ハウンドウルフは首括りの樹海の浅瀬に集団で生息する魔物だ。
一見普通の狼のようだけど、その知性は高く黒霊術の属性術まで使用してくる。狼と見分ける特徴は尻尾に属性に影響された色の毛が混ざっている所だ。素早く動いているとその特徴を見つけにくいので、魔法で攻撃されるまで分からない所がやっかいといえる。
魔法の属性は群れごとに違うらしいが、見る限りこの群れは風属性のようだ。馬車が切り刻まれ、周りの木々には無残な切り傷がついている。応戦している人も体にいくつかの血色の線を刻まれていた。
対する旅人は一塊になって震えており、十人くらいは居るのに応戦しているのはたった一人だけのようだ。
その人を見てまず思ったことが「太ももが眩しい」だった私。ちょっと誰かに殴られたい気分である。
戦っているのは女性で、その痩躯に似合わぬ大ぶりの斧を振り回してハウンドウルフ達を牽制している。しかし素早い連携に対して後ろの仲間に近づけないようにするので精いっぱいなのか、なかなか攻撃にまで至れないようだった。
「マリオさん、助けに……」
ハウンドウルフなら幾度か訓練で倒した事があるから、群れ相手でもなんとかなる。そう思って同行者であるマリオさんに許可を貰おうと思ったんだけど……………………彼はもう、そこには居なかった。
「お美しいお嬢さーーーーーーーーん!! 今、このマリオめがお助けいたしますだぁ!」
「ええええええええええええ!?」
マリオさんはサンタのように大きい袋を肩に担いだまま、ハウンドウルフの群れに突入していった。
「ご協力感謝します。数が多くて苦戦していたので、助かりました」
「いえいえ! 困ったときはお互いさまですから、当然のことをしたまでです」
普段のなまったような話し方はどこへ行ったのやら、マリオさんは愛想良く助けた女性と話をしていた。
それにしてもマリオさん強かった……前々から一人で商売していると聞いて「護衛とか連れて行かないのかな?」と思ってはいたけど、袋から次々と爆発する魔法道具を出して応戦する彼を見て考えを改めた。こりゃあ「経費削減」と言って護衛を雇わないわけだよ。……歩く凶器みたいな人だもの。
「それにしても、何故貴女だけで戦っていたのですか? そちらの皆さんも護衛の方とお見受けしますが」
そう言ってマリオさんが見たのは、今現在私が手当てしている男性諸君だ。商人風の5人は雇い主だとして、残り四人は武装しているので普通に考えるなら護衛として雇われた人間だろう。彼らはばつの悪そうな顔をして、大人しく手当てを受けている。
女性は小さく息を吐くと、事情を話してくれた。
「もともと私も通りすがりだったんです。苦戦している彼らを見て応援に入ったのですが……」
「彼らはさっさと魔物の相手を貴女に任せて、後ろで怯えていたと?」
「そういうことです」
「女の人に助けられておいてあんた等……」
「うっ、そ、そりゃあ俺たちだって悪いと思ったさ! でも助けてくれたのがアルディラさんと分かったら、つい……」
「俺たち、まだ駆け出しなんだ。ハウンドウルフも数体なら相手出来るんだけど群れはまだ……」
「魔法まで使ってくるなんて知らなかったし……」
「あう……その、ごめんなさい」
私の呆れた視線を受けて口々に言い訳する彼らを、雇い主と私が冷たい目で見る。
「君たちはBランクの冒険者だと聞いていたんだが……」
「ギルドで確認はしましたか?」
商人の男性が言うと、女性がすかさず質問する。男性が首を横に振り売り込んできた彼らをそのまま雇ったのだと言うと、女性……先ほどの護衛の言葉からするとアルディラさんは、護衛の男たちに厳しい視線を向けた。
「あなた達、さっき駆け出しと言ったわよね? それでBランクなんて大したものだわ。……それが本当ならね。ギルド証を見せなさい」
少々渋った彼らからそのギルド証とやらを受け取ると、それを見たアルディラさんは深くため息を吐いた。
