魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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17話 魔刺繍職人の実情と不穏な噂

 

 

「ごめんなさい……」

「いえ、だ、大丈夫、です……」

 

 よりによって生焼けだった反面が顔に直撃したので危うく火傷しかけたのだけど、それはアルディラさんの頭の上に居る”彼女”のおかげで免れた。

 

「アルディラさんって精霊術が使えるんですね」

 

 そう。慌てたアルディラさんが呼び出した精霊が、私の顔に水をぶっかけてくれたのだ。

 濡れたのが顔だけで服が一切濡れていないところが魔法っぽい。

 

「いいえ、この子は精霊ではなくて妖精よ。水の妖精でメリルというの」

 

 アルディラさんの指で頬を撫でられてくすぐったそうに笑う彼女、メリルは確かに物語に出てくる妖精そのものの姿をしていた。

 小さな少女の体にトンボのような透明な羽根。あどけない容姿は無邪気な表情で彩られていて、楽しそうに水滴をキラキラばらまきながらアルディラさんの周りを飛び回っている。水の精霊だからか肌が少し青白く、髪と瞳の色は青だ。魚の尾ひれのようなひらひらがついた体と一体化している服も可愛らしい。

 

 初めて見た妖精は、とても可愛かった。もう一度言おう。最っ高に可愛かったッ!!

 

「妖精って可愛いものなんですねー」

「よかったわね、メリル。可愛いですってよ」

 

 メリルはキャラキャラ笑っているが、言葉は発しない。笑い声も声帯から発しているよりは、音叉のように空間を震わせているような不思議な音だった。

 彼女は最後に私の顔に水鉄砲を浴びせると、光の粒子になって泡のように消えてしまった。

 

「あ! もう、最後にあの子ったら……。ごめんなさい、あの子なりのお礼なんだけど悪戯好きで」

「あははっ、水鉄砲くらい可愛い物ですよ」

 

 顔を拭きながら言うと、アルディラさんは安心したように笑った。

 

 

 

 

 

 

「ところで、さっき魔刺繍職人だと言っていたけど本当?」

 

 カレーをよそいみんなでたき火を囲んでいると、アルディラさんが問いかけてきた。ちなみに彼女は三杯目だ。気に入っていただけたようで何よりです。

 

「え、本当かい!?」

 

 食いついて来たのはまだ年若い商人だ。たしか、マルキオさんといったか。見れば他の商人たちも私に熱い視線を注いでいた……何でか爛々と輝く目が怖い。

 

「え、ええ。そうですけど……」

「エルよぉ、魔刺繍職人ってなぁルーカスだけでなくて、国内でも珍しいんだぁよ」

「え、そうなの!?」

 

 マリオさんの言葉に頷く商人たち。一方護衛の四人は魔刺繍という言葉自体に聞き覚えがないのか首を傾げていた。

 魔刺繍職人がどういうものかお師匠様やトマス神父様から聞いただけで、ルーカスの町では普通に受け入れられていたので、そんなに珍しいものだとは知らなかった。

 

「最近は特に減ってしまいましたしな……」

 

 そう言うのは年長者の商人ドナウさんで、その表情は愁いを帯びていた。

 

「あまり技術を受け継ぐ人間が居ないんですか?」

「あんた知らないのか?」

「え、何をですか」

 

 私の疑問に答えてくれたのはアルディラさんだった。

 

「ここ十数年、優秀な魔道具の職人が姿を消す事件が多発しているのよ。魔刺繍職人はもともと数が少なかったから、今では王家御用達の職人しか残っていないわ」

「姿を消すって……」

 

 え、何その物騒な話。しかもそれだと本当に魔刺繍職人って貴重じゃない? どおりでわざわざ王都からお師匠様の作品を買い付けに来る人が居るわけだよ……。

 もちろんお師匠様の作品に心を掴まれたファンが多いのが一番だろうけど、たまに碌に見もせず「ある物全部くれ」っていう困ったさんもいたからな。きっと大量に買い付けて、需要に対して供給が間に合ってない王都で売りさばきたかったんだろう。

 

 そういえばここに来る途中に寄った村で売った刺繍、魔纏刺繍にしたら安い単価のはずなのに「刺繍は綺麗だけど高いわね」って言われたこともあったっけ。マリオさんが説明するまで知らなかったようだけど、王都でさえそれなら普通の村や町で普及していないのは当たり前かもしれない。

 

