする他は我が教育係にならって
うん、こういうやからには気を使わなくて楽だわ。
「あ、え?」
「大丈夫?」
赤い液でぬめって非常に掴みづらかったスキンヘッドのゴロツキを他二人同様、路地に置かれていた空き箱に梱包した私は手を清めてから少女の顔を覗き込んだ。
いやぁ、旅する前は十二年前のトラウマから対人戦って出来るのかなって心配だったけど杞憂だったわー。
「何処か怪我とかしてない? お家は?」
「けが、してない……。家は、孤児院なの……」
「そう。歩ける?」
「あ……」
少女は一瞬立とうとしたけれど、力が入らないのかすぐにへたれこんでしまった。
「ああ、腰が抜けてるね。孤児院なら場所は分かるから送るよ」
私がそう申し出ると女の子は驚いたように目を見開き、そして唐突に泣き出してしまった。
「う、うあ、わ゛ぁぁぁぁーーーー!! ご、ごわがったぁぁぁぁ!!」
「おおう!? そ、そっかそっか、そうだよね。怖かったよね。よ~しよし、おね、お兄ちゃん来たからもう大丈夫だよー」
見れば彼女は十二、三歳程度の子供。そんな少女をどうこうしようとは、まったくけしからん。何年経ってもああいうクズは居るもんだな。
さっき梱包した木箱、用水路にでも沈めちゃおうかな? 私がそんなことを思いながら少女の頭を撫でて慰めていると、後ろから怒声が浴びせられた。
「お前! リララに何したんだ!!」