「やっぱりね。BどころかDランクじゃない。貴方達、ランク詐称は厳重注意だけでなく罰則対象よ? 私も上位ランカーとして監督責任があるから、後で一緒にギルドまで来てもらうわ」
「「「「はい……」」」」
「商人の方々も、依頼はきちんとギルドを通してください。このように新人が実力以上の依頼を勝手に受託する事例があるので、その場合危険にさらされるのは貴方達の命なんですからね」
「は、はあ、その、すみません。何しろ急いでいたので……」
「以後気を付けます」
年下の女性に怒られているのに素直に返事をする男たち。正論で攻め立てられたら少しは反発する気持ちも生まれるだろうに、微塵もその気配を感じさせないのは何故か? その理由は、多分私にも分からなくはない。
実力の裏付けがある以上に、彼女の雰囲気がそうさせているに違いない。
アルディラさんはとてもお美しい。
ブラウンのショートボブがよく似合っていて、涼しげな青い瞳が収まるご尊顔は実にクールビューティー。背が高くスレンダーな体をしているけれど、ショートパンツからすらっと伸びる脚がなんとも女性的。ハッキリ言って美脚だ。
全体的な雰囲気で合言葉を決めるなら「綺麗なお姉さんは?」「大好きです!」一択だと言えばお分かりになるだろうか。額に掛けた眼鏡はいったいいつ顔に掛けてくれるんですかお姉さま。
厳しく注意するといっても、それは相手のためを思った正論で。
口調は厳しいながらもただ責め立てるよりたしなめる意志の方が強く、むしろいっそ怒られたい男が続出してもおかしくない。私が本当に男だったら「踏んでくれ」くらい言っていたかもしれない。
さて、私の邪まな考察は置いといて。
馬車を壊され馬も無くした商人一行と駆け出し冒険者、そしてアルディラさんは次の町までマリオさんの馬車で一緒に行くことになった。
アルディラさん達は魔法の拡張効果がついた馬車を見て「初めて見た」と驚いていたので、思っていた以上にマリオさんは凄い商人なのかもしれない。
「自己紹介がまだだったわね。私はアルディラ・カルアーレよ。手伝うわ」
少々予定が狂って町に辿り着けなかったことから、今日は野宿になった。
野営の準備を終えて、昼間から怪我の手当以外は空気だった私が黙々と食事の準備をしていると後ろから声がかかる。アルディラさんだ。
「ああ、ご丁寧にありがとうございます。俺はエルフリードです、よろしくアルディラさん」
「貴方こそ礼儀正しい子ね。よろしく、エルフリードくん」
苗字を名乗られたので迷ったけれど、他の人も名前で呼んでいるしアルディラさんと呼ぶことにした。気分を害した風ではないので、多分大丈夫だろう。それにしても”エルフリードくん”かぁ……マリオさんは変わらず愛称の「エル」で呼んでくるので、初めて男装名を呼ばれたようなものだからちょっと新鮮だ。なんか照れるな。
アルディラさんとは一応は先ほど全体で名乗り合ったのだけど、わざわざもう一度挨拶がてら手伝いに来てくれたらしい。ちなみに護衛の四人も手伝おうと申し出てくれたけど、あまりにも不器用だったので他の仕事に回ってもらった。
彼ら、戦闘の実力以前に野宿すら危うそうだけど大丈夫か本当に……。
食事の準備はというと食材自体は商人が二組も居るので、わざわざ狩ったり採りに行く必要も無くなかなか豊富に種類がそろっている。すぐに取り掛かれるので、お言葉に甘えて材料を切ってもらおうか。
そしてアルディラさんと食事の準備をすることになった私は、綺麗なお姉さんが相手という事で少し緊張しながら雑談していた。
「貴方は商人見習いなのかしら?」
「いえ、俺はシュピネラまで同乗させてもらっているだけです」
「あら、そうなの? 私シュピネラを拠点に活動してるのよ。これも縁だし、何か仕事がしたいのならいくつか顔が利くけれど……」
「そんな、会ったばかりでご迷惑かけられませんよ」
「謙虚ねぇ。でもシュピネラはよその人に対して就職事情が厳しいから、伝手があるなら利用した方が利口よ?」