「あ、それなら俺も聞いたことある。噂だと魔族が攫ってるんじゃないかって話だろ?」

「魔族?」

「ああ」

「魔族ってどんな種族なんですか?」

「ああ?」

 

 二回目は語尾のトーンが上がって疑問形。怪訝な顔で見られたけど、私は初めて聞いた種族名に事件そのものより驚いたかもしれない。だって魔族が居るなら魔王も居るかもしれないじゃない? 旅をする上での危険度が知る知らないで変わってくるんだから、驚くよ。いや、ゲームとか小説とかなら聞いたことあるよ? でも今生きてる世界に居るっているのは初めて知った。

 

「ルーカスは田舎町だからよぉ、魔族なんて知らねーで一生過ごす奴も多いんだぁ」

 

 マリオさんがフォローしてくれたことで、今まで何故ルーカスで名前もあがらなかったのか知る。というかサクセリオ……魔物の種類は嫌ってほど教えてくれたのに何で魔族について教えてくれなかったんだ。凄く重要っぽいよ魔族とか。

 

 

「けれど旅をする上で魔族を知らないのは危険ね……。命に係わるわ」

 

 ほらあぁぁぁあ! やっぱり重要だったよ魔族!

 

「じゃあ魔王も知らない?」

 

 ほらぁぁぁぁぁ!! ほらほらほらぁぁぁぁ!! 居たじゃん魔王!!

 

 

 私が衝撃の事実に顔を青くさせていると、気を使ってくれたのかアルディラさんがおかわりをよそってくれた。えっと、これは慰め……? いや元気出ますけど。美人が手ずから盛ってくれたとか元気出ましたけど! 他人が作ったご飯が一番美味しいけど、自分が作ったご飯でも美人が私のために(重要)盛ってくれたことによってお腹に入れた時の満足感が半端ないですありがとうございます。

 

 元気に食べ始めた私を見て安心したのか、アルディラさんが続きを話し始める。

 

「魔族は魔物とは一線を画した存在よ。ほとんどが魔人と呼ばれる種族だけど、ごく(まれ)に魔物から進化した獣魔や思念体の妖魔もこれに含まれるわ。いずれも知性が高くて強い魔力を有しているのが特徴なの」

「ええと、じゃあ魔王は?」

「ルーカスって、話には聞いていましたけど本当に田舎なんですね……」

 

 私の問いにマルキオさんが呆れたように言う。悪かったな! いや、悪かないよ。平和な田舎町。最高じゃないか馬鹿にすんな。

 

「物語とかで魔王の話くらいは聞いたことないですか?」

「ないです。……え、そんなに有名な話なんですか?」

「う~ん、微妙なところですね。魔王が復活して百年以上経ちますから身近な話しになってしまって、逆に古代の魔王についての話は影が薄いんですよ。封印や討伐が成功したわけでもないから、現代魔王の話になるとただの被害記録なので物語になりませんし。たまに趣味の悪い作家が魔族によって受けた被害を悲劇的な物語として書くくらいで、こちらは好き嫌い別れて流行ったり流行らなかったりですね」

 

 影が薄いと言われる古代の魔王って……いや、それほど現代に甦ったリアル魔王の方がインパクト強いんだろう。でもいくら田舎とはいえ、ルーカスに噂すら流れていないんだからそうでもないのかな? よくわからん。

 

「今はそうでもないが、ルーカスは識字率があんまり高くなくてよぉ。あんま本の類は読まねんだ。読んでも実用書ばっかだな。たまに神父様が読み聞かせしてくれるが、あの人は神話よりも近代の英雄譚や精霊の話のが好きだから、あんま魔王とか話さねぇだよ」

 

 マリオさんの補足によって一応納得した。けど本格的に旅を始める前に知れてよかった魔族。

 

「すみません、魔族についてもっと詳しく教えていただいてもよろしいですか?」

「もちろんよ。でもそれは道中で話すから、先に魔道具職人の事件について話すわね。貴方にとっても他人事じゃないし、下手をしたら当事者になりかねないわ」

「是非! 是非お願いします!!」

 

 

 

 

 聞いた話はこうだった。

 

 十年くらい前から、初めは少しずつ。しかし不可解な失踪事件が続いたそうだ。

 

 初めは一般人に紛れていて気付かなかったものの、被害が増えるにつれて魔道具職人ばかりが居なくなっていると気づいた国は、今までフリーで働いていた職人を保護するために以前から進めていた魔道具ギルドを設立しその工房を作った。各地に設けられた工房には護衛として兵士、魔法騎士や魔法使いが配置されたが、行方不明者が減るどころか、今まで分からなかった行方不明者数を明確な数で示す結果となってしまった。捜索はされたが失踪者で見つかった者はいない。

 

 当初は別の国が戦力拡大のために魔道具職人を攫っているのではないかという推測が有力だったが、ある事件をきっかけに魔族の犯行である線が濃厚になった。

 ある工房で職人たちの護衛にあたっていた護衛が、凄惨な殺され方をした死体で発見されたのだ。その工房に居た職人たちは全員姿を消しており、"工房があった場所"から考えても人間が行ったにしては不審点が多すぎた。

 そこでフェルメシアは、定期的に開催される魔族への対策を話し合う各国の重役が集う会議でその事実を発表。するとフェルメシア内部だけでなく、他国でも似た事件が起きていると情報が集まった。今まで決定打に欠けていた各国も、これは人類全体で敵対している魔族の仕業ではないか! と推測し、現在ではより一層職人に対しては手厚い保護がされるようになった。

 

___________________と、まあそんなお話でした。

 なにそれ怖い! 何そのサスペンス! 消えた職人はどうなったの!?

 

 

 

 

 工房のあった場所や護衛の凄惨な殺され方というのが気になったけど、アルディラさんが首を横に振るので聞くのをやめておいた。どんな惨殺死体が見つかったというんだ。聞きたいけど怖くて聞けないジレンマ……!

 

「とにかく、そういうことよ。エルフリードくんは旅をしたいと言っていたけれど、A級以上のランカーを護衛にでもしない限り、国が許さないでしょうね」

「ええ!? こ、困りますよ……。A級から上は滅多にいないって、さっきアルディラさん言ってたじゃないですか」

「う~ん……そうね。めったに居ないんだけどね」

 

 アルディラさんは少し考えると、「とにかく」と話を切り替えるように手を叩いた。

 

「エルフリードくんはシュピネラで用事を済ませたら、まず王都へ行きなさい。私としても貴重な職人をみすみす危険な状態で旅させたくないし、魔道具ギルドには登録するべきよ。きっと相談に乗ってくれるわ」

「王都のギルドへ行った方がいいんですか?」

「支部で登録も出来るけど、君は魔纏刺繍の職人なんでしょ? 結局王都の本部へまわされると思うよ」

 

 話を聞いていたマルキオさんが言えば、ドナウさんも頷く。

 

「こちらでは処理できないと言われて、紹介状を書かれるくらいだろうな」

「なんか、面倒くさそうですね……」

 

 これだと職人という事で行動が制限される可能性が出てきて、大変面倒くさい。

 いやでも考え方を変えてみよう。護衛に紹介されたA級ランクの冒険者との運命の出会いっていうのも、有りじゃない? 上級ランカーという響き自体がすでに格好いい。中身はアラフォーだから、私の守備範囲は広い。シブメンばっちこい!

 

 なんだ、良く考えたら悪くない話だな。

 

「でも、そういうことでしたらとりあえず王都に行ってから考えてみます」

「そうね、そうするといいわ」

 

 私の邪まな考えを知らないアルディラさんの良心的な笑顔が眩しい……! さーせん.こんなこと考えててさーせん。

 

 

 

 

「ところで……」

 

 話がひと段落つくと、どこかそわそわした様子を見せ始めるアルディラさん。良く見渡せばそれは商人たちも同じで、先ほども感じた獲物を狙うような爛々とした視線を向けてくる。

 後ずさる私の手をがしっと俊敏な動きで掴んだアルディラさんが、興奮したようにまくし立てた。

 

「是非! 貴方の作品を見せてくれないかしら!? そして出来れば売ってちょうだい! 私魔纏刺繍の装備って夢だったの!」

「わたくし共にも是非に!!」

「魔纏刺繍は国に独占されていて滅多に商人までまわってこないのです!」

「金は惜しみませぬぞ!」

「どうか助けると思って! ハウンドウルフのせいで商品がほとんど駄目になってしまったのです! でも現金ならありますから!!」

 

 

 

 その熱意に押された私に言えることは一つだけだった。

 

「ハイ、ヨロコンデー」

 

 某居酒屋チェーンで店員をするには笑顔が固いなぁと、場違いなことを頭の片隅で思った。

 

 

 

 

 

 

 


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