上手く生きるには図々しくなるのも必要だわ、とカラカラ笑うアルディラさんは当初の印象をいい方に裏切って話しやすい人みたいだ。私も自然と笑顔になる。
「ありがとうございます。でも俺は、シュピネラに出稼ぎに行くわけではないんですよ。ちょっとした目的で旅をする予定で、その出発点がシュピネラなんです」
「そうなの? だったら冒険者登録をお勧めするわ。旅をするには便利だから、冒険者として活動しなくても登録する人は多いの」
「そうなんですか?」
アルディラさんは冒険者ギルドについて色々と教えてくれた。
さっきの護衛Bも名前を知っていた彼女は、どうやらシュピネラでは有名なベテラン冒険者らしい。若いのに凄いですねと褒めたら、慣れているのか「そうでもないわ」とクールに答えられてしまった。
「貴方、何か特技はあるかしら。旅するなら一人だと危険だし、特技を生かして冒険者のパーティーに入れてもらうといいわ」
「ええと、特技というと……」
「そうねぇ……特技と言っても戦うことでなくてもいいの。私が見たところ、さっきの治療の腕とこの料理が作れる実力があれば十分歓迎されると思う。……本当に上手ね……美味しそうだわ」
そう言って私のかき混ぜる鍋を覗き込むアルディラさん。ごくりと唾を飲んだのが見えた。
今回の野営食メニューはなんちゃってカレー。スパイスを少し分けてもらったので、野草とブレンドしてカレーみたいな味を目指した。手持ちの根野菜と森で見つけたむかご、猪の干肉が具材。干肉は昨日からハチミツをまぶしておいたので、柔らかくなっていることを期待する。油と炒めた小麦粉でとろみも加えたし、ターメリックが無いから見た目黄色くないけど分類的にカレーでいいと思う。
ちなみに切り分けられた具材でやたら大きい奴はアルディラさんが切った物だ。繊細そうに見えるけど意外と豪快な人なのかもしれない。ああ、でもさっき
やっぱりこの世界の人は見た目で判断しちゃいけないなーと私は思いました。作文。
そういえば彼女が言う治療の腕に関しては、白霊術は使っていないので純粋にその手際を褒めてくれたようだ。
何故魔法を使わなかったのかと言うと、単純にマリオさんが持っていた魔法薬の方が効果があったから。包帯を巻いたりだとかは、よく怪我をする子供たちの治療をしていたから上達したんだと思う。
「要するに雑務係として雇ってもらえるってことですか?」
「そうね。一人そういう人が居ると助かるから、余裕のあるパーティーは雇っていることが多いの」
「へえ~、いろいろですね。守ってもらえるなら、パーティー入りも考えようかな」
「そうした方がいいわ。言っては悪いけれど、貴方あまり戦えるように見えないもの」
どうやら男姿の私はひょろい草食系男子にしか見えないらしい。先ほどもマリオさんの強さに驚いて立ち尽くしていたから、戦闘要員として考えてもらえないのだろう。
「あはは~、そうですね。そういえばアルディラさんはパーティー組んでないんですか?」
「私は基本的に一人よ。組むこともあるけど、難しい依頼の時とか、初心者の指導にあたる時だけね」
「へえ、初心者の指導。……人気ありそうですね」
「そう見える? フフッ、ありがとう。でも変な期待をする人も多くて困るのよね……。注意しても「もっと叱ってください」なんて言い出す人も居るのよ? 馬鹿でしょ。呆れるわ」
「分からなくはないですけど……」
「え?」
「何でもないです」
おっと危ない。危うく馬鹿で呆れられちゃうレッテルを自らに張るところだった。
しかし叱られたい若者諸君の気持ち、理解できるぞ。
アルディラさんは鉄板で焼いていた小麦を水で練って焼くパン代わりの主食を、器用にナイフでひっくり返しながら言葉を続ける。
「それで、あなたが自分で得意だと言えるものはある?」
「ああ、一応魔刺繍職人をしているので道具作りとか……」
「え!?」
ひっくり返したナンもどきが宙を舞った。そして勢い余ったそれが目の前に迫り……。
「あっつぅぅっぅぅぅぅぅ!?」
夜の森に私の叫びが木魂した。